勇者撲滅計画②

 「食が進んでいないようですが、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です。ご心配なく・・・」

あまり大丈夫ではない。俺自身が、魔王直々に発表するとはな。これから約3時間後、数百人の聴衆の前に立たなくてはならない。緊張のあまり昨晩の夕食、今朝の朝食と食欲が湧かなかった。ダイエットにはもってこいだ。緊張ダイエット。本でも出してやろうか。原稿作って、小田爺に確認してもらって、手直し、O.K.貰って、発表の練習を繰り返した。原稿はほぼほぼ暗記している。

「どうされますか、本番前にもう1度練習されますか?」

「是非。1度と言わず、2度3度。お願いします。」

「何度でもお付き合い致しますので、しっかりと朝食をお召し上がり下さい。」

もう母ちゃんだな、ホントに。


 「はい、結構。内容は十分に伝わります。本番、早口になりすぎないよう落ち着いて発表なさい。さすれば問題ないでしょう。それと―」

褒められたというか、ひとまず合格を出されたのは初めて。

「発表後の質疑応答。予想される質問の答弁は問題ないでしょうが、それ以外の方向に話が逸れた場合―臨機応変にご対応下さい。政樹殿のアドリブ次第ですぞ。」

「小田爺も近くにいるんですよね。会場の様子は見てくれているのでしょう。」

「はい、ご心配には及びません。控室におりますので。」

「助かります。心強いです。」

嫌味を言うし、厳しいし、手加減を知らないし。でも、頼りになるんだよな。そして先見の明がある。未来の予測を外さない。さて、会場1時間前。小田爺によれば500人程の聴衆が見込まれるらしい。よし、心の準備を整えることができた。来るなら来い!!


 「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・おかしいですな~、計算が外れましたわ。こりゃ、500人所の騒ぎではありませんな。ざっと2,000人は下らんでしょう。な~に、ご安心下さい。敷地内には5,000人を収容できる会場もございます。準備に抜かりなしでございます・・・・・・・・・ふぉっ~、ふぉっ、ふぉっ・・・」

 久々に小田爺の小憎たらしい笑い声を訊いた。その対象は緊張で青白くなっている俺の顔。若干、胃がムカムカする。ライブや演劇を開催するんじゃないんだよ、小田爺。まるでコンサート会場じゃないか。ちらっと会場を覗いてきたのだが、舞台に上ってみたのだが、中央から会場を見上げてみたのだが、生まれて初めて足が竦(すく)んだ。満員の客席を想像すると、とても練習通りに喋れる自信がない。誰か代わりにやってくれないかな、何かトラブルで中止になってくれないかな。不毛な期待ばかり妄想していた。

 「ひとつだけ朗報を―」

本番直前、控室で小田爺が話しかけてきた。スーツなんか着せられて余計に緊張感が増している。

「光の加減で、如月殿の位置からは客の顔は見えませんので、多少は気を楽にして頂いて結構ですよ。」

「そうらしいですね・・・ステージからお客さんの顔はほとんど見えないって訊いたことがあります。」

「少しは気が休まりましたかな?」

「いえ・・・あまり・・・・・・」

ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・覚悟を決めなさいと送り出された。




 俺が舞台袖からステージ中央へ歩いて行くと、ざわついていた会場が水を打ったように静かになった。それがまた緊張の度合いを膨れ上がらせた。唾を飲み込んだら会場中にゴクリという音が響き渡るんじゃないかと思わせる程だ。会場中の視線が全て俺に向かっていると思うと、雷撃なり剣なりをこの場でぶっ放したい気分だった。

 なぜ人数が激増したかということだが、当初は武器屋と防具屋の店主のみが参加するはずだった。そこに道具屋が加わり、勇者も出席可能となって、勇者の連れも1名ならば参加が許可された。その結果、会場は会議室からコンサート会場へ移さざるをえなくなった。けれどもこれは妥当な変化で判断。小売りはもちろん、冒険者にとっても重大な変更であることは間違いないから。

 演説台に原稿を置く。小田爺が気を利かせてくれたのだろう、すぐ隣に水も置いてあった。小田爺の直前の助言は、強気にいきなさい。わざわざ下手に出る必要はなし。意見を求める場ではなく、単に決定事項を発表する為の場。来場者の声を訊く機会ではなく、如月 淳の声を届けてやる会議。堂々としていなさい、そんな感じだった。百害あって一利なし、そんな報告を受けて会場はどんな感じになりますかね。暴動でも起こらなければいいですが―そんな心配をする俺に、力でねじ伏せれば宜しいかと、そう答える小田爺。発表を受けて、どう行動するかは受け手の問題。魔王が頭を悩ませてやることではございません。

 「時間も限られていますので挨拶は省きます。発表の後、質疑応答の時間も設けておりますので、ご承知おき下さい。」

ゆっくり喋る。噛まないように。これだけを念頭に発表を開始した。

「それでは単刀直入に申し上げます。今後、武器や防具に耐久度が設定されます。これによって、武器や防具を使い続けると壊れます。」

にわかに会場がざわついた。どうやら俺のこの短い説明で状況の変化を悟ったようだ。

「具体的に説明致します。まずは防具、例として『鉄の鎧』を取り上げます。ご存じの通り、鉄の鎧は序盤から中盤にかけて防具屋で取り扱われます。防御力は50。装備可能な職業は勇者や戦士などの、重装備可能な近接系の冒険者です。」

知っているぞ、の空気を漂わせながらも皆、再び静聴の姿勢をとってくれている。それだけ意外性の強い第一声だったということでいいのだろう。

「さて、ここに耐久度という要素が加わります。行ってみれば防具の体力ということになります。」

プレゼンテーションに慣れた人であれば核心に触れる直前で間を取ったり、声を潜めたりするのだろうが、あいにく俺にその余裕はない。淡々と練習通り原稿を読み上げるだけ。

 「鉄の鎧の耐久度は300。これがどの程度のものかと申しますと、モンスター『アーマーナイト』、攻撃力75の攻撃を120回程耐えられる計算になります―」

耐久度がゼロになった防具は消滅すること、道具屋等では引き続き買い取り業務を行わない為、これまで以上に預り所を活用して道具の所持数を管理すべきこと。そして防具の耐久度を回復させる手段は現状、存在しないことなどを説明した。

 俺の声が道具屋や勇者達にどれ位まで伝わっているのかは定かでないが、聴衆のひそひそ話や独り言、溜息までもが俺の耳に届けられた。不思議とよく訊こえるのだ。言うまでもなく、文句や否定的な意見が8割方なのだが、発表という場に慣れてくると、この段階で質疑応答の準備を始めるという。予期していない質問が飛んできそうな場合は、この時点から答弁を考えるそうだ。到底、俺には無理だ。そしてその必要もなかった。小田爺の予測が完璧だったから。

 「続いて、武器に関して説明致します。武器も防具と同様に耐久度が設定されます。敵を攻撃する度に耐久度が減少し、防具同様、ゼロになると消滅してしまいます。防具と比較すると耐久性が高く長持ちします。『鉄の剣』を例に挙げますと、こちらの耐久度は500。アーマーナイトを300回程攻撃すると耐久度がゼロとなり壊れてしまいます。防御力の高いモンスター程、攻撃した際に耐久度が大きく下がるということはご承知おき下さい。」

防具の説明の時と比べて、観客の雑談の声量が明らかに大きくなった。最後まで訊かなくても言わんとすることは分かるということと、武器のコレクターが相対的に多いということ。心境は理解できる。強い武器、お気に入りの武器、ラストまで使いたい武器を手に入れても、そのうち壊れてしまう。そんなのありえない。苦情が押し寄せるのは分かっていた。その為の質疑応答である。


 こんな広い会場でどうやって質問を受け付けるのかと不安だったが、そこは小田爺。挙手した者の元へ秒で達し、マイクを向ける。会場の人間はいささか驚いていたが、小田爺にとっては it's a piece of cake なのである。

 「武器や防具の耐久度を回復させる方法を教えて下さい。」

冒険者にとっての最重要項目。あとどれくらいで武器が壊れる、どの程度防具がもつ、そんなことは数値を見れば分かる。強い武器、防具、そしてお気に入りのアクセサリ等。冒険を進めるほどに個性や好みが色濃く出てくる。武器であれば攻撃力もさることながら、特殊効果や種類、名前や見た目も考慮して好みの武器を選ぶ。また敵に合わせて使用する武器を替える者もいる。店売りの商品だけでなく、イベントアイテムや宝箱から入手した物、モンスターのドロップアイテムなど。一目で惚れることもあれば、使っているうちに愛着が湧いてくることもある。ずっとこの武器を使い続けたい、ちょっとやそっとの代替品が出たって、簡単には手放さない。そんな素志が耐久度というシステムによって邪魔されるのだ。だからこの質問が真っ先に挙がったことは妥当であろう。

「え~・・・防具―鎧、兜、盾に関しましては、現状、回復手段はありません。当面の間、防具は使い捨てになるとお考え下さい。特にダンジョンなどへ挑む際は、防具の耐久度にご注意下さい。

 次に武器ですが、後半から終盤の道具屋において『妖精の粉』というアイテムが販売されます。これで武器の耐久値を全回復することができます。価格はひとつ50,000ルナとなります。値は張りますが、冒険を進める上で不可欠なアイテムですので、ご活用下さい。質問の答えは以上です。」

 人の感情がまるでオーラのように色を持って、湯気みたいにふらりと上昇していく。そんな幻覚が見えた気がした。今日一番、会場が騒がしく揺れた。言いたいことは多々あるだろうが、とりあえずは高ぇよ、ってことだよな。最高クラスの武器が買えるじゃねぇかと。

 「何故、耐久度というシステムを作ったのですか?」

質問者は勇者だろうか。耐久度システムははっきり言って、冒険者達には何も利点がない。手間と心配の種が増えるだけだ。一方で小売り側にとってはリスクなしで販売が伸びる。こんなおいしい話はない。実は各店舗ごとに手数料を毎月徴収することになっていて、その案内も送付しているのだが、その料金を差し引いても大幅に店舗の収益はアップするはずだ。そう、俺のプレゼンテーションに対して、客席の感想ははっきりと二分される。○or×。売る側からすればルナが落ちてくるし、買う側は出費がいくら増えるか分からない。不安と不満しか残らない。どうして耐久度なんて、そう疑問を覚えるのは当然の成り行きだろう。

「より多くのルナを流通させる為です。特に貧しい村や里、今後発展していく為に多くのルナが必要な所にルナを落とすことが第一の目的となっております。」

自分の答弁に観客の納得を期待した部分も心のどこかにあった。はっきり言って、でまかせなのだが。しかし不服を訴えたのはやはり勇者。一部の勇者。割合は不明ではあるが、一握りという訳にはいかない雰囲気が光のベールの向こう側で漂っていた。物語の主役が文句を付け始めた、俺達の不安が増すだけだと。実際その通りなのだが、日々戦いに明け暮れる冒険者達がこうもはっきりと不満を爆発させるとは少し意外だった。不遇を受け入れた上で冒険を進めているのではないらしい。さて、露骨に不服を申し立てる勇者に魅力は感じないが、騒動は収めなくてはなるまい。

「そこで、勇者に新しいアビリティを付与します。」

今回の道具屋会議(もはや聴衆はちゃんぽん状態だが)、目玉はこっちなんだよな。

「それは、モンスターを仲間にできる能力です。」

小田爺はこんなことを言っていた。発表の場で乱れた集中力を再び集約する方法は2つ。とてつもなく素晴らしいアイデアを披露すること。それを準備できない場合は、思いもよらない発言やイベントを起こすこと。視線、ベクトル、集中力を一点に集中させることができる。

 「それではモンスターを仲間にする手順を説明致します。」

場慣れも大切だが、プレゼンを楽しめるかどうかの鍵は事前準備。理想的な展開は落として上げる。もしくは切り札となる武器、ジョーカーを用意すること。今俺は騒いだり静まったりと忙しい観客の挙動を楽しむことができていた。コントロールできていると。

「仲間にできるモンスターは原則として、一般モンスターになります。中ボス等は以下の方法を用いても仲間にできませんのでご注意下さい。まずは世界のどこかにある『魔法の馬車』を探して下さい。その後、通常の戦闘をこなして頂き、戦闘終了後に倒したモンスターが仲間にしてくれと言ってきたら成功です。招き入れるも断るも自由。好みのメンバーを集めて下さい。なお、パーティーメンバーは4ぷらす。人間4人に加えて、モンスターも4体まで仲間にすることが可能です。馬車に入りきらないモンスターは各地の『モンスター預り所』に預けておくことができますが、その際に費用がかかりますので、詳細は預り所にて説明を受けて下さい。」

 真新しい情報提供が都合よく展開すると、質問や興味を新情報に集中させられるというメリットが生じる。俺が馬車システムの情報を開示した途端、客の関心が耐久度システムから離れたのが手に取るように分かった。コツは、消したいテーマの情報開示を完結させること。そして、集中させたいテーマについては意図的に質問の猶予を残して開示することである。

 全ての雑魚モンスターを仲間にできるのか―全部ではない。およそ3分の1。

 戦闘後に必ず仲間になるのか―仲間になる確率はモンスターによって異なり、16分の1から256分の1まで幅がある。

 モンスターもレベルアップするのか―する。人間と同様にレベルアップし、ステータスも上昇する。また、装備も可能。

 会話のキャッチボールが流れに乗るとこれほど楽な展開はなかった。緊張などいつの間にか消えてしまった。気持ち良く発表を終えられた。答えられなかった質問は1問だけだった。

 あなたは一体、どこのどなたですか?

                          【勇者撲滅計画②】

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