第3話「猛毒弁当」

 新はみんなから質問攻めにあってたが、ただのイメチェンというばかりで本当のことを言わなかった。


 あれだけ毎日髪の毛ばっちりセットして、連れションしたときだって鏡で毎回髪型のチェックをするほど。そんなやつが坊主を通り越してスキンヘッドとかおかし過ぎる。


 自分の席に着いて思案しているとまたしても珍事が起きる。


「お、おはよう……佐原くん」


「え、お、おはよう」


 え、なんで立花さんが俺に挨拶? 初めての会話で嬉しいけど……なんで? テンパってどもった声出ちゃったよ。


「佐原くんって……お昼学食だったよね?」


「うん、そうだけど……」


「お弁当作り過ぎちゃったんだけど……よかったら食べてくれないかな?」


「……は?」


 なにこれ、なにこのベタベタな展開。おかしいだろ。あれか、その弁当には毒が盛られててとかそういうミステリー系?

 これが本当の『13人目はお前だ』ってやつですか?


 ははーん、分かったぞ。新だ。彼氏のために弁当頑張って作って張り切り過ぎたパターンだな。

 おっちょこちょいの立花さん。可愛い。


 そんな脳内妄想とは真逆に疑いの目を向けて止まない俺の眼光に対して、立花さんはしゅんとした顔をした。


「や……やっぱり私なんかが作ったお弁当なんて……食べたくないよね」


「食べます。食べさせてくださいお願いします」


 その表情、可愛すぎるだろ。レッドカード。

 もう毒でも何でも喰らってやる。

 というか俺昨日失恋したんですけど。勝手にだけどあなたに。

 それよりも新はどうした、付き合ってるんじゃ……と口に出掛かってやめた。


 新は言うなとか言ってたし、教室で誰が聞いてるとも限らない。

 それに知られたくないのは立花さんも一緒かもしれないから、俺は知らないことにしといた方がいいだろう。


 そんな気遣いはいらないとさっきまで思ってたけど、あの頭を見てちょっとだけ優しくしてやろうと思った。


「それで……その……」


「うん、なに?」


「これからは……その……よ……葉くんって呼んでも……いい?」


 あ、俺今日死ぬの? 何これ、意味が分かんないんですけど。可愛いんですけど。反則なんですけど。もう1回いうけど昨日失恋したんですけど。あなたに。


「うん、いいよ」


「じゃ、じゃあ葉くん、お弁当はロッカーに入れて置くから」


「りょーかい」


 立花さんは俺の前から去っていった。

 みんな新の頭に気を取られてこの意味不イベントに気付いてる人は誰もいない。

 それにしても立花さんが作った弁当か……どんな毒が入ってるんだろう。


 *****


 とうとう昼休みが来た。

 学校始まって以来かも知れない、こんなに弁当が楽しみだったのは。

 ドキドキしながらロッカーを開けた。

 入ってる……冗談じゃなかったのか。


 それにしてもどこで食べよう。

 いつも学食で一緒に食ってる友達には断りを入れたが、教室でこれを広げるのはなぁ……その弁当どうしたって言われたら面倒なことになりそうだし。


 俺は誰もいない場所、別棟の最上階から屋上に続く階段でひっそりと弁当を食べることにした。弁当に集中出来るし、たまにはボッチ飯も悪くない。


 というかワクワクが止まらない。この二段式弁当箱にはロマンが詰まってるに違いない。

 俺はいま、世界一幸せなボッチ飯を堪能しようとしてるのではないだろうか。


 いざ、弁当箱の蓋を開け放つ──。


 毒が入っていた。


 俺はその毒によって心臓がえぐられる。うぅ……胸が……胸が苦しい。


 桜でんぶのハートマーク。猛毒だった。


 胸を抑えつつ、ここで俺は冷静に考える。

 あれだ、立花さん間違えたんだな。新に渡すはずの弁当を俺に渡すなんて……またしてもおっちょこちょいな立花さん。可愛い。

 俺は猛毒耐性を獲得した。


 続いて一段目の蓋を開けようとしたとき、風呂敷と弁当の間に紙が挟まってることに気がついた。

 丸っこい、女の子の字でこう書かれていた。


『葉くんへ お弁当、どうですか? 葉くんのために一生懸命作りました。感想はここに送ってください』


 うん、立花さん。新と葉を間違えたんだな。

 新葉しんようっていう言葉があるし。

 確かあらたのあだ名は苗字も相まってシンだったし、辻褄が合う。

 そうすると本来の俺への手紙は新の弁当に入ってるのかな。なんて書いてあったのか気になる。

 もう俺は何があっても驚かないよ。おっちょこちょいの立花さん。


 ウマウマ、弁当ウマ。

 分かってるよ。分かってるけど、でも……めっちゃ嬉しい。幸せ。

 惚れた弱みだな。あぁ、好きだ。相手は彼氏持ちだけど。


 失恋したと思ったけど、俺の恋はまだ終わりそうにない。


 ──教室に戻ると新は腹を抱えながら机に突っ伏していた。

 やっぱり俺が食べるはずだった弁当には毒が入っていたようだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る