第32話「ファミレスに花」
とりあえず話を聞きに店に出向くことにした。というか何がなんだか分からず、事情を聞き損ねたと言った方が適切か。
俺がここのバイトを選んだのは家から近いということと、短期バイトを募集してたからだ。
いまの時期に二つの条件を満たすとこはタウソワークで見た限りここしかなかったから、やっぱりやるならここがいい。いまさらベートルとかで探すのも億劫だし。
問題はあの店長がどうなったのかだが……。
店に着くと前回の面接同様、奥の席に案内されて待つ。今度も堂々と座ってやるぞ。これでまた帰ってとか言われたらいよいよホワイ、ジャパニーズピーポーだよ。
スタッフルームから1人の女性が出てきた。ネームプレートには店長って書いてある。
も、もしかして店長ゲームとかやってるんじゃないだろうな。一日署長ならぬ一日店長とか。そんなのが許されるのはこども店長だけだぞ。
「はじめまして、店長の北村と申します。よろしくお願いします」
「佐原葉です。よろしくお願いします」
そんな俺のくだらない思案をよそに店長の北村さんは丁寧に挨拶を交わしてきた。
年齢は20代後半ってところかな。この間の店長よりも若そう。て、そうだよ、それを聞きに来たんだった。
「この間の店長さんはどうされたんですか?」
「……佐原くんって口堅い?」
「そりゃもう、ダイヤモンドくらいにガチガチですよ」
「君、面白いね」
北村さんは辺りをキョロキョロ見渡すと声のボリュームを落として説明を始めた。
「実はね……前の店長、4月からここの店舗の配属になってたんだけど、店長の権限を利用して若い女の子ばっかり採用してたみたいなのよ。うちはバイトの子を採用する際に本部に履歴書を確認してもらって、問題がないか審査してから合否を出すのね。ほら、いまSNSでバイトテロとかあるでしょ? その際に店長が所見書を作成して一緒に本部に送るんだけど、男の人を作為的に弾いてたことが発覚したのよ。なんでもタレコミがあったとからしいんだけど。でね……」
北村さんはもう一度辺りをキョロキョロして誰も聞いていないことを再確認すると、さらに声量を落とした。
「不審に思った本部が事情聴取したら……元々いたバイトの男の子にパワハラしたり、マニュアルにはない独自ルールを勝手に作ったり、終いには女子高生に手を出してたことが発覚してね……すぐに懲戒解雇の処分が下ったみたいなの」
あの店長……ホンマもんのヤバいやつだったのか。JKをお持ち帰りしていいのは髭を剃ったサラリーマンくらいだよ。本当にやったら一発退場レッドカードだからな。
「なるほど……それで代わりに北村さんが店長になったんですね」
「そういうこと。って言っても私自身は先日まで他店の副店長だったんだけどね」
「あ、そうなんですね。そういうのって臨時の場合はここの副店長が代理すると思ってました」
「私もそこについて詳しい話を聞いてないから憶測でしかないけど……副店長にもお店に問題があった場合は本部に報告する義務があるから、それを怠ってたってなると信用問題に関わることだからね……って、バイトの子に何話してんだろ。佐原くん、ホントにこの話は内緒でお願いね」
北村さんは両手を合わせてお願いポーズを取った。安心してください。俺はあのハゲからのお願い事も未だに守ってるくらいガチガチの男ですよ。
それはそうと疑問に残る事が一つある。
「大丈夫ですよ。誰にも言いませんから。それにしてもなんで俺は採用されたんでしょうか。あの店長が面接したのなら落とされてるはずですが……」
「う〜ん、そこはよく分からないのよね……佐原くんの所見書を私も見たんだけど、いいことしか書いてなかったんだけど……面接はどんな感じだったの?」
「早々に帰っていいって言われました」
「え……どういうこと?」
どうやら北村さんは何も聞かされていなかったようだ。俺は面接にあったことを一から説明した。俺が言葉を発するたびに北村さんの顔が歪んでいく。
「なにそれ……ひどい……。なんか、ほんと、すみません……」
「いえ、他店の副店長さんだった北村さんは無関係と言ってもいいと思いますので……」
俺が採用された本当の理由はよく分からなかったけど、大筋の事情は分かった。
話した感じだと北村さんが店長なら働くには全く問題なさそうだ。
そのあとは詳しい仕事内容について話し合いを行い、提出する必要書類を受け取って帰宅した。
*****
翌日、再びお店を訪れて北村さんにスタッフルームへ案内された。部屋の中央にはテーブルと椅子が置かれていて、ここで休憩ができるみたい。
奥に続く二つの扉は男子更衣室と女子更衣室に分かれている。俺は支給された制服を持って更衣室で着替えを済ませた。
これで俺も今日からファミレス店員デビューだ。よし、頑張るぞ。
俺は洋服屋の試着室から出る気分で扉を開けた。
「どうですか店長、似合ってます?」
「うん、葉くん。すごく似合ってるよ」
俺は密かな緊張から幻聴を聞いたのかと思った。しかし、その姿を見間違えるはずがない。こんな美少女がコロコロいてたまるもんですか。
ど、どうしてここに
立花さん……。
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