第31話「ブラック面接」

 俺は自室に篭った。

 武田さんがあんなに格ゲー強いなんて聞いてないぞ。美紀のやつめ、とんでもない虎を育てやがって。てか虎というよりゴリラだろあれ。武田さんに馬鹿力要素は似合わないからあのキャラはやめた方がいいよ。


 さくらちゃんとかどうですかね。可愛いし少しだけ敬語キャラだし、ほら、足とかムチムチしてて最高ってそういうことじゃなくて。


 もう最弱CPUをボコすのは飽き飽きしてたんだ。たまにはリアル相手に手加減をしつつ、いい感じで負けてあげてストレス発散法を思いついてたのに。台無しだよホント。


 ちなみに負けたからいじけて自室に篭ってるわけじゃない。な、ないんだからねっ。


 俺は机の前の椅子に腰掛けると、今日コンビニで買ってきた袋をごそごそと漁った。

 まずは食後のデザートで糖分補給だ。そういえば久しぶりにプリンを食う気がする。冷蔵庫に入れとくと美紀に食われてしまうからな。


 いい加減、のものを勝手に食うのやめさせなきゃ。美紀が美味そうに食ってると、もういっかって気持ちになって強く言えない俺にも原因はあるが。もしかして狙ってやってる? わが妹ながら末恐ろしいよ。

 将来は旦那ができたら尻に敷くタイプだなありゃ。


 プリンを食い終わるとコンビニの袋から3枚綴りの書類を取り出した。人生で初めて買ったよ。就活には欠かせないもの。

 そう、履歴書だ。


 昨今では手書きじゃなくてパソコンとかスマホで作れるらしい。時代のニーズに合わせて、採用する側もそう言った変化を受け入れつつある。


 応募するバイト先に手書きの指定はなかったし、俺もスマホでいいかなって思ったけど、せっかくだし買ってみた。

 これ、意外と高かったんだよな。こんなペラ1枚で120円ですよ。これとさっき食ったプリンが同価値なんて俺は認めん。


 机の周りを整理し、履歴書の作成に取り掛かった。

 そういえばこの間、ニュースかなんかで履歴書にある性別欄がなくなったとか言ってたな。メーカーによるんだろうけど、俺が買ったのには性別の記入欄はある。


 確かタウソワークでWeb応募した時も入力フォームに性別とかなかった。

 いろいろそっち方面っていま厳しいし、企業側も大変なんだろう。応募したバイト先の説明には女性活躍中とか、女性でも大丈夫ですとか、いろいろ配慮してたし。


 性別不明だと俺の葉って名前は男って感じするのかね。葉子とかだったらもろ女の子だけどさ。

 

 まぁそんなどうでもいいことは置いといて、書くことに集中しよう。

 えーっと、名前に生年月日に住所にっと。


 スラスラ、スラスラ、スラスラス。


「あっ! くそ、間違えた」


 誰もいないのについ漏れ出る独り言。

 ぐ、ぐぬぬ……俺はこの瞬間、プリン1個をドブに捨ててしまったのだ。これ、修正液ダメっすか? さすがにダメですよね。まだ履歴書は2枚ある。落ち着いて書こう。


 スラスラ、スラスラス。


「あぁ! また間違えた……」


 プリン2個。2個ですよ。あのプリン様2個。残り1枚しかない。いよいよ追い込まれる。

 や、やっぱりスマホで作ろうかな……。


 *****


 翌日、俺は出来上がった履歴書を持って応募先のファミレスに向かった。

 メールで指定された時刻は午後3時。お昼時のピークも終わり、店内は落ち着いた雰囲気で客もまばらである。


 出迎えてくれたウエイトレスさんの指示で店内奥のテーブル席に腰掛けた。

 き、緊張する。バイトの面接は大したこと聞かれないらしいけど、こういった形式ばったことはどうも苦手だ。


 そのまま少し待っていると、すぐ近くにあるスタッフルームから1人の男性が出てきた。

 結構若そう、あれが店長さんかな。ネームプレートに店長って書いてあるし間違いないだろう。座って待ってるように言われたけど、その姿が見えたから俺は席から立ち上がった。とりあえず挨拶だ。


「初めまして、佐原葉です。本日はお時間をいただきありがとうございます。よろしくお願いします」


「……ちっ、男かよ」


 ん? なんだ今の舌打ち。気のせいだよね。さすがに。

 座るように指示を出され、さっそく履歴書を渡すも明らかに不機嫌さが滲み出ている。


 俺、何かしました? まさか、座って待ってたの見られたのがいけなかったとか? でも座って待てと言われてるのに、指示に従わず立って待ってるのもどうかと思うけど……俺、やらかした?


「……佐原葉……くんね。で、どれくらい出れんの? 土日は? ホールとキッチン両方やれんの? 学校とか親の許可とかは? うち厳しいけど大丈夫?」


 矢継ぎ早に飛んでくる質問。な、なんだこの店長。やべーやつやん。こ、これが噂の圧迫面接とかいうやつか。バイトでそんなんあるなんて聞いてないぞ。

 緊張の中、突然の出来事に一瞬フリーズ。聞かれた質問の内容が多すぎてどれから答えたらいいのか分からなくなった。


「あ、あの、すみません。もう一度よろしいですか……」


「はぁ……帰っていいよ。このあと別の面接あるから。ご苦労さまでした」


 そう言い残して席を立つと、まだ名も知らない店長らしき人はスタッフルームに消えていった。

 え、なにこれ。新手の圧迫面接ですか? 部活の顧問の先生に『お前もういい! 帰れ!』って言われたけど本当は帰っちゃいけないやつ。


「……」


 帰ろ。どの道ここで働くのは気が引ける。

 というか……クソが! 俺の履歴書プリン返せ!


 鮮烈な面接体験を終えて自室のベッドで寝転んだ。これが社会経験なるものですか。トラウマになりそう。


「はぁ〜……」


 もうバイトはいいや。

 いつもみたいにぐうたらと夏休みを謳歌しよう。なんでせっかくの夏休みなのにこんな嫌な気持ちにならにゃいかんのだ。


 俺は今日の出来事を忘れ去るように早めに眠りについた。スーパードクター時間先生。今回もよろしくお願いします。


 *****


 三日後、昼下がりの自室。ベッドで寝転がっているとスマホが鳴った。

 知らない番号……誰からだろう。


「はい、佐原です」


「あ、もしもし。私、ファミリーレストランなごみの……店長の北村と申します」


 電話から聞こえてくるのは女性の声。というかいま店長って言ったよね。じゃあこの間のあれ誰ですか。


「はい、どのような御用件でしょうか?」


「この間はアルバイトの面接ありがとうございました。ぜひ採用させていただきたいので、お店の方にお越しいただけませんでしょうか?」


 一体なにがどうなってるんでしょうかね。

 ホワイ、ジャパニーズピーポー。

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