第23話「ビービーキュー」

 今日は待ちに待ったバーベキューの日。

 家の庭でもできないことはないが、武田さんのリラックスも兼ねて河原で行われることになった。


 移動はミニバンで運転席と助手席は父さんと母さん。そこまではいい。

 問題は2列目と3列目に誰がどこに乗るかだ。妹だけなら2列目に並んで座るが、今日は武田さんと立花さんがいる。


 俺は迷いに迷ったが流れに任せることにした。何かと乗り降りし辛いし酔いやすいから、3列目に俺が真っ先に乗り込んだ。


 さて、どうなるか……。


「それじゃあ私は葉くんの隣で」


「ちょ、ちょっと待ってください。後ろの席は乗り降りし辛いので私が乗りますね」


「ありがとう武田さん。でも大丈夫だよ」


「……いえ、実は私……後ろの席じゃないと逆に酔ってしまう体質なんですよね」


「私もそれなんだ」


「ず、ずるいです!」


 そ、そんなに二人とも3列目に乗りたかったのかよ。というか3列目じゃないと酔う体質とか聞いたことないぞ。


 様子見のつもりが俺は初手に最悪の悪手を打ってしまったようだ。2人が言い争ってる間にしれっと美紀が俺の隣に座った。


「ほらほらお姉ちゃんたち。早く乗って」


「もう、美紀ちゃんったら」


「美紀ちゃんならいいです……」


 二人は諦めたのか大人しく2列目に座った。ここで俺が3列目を譲るとか言ったらどうなるんだろう。いや、やめとこ。なんか悪い予感しかしないから。


 はぁ、それにしても……。


「ふぁ〜〜〜あ」


「お兄ちゃんおねむ?」


「うん、昨日夜更かしし過ぎた」


「まだ時間かかるし寝てたら?」


「うん、そうする〜……」


 ウトウト、ウトウト。

 ウトウト、ウトウト。


 気がついたら妹の膝を枕に眠りについてたようだ。

 あっ、やばい、よだれ垂れてる感覚がする。起き上がる時にバレないようにこっそり拭っとこ。


「お兄ちゃん、よだれきたな〜い」


 ありゃりゃ、バレテーラ。


 *****


 天気は晴天、澄んだ色にゆるやかな川の流れ。歩くたびにジャリジャリと耳に入る音が妙に心地いい。

 川の両端に連なる深緑の木々は、視覚だけでなく空気も浄化してくれているような感じがして、目も肺もクリアになった気がする。


 河原に着くと既に3組ほどバーベキューをやっている家族らしき人たちがいたが、どこも似たような感じだから場所を取られて損した気分にはならない。


 荷物はほとんど父さんが担ぎ込んだ。むしろ筋トレになるから担ぎたいと言い出して、これでもかと背負ってた。

 さすが馬鹿力。スクワット250kg越えは伊達じゃない。


「二人とも、足元の砂利に気をつけてね。ところどころ凹んでるから」


「お気遣いありがとうございます」


「ありがとう。もし転んだら葉くんにおんぶしてもらおっかな」


「立花さんが転んだらお父さんがおんぶしてくれるので大丈夫ですよ。そのあとに私が転んだら佐原くんにおんぶしてもらいますので」


「そしたら先に転んでみる?」


「ご冗談を」


「「ふふふふふ」」


 く……空気がよどんでいく……。

 おい、そこの木。もう少し頑張って光合成してくれ。悪しき空気を浄化するのだ。


 テントと火おこしは俺と父さんで、テーブルとかの軽いもの、食材や調理の準備は女の子たちで分担して行って、あっという間にバーベキューの準備が整った。


 食材の下準備はほとんど昨日の夜に母さんが終わらせたらしい。といっても武田さんの指示だったらしいけど。


 とりあえず乾杯だ。肉と言ったらやっぱりこれだよね。ダイエットポプシ。

 周りからもプシュプシュと同時に音がした。


 妹はオレンジジュース、立花さんと武田さんはお茶だ。


 父さんは黒烏龍茶。

 車の運転とか関係なく、筋肉に悪いからとかいう理由でそもそも飲まない。


 ちょ、母さんがヤバいもの持ってるんだが……嫌な予感しかしない。


 飲み物が行き届いたことを確認した父さんが乾杯の音頭を取った。


「それじゃあ、バーベキューを始めます。千鶴様はチートデイだから遠慮しないでガンガン食べるように。米も炊飯器ごと10合持ってきてるので。カンパーイ」


 カンパーイ。ってなんやその乾杯。


 食材は肉、海鮮、野菜はもちろんのこと、焼きそばやチーズ、マシュマロまで定番は一通り揃っている。

 かなりの量だから食べきれないだろうが、余り物は我が家の冷凍庫行き。その後は武田さんが美味しく調理してくれるから全く問題ない。


 二人お客さんが来るから小さめのコンロを新しく新調したらしい。

 そっちは父さんと母さんで仲良く使っている。


 家族でいつも使ってた大きめのコンロは俺たち子供4人で囲った。

 子供は子供同士でって感じか。まぁすぐ隣にいるからあんま関係ないんだけどね。


 さぁさぁ、肉だ肉。やっぱ焼肉の定番、カルビからだ。

 既にタレに漬け込んである。なんか焼く前から美味そう。


 ジューッ。


 焼ける音と共に肉とタレの香りが食欲をそそる。んーっ、たまらん。

 最初は何も付けずに頂こう。妹も俺と同じタイミングで焼き上がり同時に口へと運んだ。


 パクッ、モグモグモグ。


「うまぁーい! 最高!」


「美味しー!」


 外で食う焼肉ってなんでこうも美味いんだろ。そしてこのあとにダイエットポプシを流し込む。


 ゴキュッ、ゴキュッ、ゴキュッ、プハーッ。


「はー、幸せ……」


「ふふっ、佐原くんって本当に美味しそうに食べますよね。見てて気持ちがいいです」


「そお? まぁ美味すぎる飯を作る武田さんのせいだよね」


「む、葉くん、私のお弁当は? 美味しくない?」


「え、もちろん美味しいよ?」


「今のは無理やり言わせた感が強いですね」


「だって武田さんばっかりずるいんだもん。葉くんの美味しそうに食べる顔いっぱい見て」


 確かに俺は立花さんの作った弁当を本人の前では食わないからな。余り物の弁当でも美味しいって言ってもらえるのは、料理をする人にとっては嬉しいことなんだろう。


 まぁその代わり教室では新の幸せそうな顔を見ながら食事してるんだろうから、俺の美味そうな顔が見れないなんて些細な問題でしかないだろうけど。


 会話を聞いていた母さんがフラフラと俺に近寄ってきて、ガシッと肩を組んできた。

 片手には500mlのビール缶を握りしめている。


「ほい葉、こーんないい女二人をたぶらかひやがってー、ひっ、いったいどっちが本命らんだー、へ? 言ってみろっへんだ。ひっ」


 こうなることは薄々感じてたけども。

 うわぁー……めんっどくせー。

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