第10話「葉くん特攻隊」※あいり

 時刻は朝の5時、初めて葉くんにお弁当を持っていく日の朝。私はいま、悩みに悩んでいる。


 前日の夜から食材の買い込みをこれでもかとしたけど、結局何を作ればいいのか決めかねていたから。何事も初めが大事。これをしくじってしまったら全てが台無しになってしまう。


「うーん、葉くんは何が好きなんだろ」


 とりあえず男の子が好きそうな物から作っていこう。そこから栄養バランスを整えていく感じでいいよね。


 まずは揚げ物から。衣がついた食材を熱した油の中に投入する。

 ジュワジュワジュワジュワ。


 揚げ物は温度もそうだけど、油から引き揚げるタイミングが何よりの要。丁寧に一つずつ調理していく。

 気を抜かないように一点を見つめる。


 葉くん、美味しいって言ってくれるかな……そもそも食べてくれるかな……大丈夫かな……あっ、いけない、少し揚げ過ぎちゃったかも。

 でも大丈夫、次々。


 7点ほど揚げたところで厳選を開始する。


「どれにしようかな〜、そうだなぁ……葉くん特攻隊は君に決めた。頑張ってくださいね」


 一番綺麗なきつね色の串カツくん3号。それを葉くんのお弁当箱に詰め込む。

 次に綺麗な7号は私のお弁当箱に。


 残りの余った1号、2号、4〜6号はブタさん弁当・・・・・・に詰め込んだ。

 そのあとは前日に漬け込んでた鳥もも肉も同様に調理した。


 葉くんは嫌いなお野菜あるのかな。

 とりあえず今日はポテトサラダでも入れてみよう。ベーコンを入れれば食べやすくなるよね。


 最後の塩こしょうでの調整は綿密に行い、出来上がった物を葉くんと私のお弁当に詰め込んだ。


 次はハンバーグ。

 少し小さめに肉だねを作ってフライパンで焼いていく。いい感じ、食欲をそそる感じでジューシーに仕上がった。


 さて、厳選を開始しようかな。


「うーん……よし、葉くん特攻隊は君です。おめでとうございます」


 一番焼き目が綺麗なのを葉くんのお弁当箱に。二番目は私のに。残りは全部ブタさん弁当に詰め込んだ。


 さてさて次は──。


 こうしてお弁当の品数をどんどん増やしていく。

 そしていよいよ料理は終盤、最後に葉くんのご飯にだけは“愛情”を忘れずに。


 ふぅ、なかなか美味しそうなお弁当が出来上がったと思う。

 あとは葉くんに渡すだけ。葉くんに……渡すだけ。


 あぁ、どうしよう、今から緊張してきちゃったよ……。

 

 出来上がったお弁当の粗熱が取れるまで、渾身の出来を拝むことで気持ちを落ち着かせる。それはさながら、高校受験前に使ってきた教科書やノートを積み上げて、大丈夫、私ならやれると心を奮い立たせる儀式のよう。


 あ、ブタさん弁当はもう蓋閉めちゃお。というかこれ、カバンに入るかな……。


 *****


 葉くんにお弁当を渡すのをなんとか成功した日の夜、私はベッドの上でスマホの画面とにらめっこしていた。

 それと同時に明日からの戦略を考える。


「明日からは何て言い訳して葉くんに食べてもらえばいいのかなぁ……」


 ──ピコン。


 き、来た! 待ちに待った葉くんからのメールだ。


 嬉しい、連絡先ゲット。

 はやる気持ちが抑えられずに秒で返信してしまう。


「あぁ……もうちょっと考えて返信してよ私……」


 次、次は私から連絡してもいいのかな。

 2回連続とかどうなのかな、あーんもう、メールだと相手が読んでくれてるのか分からないからじれったいよぉ。


 そんな葛藤を5分ほどしていたところで葉くんから新着が届いた。


『お弁当、本当にありがとうございました。どれもとても美味しかったです。揚げ物とか全部手作りですよね? 冷めててもサクサクしてて素晴らしかったです。あとポテサラは玉ねぎの甘味とベーコンの肉肉しさがマッチしてて意外や意外、ご飯との相性もバッチリでした。ハンバーグは噛んだ瞬間にジュワッと肉汁が口の中に広がって、幸福感と共に溺れるかと思いました。あまり長くなってしまうとあれなので割愛させていただきますが、他の料理も素晴らしかったです。ところで、一つ謝罪しなければいけないことがあります。お弁当箱ですが、返すのを忘れていました。ごめんなさい』


 私は枕を顔に押しつけて抱き寄せた。

 ニヤニヤが止まらない。


「ふふ、ふふふふ……んん〜ふふ」


 気味が悪い笑い声を出しながらベッドの上で体を左右にくねらせる。

 自分でもよく分からない歓喜の舞。1分くらい踊ってた。


「はぁ、はぁ、はぁ……さすがに疲れた」


 冷静さを取り戻してメールの内容をもう一度確認する。

 これ、これだ。お弁当箱を持って帰ったことを口実に明日からもお弁当を食べてもらおう。とりあえずは葉くん特攻隊に敬礼。


 こうして私は葉くんのためにお弁当を作ることが日常となっていくのであった。


 ところで私のハートマーク、あとどれくらいで効きますか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る