Lilly2. 村への旅路

 翌朝、私が目覚めた時には勇者さまの姿は無かった。机の上には私のカバンとメモが置かれていた。


『旅に必要なものはカバンに入れてあるから。馬車の中で確認してね。 レーナ』


 最後まで気配りのできる人だと溢れそうな涙をぐっとこらえて前を見る。私にはただ前を見ることしかできない。だから勇者さまと別々の道を歩くことになったとしても、絶対に後ろを振り返らない。今の私にはただ愚直に前進することしかできないのだから。


 プトレ皇国の首都であるプトレからは皇国各地へ向かう馬車道が整備されており、魔物の攻撃を受けること無く移動することが可能になっている。私は生まれ育った村であるユーヒ村方面へと向かう馬車を見つけると、勇者さまからいただいたチケットを提示した。そのチケットを見せると運転手さんは少し驚いたような顔をして私の方を見ている。


「そのチケット、誰から貰った?」

「えっと、勇者さまから……故郷に帰るようにと言われたので……」

「なるほど。ならさっさと乗りな。最高速でぶっ飛ばしてやるからよ!」


 馬車に乗り込むと、馬車はカタカタと動き出す。ここからユーヒ村までは馬車で走っても1日はかかる計算だ。結構な時間がかかる上に、馬車の中には運転手さんと私しかいない。だからか、荷物の中身を確認する以外には必然的に運転手さんと会話をするぐらいしか暇を潰すことが無い。


「しかしユーヒ村からよく来たもんだね」

「勇者さまにスカウトされまして」

「そりゃすごい」

「まぁ昨日でクビになっちゃいましたけど……あはは」

「クビ? なにやらかした?」

「私がお荷物だって……まあ戦闘はからっきしですから……」


 運転手さんはそれを聞くと、ガハハと笑いながらこう続けた。


「身の丈に合わないとこにずっといると大変だからな。ある意味勇者様の優しさよ」

「そうですか?」

「そりゃ生きて返さなかったら勇者の名が廃るだろ? 特に君みたいな可愛い子はね」


 私を生かすために追放、か。それは正しいと思う。それでも、少しだけ考える。私が勇者さまみたいにすごい力に目覚めていれば勇者さまと一緒にいられたのだろうか? 私が荷物持ちに終始していなければ良かったのだろうか?


 そんな自問自答を繰り返しても私が強くなるわけではない。だから今は前を向くだけなんだと何度も何度も言い聞かせる。カバンの中にはポーションや薬草、それに今日のお昼まで用意してくださっている。おそらく近場のパン屋さんで買ったものをそのまま投げ込んだようで、その状態ごと保存されているためかすごくいい匂いが漂う。


 頬張ったパンの味は少しだけしょっぱかった。


 ■


「……っとそろそろ日が暮れるな」

「次の宿泊所で止まりますか?」

「そうだな。そのほうが安全だ」


 夜になると魔物の動きが活発になる。夜になると馬車道に作られた宿泊ポイントで宿泊することが義務づけられているため、私たちはそこで一夜を明かすことになった。宿泊所の一人で寝るベッドはどこか寂しい。


 普段はセルフィナさまが酔っ払って私のベッドに乱入してきたり、勇者さまのお話を聞いているうちに眠ってしまってそのまま勇者さまのベッドを使ってしまったり。そうやって騒がしくて楽しい日々を送ってきたからこそ、この無音の空間で眠るというのがとても不安に感じられた。


 でもそんな時には今まで会ってきた人たちのことを思い出す。特にこういう時はアーシャ姉のことを思い出すとぐっすりと眠ることができるのだ。アーシャ姉は私が怖くて眠れないというと、ベッドの側まで来てくれて子守歌を歌ってくれた。アーシャ姉の歌声はとっても優しくて、聞いているだけでいつの間にか夢の世界に落ちている。そしてその夢の世界ではいつもアーシャ姉の夢を見るのだ。


「……アーシャ姉」


 だから大丈夫だ。私はひとりじゃない。ひとりじゃないから何度でも前を向ける。別れてしまっても私の心の中で勇者さまが生きている。アーシャ姉もいつだって私をそっと支えてくれている。だからひとりでも大丈夫なのだ。大丈夫なのだけどそれでも。


 誰かと一緒にいたいと思うのは贅沢かな……?


 ■


「もうすぐユーヒ村だ」


 朝になってから馬車に乗り込むと、徐々に見覚えのある景色が現れるようになってきた。ずっと昔に通り抜けた場所だというのに何も変わっていないことに感動を覚えながら馬車は揺れる。それでもユーヒ村に辿り着くにはかなりの時間がかかるようで、着いた頃にはもう日が沈みかけていた。それでも見慣れたユーヒ村に帰ってこれたことに私はただ喜びを感じるしかない。


 そして村の入り口に到着すると、そこには何も変わらないいつものユーヒ村があった。牧歌的な風景は変わらないし、人々は畑を耕したり、家畜の世話をしたりしている。さっきまでいた首都の光景とは打って変わるそれに私はどこか安心感を覚えていた。


 カバンを取って馬車から降りると、私の姿を見た村の人たちがどんどんと集まってきた。運転手さんはそれを見るとさっと身を引いて首都の方へと戻っていく。そして私は村の人たちに囲まれていた。


「アルちゃん!?」

「ひとりで来たのかい?」

「勇者さまと一緒に行ったんじゃ……」

「何事ですか?」


 村の人たちのどよめきを制止するように水を打つひとつの声。その声の主に私は目を輝かせる。人混みの間を縫ってその声のほうへ走ると、そこには何一つ変わっていないアーシャ姉が困惑気味にこちらを見ていた。


「アーシャ姉!」

「アルセーナ、帰ってきたのですね」

「勇者さまが一度帰ったほうがいいってさ」

「……なるほど。アルセーナ、話があるので教会まで来てもらえますか?」

「うん!」


 私はアーシャ姉に手を引かれて教会へと向かう。こうやって一緒にアーシャ姉といられる。それが私に与えられた新しい世界なのだと。私はそう実感する。


 神様、そんな当たり前の幸せを続けさせてください。流れ星が駆ける空にそんな願いを託した。勇者さまがしていたおまじないのひとつだ。流星が駆けるまでに願い事を3回言えば叶うという。神様にお願いするのが普通だと思っていたから勇者さまの言葉には少しびっくりしたけど。でもそれが私の勇者さまへの繋がりだ。この空を勇者さまも見ているのかな?


 教会までの道のりのなかでアーシャ姉はいろんな人に相談を受けていた。その相談にテキパキと返答していく姿はやはりいつ見てもカッコいい。そんな姿に憧れるのは私だけではないだろう。そんな風に慕われたいと願う、これもお願い事に入れておこうかな。


 村の夜は徐々に深まっていく。そこには私の知っているユーヒ村がしっかりと残っていた。


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