第27話「ちゅぱちゅぱ」

 一つの大きな浮き輪には男女が2人。紛れもなくカップルに見られてるであろうこの光景。

 もしも立花さんが恋人だったら俺はギュッてしてるよ。ギュッて。


 はぁ……なんじゃこりゃ。ここが流れる三途の川というやつですかね。


 せめて立花さんは現世に返してやってください。代わりと言っては何ですが、イケメンを差し出しますので。ハゲですけど気にしないでください。


 水面みなもからぷかぷかと伝わる浮遊感がより一層非現実感を引き立たせる。

 この浮き輪は一体どこへ俺をいざなおうとしてるのだろうか。


「葉くん、あれ見て! すごいウォータースライダーがあるよ!」


 立花さんは少し興奮気味に指を差している。ほうほう、確かにこのウォータースライダーは凄い。


 滑らかな肩から滑り落ち、ブラックゾーンの隙間には豊満な谷間。それはさながら楽園へと誘う旅客機のFファーストクラスのよう。そこに挟まったら最後、理性など木っ端微塵に粉砕されてしまうだろう。


 何の話をしてるのかって? もちろん立花さんが指差してるウォータースライダーのことだよ。HAHAHAHAHA。


「立花さんは高いとこ大丈夫?」


「それは大丈夫。というか滑ったことないんだ」


「そうなの? 一度も?」


「うん。日焼けしたくなくて、最後にプール来たの小学生以来なんだ。当時は身長が足りなくて滑れなかったの」


 なるほどね。確かに立花さんの綺麗な素肌には紫外線は毒だ。その毒を喰らってでも、新がいるから我慢してプールに来たのか。

 なんて健気なんだ。そんな天使立花を放っておいてあのハゲはどこで何をしてるんだよ。


「あ、ねぇねぇ葉くん。カキ氷食べよ?」


 次に立花さんの目に入ったのは売店にぶら下がる氷の旗。まだプールに入って少ししか経ってないけど、妙に体が熱いから助かる。

 俺と立花さんはプールから上がると売店に向かった。


「葉くんはブルーハワイでいいよね?」


「うん、オッケー」


 って、何で俺の好み知ってるんだ? 俺ブルーハワイ派っていつ言ったっけ……。

 まさか弁当の感想を送りまくってたから、既に好みの傾向を把握してるとか。


 立花さんはイチゴ味をチョイス。すぐ近くにあるテーブルの席に着いた。

 まだ昼時には早いからすぐ座れてよかった。


 2人してパクパクと氷の山を崩しながら食べ進める。


「葉くん知ってる? カキ氷のシロップって本当は全部一緒の味なんだって」


「え、どういうこと? だって味違うじゃん」


「色と香りが違うからそう感じるらしいよ。だから原材料はほとんど一緒なんだって」


「へぇー。さすが立花さん、物知り。でもにわかには信じられないなぁ」


「じゃあ葉くん、鼻つまんで目を閉じてから口を開けてみて?」


 俺は立花さんに言われた通りにした。すると口の中にプラスチックの硬さと共に冷たい甘味が広がる。ん? これ、何味だ?


「わ、わからない……」


「でしょ? 正解はイチゴ味でしたー」


 まぁ、ここにはブルーハワイとイチゴしかないからね。

 ん、ん、んんんん? イチゴ味? あの、そのお持ちになってるストローって……さっきまで立花さんがパクパクしてたやつですよね?

 これが俗に言う間接キッスとかいうやつですか? 立花さんは気にする様子もなくストローを口に咥え始めた。


「……」


「何やってるの? 立花さん」


「ちゅぱっ。ん、何でもない」


 何でもないそうです。気にしたら負けだ。俺は間接キッスなどしていない。うん。


 立花さんと他愛もない雑談を繰り広げていると、聞き慣れた声が耳に入ってくる。


「おい沙織、今日はデートじゃないんだからいい加減諦めろって」


「えぇ〜、せっかく偶然新くんに会えたのに〜」


 そこにいたのはハゲ。じゃない、帽子を被った恐らくハゲがいた。

 新と話してる女の子は誰だ? かなり可愛いな。まぁ立花さんと比べたら霞んで見えてしまうけど。おっと失礼、あの女の子に悪いな。あくまでも個人的感想ですので。


 何やら言い合ったあと、立花さんの存在に気が付いたのかすごい勢いでこちらに向かってきた。


「た、立花! これは違うんだ!」


「なんのことかな?」


「だ、だからあれは単なる友達でそんなんじゃないから!」


「ねぇ新くん、その子誰?」


 女の子は明らかに不機嫌そうな顔をしている。こ……こいつ、もしかして浮気か? あ、ありえねー! 立花さんというめちゃんこ可愛い彼女がいながらこいつ……。


 こうなったら俺が代弁してやろう。


「この人は新の彼女の立花さんです」


「え、葉くん。違うよ?」


 あぁダメだこりゃ、立花さんも新の浮気に気がついて激おこモードですわ。まるで気にしてない様子を見せてるが、内心では絶対に強がってるだけだ。


「よ、葉! てめぇ!」


「さいってぇ!」


 パシンッ!!


 乾いた音が辺りに響く。思いっきり新の頬を引っぱたいた効果音。女の子はすぐに状況を理解してくれたようだ。


 よっぽどの強打だったのか、新はバランスを崩してテーブルの角に顔面を強打。


 ポロッと白い何かが床のタイルに転がった。


「いで〜! あ! あああああ、お、俺の歯がぁ〜!?」


 唇も同時に切ったのか、口元を押さえてポタポタと血を滴り落としながら、すぐ近くの救護室に駆け込んで行く。


「ねぇ葉くん、これ食べ終わったらウォータースライダー行こう?」


 立花さんは新が負傷したのに全く気にする素振りはない。


 まぁ、彼氏が浮気したから見放して当然ですよね〜。

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