第11話「上書き弁当」

「「はぁ……」」


 とうとうこの時が来てしまった。

 立花さんにメールを誤爆し『明日の弁当楽しみにしとけやゴラ』と言われてしまった日の翌日。


 俺は重い足取りでロッカーに向かい、扉の前で立ち尽くしていた。俺の隣では同じようなため息が聞こえてきたが今はそれどころじゃない。


 このままではらちが明かない。覚悟を決めろ俺。


 ロッカーの暗証番号を解いて扉を開け……ってあれ? なんで立花さん俺のロッカーの暗証番号知ってんだろ。

 いや、多分俺が教えたの忘れてるだけだろうな。あの時は嬉しさのあまりテンパってたし。


 でもこれじゃあいざと言う時エッチな本隠せないじゃんって思ったことだろう。でも電子書籍派の俺には抜かりがないのだ。

 あ、18歳未満NGのやつはダメだよ? とくにエッチなサイトとか見たら。


 それはそうとスマホの暗証番号変えとこ。検索履歴はクリア。別に深い意味はないよ。僕18ちゃい。


 扉を開けるとそこにはいつもの見慣れた風呂敷が。外観ではいつもと変わった様子はない。問題は中身だが……。

 手に取ってそっと扉を閉めた。


 ここで初めてもう一つのため息の出所に目を向ける。俺の隣には同じようにロッカーに手を突っ込む新の姿が。


「葉、お前弁当持って来てるんだってな。よかったら一緒に食わねぇか? 失恋して寂しいお前に立花の弁当分けてやるよ」


 そう言って新が取り出した弁当箱は……え、何そのデカさ。俺の普通サイズと比較しても明らかに常軌を逸している。

 まぁ風呂敷に包まれた中身が全部弁当箱とは限らないか。


 それにしてもさすがは立花さんの彼氏だな。弁当の大きさが愛情の大きさってか。俺の義理チョコならぬ義理弁とは大違いだな。


「それは立花さんが新のために一生懸命作ったんだ。部外者が食べちゃダメだろ」


「……冗談だよ冗談。お前に食わせるわけねぇだろ。ところで教室で弁当食ってないみたいだがいつもどこで食ってんだ?」


「あぁ、それは──」


「佐原くん」


 俺の後ろから聞き慣れた声が聞こえた。

 声の主はちょうど話題に上がった俺の昼友だ。


「あれ、武田さんどうしたの?」


「一緒に行こうかと思いまして」


「珍しいね。武田さんが一緒に行こうなんて」


「はい、昨日の筋トレで筋肉痛になってしまって……お弁当を持つのも辛いので佐原くんに持ってもらおうかと思いまして」


「あぁ〜気持ち分かる。久しぶりにやるとキツいよね〜」


「……佐原くんは鈍感ですね」


「なんで!?」


 今の会話の中に俺の鈍感要素がどこにあるのか全く分からないんだが。

 そんな俺たちのやり取りを聞いていた新が会話に混ざってくる。その表情からはもう嫌な予感しかしない。


「おい、葉……お前……ぷ……ぷふぅ……マ、マジかよ……高望みし過ぎてたからってそんな……デ、デブすぅ……ぶ……ぶふぅ……ダ、ダメだ、腹いてーぶはははは!」


 腹を抱えて吹き出す新。明らかに武田さんを馬鹿にする言葉。

 カッチーン。マジムカつくわ。俺がジャイアンだったらボコボコにしてるぞ。


「お前なぁ!」


「ははは……あー悪い悪い、お似合いだよお前には。可愛い可愛い。羨ましいねー」


 あ、ジャイアンはキャラチェンジするわ。豪鬼の瞬獄殺で夜露死苦。


 こいつマジ許さん。いつかギャフンと言わせてやる。とりあえずここに武田さんと一緒にいるとろくなことにならないだろう。


「武田さん、行こ」


「は、はい……」


 俺は武田さんの手を引いていつものお昼スポットに向かった。俺たちが手を繋いで歩いてるのをみんなに見られたが気にするもんか。


 あ、武田さんは気にするか。ごめんね。


 *****


「佐原くん、怒ってます?」


「佐原くんは怒ってまーす」


「私は気にしてませんよ? 私はいわゆるデブですし」


「武田さん、そういうことじゃないんだよ」


「じゃあどういうことですか?」


 どうした。いつもは鋭い武田さんも分からないってのか。これじゃあ鈍感の称号は君に譲ってしまうよ。


「友達を馬鹿にされたらムカつくでしょ」


「……そうですね。私が逆の立場だったら同じように怒ってたかもしれません。すみません」


「分かればよろしい」


「佐原くんはずるいです……」


 どうやら武田さんの中で俺は鈍感男からずる男にジョブチェンジしたようだ。


 憂鬱な気分から憤怒へ。今日は感情が揺さぶられる日だな。

 いかんいかん、お弁当でクールダウンといこう。


「……」


「どうしたんですか?」


「いや、弁当のことを思い出して急に気持ちが沈んだだけでして」


 もうこうなったらどうにでもなれ。

 俺は弁当の蓋を開け放つ──。


 薬草が入っていた。

 シソ、紫蘇しそ、Shiso……しそ。


 しそのつくね、しそのポテサラ、しその鶏むねチーズ焼き、しその肉巻き、しそと梅の混ぜご飯etc……そしてしその卵焼き。


 それはまるで、昨日俺が食べたしその卵焼きの味を上書きするかのようなしそのオンパレード。


「あぁ〜……」


 武田さんから哀れみの声が漏れ聞こえた。

 弁当箱と風呂敷の間には手紙が挟まっている。


『少し意地悪し過ぎちゃいました。今度からは普通のお弁当を作ってきますね。でも……葉くんが悪いんですからね?』


 俺はドキドキしながら箸を口に運んだ。

 あれ? 結局ウマウマだった。どれもこれもしっかりと美味である。でもさすがに終盤にもなってくると口の中がしそ。


 もう昨日食べたしその卵焼きの味は思い出せなくなっていた……。

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