【勇者連盟vs道具屋連合①】

 地下30階には簡単な結界を張っておいた。来るものを拒む為のものではなく侵入者を警報で知らせてくれる。また結界内であれば俺の千里眼を使って、その姿も見通すことが可能。アイテム合成の研究を進めつつ、ラストダンジョンに万屋を開業して1ヶ月弱。いつ客が来てもいいようにダンジョンから一歩も出ることなく準備を進めてきた。看板まで作ってしまった。要らないとは思うのだが、なんかこう、看板があった方が気分が乗ってくる・・・みたいな。んで、結局誰も来ない。驚くくらいに静かだった。小田爺に怒られるので魔法とか特技は最低限腐らないよう発動させたりしたが、正直暇だった。魔王って案外、やることないんだな。

 そんなこんなでついに警報、いよいよ勇者様の登場かと思いきや、階段を下ってきたのは小田爺。妙だった。いつもは転送魔法を用いて、唐突に俺の背後を取るのにな。

 千里眼で見通す小田爺の着衣に乱れなし。傷を負っている様子もない。魔王城内の姿と何一つ変わらぬ姿でラストダンジョンを降りてきたのだ。

 「いらっしゃいませ、小田爺。どうしたんですか、わざわざ入口からなんて。魔法を使ってくればいいものを―」

「いえ、ね・・・ダンジョンの様子を少々見てみようかと思いましてね。ダンジョン序盤のモンスターとしてはかなり強く設定されましたね。生半可な勇者共では、なかなかここまで到達することも難しいでしょう。」

「加えて宝箱の中のアイテムも調整したので、まだ誰も侵入してきません。地上の様子は変わらずですか?」

「ええ・・・その件なのですが―」

そう言って、小田爺が俺の正面に腰を下ろした。商品群を挟んで店主と客のような位置取り。小田爺の雰囲気から朗報とは言えないだろうとは察しがついたが、何はともあれコーヒーだ。

 「錬金の幅は広がったようですね。ラストダンジョン最初の店にしては、高級な防具が並んでおりますな。」

俺としては武器の方に自信を持っていたので、意外な感想だった。

「小田爺、地上で何かあったのですか?突然桁違いに強い勇者が現れたとか。」

「『転売士』なる者達が幅を利かせております。」

「テンバイシ・・・ですか。」

ジョブの一種であることは予想がついたが、初めて耳にする職業だった。

「ジョブかアビリティか、その両方か。それすらもまだ調査段階ですが、武器と防具を店に売り、ルナと交換する。やっていることはこれだけのようですが―」

「やれやれ、装備品の売却は不可としておいたのに、困ったものですね。」

「必要に迫られて誕生した能力なのでしょう。」

そう言いながらも、内心では大した問題ではないように思われた。ルナ稼ぎの効率が上がることは確かだが、使い道は分かっている。マジックジュエルか妖精の粉の2択。ダンジョン探索はそれなりに捗(はかど)るとは思うが、突然変異の強者が生まれるわけではない。

 レアリティの高いモノほど高額で取引される。これまで捨てていたり預り所に寝かせていた装備品をルナに変えることができるようになった。予備の武器と防具をいくつ用意しておくかは各人の判断だが、冒険の難易度をかなり下げられる要素である。

 「なるほど・・・そうですか。まぁ、今まで売却制度がなかったことが不思議なくらいでしたからね。遅かれ早かれ、こうなると思っていました。」

「どうされますか。潰しにかかりますか?」

小田爺はたまに、静かな口調で冗談とも本気とも取れないことを言う。ここで俺が潰せと指示したらどうしたのだろうか、その勇気はありませんが。

「ルナが貯まった所で使い道は決まっていますし、アイテム所持数の制限がネックになることも変わらないでしょう。モンスター達の装備品も買わなくてはなりませんし・・・・・・放っておきましょう。他に何か変わった動きはありますか?」

何もないだろうということを予想して尋ねた問いだったのだ、が小田爺は渋い表情を崩さなかった。

 「道具屋が勇者を雇っているようですぞ。」

「・・・はい?」

理解が追い付かず小田爺に説明を求めた。訊き間違いでなければ、魔王討伐以外の目的が発生している可能性がある。俺の存在意義が無視されているらしい。

「まだ調整中ではありますが、現在拡大中なのではないかと思われます。」

 

 地上の店に武器や防具が冒険者から流れるようになった。冒険者は多額のルナを手にするようになった。中盤以降は強力な装備も増えてくるし、モンスターのドロップアイテムにも貴重な品が出てくる。自分達の身の回りを固めたうえで、冒険終盤に向けてルナを貯蓄できる。そしてその使い道はマジックジュエルか妖精の粉。俺がいた頃には取り扱いのなかった、地上における最高級品。それを扱う道具屋のルナが累増し、ルナの貯まり所となったのだ。それであれば、生活が豊かになって、店をより良く、国が発展、というのが素直な流れかと漠然と考えていた。けれども、道具屋の選んだルナの使い道は勇者を雇うこと。全ての店舗ではなさそうだが、転売士が特殊なジョブ、アビリティでないことはほぼ間違いなさそうだ。


 「一体、何の為に?何をしようとしているのでしょうか。単にルナ儲けをしたいということなのでしょうか。」

「あくまで調査中ではありますが―発注したモノが、発注した数、発注した日時に納品されるというのは、実は物凄いことなのです。数が増えれば増えるほど、取り扱う商品の幅が広がれば広がる程。この世界には運び屋みたいな輩もおりますので実感は沸かないかもしれませんが。」

何が言いたいのだろうか。

「さらに独占となれば文字通り独り勝ち。全てを配下に治め、自分が頂に立つ。、そういうことなのかと思われます。」

どういうことなのか分かりかねる。


 ニョー!!豆腐屋のラッパのような音が俺の思考と小田爺の話を断ち切った。俺の結界が発する警報音。どうやらこの階に侵入者。地下30階に辿り着いた冒険者がいるようだ。

「おや、私目としたことが。ダンジョン内は一通り見回りながら進んだつもりでしたが、見逃してしまいましたな。それでは如月殿、失礼致しますじゃ。」

そう言って、小田爺は転送魔法を使って消えてしまった、と思ったらすぐに戻ってきた。

「警報音、ヘンテコな音ですな~。」

「はいはい、さっさと城へお戻り下さい。」

「では・・・」

マジックポイントの無駄使いだ。

 小田爺の話。まだ調整中とは言っていたが、穏やかではない。俺の経験から言って、小田爺の調査中はほとんど調査結果と同義だ。強力な武器や防具、また貴重な道具への需要が高まっている状況であれば、モノがあれば売れる状態であれば、アイテム探索専門の冒険者を雇うという考えは容易に理解できる。ルナを支払って、自店専属の勇者として契約し、アイテムの調達を依頼する。取引きに応じてくれる勇者がいて、店にルナの貯金があれば悪くないかと思う。だがしかし、あちらの首謀者はもう一つ先の企みを持っているということなのだろう。他店に納品させず、自分の店にだけ物を入れる。必然と客は自分の所にだけ流れる。薄笑いが止まらない計画だが、そんな愚策がうまくいくとは思えない。


 「いらっしゃいませ。万屋うどんこへようこそ。」

久し振りの接客で、恥ずかしながらちょっと緊張してしまった。万屋うどんこラストダンジョン支店最初のパーティーは人間4、モンスター4。モンスター仲間システムを作動させて初めてお目にかかる冒険者、その興味はどうしても元部下のモンスターに誘われてしまう。どのモンスターを選んだのか。どんな組み合わせか。人間のジョブは聖騎士、賢者、魔導士、拳闘士といった所か。訊いたわけではない、容姿だけで判断した。

 さて、仲間モンスターはというと、1体目『ゴーレム』。高いヒットポイントと守備力。壁役に最適のモンスターで、多くの勇者が仲間に引き入れるだろうと予想していた。魔法は使えず、スピードも極端に遅いのだが、盾の役割を担うには打ってつけの仲間。育成して損はない。

 2体目は『ホーリースライム』。回復魔法を得意とするスライムで、マジックポイントも豊富。回復役を任せて問題ないのだが、戦闘能力は低く、敵への大きなダメージは期待できない。そしてこの先、上位互換がいくらでも出現する。

 3体目は・・・おっ、『アイスドラゴン』か。地上で仲間にできる純血の竜族はこいつと毒属性の『グリーンドラゴン』の2種類。特技のアイスブレスによって、マジックポイントを消費することなく全体攻撃を仕掛けられるのは大きい。また竜族の名に恥じないヒットポイントや攻撃力など、基礎戦闘力も申し分ない。よって仲間にできる確率も低く設定したのだが、なかなかの強運と見える。火属性が弱点であるのはお約束だが、無限に全体攻撃を放てるというのは心強いはずだ。

 そして4体目が、ん、『ぽむりん』か。序盤に登場する、ふわふわしたお人形みたいなモンスターなのだが。もちろん強くない。レベルアップは早いが、だからと言って強くなるわけではない。多少回復魔法が使えて、装備で能力を補正すれば少しは、程度の戦力だ。かわいいからな、マスコット的な役割で仲間にしたのだろうが、近い内に別のモンスターと入れ替えるはずだ。

 「うわ・・・値段が・・・」

魔導士と思しき人物が思わず漏らした感想を訊き逃さなかった。そりゃ、1桁増えているからな。4人は各々、商品に添付された説明文を読みながら、何やら相談している。どれを購入するか決めているようで、手持ちのルナでは1つ買うのがやっとの様だ。

「封印の剣を1個ください。」

「かしこまりました。」

と、買い物は何事もなく終了した。

 「ラストダンジョンは地下100階まで続くと訊いたのですが、本当ですか?」

「ええ、地下100階まで続きます。」

「敵はどんどん強くなる?」

「はい、どんどんと。」

「この先もお店があるかって、分かりますか?」

「はい、この先は地下60階、90階にお店がございます。こことは比べ物にならないくらいに強力な武器や防具を扱っているそうです。」

「なるほど~・・・そうですか。どうもありがとう。」

そんな会話を終えると、一行は意思を固めたらしく、魔法の詠唱を始め、脱出の準備を開始した。このまま黙って返しても良かったのだが、せっかくのなので探りを入れてみることにした。

「本日は仕入れのお仕事ですか?」

「え?」

「最近は仕入れ目的のお客様が多くなっておりまして。」

「そんなに多いんですか?」

「はい。」

「先を越されたか―どこのチームだろう。うちではないよな・・・」

そんなことを呟きながら地上に戻っていった。安心しろ、お前さん達が最初だよ。もう何組かの勇者一行を見送ったら、地上の様子を見に行かなくてはなるまい。

                             

                     【勇者連盟vs道具屋連合① 終】

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