東條綾乃は微笑まない。

 小学生からの幼馴染、東條綾乃は僕を馬鹿にするのが趣味らしい。


 朝。学校へと向かう道すがら、何気なく歩いていると、後ろから思いっきり背中を叩かれた。毎度のことで誰が犯人かわかっているのだが、仕方なしに振り向くと案の定ヤツはニヤつきながら立っていた。


「よっ!」


 小さく顔の前で手のひらを上げる綾乃は、ヘラヘラと笑っている。その心底してやったりな表情を見ていると、なんだかイライラしてくる。背中に鈍い痛みを感じながら、


「いつも思うんだけど、もう少し優しく叩いてくれない?少しはお前の平手打ちを受ける身にもなってくれよ。」


そんな憎まれ口をたたくと、綾乃はふふっと余裕の笑みを浮かべて斜に構えている。


「何言ってんの。男なんだから乙女のか弱い打撃攻撃くらい無傷で回避しないと。帰宅部でろくに身体も動かしてないんだから、そんな軟弱なフィジカルになったんじゃないの?筋トレしなよ、筋トレ。」


この男女平等社会でずいぶん時代遅れなセリフを吐くヤロウである。オリンピック協会で発言した日には即刻会長の職をはく奪される勢いだ。


 彼女の言う通り、確かに僕はいささか貧弱な肉体と精神を有しているのかもしれないが、たとえ1日100回の腕立て伏せを1年間欠かさず実践したところで、綾乃の容赦ない直接攻撃に耐えうる気がまったくしない。


 傍らに連れ立って歩く暴力少女の、十数年後夫にDVを繰り返し逮捕される将来を案じていると、そいつはジト目でこちらを見やりながら半分冗談のような声色で口を開いた。


「ショーちゃん、この前の中間テスト、どうだったの?まさかまた赤点とったんじゃないよね??」


とても真実を話せないような煽り文句で質問され、僕はたちまち憂鬱になり、心の中で小さく息を吐いた。二週間前に行われた中間テスト。たいして準備もせずに家で本ばかり読んでいたことが災いし、当然ながら返ってくる答案用紙はチェックマークで埋め尽くされていた。


 今日は木曜日。次から次へと手元に舞い戻るアンサーシートに書かれた点数は深刻な状況を僕に突き付けてくる。これだけ間違いばかりを連発してしまう自分の人生が間違いなのではないかと悟りはじめた頃合いだった。家に帰っても嫌なことばかり考えてしまうため、気晴らしにライトノベルを読み漁り、ギリギリのメンタルで生きている今日この頃である。


 僕がどう答えようか考えあぐねていると、綾乃はすべてを察したようにため息をつき、口を結んで頭を左右に何回か振った。憐みの視線が心臓に突き刺さって痛い。


「その様子だと、全然ダメだったようね…。また勉強せずに家でゴロゴロしてたんでしょ?なんでそんな怠け癖がついてしまったのかな。1年前は私よりも学力上だったのに。私、ショーちゃんはやればできる子だと信じてるんだけどなあ。ほんと、将来が心配だわ。」


身体のあちらこちらに槍をつつかれたような感覚がし、僕は少しだけ肩を縮こませた。うちの母親よりも母親らしい正論を言う綾乃にもっともらしい反論を何一つ主張できない自分が情けない。それでも何か大切な自意識を守るように、意味もなく言葉を連ねるしかなかった。

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