第14話「二つ目の試練」※新

「それじゃあ二つ目のお願い事だけど……」


 俺は立花から言い渡される願い事に耳を傾ける。

 一つ目の願い事はスキンヘッドにしろという難題で、俺の大切な髪の毛を全て差し出す事で達成することができた。


 もう髪の毛を失った俺に恐れるものはない。絶対に達成してこの最上級の女を抱いてやる。

 さぁ、次のお題はなんだ──。


「私のお料理を食べて?」


「……は?」


 どんな願い事かと思えば、料理を食えだと?

 一つ目の願い事とのあまりの落差に俺は拍子抜けする。


「私ね、お料理が趣味なんだけど、ついたくさん作り過ぎちゃうの。だから好きな人にはたくさん食べて欲しいんだ」


「なんだよそんなことか、いいぜ。むしろ願ってもないことだな」


 余裕じゃねぇか。むしろ褒美と言ってもいい。そう思ったのも束の間、あまりにも理不尽なことを言い渡される。


「期間は夏休みが終わるまでね。ちゃんと私の料理を残さず食べられるか見極めたいの」


「ふ、ふざけるなよ! 夏休みが終わるまでって……2ヶ月も付き合うのを待てってのか?」


 俺の叫び声は狭い風呂場の中で大きく反響する。

 今日抱けると思ってここに来たんだ。それが2ヶ月だと? 冗談じゃない。

 そんな俺を説き伏せるかのように立花は話を進める。


「進藤くん、お昼は学食だったよね? 少なくとも夏休みまでの約1ヶ月間は食費が浮くんだよ? 別に悪い話じゃないと思うんだけど。それに晩御飯は毎日私のおうちで食べさせてあげるから、進藤くんの家計的にもいい事だと思うの」


 立花に言われて少し考えを改める。

 俺の親は帰りが遅いことからいつも1人で晩飯を食ってる。夜はスーパーの惣菜とかコンビニ弁当だ。


 昼食と晩飯代、小遣いと合わせて月に7万貰ってる。仮に昼食と晩飯を2ヶ月間毎日作って貰えるなら、14万を丸々小遣いに充てられる計算だ。


 2ヶ月後の誕生日を迎えれば俺も16歳になる。ずっと欲しかった原付免許とバイク。その費用を全額賄える。


 俺にだって女以外の物欲・・はある。

 誕生日を迎えたその時、最上級の女とバイクが俺の手元に入ってくる。

 くく、最高の誕生日プレゼントじゃねぇか。


「言われてみれば悪くない話だ。分かった、やるよ。ただし──」


 これだけは確約してもらおう。


「三つ目の願いごとはすぐに叶えられるものにしてくれ。また2ヶ月かかるとか言われたらたまったもんじゃない」


「それは大丈夫だよ。三つ目のお願いごとはすぐに出来ることだから安心して」


「それならいいよ」


「でも、一度でも残したらダメだからね?」


「大丈夫だよ。俺はこう見えても結構食うんだぜ? 俺の食べっぷりを見せてやるよ」


「それは楽しみだね」


 その日はヒリヒリする頭を摩りながら立花の家を後にした。


 *****


 立花には事前にロッカーの暗証番号を教えた。毎日ロッカーの中に弁当を入れてくれるらしい。


 弁当は必ず教室で立花が見える位置で食えとのことだ。立花も心配性だな。


 事前に俺の女ネットワークで立花が料理上手なのは把握してるんだ。うまい料理を俺が残すとでも思うか? しっかりと俺の胃袋に収めてやるぜ。


 俺はロッカーのダイヤルを解除して扉を開けた。


「……」


 一度扉を閉めた。

 ロッカーに付いているネームプレートをしっかりと確認する。間違いなく進藤新と書いてある。

 改めて扉を開けた。


 なんだよこれ……めちゃくちゃでけぇ風呂敷が入ってるんだが。

 まさか全部弁当とか言わねぇよな?

 恐る恐る風呂敷を持ち上げた。


 お、おもっ!? マジかよ!? どんだけ作ったんだよこれ!?

 俺は食う前に戦意を喪失していた。弁当というにはあまりにも重過ぎた。中に重りでも入ってなくては説明が付かない。


「と、とりあえず。席に着いて中を開けてみよう。もしかしたら大したことないかも知れない」


 そんな希望の言葉を1人呟き席に着いた。

 いつも食堂で食ってたからどこかの弁当組に混ざろうかと思ったが、この頭の話題を持ち出されると面倒だからほとぼりが冷めるまでは1人で食うことにした。


 よし、まずは風呂敷を紐解く──。

 ブタが入ってた。


 巨大なブタの弁当箱、三段式。デカ過ぎる。

 どこでこんな弁当箱売ってんだよ。俺は製造メーカーに殺意を覚えた。


 そんなことはどうだっていい。

 ムカつくブタの顔に見つめられながら一段目の蓋を開ける──。

 茶色だった。


 女子が作ったとは思えない、華やかさのかけらもない。茶色一色の弁当。

 野菜など微塵も入ってない、揚げ物を中心とした脂質が多いものばかりで埋め尽くされている。

 つ、次だ。


 二段目の蓋を開ける──。

 米だった。


 全部米。このデカい一段全部米。何合あるんだよこれ……。


 次の三段目。俺はもう何が来ても驚かない。

 もう弁当を広げられるスペースがないから、とりあえずは一段目と二段目だけで食べ始めた。


 味はめちゃくちゃ美味い。食べ始めはその美味さからもしかして余裕なんじゃないかと思えてくる。

 だが、後半になるとその膨大な量の品数に胃袋が悲鳴を上げる。


「う……うぷっ……」


 危ない、戻すとこだった。

 それでもなんとか俺は完食に漕ぎ着けた。

 よっしゃ。全部食ってやったぞ。見たか立花。

 しかし、俺はつい夢中になるあまり三段目の存在をすっかり忘れていた。


 くそ……まぁ三段目はデザートとかそんな感じだろう。甘いものは別腹っていうし、あともう一息頑張るか。


 俺は悪魔の門を開け放ってしまった。

 ──沼が入っていた。


 あの某ダイエット料理の沼。炊飯器で炊く沼。紛れもない沼。それが俺の弁当箱に入ってる。沼独特の匂いが教室に漂う。


 既に満腹の俺にはもはやダイエット食とは呼べなかった。水分の暴力。胃が圧迫されて今すぐにでも胃の中身をぶちまけてしまいそうになる代物。

 それが俺の弁当箱に入ってる。


 絶望の始まりだった。


 ぼう……ぼうぐえない……。

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