第36話「てきじょうしさちゅ」

 副店長の予告通り今日はかなり忙しい。

 さすがはなごみのランチタイムだ。従業員が和む時間はしばらく無さそう。


 それにしても働くってマジ大変。時給英世の重みと親の有り難みが身に染みるよ。


 ──ふぅ、山場は何とか超えたようだ。

 もう少ししたら長めの休憩時間だからそれまで頑張ろう。


「葉く〜ん、6番テーブルにパフェおねが〜い」


「はーい」


 そして客が少ない時間帯アイドルタイムはしょっちゅう立花さんから名指しの指名が入る。システム完全無視。店長に怒られても知らないですよ。


 めっちゃパシリ。くっ……やはりこれが狙いだったのか。嬉しいけどさ。いいんだけどさ。俺そんなにM属性付与されてないから程々にしてね立花さん。


 それにしても一体どういうことなんだ。

 店長から聞いたけど、入ったばっかなのに立花さんはもう即戦力になってるらしい。


 要領良過ぎないか。さすが普段料理してるだけあって、マルチタスクはお手のものってことなのかな。

 店長は興奮気味に、千年に一人の逸材だとか絶賛してた。それってどっちの意味ですかね。


 パフェを取りに行くと立花さんはニコニコ顔で待っていた。もう何度も見た光景。可愛いんだよチクショウ。


「葉くん、気をつけてねっ」


「え、デカっ、何このパフェ」


 そびえ立つのは全長60センチのジャンボパフェ。その横からヒョコッと顔を出す立花さんから警告が発せられた。

 これがなごみで噂のジャンボパフェか。アイドルタイム限定、このボリュームで何とお値段脅威の980円。コスパ最強過ぎんか。一日限定先着3名様までだけどね。


 俺がそっとパフェグラスに手を添えると……何故か立花さんは手を重ねてくる。


 心臓が跳ねたんですが。気をつけてとか言ってるけど、むしろあなたのせいでこのパフェを床にぶち撒けるところだったんですが。いい加減にしていただきたい。


「な、何やってるの立花さん」


「葉くん、持ち上げるときが一番危ないんだよ? だからお手伝いしてあげる」


「大丈夫だから。俺アームカール30kgくらいは持てるから。これくらいなら一人で持てるから」


 めっちゃ早口でそう言うとパフェを持ち上げ慌ててその場を離れた。死ぬ。心臓が死ぬ。


 えーっと、6番テーブルはどこだ。あ、あそこか。

 ここからは落とさないように慎重に運ぼう。他にもホールで働いているバイトの女の子にぶつからないようにしなくては。


 そしてすれ違い様に可愛い制服の強調された部分に目を奪われないように。

 ホールで働いてるとよく分かるんだよね。男のお客さんは結構あれを見てることが。


 まぁ仕方ないよね。だって俺たち男の子だもん。ただお客さんのは絶対に見てはいけない。ここはファミリーレストランなごみ。不快にさせてはならないのだ。


 6番テーブルに近づくとお客さんの姿が見えた。そこにいたのは二人の若い女の子。

 恐らくこの世でただ一人だと思う。


 俺が生おっぱいを拝んでも唯一興奮しない若い女の子が腰掛けていた。おっぱいって言わないようにしてたのに言っちゃったよ。おっぱい。


 俺は黙ってパフェをテーブルに置いた。店員としてはあるまじき行為。

 だがそれが許される相手だから失礼な態度は見逃して欲しい。


「何やってんだよ美紀」


「わ〜い! デッカ〜い!」


 既にスプーンを片手にスタンバイ。俺のことなど視界に入っていない。


 俺は美紀の向かい側に座るもう一人の女の子に顔の向きをシフトする。美紀では話にならないから事情聴取はこっちにしよう。


「こんにちは、あんずちゃん。どうしてここに?」


 あどけない顔。おさげがとってもチャーミングな女の子。東堂とうどうあんずちゃん。

 美紀のクラスメイトでよく家にも遊びに来ている。三人で一緒に格ゲーをやったこともある仲だ。


「こんにちは、お兄さん。実はミッキーに仕方なく連れて来られて……私は止めたんですよ? お兄さんのお仕事の邪魔になるからって」


「ほうほう……それで、本音は?」


「……ミッキーがパフェ奢ってくれるって言うから来ちゃいました。たはー」


 たはーっ、じゃねぇわ。右手にスプーンで左手にフォークでスタンバってるからバレバレなんだわ。


「あ、お兄ちゃんいたの?」


「あっ!? ミッキープリン二つとも食べたでしょ!? ずるい! というか早すぎ!」


「まぁまぁ、あんちゃん落ち着きなよ。真ん中のアイスは二つともあげるからさ」


「じゃあそこのイチゴも一緒に食べちゃお〜」


「イチゴはダメっ!!」


 二人でパフェのどこを攻め落とすかで言い争いになっている。


 わちゃわちゃわちゃわちゃ。


 しばらくその様子を観察していると、落ち着いたのかようやく最初の本題に戻ってきた。

 相変わらず仲がいいことで。


「お兄ちゃん、私は千鶴お姉ちゃんに頼まれててきじょーしさちゅに来ただけだよ」


 スプーンを片手にドヤってるけど全然言えてないからね。


「敵情視察? 一体なんのことだよ。ここに敵なんていないぞ」


「敵はキッチンにいるんだよ。すごい強敵がいるんだって」


 なんだそれ。キッチンを覗きに来たってことか?

 あっ、そういえば武田さん。ここでバイトするって言ってたな。ということはバイト先の雰囲気を確認してきて欲しいと美紀に頼んだということか。


 俺に言ってくれればいくらでも教えてあげるのに……いや、客目線で見た店の雰囲気も大事ではあるか。それに男では分からない女の子の感性も重要だからな。


「……事情は分かったよ。あんまり騒ぎ過ぎて他のお客さんの迷惑にならないようにね」


「あっ!? お兄ちゃん! 待って!」


 言った側から大きな声を出しやがって。今度はなんだ。


「お、お財布・・・忘れちゃった〜」


「えぇっ!? ミッキーお金持ってきてないの!? ミッキーが奢ってくれるっていうから私も持ってきてないよ? ど、どうするの? 無銭飲食だよ」


「あんちゃん大丈夫だよ。お兄ちゃんが奢ってくれるって」


 なぜ? なぜそうなる? 千円英世の重みを実感した側からさよならする羽目になるのか。

 家が近いから取りに行けと言おうかと思ったが……美紀は武田さんの依頼でここに来てるんだよな。武田さんにはいつも感謝してるし……仕方ない、今回だけだぞ? 今回だけなんだからね?


 俺はポケットからミニ財布を取り出すと、千円札をスッとテーブルに滑らせるようにして置いた。

もう中身はからっぽだ。帰りにコンビニでプリン買って帰ろうと思ってたのに……。


「それ食べたら帰れよな」


「ありがとー、お兄ちゃん」


「お兄さん、ありがとうございます」


 二人から離れてしばらく仕事をしていると、あれだけ積み上がっていたパフェタワーはすっかり崩壊していた。

 あの華奢な身体の胃袋にどうやって収まったのか気になるところだ。


 美紀たちは伝票を持ってお会計に向かって行った。結局何しに来たのか分からなかったな。

 俺もそろそろ休憩だ。ゆっくりしよう。


「伝票をお預かりいたします。お会計980円になります」


「支払いチュイカでお願いしまーす」


「チュイカですね。どうぞ」


 ピピッ。


 ──おい、おい。俺の英世を今すぐ返せ。

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