第28話「ライフゼロ」

 カキ氷を食べ終わると、俺と立花さんはウォータースライダーへ続く階段下のパネルの前で立ち止まった。


『身長140cm未満の方は滑れません』


 というと小学校高学年くらいから滑れるようになるのかな。このウォータースライダーは下から見てても結構迫力がありそうだし、安全面では妥当なんだろう。


 それにしてもちっちゃい立花さんか。さぞや天使みたいな女の子だったんだろうな。ちょろ男ならクラスにいたら絶対好きになっちゃうやつ。結局今と変わんないね。


「葉くん見て見て、どう?」


 立花さんはパネルに描かれた絵と背比べをし始めた。どっからどう見ても優に超えている。

 それはそうだ。もう高校一年生になって、女の子は身長の伸び終わりに差し掛かってる時期だし。


 でもそんなことは本人も分かってる。ただただ、乗れるようになって嬉しい感情を露わにしてるだけ。いちいち可愛すぎて辛いです。


 パネルのメモリから読み取ると立花さんの身長は167cmか。女の子としては高身長の部類に入り、それがグラマラスなボディラインを演出している。


 俺はいま172cmだけどもしも下から見上げることが出来たなら、それはそれは魅力的なことだろう。


「うん、バッチリだね。これならドラゴンにも乗れるよ」


「ブルーアイズホワイトドラゴンにも乗れる?」


「そりゃもちろん」


「ふふ、やったぁ」


 立花さん、なかなかマニアックなチョイスだな。女の子でそれを知ってるのは珍しいと思うよ。いつか俺もあの名セリフを言われてみたい。


『もうやめて! 葉! とっくにハゲのライフはゼロよ!』って。


 階段を上がりしばらく並んだあと、ウォータースライダーの滑り台に到着。


 滑り口は二つに分かれてるけど、立花さんは俺の後ろに並んでる。順番的に俺が先に滑ってから立花さんがそのあとに続く感じだ。


「ねぇ葉くん、下から私が滑るとこちゃんと見ててね?」


「りょーかい。バッチリ見ますとも」


 そりゃもう、目に焼き付けますわ。違った意味で下から見上げますよ。


 近くにいる係員が笛を吹くと滑っていい合図みたい。俺は座ってその音色が耳に届くのを待つ。


 なんか待ってる時間ってワクワクというかソワソワというか、変な気持ちになる。


 ピッ!


 ゴーサインが出た。俺は勢いよく滑り台のフチを掴んで体を滑らせる。スルスルと背中に伝わる水の感触と共に、どんどんと速度が上がっていく。


 カラフルに継ぎ目が変わりゆくその様が、視覚を通して加速感に拍車をかけた。日常生活では味わえない重力のかかり方が、高揚感を最高のボルテージへと誘う。


 めっちゃ楽しい。叫んじゃおっかな。誰も聞いてないし、いいだろ。


「この、ハゲーーー!!」


 ザブンッ!!


 華麗に着水。いや、叫んでたからか鼻から水が入った。ツンとする。


 周りを見ると着水の様子を見て楽しんでいる利用客がたくさんいた。なんかクスクス笑ってるのは気のせいだよね。


 すぐプールから上がり立花さんを待つ。残念、分かっちゃいたけどあんまり姿ははっきりとは見えない。なんとなく誰かが滑ってる影が見えるだけ。


 それでも着水の様子は見逃さない。きっと周りのギャラリーも俺と同じ心情なんだろう。


 最終カーブを曲がり、立花さんの姿が見えた。

 何故か腕をパタパタとさせている。それはさながらペンギンが空を飛ぼうと必死に足掻あがいてるかのよう。なにそれ……か、可愛い……。


 ザブンッ!


 水しぶきを上げて着水。その一瞬だけ切り取れば、湖から飛び立とうとする白鳥のようにも受け取れたことだろう。


 滴った長い髪をかき上げた立花さんがこちらに向かってくる。デコ出し立花さん。めっちゃ可愛い。


「葉くん、葉くん、ちゃんと見てた?」


「うん、見てたよ。見事な可愛い着水だった」


「ふふふ、たのしー! ねぇ、もう一回!」


 いいだろう。何回でも付き合おうじゃないか。本当に楽しそうにする立花さんは、まるで小学生の頃の美紀のようだ。て、あれ、今の美紀も大して変わらないか。


 立花さんはプールのフチから上がろうと両腕をついた。

 素晴らしい光景。何とは言わないから想像してごらんなさい。真正面、上から見下ろした先にある実りの果実を。


 下を向いてるから俺の視線には気がついてないだろう。ちなみに周りのギャラリーにいる男どもの視線にも気がついてないようだ。


 絶好のチャンスを逃すまいとガン見した。女の子には悪いけど、これは男のさがなのだ。そこにあったら見ちゃう。見ようとしなくても見ちゃう。だったら思いっきり見たっていいじゃない。


 俺は目が焼き切れんばかりに凝視していたからその瞬間を見逃さなかった。


「ちょ、ちょ、ちょ、まずいって!」


 俺は咄嗟に手で押さえつけてしまった。立花さんにまとわりつくはずのビキニを。


 絶妙な力加減で辛うじて果実の形を変えないようにしているが、指先に伝わる微かな弾力はどうやったって誤魔化せない。事情が伝わらなければ完全にセクハラ行為。俺は今日、立花さんから絶交を言い渡されてもおかしくない。

 だが構わない。今も感じる視線の先の野郎には絶対に見せてはならないのだ。


「やん、葉くん、こんなところでダメだよ……」


「ちょ、違くて、ビキニの、首、紐、結んで! 早く!」


 俺はめちゃくちゃテンパってた。立花さんもようやく気がついたようだが、全く慌てる気配がない。何か含みのある目つきで見てくる立花さん。今、その目で見ないでもらえますかね。この変態やろうってなじるのはこれが終わってからいくらでも聞きますから。


 ギュムッ。ギュムムムム〜。


「ちょ、立花さん! 動かないで、それ以上は、ダメ! ら、らめだからぁ! あ゙ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 圧力を加えられた2つの果実が俺の手を殺しにかかってきた。ライフゼロ。とりあえず言えることは、しばらくオカズはいらないということだ……。


 *****


 危機的状況を切り抜けて、今度はしっかりとビキニの紐を結んだ。これに関しては俺の過失だ。あのとき、ちゃんと確認してればこんなことにはならなかった。

 それでも立花さんは全く怒ってる様子はない。どこまで天使なんですかね。


 昼食のためにテントへ戻るとみんな戻ってきてた。ちなみに口元に絆創膏を貼った新もいる。


「た、立花〜、さっきのはホント誤解なんだって〜」


「別に、進藤くんがどこで誰と何してようが私には関係ないけど……」


「そ……そんなこと言うなよぉ、立花ぁ〜」


 もうやめて! 立花さん! とっくにハゲのライフはゼロよ!

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