第8話「負けてられない」
「葉くん、その女の子は誰ですか?」
俺は正直、心のどこかでメールの相手は実は立花さんではないんじゃないかと思うようになっていた。
メールのやり取りはあるものの、直接会話したのは『新ハゲズラ事件』以来なかったからだ。
その考えは立花さんが俺たちのお昼スポットに
そうすると教室では彼氏の新がいるから不用意に俺に話しかけないようにしていたのかもしれない。新は嫉妬深そうだし。
ところで何で立花さんがこんなところにいるのかって? 俺が知りたいよ、どこにいるのってメールで訊かれたから答えただけなのに。ははははは。
「えーっと、昼友の武田さんです」
「どうも……」
「私聞いてないよ。葉くんのお友達にこんなに可愛い女の子がいるなんて」
「あの、私可愛いくないと思うんですけど……」
「太ってるからって誤魔化されませんよ? 私には分かるんですから」
「……」
何だ、どういうことだ? 武田さんも否定しなくなったけど。
まぁ確かに武田さんは不意に見せるまん丸笑顔が結構可愛い。
「葉くん、私は戻らないといけないからもう行くけど……ダメだからね? エ、エッチなこととかしたら」
何を言い出してるんだ立花さんは。
しまへんよ。立花さんは風のように来て風のように去って行った。一体何しに来たのやら。
──ピコン。
『明日のお弁当、楽しみにしてて下さいね』
これが本当の罰か? とうとう本物の毒が俺の弁当に盛られる日が来てしまうのか……あぁ神よ、どうか哀れな私にお慈悲を。ダ、ダメか、信仰スキルが低すぎる。
「あの、どうして学校一美少女の立花さんが突然佐原くんに会いに来たんですか?」
「それはだね、武田さんの卵焼きが美味すぎたからだね。つまり悪いのは武田さん。僕悪くないもん」
「つまり悪いのは佐原くんですね」
「すんまへん」
今後のこともあるし、昼友の武田さんには弁当のことを打ち明けた。
罰で弁当を食べさせられていると。
「はぁ……佐原くん。本当にそれ罰だと思ってるんですか?」
「ん? それ以外にあるの?」
「あのですね……毎日朝からお弁当作るのって結構大変なんですよ? 佐原くんのお弁当を毎日見てた私には分かりますけど、しっかりとPFCバランスが整ってて完璧と言っても過言じゃない出来です。わざわざそんなお弁当を作ってくるなんて……」
「くるなんて?」
「……何でもないです。はぁ……」
何故武田さんがため息をつく。
でも俺の弁当はあくまでも新のついでに過ぎないからなぁ。
新が立花さんと付き合ってなかったら俺に弁当を振る舞う日なんて永遠に来なかっただろうし。
この話は一旦置いといて、立花さんと武田さんの会話で気になることがあったな。
「太ってるからって誤魔化されないってどういう意味?」
武田さんは遠くを見つめる。
少し間を置いたあと、膝を抱えて過去を語り出した。
「つまらない話ですよ。私……こう見えて昔は痩せてたんですよ。今では想像がつかないと思いますけど、異性にもモテたりしました。でも、それがいけなかったんでしょうね。リーダー的存在の女の子の好きな人が私に好意を持ってしまって……それからはご想像の通りです」
つまりあれか、この間妹が言っていた『この泥棒猫!』ってやつ。まぁ彼氏を奪ったとかじゃないから少し意味合いは違うけど、似たようなものだろう。
「こんな辛い思いをするならモテなくていいと思うようになって……わざと過食して太りました。顔に脂肪が付きやすいこともあったおかげで異性からはモテなくなりましたけど、塞ぎ込んでる時期が長かったせいかコミュニケーション能力が恐ろしく低下してました。この高校に入った頃にはお友達の作り方もよく分からなくなってて……だからこんなところでお弁当を食べてるんですよ。私は」
武田さんにそんな過去があったとは……。
あまり過去のことは触れないようにした方がいいだろう。思い出すだけでも辛そうだ。
それよりも……。
「でも友達できたじゃん。ほら、ここに」
俺は自分を指差して武田さんに笑顔を向ける。辛そうだった表情は少しだけ和らいだ気がした。
「……そうですね。少しだけ、太ってて良かったなって思うようになりました」
「それってどういう意味?」
「佐原くんって……本当に鈍感ですね」
なんだ、俺はいま何を聞き逃した。
分からん。
「私、ダイエットしようかなって思います」
「どうしてまた急に?」
「負けてられないなって」
武田さんはすっと立ち上がった。
なんの勝負かはわからないけど、ぽっちゃりした武田さんが痩せたらどんな感じになるんだろう。ちょっと、いやめちゃくちゃ楽しみだ。
それとは別に、俺も武田さんのために何かしてあげたい。
俺にできることって言ったらこれくらいか。
「ねぇ武田さん、今日うち来ない?」
「……は、はい?」
振り返って間抜けな声を出す武田さん。武田さんは反応がいちいち可愛いな。
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