第12話「金のカレー」

 今日はいろいろあってストレスが半端ない。

 久しぶりに妹と格闘ゲームでストレス発散だ。ボコボコにしたらぁ。


 くらえ、瞬獄殺!──スカッ。

 こ、この、瞬獄──スカッ。

 瞬──スカッ。


「なぁ妹よ」


「なんだね兄よ」


「一回くらい喰らってみない? 瞬獄殺」


「ふむ、それではチュンちゃんの鳳翼扇ほうよくせんを喰らってくれたら考えてやらんでもない」


「あ、ちょ、それいま喰らったら死ぬやつだから、ちょま、やめっ、あ゙ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 ボコボコにされました。

 妹に戦いを挑んだのが間違いだった。

 強すぎる。こうなったらあとで最弱CPUをボコしてやる。


「ふふ、本当にお二人は仲がいいですね」


 そんな俺たちのやり取りを後ろのテーブルから眺めていたのは、現在絶賛ダイエット中の武田さん。


 今日は金曜日なこともあって我が家はカレーだ。煮込み中の空いた時間で俺たちの様子を観察してたみたい。


 なんで金曜日はカレーなのかというと、翌日に休みの母さんが朝飯を作らなくていいように寸胴でこれでもかとストックするからだ。

 何だったら昼飯もカレーというパターンもあり得る。


 本当は俺と妹でカレーを作る日なんだが、お礼に甘えさせてもらってる次第だ。


「武田さんも格ゲーやってみる?」


「いえ、お二人がやってるのを見てる方が楽しいです。そろそろ煮込み時間も終わるので私はキッチンに戻りますね」


 武田さんがキッチンに戻るとすぐにカレーのいい匂いが漂ってくる。どうやらカレールーを投入したようだ。

 使ってる食材も一緒だし、さすがの武田さんでもいつもの味になるだろう。そんな風に思っていたんだが……。


「何これ……武田さん、俺たちに気を使って高級食材使った? いいよそんなことしなくても」


「いえ、頂いた食材で作っただけなんですが……」


「千鶴お姉ちゃん、うちにお嫁に来ない?」


 2度目の妹の嫁に来ないか発言が出ました。妹が求婚するのも無理はない。

 どうして俺たちが作ったカレーとこうも違うのか、使ってるカレールーは同じなのに。


 これはあれか、作ったカレーを泉に落とすと女神が現れて『あなたが落としたのはこの金のカレーですか? それとも銀のカレーですか?』それに対して『いえ、私が落としたのはうんこ色のカレーです』って言うと金のカレーがもらえるってやつ。そうじゃなきゃこのクオリティに説明が付かない。


 これには俺もお説教をしてやらねばいかんな。


「武田さん、ダメだよ。こんなに美味かったらいっぱいおかわりしちゃうよ。そしたら明日の朝飯なくなっちゃうよ。どうしてくれんですかありがとうございます」


「感情がごちゃ混ぜになってて非難なのか感謝なのか分からないんですが」


「千鶴お姉ちゃん、婚姻届明日持ってくるね」


 落ち着け妹よ、誰がサインするんだ。

 俺か? 俺しかいないよな。でもまだ結婚できないよ。法律的に。


「武田さんは……ダイエット中だから食えないか」


「はい、市販のカレールーって脂質が多いのでダイエット中はダメなんですよね。それに炭水化物もほどほどにしないといけないので」


「そういえば武田さんはいつまで痩せたいとかある?」


 武田さんは少し考えるそぶりを見せたあと質問に答えた。


「そうですね……夏休みが終わるまでには元通りの体型とはいかないまでも、それに近いくらいまでは痩せたいかなと」


 あと少しで夏休み。

 武田さんがダイエットを始めてから換算すると6週間か。

 比較的短期間でのダイエットだからどれくらい変わるかは本人の努力次第ってとこだ。


「頑張ってね。応援してるから」


「ありがとうございます。それで……その……佐原くんにお願いがあるのですが」


「ん? なに?」


 珍しいな武田さんがお願いなんて。おじさん何でも聞いちゃうよ。

 なんか武田さんがモジモジしてる。可愛い。


「もしも……佐原くんがビックリするくらい痩せられたら……お願いごとを一つ聞いてもらえますか?」


「うん、いいよ? 何すればいいの?」


「それはまだ秘密で……それをモチベーションに頑張りますので」


 俺ができることなら協力しようじゃないか。

 今なら検索履歴見せろってお願いも叶えてあげる。


「りょーかい」


「あと、夏休み中はなるべく佐原くんには会わないようにしようかと」


「なんで?」


「私もジャジャーンをやりたいので」


 痩せてビックリさせたいってことか。

 それ以前に毎日見てたら大きな変化には気づきにくいしな。


 まぁ俺の家に来る限りは全く会わないってのは無理があるだろうけど。


「それでは、私はトレーニングルームに行ってきますね」


「行ってらっしゃい」


 俺は夏休みまでのわずかな日々、リビングからトレーニングルームに向かう武田さんの背中を見送り続けることになった。


 *****


 自室でのんびりしてるとスマホが鳴った。

 なんだ、母さんからの勉強しなさいって催促か? 甘いな、今日の俺はやる気がないのだ。


 少しダルそうにスマホを手に取ったが、俺は一瞬でベッドから跳ね起きた。いま俺を覚醒させられる人物はこの世で1人しかいない。


『葉くん、今日のお昼に武田さんと手を繋いでるところを見たんですが……あのあとまさかエッチなこととかしてないですよね?』


 しまった、立花さんに見られてたのか。

 だからしまへんよ。エッチなことなんて。


『本当ですか? 武田さんばっかりずるいです。私とも手を繋いでください。ということで、明日デートしましょう』


 どうしてこんなことに……俺を眠れなくさせる呪いか? 俺はしばらく返信せずにその問題文を必死に読み解くのであった。


 ダメだ、先生、難解過ぎて分かりません。

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