勇者撲滅計画③

 「それでは小田爺、留守の間、宜しくお願いします。」

そう言って俺は旅立った。ラストダンジョン前の最終戦、魔王城のボス戦は俺の代わりに中ボスを立てておいた。ネオブラックドラゴンと真ダークナイトで迷ったが、城内の戦いということで大きすぎるドラゴンには遠慮してもらった。影武者という体にもダークナイトがピッタリだ。一体だと戦闘能力的にどうしても物足りないので3体準備。その内の1体が本物の魔王と思わせておいて、戦闘終了後にすべてが偽物だと判明する。勇者一行は魔王を追ってラストダンジョンに挑むというストーリーなのだが。

 ラストバトルを魔王が欠席するなぞ訊いたことがありませんぞと小田爺に言われたが、本番はラストダンジョンだからな。そこがこれからの俺の本拠地となる。勇者一行を迎える準備を開始する。


 一応、俺が親で、ご主人様で、ボスになるはずなのだが、モンスターは関係なく襲ってきた。確かにラストダンジョン内のモンスターだから、雑魚呼ばわりするのは失礼かもしれないが、そこら辺のモンスターが魔王の勝てるわけがないだろう。モンスターによっては驚き戸惑ったり、逃げようとする奴もいたが、猫も杓子もひたすらに邪魔してきた。そいつらを雷撃で退けながら、最初の目的階である地下30階を目指した。

 道程は順調。時に素早さに特化したモンスターもいたが、総合的な戦闘力は圧倒的に俺が上。戦闘は全く問題なし。貧乏性なので、もったいない精神を発揮して宝箱を回収しながら、各階の階段を探した。 俺の唯一の懸念は勇者一行と鉢合わせること。運悪く遭遇してしまうと戦闘開始、『大魔王が現れた』と。そして、大魔王からは逃げられない。決着がつくまで戦闘は終わらない。ああ、そうそう・・・ひとつ注意点というか変更点がある。ラストダンジョンで大魔王に敗れても命を取られることはない。その代わり、ジョブを失う。故郷へ送還される。その勇者一行が再び冒険者となることはなく、共にいたモンスターは俺の配下に戻ってくる。

 道中及びラストダンジョンの難易度を大幅に上昇させておいた甲斐があった。モンスターとは定期的に顔を合わせるのだが、人っ子は独りもいない。俺が魔王となって以降、勇者達は苦戦を強いられていると見える。俺の目論見通り。それはそうだろう。レベル上げやルナ稼ぎに時間がかかり、武器や防具を装備し強化されたモンスターと戦い、中ボスは何かの間違いだろうと疑う程の強さ。攻略不可能ということはないが、サクサクとはいくまい。さらにラストダンジョンは一層の高難易度。諦めた勇者が急増しているのではなかろうか。そして武器や防具の耐久度システムに頭を悩ませていることだろう。今まで以上の事前準備が必須で、それを怠れば洞窟のど真ん中ですっぽんぽん、なんて状況も起こりえるのだから。


 大したアイテムは入っていないと分かっていながらも、どこか低確率に期待して、宝箱を回収しながら地下30階に到着した。そうそう、俺の特殊能力が道中、もうひとつ明らかになった。やっぱり前職が道具屋だったというのが影響しているのだろう。なんと俺、アイテムを50個まで所持できる。勇者達が必死にアイテムの選別を行っているというのに、俺は余裕の50個特殊な前職を経験した魔王の特権かなと自惚(うぬぼ)れていたが、よくよく考えてみれば勇者一行のパーティー人数を増やしたのだった。人間4人と仲間モンスター4体。一人当たり10個のアイテムを所持できるとして、合計は80個。頭数が増えるとこういった利点もあるのだな。

 まずはラストダンジョン地下30階の構造を頭に入れる為、一回りしてマッピング作業を開始した。ちなみにラストダンジョンは入り直す度に構造が変わる仕様なのだが、地下30階、60階、90階については固定マップに変更した。俺が変えたのだからマップは知っているのだが、実際に歩いてみることにした。この階はモンスターも出ない。他の階と同様に小部屋と通りで作られた単純なマップで階段を探す。宝箱もあるのだが、探索せずにさっさと次の階層を目指すこともできる平和なマップだ。そんな地下30階のやや広めの部屋に腰を落ち着ける。そこが新たな俺の仕事場だ。魔王の仕事をこなしつつ、万事屋をオープンする。

 町や村の店舗みたいにドカンと店を構えることはできないので、床に布を強いて商品を並べる商人スタイルなのだが、取り扱うアイテムは地上の店に置いてあるモノとは格が違う。地下に潜るダンジョンだけに、まさに掘り出し物。これを売り文句にやって行こうかな、なんてな。冒険の難易度が大幅に上がり、ラストダンジョンの宝箱の中身は有益なアイテムが少なくなった。結果、ラストダンジョンに挑む勇者一行の頼みの綱が、ダンジョン内の万事屋でなければならないのだ。奇怪な関係性だと知るものはごく僅か。


 「さて・・・どんな道具を作るかな。」

部屋を決め、一息ついた後、メモ帳を開いてアイテムの選定を始めた。今や100種近くのアイテムを合成できるようになった自店の品揃えは他の追随を許さない、と自負している。自分でも驚いたのだが、合成によって道具の他に強力な武器や防具、さらには特技までも想像できることがある。需要に合わせた供給を考え、具現化できるのだ。

 もう飽きただろうが、改めて確認する。とにかくこの世界、マジックポイントが貴重。MPの回復アイテムが希少。マジックポイントが底を突き、回復アイテムもなくなれば、近接攻撃でごり押す以外の選択肢がほぼ消える。加えて、遠距離攻撃がメインの魔導士系のジョブは戦況を見守ることぐらいしかできない。モンスターのドロップアイテムでマジックポーションが出てくることを祈りながら。こうなるとこのラストダンジョンを踏破することが、たとえレベルの高いパーティーと言えども厳しくなってしまう。そんな折、目の前に万屋が。しかもマジックポーションを売っていたなら、まさに地獄に仏(実際は悪魔だが)。高額商品でも迷わず購入するだろう。

 スタンダードなヒットポイント回復アイテムや、ステータス異常を治す定番アイテムも品揃えを考えてはいるが、ほとんど売れないだろうな。ラストダンジョンに辿り着くほどのパーティーであれば、魔法が万能薬と化す。宿屋がないのでマジックポイントを回復させる術がない。が、マジックポーションさえあれば何でもできる。ヒットポイントの回復も、ステータスの治療も、モンスターを討ち倒すことも。仲間にするモンスターはこれらも考慮すべきだろう。単純に攻撃力が高いから、ヒットポイントが高いから、その理由だけでパーテ

ィーを揃えると後々苦労することになる。

 

 早速、合成を始めることにした。まず作るのは『マジックジュエル』。マジックポイントを最大値の50パーセント分、回復できる。つまり最大MPが100であれば50回復するし、300であれば150回復する。強者であるほどに高い効果を発揮する。回復量が不足して使えない、そんな不満を解消している。

 最初は随分と時間がかかったが、小慣れてくれば簡単にアイテムを合成できる。ちょちょいのちょいという奴だ。どこでもいい、空中に指で魔法陣を描くと、それが白く光り出す。魔法陣の作成には10秒とかからない。反復練習で指に覚えさせた。続いては組み合わせるアイテムを配置する。マジックジュエルを合成するには弓手(ゆんで)(左)に『最高級薬草』、馬手(めて)(右)に『ダークマター』。前者は容易に入手可能で、それこそ小田爺に連絡すれば、翌日には指定した数を納品してくれる。後者は合成専用のアイテムで、単体で使用しても何の効果もない。入手難易度は中程度のBランク。魔王城の在庫が無くなれば、自分で探索しなくてはならない。

 2つのアイテムを魔法陣の所定の位置に浮かべて準備完了。魔法陣が2つのアイテムを包み込むように白い発光を強める。直に光は両のアイテムを吸収し、魔法陣の中心一点に光が集約される。そしてガラスを割ったみたいに霧散すると、アイテムの合成は完成だ。こうやって自店の品揃えを拡張していく。同時に、まだ試していない組み合わせが山ほどある。こちらの研究も進めていかなくてはならない。


 どんな品揃えにしようか。商品の品揃えを考える際にはターゲットをイメージしなければならない。どんな客層が来店するのか。男性が多いのか、女性が多いのか、年齢層は、客数の増える時間帯は、など。尤も一般的な店舗の場合。今度の万事屋うどんこの立地は特殊も特殊である。

 ラストダンジョンの地下30階。魔王城のイベントをクリアして真の目的地であるラストダンジョンに到達したとはいえ、その最序盤。まだまだひよっこ。ラストダンジョンにおいては初心者に近い冒険者が客層の8割を占める。その客が何より優先して欲するものがマジックジュエルだ。ラストダンジョンでは駆け出しと言ったが、強者には違いない。マジックポイントさえ回復できれば、あとは魔法でどうとでもするだろう。

 次いで妖精の粉。魔法ではどうにもならないのが武器と防具の耐久度。防具については回復方法をまだ明かしていないが、武器の回復はこれに頼るしかなかろう。いずれどこぞのパーティが発見するだろうから先に記しておくと、仲間モンスターが耐久度を回復する特技を有する。武器だけ回復できる奴が2体、防具だけの奴が2体、両方回復できる奴が1体。仲間になる確率は高くないが、是が非でも引き入れたいだろう。それまではアイテムに頼らざるを得ない。品揃えとして絶対に必要である。品揃えとは店が考え自由に変更可能ではあるが、高い需要があるにもかかわらず供給しなければ店の評価は下がるばかり。それが絶対に品揃えの必要な商品。


 マジックジュエルと妖精の粉はラストダンジョンの万事屋における定番商品となるだろう。う~ん、定番商品とはちょっと異なるか。客の欲しい者が100パーセント分かってしまうという状況があまりに特異。

 少々話が脱線するが、定番商品とは何だろうか。基本商品と呼んでいるかもしれない。その分類におけるもっとも一般的な商品、もしくは商品群。その分類を扱う一般的な小売店であれば置いてあるべき、品揃えされていないということが許されないアイテム。原則、分類内の販売順位は上位で、幅広く認知されている。 道具屋の定番と言えば薬草であり、毒消し草となるのだろうか。けれども、地下30階でこれらを売っても99パーセント売れない。それならば品揃えをしても無意味だ。店を見直す、品揃えを見直す、発注を見直す、陳列を見直すことができるか。時間に追われる店舗にとっては難しい所だ。納品されたモノが棚に並ばない。小売業に携わったものならば1度は経験があるだろう。新しい商品が納品された時、送り込み商品のある時など。陳列できる場所には限りがあって、納品予定は事前に分かっているにもかかわらず、である。

 昨今、商品のライフサイクルは非常に短い。そしておそらく、今後も極端に伸びることはないだろう。これ以上短くなるというのも想像できないが。新商品として発売されても翌週、翌々週には無くなっていることも珍しくない。売る側が売り切り終売を前提に発注、陳列しているとそうなる。絶えず新商品を取り込み、クルクル、クルクル入れ替えることで飽きに対応し、目新しさを出そうと奮闘する。

 限られた陳列スペースで新商品の展開を考える小売り側。新しい商品を開発、発売し続けなければ生き残れないメーカー側。共に動き続け、考え続け、生み続けることで生き残ることができる。何でそんな効率の悪いことを、そんなことしなくても生き残れるのではないかと思うかもしれない。しかし、独断によって単独でこのサイクルから離脱したら、もう戻って来られない。

 そんなお店の中で不動の存在。入れ替わることのないモノが定番商品である。基本の品揃えとして店に並んでいる商品だ。誰もが知っている最も一般的なアイテム。店舗を構え、その分類を扱っている以上は必ず品揃えとして要求されるモノ。それが思考を固定させる。時に、柔軟な経営判断を妨げる。品揃えとして正解がほとんどではあるが、多くの場合、そこで思考が止まっている。果たして、定番商品はそれでなくてはいけないのか。理由は?代替品でより良いモノはないのか。代替品による自店のメリットを考えたことがあるか。店から提案しているか。お客様の為に、を言い訳、良い訳に使っていないか。思考を省く術としていないか。店の主張を、店主の声を、我々の意思を殺してはいまいか。

                         【勇者撲滅計画③ 終】

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