第16話「瞳がないデッサン」
夏休みまであと少し。今日は最後の体育の授業だ。
男子はグラウンドでサッカー、女子は体育館でバレーをやっている。
昼食も終わり立花さんの
今の俺ならオーバーヘッドシュートだって打てる気がする。気がするだけで絶対打てないけど。
「葉、一緒のチームだな」
「ああ、陽介。サッカー部のお前が頼りだ」
「お前も頑張れよ」
「サッカーはどうも苦手なんだよなぁ。俺には転がってきたボールを力強く蹴るくらいしかできん」
「だったら蹴ってみろよ。俺がいい感じにパスするから。案外決まるかも知れんぞ?」
「まぁタイミングが合えばな」
談笑もそこそこに試合開始のホイッスルが鳴った。
さすがは陽介だな。
体育の授業では俺みたいな素人が多く混ざる試合の中、的確に指示して戦況をコントロールしている。
陽介の実力なら個人プレーでガンガン得点することもできるはずなのに、力を誇示する様子もなく上手い具合にパス回しをしている。
しばらく試合は進み、ゴール付近にいた俺に絶好のチャンスが回ってきた。
「葉! 打て!」
陽介から送られるボールに意識を向けつつ、ゴールまでの動線を確認した。敵はいない。
そして相手キーパーの動きに注視する。
特徴はハゲ。
そんなやつは1人しかいない。この間の恨み、ここで晴らしてやる。
喰らえコラァぁぁぁ!!
俺は怒りを乗せるかのように思いっきりボールを蹴り飛ばした。放ったボールはものすごい勢いで一直線にハゲへ迫る。
くそ……勢いはあるがコントロールが全然ダメだな。
ドスッ!!
新はタイミングもバッチリに俺のボールを腹で受け止めた。
かに見えたその直後──。
「う……うぷっ……お……おろろろろろろ」
新はゲロを吐き出しながらゴールに向かって後退した。
ゲロストライクシュートが決まった瞬間だ。
初めて見た。もしかしたら一生拝めないかも知れない。
ボールと新の体操服がゲロまみれになったこともあり試合は一時中断。
とりあえず俺もチームのために貢献できてよかったが……新、体調でも悪かったのか?
体育が終わると何故か新は少しスッキリした顔をしていた。陽介はこの間苦しそうにしてるとか言ってたけど、今はそんな感じは微塵もない。
まぁ気になることと言ったら気持ち太ったことくらいか? 顎の辺りが少し怪しい。これが俗に言う幸せ太りってやつかね。羨ましいやつめ。
*****
次の授業は選択科目だ。音楽か美術を選んで各教室に移動する。
俺と陽介は美術を選択してるから一緒に美術室に移動した。
「今日から人物画のデッサンの授業に入りたいと思います。各自2人1組になってください」
先生から指示を受けて俺は陽介とペアになろうかと思って話かけようとしたところ、立花さんが俺に近づいてきた。
「葉くん、一緒にやろ?」
「え、いいの?」
マジか。立花さんがペアになってくれるとか最高なんだが。まさかカップル成立ですか?
そんな妄想に浸っているとあのハゲがやってくる。
「立花、俺とやろうぜ」
くそ、新め。せっかく立花さんが俺を誘ってくれたのに。まぁ……彼氏だから仕方ないか。そりゃそうだよな。
「ごめんね進藤くん。私、美術の授業だけは本気でやりたいの。今回は人物画のデッサンでしょ? そうなると髪の毛一本一本の繊細なタッチが評価されると思うんだよね。そうするとほら、進藤くん髪の毛ないからなかなか厳しいと思うの」
「……」
あれ、ハゲ頭は立花さん公認かと思ったけどそんなことなかったのかな。
なんか新が少し可哀想になってきた。
そんな新に手を差し伸べる救世主が現れる。
「一緒にやろうぜ新」
「よ……陽介……おまえ……」
「だってお前髪の毛ないから簡単そうだし」
「おいコラてめぇ」
そんな一悶着があり、俺の目の前には学校一の美少女がいる。
俺はこう見えて絵は得意な方だ。
まぁデッサンとか授業くらいでしかやらないけど、こんな一流モデルを相手に描けることなんて今後一生訪れないだろう。この時を大切にしよう。
最初は俺が描き手に回って授業を進める。
「皆さんいいですか? モデルになる方も描き手の気持ちになってくださいね」
この授業にはそう言った側面もあるのか。まぁモデルになる方は退屈だろうしな。
俺は立花さんにポーズの指示をした。描くのは上半身。立花さんのしなやかさを最大限に表現してやる。
カキカキカキ、カキカキカキ。
「あの、立花さん……」
「なに? 葉くん」
「こっち見ないでもらえます? 目線は窓際の方で」
「そしたら葉くんのこと見れないじゃん」
あなた今モデル側なんですが。見る必要ありますかね?
これじゃあいつまで経っても目が描けないんですが。このまま描いたら目がこっち見てる怖い絵になっちゃうよ。立花さん、ちゃんと書き手の気持ちになってください。
それにしても綺麗な髪だな。目もキラッキラしてる。唇はプルップル。ドキドキしてきちゃう。いかんいかん。
カキカキカキ、カキカキカキ。
おっぱい大きいなぁ……何カップあるんだろう。あれ、そういえばFカップとか言ってたな。眼福眼福。
そう、これはあくまでも授業なんだ。本人を目の前におっぱいをガン見しても唯一許される至福の時。言わば公認覗きだ。しっかりとこの目に焼き付けてやる。
ふぅ、とりあえず形は出来た。
もう授業は終わりだが、次回以降で完璧に仕上げよう。あれ、そういえばこれ夏休み跨ぐのか。その辺よくわかんないけど大丈夫なのかな。
「葉くん、この絵ちょうだい?」
いや、何言ってるんですか。ダメですけど。
というかまだ瞳、ないですよ?
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