第37話「抱けない女」※新

 くそが。


 俺はイラついていた。せっかく立花から日焼け止めを塗ってもらったのに、肌がこんがりと焼き上がってしまったから。

 色白イケメンで通してたのにホント最悪。


 これも全部沙織のせいだ。あいつがしつこく付き纏ってきて炎天下の中、撒くために歩き回ったのが原因に違いない。


 そんな俺の努力も虚しく、立花と遭遇してとんでもない目にあった。

 葉っぱ野郎、余計なこと口にしやがって。あとで絶対しばいてやる。


 俺は殴られたせいで前歯を1本損傷してしまった。さすがにこのままというわけにはいかないから歯医者に行ったが、折れた歯がない場合は元通りの見た目に治すのに10万かかると言われた。


 こんなことになるなら折れた歯をすぐに拾っておくべきだったと後悔したが後の祭り。救護室から戻って必死に探したがどこにもなかった。

 日焼けをさらに加速させたのもここかもしれない。


 歯に関してはとりあえず保険適用で治したが、それでも痛い出費だ。それにやっぱり違和感がある。


 切った唇はもしかしたらシコリが残るかもしれないとのこと。これも治すには美容整形が必要になってくる。


 あ〜、くそが、クソが、糞がぁ!!


 こうなったら立花のタダ飯を延長してもらうか? そうすればこれからも金が浮くからそれで治療費を賄えるかもしれない。

 

 その辺は追い追い考えていけばいいか──。


 俺は今日も立花の家に上がりこんで飯を食うことになった。


 リビングのテーブルに座って料理が出てくるのを待っている。


「グルルルルル~……バウッ! バウッ!」


 ちっ、うっせーなぁ。

 立花が飼ってるゴールデンレトリバーにめちゃくちゃ吠えられる。

 もう何回も家に上がってるんだからいい加減慣れろよな。俺は敵じゃなくて立花の味方だぞ。


 しばらくすると吠え疲れて大人しくなるからもう無視してる。

 仮にここで俺が立花を襲ったら間違いなく噛み付いてくるだろうな。


 まぁそんなことは絶対にしないけどな。暴力に走ったら俺の才能が通用しないと認めてしまうことになるから。


 だから絶対にこの最上級の女は俺の実力で抱いてみせる。


 ただ性欲は高まる一方。

 健全な男子高校生なら普通の生理現象だ。


 ましてや毎日毎日、目の前に最上級の女がいて指一本触れられないこの状況。


 あぁ、ムラムラしてきた。


 このあと家に帰ったら女を呼んで一発ヤろう。最近は四番目の女がお気に入り。

 中出ししたけど許してくれたし、ありゃ俺にゾッコンだな。


 少し待つと料理が運ばれてきた。どんどんとテーブルが大皿で埋まっていく。

 多い……これが大家族だったらなんら不思議じゃないんだろうが、これを食うのは俺一人。


「な、なぁ立花……ちょっと作りすぎじゃないか? 天ぷらとかそんなに揚げなくてもさ」


「あのね進藤くん、天ぷらって簡単に見えるけどとっても難しいんだよ? 特に油から上げるとき、音を頼りに最適なタイミングで引き上げられるかで食感が変わってくるんだからね」


「そ……そうなのか。料理は奥が深いんだな」


 立花は料理への拘りがかなり強い。きっと納得いくまで何度も作ってるんだろうな。


 だがブタ弁当の三段目に入ってるありゃ一体なんだ。月曜日がボルケーノ、火曜日がマグマ、水曜日がセメント、木曜日が沼、金曜日がジャガバード……謎の日替わりダイエット飯。あれは炊飯器で簡単に作れるのが魅力だったはず。


 まるで将来のトレーニーのために作る練習をしてるみたいじゃねーか。


 ただ味は本当に美味いんだよな。味は。これが適量で野菜ももう少しあったら最高なんだが。まぁしばらく続けていって立花の料理スキルが上がればそのうち落ち着くだろう。


 う、うう……ようやく半分片付いた。だがこの腹具合なら今日もいけるだろう。

 俺が完食への希望を見出した頃に絶望はやってくる。


「はい、今日は昼食がなかったからおかわり持ってきてあげたよ。たくさん食べてね」


「お……おかわり?」


「うん、おかわり」


「……」


 俺はタイムスリップでもしたのかと思った。だがさっきまで食っていた食材は俺の胃の中に間違いなく収まっている。テーブルは再び大皿で埋め尽くされた。


 振り出しに戻った瞬間だった。


 ぼうだめ……ぼうやめで……ぼうぐえない……。


*****


 俺の胃袋は確実に拡張していってる気がする。もう食えないと思っててもなんだかんだ絶妙な量が胃に入っていくからだ。というか夕食が少しずつ増えてるのは気のせいか?


 ははは、まさかな。


 食ったあとは苦しさでほとんど動けない。今に限って言えば性欲はゼロだ。

 俺が動けない間に決まってやることがある。立花はクリームを取り出して俺の頭皮に塗りたくる。なんでもスキンヘッドのメンテナンスなんだとか。


「う……うぷっ、なぁ立花、それって毎日塗らなきゃダメなのか?」


「毎日ってことはないけど、定期的にやらないと髪の毛が生えてきちゃうからね。青髭みたいに中途半端になるのが一番かっこ悪いでしょ?」


「確かにな……」


 いや、納得しかけたがちょっと待て。それって端的に言えば坊主ってことでは……?

 最初と違ってヒリヒリしないやつだから別にいいけどさ。


 立花も好きな男の容姿には妥協したくないようだ。全く……俺って男は罪深いな。

 この調子なら今日こそはいけるかもしれない。俺は勝負に出ることにした。


「立花……ちょっと苦しいからベッドで横になってもいいか? ついでに立花の部屋も見てみたいしさ」


「……ごめんね進藤くん、私の部屋ないの。お母さんと一緒の部屋だから」


「立花の家族って三人家族だよな? こんだけ部屋があって自分の部屋がないのか?」


「うん、他の部屋はお父さんの書斎とかリモートワーク用の仕事場なんだ~」


 う……嘘くせぇ。絶対嘘だろ。まぁそういうガードが固い面も悪くない。抱いたときの満足感が跳ね上がるからな。

 お楽しみはもう少しとっておくとしよう。


 三十分経ったら家を追い出された。


 立花家の表札を見つめながら……今日抱く女へコールした。

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