第17話「佐原家の皆さん」※千鶴

 高校に入学して3ヶ月が経ちました。

 私にはまだお友達がいません。ですから今日も1人、別棟の屋上へ続く階段でお弁当を食べています。


 明日も明後日も、もしかしたら高校を卒業するまでこんな生活が続くのでしょうか。


 私がこんな見た目になる前までは、私が話し掛けずとも周りの人たちが自然と寄ってきていました。でも容姿が醜くなった途端、周りの目は180度変わってしまった様に感じます。


 時には名前も知らない男の子から、廊下ですれ違っただけで舌打ちされたこともあります。


 私は痛感するのです。自分には魅力がないのだと。所詮は外面だけの人間だったのだと。


 そんな時、佐原くんと出会いました。

 彼は出会ったときからこんな醜い私にも普通に接してくれました。ちょっと変わってて、面白くて、優しい男の子です。

 佐原くんは私に言ってくれました。


 “私の性格中身が好きだと”


 佐原くんは何気なく言った一言だったんだと思います。それでも、私にはとても嬉しかったのです。自分の存在が誰かに認められたんだと実感できた瞬間でした。


 お昼に一緒にお弁当を食べるだけの関係。

 そんな短い時の中で、佐原くんのことをもっと知りたいと思うようになりました。


 そんな佐原くんにある日、学校一美少女の立花さんが尋ねてきました。

 話を聞くと佐原くんが今まで食べていたお弁当は立花さんが作っていたのです。

 知りませんでした。なんで黙ってたんですか。


 あんなに可愛くて、健気に毎日お弁当を作ってくる女の子。私に勝ち目なんてないじゃないですか。


 私はずっと、戻る変わるきっかけが欲しかったのです。

 もちろんあんなことがあったから怖いです。それでもその時、負けてられないなって思いました。弱い自分にも、負けてられないなって。


 だから私はダイエットすることを佐原くんの前で宣言しました。佐原くんの前で口に出した以上は後戻りなんてできません。


 そんな佐原くんから体操服を持ってうちに来てと言われました。

 最初は意味がわかりませんでしたが、佐原くんのことです、決して悪いことではないのだと思い付いて行きました。


 そこから私の生活は一変してゆくのです。


 こんなよそ者の私にも、佐原家の皆さんはとっても親切にしてくださいます。


 いつからだったでしょう。私が家にお邪魔すると皆さんは“いらっしゃい”ではなく“おかえり”と言う様になりました。


 私が帰るときは“さよなら”ではなく“いってらっしゃい”と言うのです。


 まるでもう一つ、家族ができたような気分です。だから私もそれに合わせて挨拶するのです。


「千鶴お姉ちゃん、おかえり」


「ただいま、美紀ちゃん」


 中学2年生の美紀ちゃん。パッチリしたお目目が特徴のキュートな女の子。

 私は一人っ子なので、こんなに可愛い妹さんがいたら毎日がとっても楽しいのにといつも思います。


「ねーねー、千鶴お姉ちゃん。今日の晩御飯なに?」


「美紀ちゃんは何が食べたいですか?」


「私は千鶴お姉ちゃんの作った料理が食べたい」


「美紀ちゃん、答えになってないですよ」


 こんな具合にちょっと変わってるところは佐原くんにそっくりです。さすがは兄弟ですね。



 佐原くんのお母さんとは平日にあまり会うことはありませんが、土日にトレーニングでお邪魔すると料理を教えて欲しいとお願いされます。


 お母さんは妹の美紀ちゃんが大人になったらこんな感じになるだろうなって容姿です。


 お母さんからは何故か、師匠と呼ばれています。

 あくまでも私の料理は母の受け売りなので大したことはないと思っているのですが、それでもお役に立ててよかったです。


「千鶴師匠、お味はどうですか?」


「そうですね……もう少し塩加減があってもいいと思います」


「なるほど、難しいですね」


「好みの問題もありますからね。それでも元からお母さんの味付けは悪くないように思います」


「なに言ってるんですか師匠、その誤差が大きな違いとなって現れるんじゃないですか」


 お母さんはいつも真剣です。

 大丈夫ですよ。お母さんならすぐに上手になります。



 佐原くんのお父さんにはダイエットするにあたって全面的にサポートしてくださいます。

 最初見た時はあまりの大きさにビックリしました。筋肉の付き方も凄いです。それでも顔は佐原くんとそっくりなので自然と怖い感じがしません。


 筋トレが趣味で年中体作りに励んでいるそうです。その体を見ればどれだけ本気で取り組んでるのかが伺えます。


 それにしてもいつからか、私のことを千鶴様と呼ぶようになったのです。何故でしょう。私には思い当たる節がありません。


 お父さんとお話したのは減量期と増量期での食事について、栄養的観点から効率良く筋肉を付けるにはどうしたらいいかと言う議論をしただけなのですが。


「千鶴様、もう少し上体を上げて、そう、いいね」


「ふにゅ」


「はいもう一回」


「ふ、ふにゅ」


「ラストもう一回」


「ふ、ふにゅ〜」


「まだいけるねもう一回」


「ふにゅにゅにゅにゅ〜」


「はいオッケー」


 お父さんはスパルタです。

 心が折れてしまいそうになったことも何度かあります。

 でも、そのたびに思い出すのです。

 佐原くんがお願い事を叶えてくれる、その日を夢見て。


 だから私は今日も、ダイエットに励むのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る