勇者連盟vs道具屋連合③

【勇者連盟vs道具屋連合③】

 俺は今、『ラバツマ』という城下町にいる。既に2泊。久々の地上、そして日の光は心地良かった。魔王にも太陽は必要なのだ。それと、風。多少、埃や砂が舞い上がっても構わない。気持ちの良いものだ。さて、10日前にラストダンジョンを出発して情報収集に汗を流す。俺が道具屋として通ったルートとは別の道を進んでいるのだが、全く未知の世界が広がっていた。

 まずは万屋として頭の中に入れておくべきこと。例の紋章、派閥に関してだが、道具屋連合の派閥は全部で4つの団体に分かれていて、最も多くの勇者と契約しているのが『秋桜(こすもす)』。幅広い地域に店舗を出店しており、4団体の中で最も大きな組織である。武器、防具、道具にアクセサリーと、どの分野も品質の高い商品を扱っており、顧客からの信頼も厚い。道具屋のスタンダード、それが秋桜である。

 続いては『白百合(しらゆり)』。こちらは定期的に特売を行うことで客を集めている。秋桜同様に武器、防具、アクセサリーを扱っているのだが、殊にアクセサリーの評判がすこぶる良い。特殊効果を付与するアクセサリー、その品揃えが豊富だということは、目的に合わせた特殊効果を選択しやすいということ。攻撃力アップも良し、属性強化も好し、最大マジックポイント上昇も善し。好みのアクセサリー探しは楽しいに違いない。近々DM(ダイレクトメール)の類を始めるという噂も耳にする。

 第三勢力の『鳳仙花(ほうせんか)』は24時間営業の店。しかも昼と夜とで品揃えが変わるという。会員制を取っていて、会員になると夜の店でも買い物ができるそうだが、年会費もかかるようになる。訊く所によると、魔導士系が重宝するアイテムが多いとのこと。

 そして『竜舌蘭(りゅうぜつらん)』。最も小規模で店舗数も圧倒的に少ない。その看板を見たことのない冒険者もいるかと思われる。取り扱うモノは武器のみ。高い、少ない、開いていない。値段は法外、品数はちょっとだけ、店舗があっても営業していないなど、小売業としてはとんでもないのだが、その商品は見たこともない武器。是非1度は利用してみたいと思うのが人の性だろう。

 

 ラバツマは最大規模の『闘技会』が開催される町として有名だった。俺がこの町を訪れた理由もそこにある。闘技会。闘技会―道具屋と契約した勇者一行、すなわち4種のいずれかの紋章をまとう勇者一行(俗に紋付と呼ばれている)と、魔王討伐を目指す勇者達の力比べ。4対4の戦闘でモンスターも参加可能だが、その際は人間と交代しなくてはならない。馬車の中の待機組は見学だ。ヒットポイントが1になったら強制退場ということで敗れても死ぬことはないが、手持ちのアイテムの中から相手に好きなものをひとつ取られてしまう。また、勝利チームは国王から褒美のルナが授与される。何回負けても闘技会には参加できるのだが、負ける度にせっかく手に入れた貴重な道具を持っていかれてしまうので、そこはやはり考えものである。

 人混みというものに慣れていない俺は、ちょっとばかし気持ち悪くなっていた。人が多い。こいつは予想以上だ。どこを見たらいいのだろうか。上、ではない。それでは誰某構わずぶつかってしまう。やはり正面かとおもいきや、そうすると見知らぬ人々と次々に目が合う錯覚に襲われた。冷眼視されているのではないかと。これも違う。では下。足足足・・・・・・それが動く動く動く動く。隙間から覗く地面なぞごく僅か。気分が悪くなっても致し方あるまい。早く慣れなくては。


 コロッセオは人で溢れていた。その理由は目の前で人知を超えた戦いが観戦できるから、だけではない。賭けが成立しいるから。ラバツマの税収の7割がこの闘技会関連によるものだというのだから驚きだ。

 「お~待たせ致しました!まずは西門より、白百合連合所属、『疾風迅雷』の登場だー!!」

まるで祭りだった。御大層に実況付きで勇者達が紹介される。会場は大盛り上がり。歌詞はよく聞き取れないが、応援歌みたいなものまで合唱されている。

「続いて東門より勇者連盟、『朧月』ー!!」

こちらにも同様の拍手喝采。だだっ広い円形闘技場の中央に8人の冒険者が集まり、闘技開始となった。


 その日は合計4試合が行われた。俺を脅かす程の実力者はいなかったが、何なら8人全員を相手にしたところで負ける要素は見当たらなかったが、ひとつ驚かされたことがあった。闘技開始直前に、観客席を覆った結界。観戦者は主に一般人だから、その身の安全確保の為だろうが、これが強力だった。もしもひとりで作っているとしたら大した法力だし、複数人だとしてもなかなか作れ代物ではない。俺としてはこっちの制作者の方が気になるのだが。

 もう少し探ってみるか。そう思い、ラバツマ滞在5日目。そろそろ飽きていたし、もう何も収穫はないだろう、そう思っていたところに事件というか、サプライズというか、甲斐があったな、と。

 西門より現れた竜舌蘭の『仮面紳士』。対するは勇者連盟の『伝説人』?運の悪いことにアナウンスが流れた際、お茶を口に含んでいた俺。飲み込むことができずに喉に詰まらせ咽せ返り、回りから白い眼で見られてしまった。すいませんとペコペコしながら、視線だけは闘技場を注視する。すると出てきた、出てきた。先頭はクォーダ、続いて柳で蓑口さん。そこにラビを加えたパーティーが本来の姿なのだろうが、彼女はお菓子屋で多忙な日々を送っている。どうやら、4人チームに対して3人で挑むようだ。

 アナウンスによると伝説人は史上最強、地上最高のパーティーだそうで、これがラバツマでの3戦目。その他の闘技場でも9戦を行っており、いずれも圧勝。5分と持った対戦相手がいない。その勝利の度にファンを拡大し、彼らの圧倒的強さから賭けが成立しないという。コロッセオは完全に運び屋達のホームグラウンドと化していた。懐かしさや喜びもあった。ただ、今にも口を突きそうな一言は・・・・・・何をやっとるんだ、あの人達は?

 試合開始とともに敵陣へ突っ込んでいくクォーダ。公園ではしゃぐ子供みたいに活き〃としているのが遠目からでも伝わってきた。ちなみに竜舌蘭の仮面紳士も勝率の高いパーティーと言うことで、決して弱くはないとのこと。どこまで食い下がれるかが見物なんだとさ。だから伝説人にぶつけられたのだろう。

 クォーダは身の丈ほどもある斧を敵陣で振り回し、相手4人全員にダメージを与えた。特技ではない。あのデカい斧の特殊攻撃か装備しているアクセサリーの効果だろう。通常攻撃が全体攻撃と化している。ちなみに運び屋と蓑口さんは、その様子を初期位置から動くことなく伺っていた。ということは、だ。そら、見ろ、言わんこっちゃない。クォーダが袋叩きに遭う。近接から魔法まで、漏れなく全て。一連の攻撃で巻き上げられた土埃が狂戦士の姿を覆い隠す。他の者は霧の晴れ間を覗かんとする。じっと待つ。そして現れるは仁王立ちのクォーダ。全くの無傷という訳ではなかろうが、左肩に斧を乗せ、空いた右肩をグルグル回しながらのっしのっしと敵に接近する。表情までは確認できないが、半笑いってところかな。お~、こわっ。

 クォーダが繰り出したのは初弾と全く同じ攻撃だった。巨大な斧を振り回す。それで相手全員に致命傷を与えられれば申し分ないのだが、仮面紳士も弱いパーティーではない。4人ともダメージは受けても、戦闘離脱はせず。そしてまたもやクォーダが袋叩きにされるかと思いきや、今回は運び屋が動いた。砂埃を置き去りにして敵陣の懐にもぐりこんだかと思いきや、瞬く間に追撃を果たした。一般人では運び屋が何をしたか見えなかっただろう。かと思うと、運び屋がすぐにその場を離脱。直後、蓑口さんの攻撃魔法が仮面紳士の4人、と、伝説人の狂戦士を巻き込んで大爆発を起こした。この一発で勝負あり。

 前評判通り、伝説人の圧倒的勝利なんちゃらかんちゃらとアナウンスが入っている間、運び屋は手を振って観客の声援に応え、クォーダと蓑口さんはずっと口喧嘩をしていた。この2人は感付いていないはずだが、目を合わされた気がした、運び屋に。


 間に合うだろうか。闘技終了後、俺は人混みを縫って選手控室へ急いだ。別に驚かせてやろうとか、戦いに感激したとか、思い出話を、なんてことではない。どうも、魔王ですなんて改めて自己紹介するつもりもない。一言、何をしているんだ、と。目的は何だ、と。それと、元気か、と。ラビがお菓子屋を始めたから、顔を出してやってくれ、と。

 3人がどんな闘技を見せてきたのか、伝説人は鬱陶しいほどのファンを獲得してしまっていた。

「うわ~・・・マジですか・・・・・・」

誰にも届かないくらいちっちゃく、わざと声に出した。出待ち、という奴だろうか。男女混合、伝説人を一目見ようということらしい。その最後尾に俺も混ぜてもらうことにしたが、結局は無駄足になってしまった。伝説人は転送魔法を使って消えてしまった。どこからかそんな話が伝言され、群衆も次第に散り〃になっていった。さぞかしブーブー文句を垂れるのだろうと訊き耳を立てていたのだが、面白い話は訊こえなかった。全てが肯定的。やれ柳のスピードが、やれ蓑口さんの法力が、やれクォーダの馬鹿力が・・・彼等の言動に無条件で賛同する。どうやら伝説人はいつの間にやらカリスマになったようだ。それとも俺が知らないだけで、元々カリスマ的な存在だったのか。どちらにしても、姿を隠していた神が地上に降り立った。運び屋が何かを始めたことは確かだろう。何か?いや、違う。何かなんてことはない。勇者の、至純の勇者の目的は決まっている。

 さて、掲示板には御親切に闘技会のスケジュールが張り出されていた。伝説人の次の試合は2日後、大酒場『チマミカ』という町で行われる。そういうことなればすぐにでもチマミカへ、ということでも良かったのだが、寄り道をすることにした。魔王になってから移動時間というものを考えずに済むので、何をするにしても時間に余裕が持てる。最上位の転送魔法のおかげで、どこへ行くのも一瞬だ。さて、寄り道についてだが、道具屋の時からずっと、いつかはと、手段や方法などは深く考察せずに漠然と、眠る前に描いた夢か希望か妄想の様な祈りを、叶えることにした。うどんを食いにクゴートへ。


 雨か・・・しかも本降り。舗装された道が少ないため、靴やら衣服がすぐに汚れてしまう。水捌け用の設備があるはずもなく、水溜まりもそこいらにできていて移動するのも一苦労だった。飛んだり足元だけでも結界を張ったりということもできなくはないのだが、目立って良いことはない。怪しまれるだけだ。怪しまれた結果、実は勇者でしたなら外も盛り上がるかもしれないが、正体が大魔王では洒落にならない。静かに過ごしたいんだ。

 階段を昇る前に道具屋うどんこがどうなっているかを見に行った。結論から言えば新地(さらち)のままだった。そういえば、前魔王の政樹が護衛軍を引き連れて襲来したんだっけ。その後里の復興は進んだが、家主がいなけりゃ、店主がいなけりゃ、再出発するわけがない。何て無理矢理に納得したが、やはり正直寂しかった。何かを期待していた訳ではない。何もないだろうと分かっていた。けれども頭の中のイメージと実際に目にしたものを摺り合わせると、これが現実を突きつけられるという事なのかもしれないが、俺の道具屋としての原点が消えてしまった。


 久々に見上げる長すぎる階段。誰が何の目的で作ったのかは解らんし、その頂きで飯屋を営もうなど、無謀ではないか。で、石段の終着先は雨雲の中に隠れて見えない。雨の止む気配もない。滑って転倒しないよう注意を払いながら1歩1歩昇っていく。さすがに道具屋の時のように息は切れ〃、汗はだらだらということはなかったが、やはり大変だ。その一方で雨の為に人が疎らなこと、視界も悪いし、傘で身を隠せるおかげでひっそりと歩けるのは有難い。


 「いらっしゃいませ。」 

「ひとりなんですが―」

「カウンター席、空いている所へどうぞ。」

母親と娘だろうか、店内は空いていて、客はカウンターで食事をしている2人だけであった。俺は反対側、右隅に腰を下ろした。

「雨の中、ありがとうございます。ご注文、お決まりですか?」

「えっと・・・『特葱うどん』、できますか?」

「あら、珍しいメニューをご存じね。かしこまりました、特葱ね。」

「特葱一丁ー!」

奥さんから厨房の旦那さんへ俺の注文が伝えられた。あの頃と同じように夫婦で切り盛りしているようだ。お2人共元気そうで何より。クゴートを去る前日、気を付けて行くんだよ、と出してくれた裏メニュー。思い出の品の再注文を受け付けてくれた。そして奥さんは、俺が道具屋の人間だと、多分、気付いているのではないかと思う。でも名乗らないということは何か理由がある、そういう所まで察してくれている。今、何しているんだい?俺が最も困る話の切り出しだ。記憶にあったうどんと寸分違わぬ商品が出てきた。麺もつゆも見えなくなる山盛りの葱。何も知らずに出されたら、うどんだなんて思わない。何がどうしてどうなったらこうなるんだ。自然と手が合わさって、いただきますと言っていた。その時。

 「淳ちゃん?」

俺をちゃん付けで呼ぶ奴を俺は2人しか知らない。久し振りに聞いたなと思いながら声のした左側に顔を向けた。いつの間にか、反対側で食事をして親子連れの娘が、すぐ隣に立っていた。この俺に気配を感じさせないとはなかなかやるな。そうか、大きくなったじゃないか。間違いない、毎日店に遊びに来ていたフィオだ。懐かしいな、俺のことを覚えてくれているのか。

「道具屋さんは、もうやらないの?ずっとお店、ないまんまだよ。」

再開を待ってくれているのか、嬉しいな。そして、ごめんな。

「淳は僕の弟で、僕はユウと言います。君はフィオちゃんかな?」

「うん。えっと・・・淳ちゃんじゃないの?そっくり・・・・・・」

「よく間違えられるんだ。」

「声も一緒。」

「兄弟だからね。」

俺は心のどこかでこの虚言を用意していたのかもしれない。まっすぐこちらを見上げながら勇気をもって俺に話し掛けてきた少女に対して、よくもまあ滞りなく嘘を吐けるものだ。けれども絶対に正体は明かせない。

「淳は今、別の所で道具屋をやっているんだ。」

必死に耳を傾けているのは分かるが、瞬きはした方がいいぞ、フィオ。

「そうそう、フィオちゃんに淳から伝言を頼まれているんだった。」

「伝言?」

「必ず帰ってくるから、そしたらまた、店を手伝ってほしいってさ。」

「うん、いいよ。それまで待っているねって言っておいて。」

「分かった。必ず伝えるよ。」

                     【勇者連盟vs道具屋連合③ 終】

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