第34話「笑顔でなごみ」

 俺は心の中で確かに言った。どうして立花さんがここにいるのかって。


 店長、聞いてませんよ。こんな美少女の店員がいるなんて。これじゃあ、なごめないじゃないですか。ファミリーレストランなごみですよねここ。


 え? 和むのは店員じゃなくてお客様ですって? 想定が甘いですよ。

 例えば一組のカップルがご来店したとしましょう。そのとき男のお客様はつい、悪気はないのについ、立花さんのFに夢中になってしまう訳です。


 するとどうなります? 女のお客様は「私という可愛い彼女がいながら、なんでFに夢中になってんのよ! 私のAじゃダメだって言うの?」という嫉妬が起こるんですよ。

 そこからは男の言い訳が始まり、おっぱい論争は泥沼化。


 他のテーブル席にいるファミリーの5歳児は泣きながらお子様ランチを召し上がれ、ですよ。ほら、全然和めないじゃないですか。


 話が少しだけズレたから冒頭の話題に戻すことにしよう。

 俺は確かに心の中で言ったんだよ。どうして立花さんがここにいるのかって。でも、俺の口から飛び出したのはそんなことじゃなかった。


 人間って目の前で想定外のことが起きるとつい本音が出てしまう生き物なのかな。心理学とか全く知らないから適当なこと言ってるんだけどさ。


「か……可愛い……」


 これが俺の第一声だった。

 面接に来た時も思ったけど、ここの女の子の制服ってかなり可愛いんだよ。だから可愛いに可愛いを掛け合わせるともう可愛いだよ。語彙力。


 立花さんが着るとそれにしか見えない。そう、コスプレだよ。

 いつものロングヘアーは後頭部で綺麗に束ねられてて、お団子になっているのもポイントが高い。

 少しだけでいいんで横向いてもらえますかね。うなじを拝見させていただきたい。


 あとさっきのおっぱい論争だって、あながち間違いじゃないことはこの制服を見れば分かってもらえると思う。


 この制服さぁ……一体誰がデザインしたんだよ。Fの輪郭が強調されてるよ。時代錯誤もはなはだしいよ。いまうるさいんだよそう言うの。

 ちょっと文句が言いたいから、あとで給料の寄付はどこにすればいいか教えろください。


 立花さんが何故か下を向いていると、店長が立花さんの頭にズボッと帽子を被せた。


「うん、これなら髪の毛もばっちり隠れてるから大丈夫だね。それじゃあ立花さんはキッチンに、佐原くんはホールに行ってお仕事してください」


「えっ!? 葉くんキッチンじゃないの!? ねぇなんで!?」


 すっぽり帽子を被った立花さんが衝撃を受けた様な顔を向けてくる。

 対して俺が考えてることは全く別のことだった。立花さんだったらハゲでも可愛いかもしれないと。


 ハゲで思い出した。新のやつめ、立花さんがここでバイトするなんて一言も俺に言ってなかったじゃないか。罰としてあとで髪の毛一本抜くぞ?


「うん、初めてのバイトだから不得意なことよりも、まずは自分が出来そうなことから始めようかなって」


「えぇ〜!? そんな〜」


 立花さんはキッチンだからお客さんは和めそうで安心した。店長ナイス采配。


 それにしても何故かしょんぼり顔の立花さん。

 もしかして俺をパシリに使いたかったけど、目論見もくろみが外れたとかかな。

 俺が唯一出来るまともな料理って言ったらカレーくらいですよ。しかも美紀の補助付きで。


 バイト不慣れの料理下手っぴがキッチンに立ったって邪魔するだけの未来しか見えない。


 立花さんはわーわー言いながら、抵抗するようにして店長に引きづられてスタッフルームから出て行った。


 俺はこのあとどうすればいいんだろう。初バイトで放置プレイはさすがにキツいですよ。俺が不安に思い始めてすぐに声がかかった。


「あの……副店長の飯島です。佐原くんの指導係になりました。よろしくお願いします」


 弱々しい声。年齢は20代前半くらい。まだ大学生ですと言われても不思議に思わない。

 そう言えばバイト募集の説明欄に女の副店長がいるって書いてたな。


「佐原葉です。よろしくお願いします」


「それではホールに行きましょうか……」


 なんか元気ないな。大丈夫だろうか。

 俺の懸念とは裏腹に副店長の指導は全く問題はなかった。


 初日だからまずは接客、注文、配膳、片付け、お会計と一般的なホール業務をこなす。慣れてきたらなにやら細かい補助業務もやらなくちゃならないみたいだ。


 少し緊張してたけど、ちょっとずつ場の雰囲気に慣れてきた気がする。まぁ今日はお客さんが少ない時間帯に入ったから、少し暇ということも大いに関係しているんだろうけどさ。


「はぁ……」


 キッチンへと続く通路脇で控えていると、ため息が漏れてくる。出所は言わずもがな。


「副店長、どうしたんですか?」


「いや……別に」


 そう否定はするものの大丈夫な感じではない。思い詰めているように見える。俺は少し心当たりがあったから、無粋とは思ったけど訊いてみることにした。


「もしかして元店長のことですか?」


「……知ってるの?」


 あ、この話いまの店長から聞いたって内緒なんだった。やべ、どうしよ。


「知りますん」


「知ってるよね」


 とりあえずこれ以上は俺の口からは語るまい。必殺、お口ダイヤモンド。

 俺の沈黙から察したのか、副店長は胸の内を吐露し始めた。


「ちょっとそのことで本社から怒られちゃってね。この仕事……向いてないのかなって。最近、辞めようかなって、そればっかり考えちゃって……」


 事態は俺が思っているよりも深刻なようだ。

 まぁ前の店長はあのヤバいやつだったからなぁ。詳しい関係性を知らない俺が言えることなんて、これくらいしかないだろう。

 俺はお口のチャックを開いた。


「副店長はこの仕事好きですか?」


「……好きだけど?」


「なら続けてもいいんじゃないですかね? いまは店長も新しくなりましたし、前にどんな失敗したのか知りませんけど……それを教訓にこれからもっと仕事が好きになるように頑張って行けばいいと思いますよ。それにもったいないですよ。せっかく好きって言える仕事に就けてるんですから……って、社会経験ゼロの俺が言っても説得力皆無ですけどね」


 こんなペーペーのバイトにそんなことを言われるのが意外だったのか、副店長は目を大きく見開いた。


「……佐原くんって本当に高校生?」


「ピチピチの高校一年生です」


 副店長は突然俺の背中を摩り出した。

 なんだ急に、ちょっとビクッとしちゃったよ。


「な、なんですか?」


「いや、背中にチャックとか付いてるんじゃないかと思って」


「中からオッサンとか出てこないので安心してください」


 副店長はクスクスと笑い出した。少しは元気が出たかな。やっぱり女の子は笑顔が一番だね。その笑顔でなごみですよ。


 少し和やかになった俺たちとはよそに、キッチンからは少し騒がしい声が聞こえてくる。


「あの、立花さん、でしたっけ? お皿離してもらえますか? お料理冷めちゃうので」


「葉くん来ないかな〜」


「聞いてます? 立花さん?」


 一体何をやってるんですかね、立花さん。

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