閉店①

 店番は3店舗共、小田爺の部下に任せることになった。ラストダンジョン地下30階、60階、90階に店を設けた。言ってしまった以上は仕様がないが、もう少しだけ冷静に情報公開の時期を見定めるべきだったと後悔している。例えば新しくお店を開くという時、できる限りお客に知らせたいという気持ちは分かるが、同時に競合店が対策を講じる隙を与えるということも肝に銘じておくべき。その一方で従業員は早急に確保する必要がある。また閉店するという時は、ギリギリまで知られたくない。隠さねばならない。とにかく、店を任せて俺は、自分の目で見て、耳で訊いて、手で触れた上で判断したいと思い、地上をさすらっている。データ分析は重要だ。人の話にも耳を傾けよ。仮説と検証を繰り返せ。そして時に自ら汗を流し、現物に触わることを怠るな。

 

 戦況は数に劣る竜舌蘭が壊滅寸前。秋桜、白百合、鳳仙花の三つ巴となっていたが、直近では鳳仙花が戦力を強化しているようだ。竜舌蘭を離れた勇者達を取り込んでいるとか―


 共栄共存。己を高め、競い合い、切磋琢磨し、消費者により良いコストパフォーマンスを提供する。なんて理想は風前の灯火。いや、もはや完全に消失してしまったかもしれない。派閥争い―闘技ではなく殺し合い―一般人を巻き込むことを致し方なしとして派遣を奪い合っていた。里を、村を、街を国を毀しながら勝者を目指していた。

 魔王討伐を掲げる勇者達ももちろん存在する。ラストダンジョンに挑む者も数は減ったがゼロではない。けれども人々の関心はほぼ皆無か。戦争・・・どこで戦いが始まった、どこぞの店が狙われている、何とかという強い勇者が雇われた、あの国が占領された。国が国を護り滅ぼす力を所持しているのではない。個が国家戦力を有している。俺は現状を打破すべく伝説人を探していた。

 俺がまず訪れたのは聖域ヨーギ。チマミカで別れてから2週間ほど。モンスターブックの地上編を完成させるべくここに立ち寄ったことは間違いないと思うのだが、いつまでも転職の館でうろうろしているとは考えにくい。ただ足取りが掴めるかもしれないと期待していた。会えなくとも手掛かりが得られればと。そして、確かに3人はヨーギに来ていた。どうやら無事、モンスターを仲間にすることができたらしい。その後どこへ行ったかは判明しなかったので、結局は振出しに戻ってしまったのだが。例の105番。全てのアイテムの耐久値を回復できる特技『waltz for gaia』を習得する『NANA』。

 ラストダンジョンを行き来している形跡はないから、また闘技会に参加しているかもと、俺はヨーギからラバツマへ移動した。訊き込みをしたり、宿の宿泊履歴を調べてもらったり、コロッセオの掲示板を確かめたりしたが、成果はなし。町やらダンジョンを虱(しらみ)潰しに当たる前に、伝説人の行きそうな場所を思い浮かべる。紋付き勇者ではないから潜像にいるという可能性は低い。もしも戦争に参加していたらもっと世間を騒がせているだろう。彼らの性格上、首は突っ込んでいないとは思うが。

 そうだ、あいつら無事だろうか。戦争に巻き込まれていないだろうな。最も前職魔王が2人もいるのだから、心配すべきは紋付き勇者の方なのかもしれないが。会いに行くか。会って、報告しておこう。

 

 少なからず緊張していた。会いに行ったのだ、政樹とラビに。そして報告をするつもりだった、戦争を終わらせに行くことと、店を閉めることを。どんな表情をするかなんて考えると、やっぱり気が重かった。ラビの奴が、

「え~、道具屋さんやめちゃうんですか~。どうしてですか~。道具屋さんとお菓子屋さん、一緒にやるって約束したです~。む~・・・・・・・・・」

何と釈明すればいい。どうすればラビが納得してくれる。ラビが気持ちよく俺を送り出してくれるにはどうしたらいい。答えの出ぬままお菓子屋に向かったのだが―

 「あー、ホントです~。店長さんも来たです~。」

「いらっしゃい、淳ちゃん。」

2人がわざわざ店頭に出て迎えてくれた。無論、事前に連絡などしていない。どうして俺が来店すると分かったのだろうか。気配でも察する能力が・・・いや、まさか。

 そして俺は絶句した。

「おぅ、遅かったじゃねぇか。お前も食うか?ここお菓子、なかなか美味いぞ。とてもラビが作ったモノとは思えねぇな。小せぇのが玉に瑕だが、そこは数でどうにかなるわな。そぅそぅ、お前、俺の演説を訊かずに帰っただろう。仕方ねぇからここで―」

とりあえずはクォーダを無視して政樹に警告した。

「店の商品、全部食われちまうぞ。」

「あはは・・・そうだね。でもラビちゃんは作り置きをしないから平気、今日の分が売り切れておしまい。お代は貰っているし、もう閉店の看板も出してあるしね。」

ちゃんとしてるわ。

 もう2人も店内のちょっと離れた所にいて、こちらは品良くケーキを食べていた。全く、何をしているんだ、この人達は・・・

「いらっしゃいませ、魔王様。どうぞこちらへ。」

そう言って運び屋が手招きをする。

「そんなこと言っていると、魔王が3匹、襲い掛かってきますよ。」

誘われるままに腰を落ち着けた。

「ごめんなさいね、如月さん。あんぽんたんのせいでケーキ、これしか残っていなくて・・・」

蓑口さんがショートケーキを持ってきてくれた。

「ありがとうございます。十分ですよ。」

続いて、

「淳ちゃん、紅茶。皆さんもおかわりどうぞ。」

政樹が飲み物を用意してくれた。ラビも俺の近くに椅子を持ってきて着席。しばらくの間は無言で、サタンズのケーキを頂いた。文句なく美味い。

 クォーダだけは離れた席で、こちらに背を向けて座っていたが、気が付けば、伝説人の3人と歴代魔王が集合していた。世界の未来を決める戦いが始まってもおかしくない状況下でケーキを食べたり紅茶を入れたり、再会の嬉しさで座って余った足をプランプランさせたり。

「席、外そうか?淳ちゃん。」

「いや、そのままいてくれ。2人にも訊いていてほしい。」

2人とはもちろん政樹とラビ。一緒にいてくれないと、決心が鈍りそうだから。

 

 カラスの鳴き声も小さくなり、夕日の力も弱まってくる。夕方の終わり間近。光が闇に移り変わるひと時。人も世界も1日を終える準備を始める。少々の怖さと、自宅の安らぎと愛しさを覚える薄暗がり。俺が1日で1番好きな時間帯だ。


 「俺は戦争を止める為に来ました。地上では紋付き勇者達が戦っています。闘技会とは異なりそれこそ殺し合い。それは勇者同士にとどまらず、無関係の町や人々を巻き込んでいます。人ひとりが一国、それ以上の戦闘能力を保持してぶつかれば当然の結果。はっきり言って、結界でどうにかなるその辺のモンスターよりも質が悪い。本能のままに動くものより、意思や判断に従って取捨選択する者の方が手に負えない。俺はそう考えました。だから―この戦争とゲームを終わらせます。ただ、俺一人の力と知識では難しいし、何よりどれだけ時間がかかるか分からない。3人の力が必要なのです。どうか俺を、伝説人に加えて下さい。」

どうだろうな。クォーダ、一応は俺も演説の経験者なのだよ。心に、届いただろうか。皆、黙っているが。素っ頓狂だったか、それともある程度は予想できていたか。どちらにしろ返答を訊かなくては。俺はエイッと、伝説人の勇者に目を合わせた。

「いいですよ~。宜しくお願いします。」

・・・・・・

「そんなあっさり了承していいのですか?」 

軽すぎる運び屋の返答に気圧される。軽佻浮薄(けいちょうふはく)な性格とは言わないが、軽率ではないか、さすがに。せめて蓑口さんとクォーダに訊いてからでも。そんな俺の心を見透かしたかのように残りの2人が口を開いた。

「如月さんの気持ち、ちゃんと伝わりましたよ。覚えていますか、フィオちゃん。如月さんがいなくなってから、ずっとうちの宿の遊びに来てたんですよ。お兄ちゃん、いつ帰ってくるの?って。全部終わらせたら帰りましょうね、クゴートの里へ。」

「はい、宜しくお願いします。」

全部終わったら、フィオに謝りにいかないと。

「足引っ張るようなら置いていくからな。覚悟しとけよ。」

いつの間にか背後に立っていたクォーダもひとまず許可を下ろしてくれた。

「分かりました、頑張ります。」

前もって話していたのか、こちらの3人に同様の色は全くなし。仰天は残りの2人、政樹とラビだった。こっちはもう、やんややんやの大騒ぎだった。

 「淳ちゃん、まずいよ―」

「凄いです!店長さん、勇者様と一緒に・・・ん~~~!」

政樹が掌でラビの口を塞いで喋らせない。当のラビは遊んでもらっていると思ったのか、笑顔でもごもご、ばたばたもがいている。

「いくら戦争を止める為だって、こんなのバレたら大変なことになっちゃうよ。」

「バレたら・・・誰にバレるとまずいんだ、政樹。」

「え・・・あっと、その・・・・・・」

やはり政樹も知っていた。そう、俺が寝返れば必ず動く奴がいるのだ。もう、動いているかもしれないな。そいつが運び屋が以前言っていた、伝説人の最終目標。だから俺を、共通の目的ということで、仲間に入れてくれたのかもしれない。

                            

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