第9話「嫁に来ないか」

「すごい立派なおうちですね……佐原くんって実はお金持ちなんですか?」


「いや、全然。父さんが建築士だから家だけは立派ってだけなんだよね。暮らしは普通だよ」


「そうなんですね」


 俺の家の外観を見て感想を述べる武田さん。

 確かに俺んちはそこらよりデカいから驚くのは無理もない。


 まぁでもこの家は言わば父さんの城、趣味みたいなもんだからな。家に金かけ過ぎて本当に生活は一般家庭と変わらない。

 俺の小遣いが5千円ということがその確固たる証拠である。パパん、あと千円でいいからお願い。


 玄関を開けると俺は武田さんを脱衣所に連れていく。

 そう、これから俺は武田さんとエッチなことを……しませんよ?


「体操服持ってきた?」


「はい、持ってきましたけど……」


「じゃあここで着替えてね。ドアに鍵付いてるから念のため忘れないように」


「分かりました……」


 まだ武田さんには何をするか伝えてない。

 それにしても突然人の家に連れて来られて体操服に着替えろなんて言われたら普通は拒絶するもんだが……大丈夫か? 武田さん。


 少しして着替えが終わった武田さんが出てきた。リビングに案内すると俺はバナナとプロテインを武田さんに差し出した。


「そういうことだったんですね。意味が分かりました」


「あ、分かっちゃった? ジャジャーンってやりたかったのに」


「このおうちを見たらあってもおかしくないかなって」


「武田さんって鋭いね」


「佐原くんは鈍感ですね」


 武田さんのモグモグタイムが終わったあと、時間を置く必要があるから少しだけ武田さんとテレビゲームをして過ごした。


 さくっとできるレースゲーム。

 あまりゲームをやらない武田さんはカーブを曲がるたびに体をひねらせていた。

 その仕草が可愛くて気を取られて負けました。くっ……これが武田信玄のやり方か。


 30分はあっというまで物足りない。

 やった感じがしないね。


 武田さんを本命の部屋へ案内した。


「それでは……ジャジャーン、ここが我が家のチュレーニングルームです」


「結局ジャジャーンは言うんですね。というか、すごいですねこれ……」


 チュレーニングはスルーされた。

 部屋にはベンチプレス、スミスマシン、パワーラック、床引きデッドリフト、ランニングマシン、ダンベル、バランスボールやストレッチ器具、部屋の一面には巨大な鏡が壁に付いている。あとは名前がよく分からない特定の部位だけを鍛えるマシンがいっぱい。


 いわゆるホームジムってやつだ。


 筋トレが趣味な父さんがこれでもかと金をかけた部屋。母さんに呆れられたのは言うまでもない。


「今日からここ、好きに使っていいよ」


「え、いいんですか? こんなに立派なところを使わせてもらって……」


「いいよ。友達特典ってやつ。まぁ時間帯によっては父さんが使うかもしれないから一緒になってもいいならだけどね」


「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます」


「終わったらシャワーも好きに使っていいから」


「何から何まで……私は佐原くんにどうお礼を返せばいいんですか?」


「ふむふむ、それでは体で払って貰おうか」


「分かりました」


「あ、いや、冗談だよ?」


「知ってます」


 俺はジョークをジョークで返された。武田さんの真顔ジョークはなかなか読めない。どうやら俺はからかわれたみたいだ。


 とりあえず初回だから各種器具の説明と怪我しないための注意点を一通り行った。

 安全第一。怪我したら元も子もないからね。


「武田さんは筋トレやったことある?」


「いえ、全く分かりません」


「それじゃあ、まずはスミスマシンでベンチプレスをやってみようか」


 スミスマシンはバーベルがレールに固定されているから1人でも安全にトレーニングができる器具だ。

 本当はフリーウェイトのベンチプレスが良かったが、まだ初心者の武田さんでは20kgバーを1人で扱うのは難しいだろう。


 武田さんはベンチ台に寝転がり、バーを胸の前で上げ下げする。


「ふにゅ、ふにゅ、ふにゅ……ふにゅにゅにゅにゅ」


 なにそのうめき声……可愛いんだが。


 *****


 筋トレとランニングを終えてシャワーを浴びた武田さんがリビングに戻ってきた。

 制服に着替え直してお風呂上がりのいい匂いが漂ってくる。っていかん、何考えてんだ俺は。


「ダイエットのことで分からないことがあったら父さんに聞いてね。何でも答えてくれると思うから」


「分かりました」


 ガチャ!


 玄関の扉が開かれる音が聞こえた。

 どうやら妹が帰ってきたようだ。


「たっだいま〜」


「おかえり妹よ」


「これ、どういう状況?」


 まぁ妹が困惑するのも無理はない。

 武田さんがキッチンに立って料理をし始めたからだ。

 やっぱりタダで使わせて貰うのは気が引けるから、何かお礼がしたいとのこと。

 母さんも仕事で帰りが遅くなることが多いから、うちとしては本当に助かる。


 こうして俺は昼間に立花さんのご褒美、夜に武田さんのお礼を貰うという生活が続くのであった。


「千鶴お姉ちゃん、うちにお嫁に来ない?」


 武田さんの料理を食べた妹の第一声である。

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