第15話「忍び寄る影」
立花さんとのお散歩デートは1時間ほどで終わり、立花さんは用事があるようでそのままお開きとなった。
俺も寄るとこないしまっすぐ帰宅。
俺が立花さんが好きなのバレたかもしれないと思うとモヤモヤが止まらない。俺も筋トレでもして発散しようかな。
キッチンでは妹の美紀が何やら必死にゴソゴソやってる。掃除でもしてんのかね。
ジャージに着替えてトレーニングルームに入ると絶賛スクワット中の武田さんに遭遇した。前方の鏡を見てフォームを確認しながら、入室して来た俺に気づかないくらい一生懸命頑張ってる。
筋トレ開始からそんな経ってないけど素人感が抜けた気がする。あれは父さんが教えた口だな。
集中してるとこ邪魔しちゃ悪いし、そっとしとこう。
「ふにゅ」
ベンチプレスかデッドリフトどっちやろう。
「ふにゅ」
やっぱベンチだな。
「ふにゅ」
今日はMAX重量に挑戦しよう。
「ふにゅ」
まずはウォーミングアップからだ。
「ふにゅ」
あの……さっきからうめき声が可愛い過ぎて全然集中できそうにないんですが。あとで注意しよ。俺がいる時はふにゅ禁止。聞いてるとこっちが脱力するから。
よし、ウォーミングアップも終わったし120kgに挑戦だ。
どりゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃ!!
「ふにゅ?」
ダ、ダメだ……力が抜ける……つ、潰れた。
あと最後のクエスチョンマークなに?
*****
ふぅ、軽く筋トレ終了。
モヤモヤはだいぶ晴れた。俺は何に悩んでたんだっけ。思い出すとモヤモヤが再燃しそうだからやめとこ。
終わったあとは速やかにタンパク質の摂取。そして食事だ。
俺はキッチンに行って寸胴の蓋を開けた。やっぱり武田さんの作ったカレーは入ってない。というかカレーの痕跡がない。
犯人は言わずもがな美紀だ。妹め、一滴残らずすくい取りやがって。俺のお口は朝の余韻からカレーの気分だったのにどうしてくれんだ。
空いた寸胴の容器を眺めながら美紀への憎悪パラメーターを上げていると、母さんが話しかけてきた。
「あれ? 今日出掛けるんじゃなかったの?」
「うん、でも早めに帰ってきたよ」
「ご飯どうする?」
「お願いします」
「はいよ、ところで千鶴師匠は?」
なんか変な敬称が聞こえた気がする。聞き間違えか?
「いまトレーニングルームにいるよ。ランニングしてる頃合いじゃないかな」
「そう、父さんのろくでもない趣味部屋が役に立つ日が来るなんてね。弟子として少しでも役に立ててよかったよ」
弟子とかいうワードが出てきた。聞き間違えじゃなかった。武田さん、一体母さんに何してくれてんの。
「ねぇ母さん、千鶴師匠ってなに?」
「料理を教えてもらってんのよ」
「子供と同じ年頃の子に教えを
「ない。あの料理は美味。盗んでやる」
ダメだ。ここにも胃袋を刈り取られた被害者が。母さんは決して料理が不得意なわけじゃないから、弟子入りまでしなくても良かったんじゃないか?
まぁ飯が美味くなるに越したことはないんだが。
こうして少しずつ、武田さんの影が佐原家に忍び寄っていた……。
*****
翌日のお昼、産まれたての子鹿のような動作で座る武田さん。プルプルしてる。可愛い。
昨日のスクワットが余程効いたようだ。
「武田さん大丈夫?」
「はい……かなり筋肉痛が来てます」
「あんまり張り切り過ぎないようにね。たまには休息も必要だよ」
「ありがとうございます。佐原くんのお父さんに分割法でメニューを組んでもらっているので、なるべくそれに沿って進めていきたいと思います」
分割法とは足の日とか胸の日とか、筋トレする部位ごとに分けてトレーニングするやり方だ。
スケジュールは父さんが管理してるみたいだからその辺は心配ないだろう。
それよりも問題は……。
「ちなみに武田さん、父さんになにかしてないよね?」
「なにかとは? なんのことでしょう?」
「いや、なんでもないよなんでも」
まぁ父さんのことだから大丈夫だろう。俺も少し考えすぎかな。
*****
学校から帰宅。
武田さんは休養日だから今日は我が家に来てない。俺もたまにはガチトレしよう。
ふにゅがいない今がチャンス。
着替えてトレーニングルームに入ると、鏡の前でパンツ一丁でポージングをするマッチョな不審者もとい父さんがいた。
ああして鍛えた部位を確認しては左右差がないようにバランスを整えてるらしい。
「葉、おかえり」
「ただいま。今日は仕事早いね」
「筋トレしたくて早めに終わらせた」
「筋トレしなくても早めに終わらせたらいいのに」
「葉は分かってないな。時にサボることも必要なのだよ」
「それ本来は子供に言っちゃいけないやつね」
さて、武田さんに習って俺もスクワットといきますか。これがまた久しぶりにやるとキツいんだよ。俺も明日は産まれたての子鹿になるかもしれん。
「そうだ葉。この新しいメニュー表、千鶴
俺はその漢字一文字で全てを察した。
ははは、なんてこったい。
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