勇者撲滅計画①
「よぅ!久しぶりだなっ。」
人々の様子に変化は見られなかった。冒険者の数は増えたように感じたが、もっと密度が高まっているかと思っていたが、そこまでではなかった。宿には寄っていないので、もしかしたらそっちにいるのかもしれないが。
客がいなかったこともあって、『サタンズ』に顔を出すと、政樹とラビが抱き着いて喜んでくれた。ラビは少し身長が伸びたんじゃなかろうか。俺だって飛び上がって感情を表したかったが、相好を崩す2人を前にすると冷静に、ひとつ大人でいなくてはならない気がして自制心が働いた。
「淳ちゃん!久し振り!」
「店長さん、お菓子ですっ。お菓子屋さんを食べて下さいですっ!」
驚きと嬉しさの余り混乱してしまうのは仕方ないが、食べられない物を食わせるのは勘弁してほしい。ちなみにサタンズは万屋うどんこの店舗を使ってお菓子を売っている。だから2人に会うことができた。もしも別の場所で営業していたら再会はなかったかもしれない。
「おいおい・・・『お昼休憩』の看板を出さなくても―俺はすぐに帰るし、お店の邪魔になってしまう。近くに来たからちょっと寄っただけなんだ。そんな気を遣わな―」
「いいから、いいから。座って待ってて。ただいま、コーヒーと自慢のお菓子を準備致しますので。」
政樹は俺を椅子に座らせると、お湯を沸かし始めた。ラビはと言うと、店頭に並んだ商品から俺好みのお菓子を選んでくれるそうだ。
「お菓子屋は順調なのか?」
「うん。ラビちゃん、凄くお菓子作りが上手で評判がいいんだ。週末には行列ができるんだよ。」
「へぇ~、そりゃ驚きだな。・・・え、ラビがお菓子を作っているのか?ラビのお菓子は美味いのか?俺も道具屋時代に色々と食べさせてもらったが、なかなかに独特というか、その、なんだ・・・当たり外れがあった思い出が―」
「お待たせしましたです~。」
文句の付けようがないタイミングでラビがお菓子を運んできた。ちゃんとお盆にのせて、危な気なく。ちょっと見ない間に成長したじゃないか。な~んか、子供の成長を喜ぶ親の心境だな。
「へぇ~、こりゃ凄いな。見た目もお洒落じゃないか。びっくりしたぞ。」
「へっへっへ~です。」
ラビが持ってきてくれたのはショートケーキ、ティラミス、モンブラン。お世辞抜きに美味そうだ。本当にラビが作ったのかと疑ってしまう程だ。
「さ、店長さんはどれにするですか?」
「ラビ、俺はもう店長じゃ―」
「いいんですっ。店長さんはいつまで経っても店長さんなんです。さ、店長さん。ケーキを選んで下さいです。」
なんか、本当に大きくなったな。なんだろうな、泣きそうだ。
「分かった。呼び方は店長さんで構わないから、ケーキはラビが最初に選んでくれ。全部美味しそうで、俺はちょっと選べないぞ。」
「え、いいですかっ?ラビはショートケーキがいいです!」
ふふ・・・こっちのほうが落ち着く、しっくりくる。
ラビがショートケーキ、政樹がモンブラン、俺がティラミス。一口目はやっぱりおっかなびっくりだったが、美味だった。ラビらしからぬ、甘さ控えめで上品な、しかもこのティラミス、ちょっと苦みもあって大人のスイーツに仕上がっていた。何度もおいしいと連呼してしまった。
「しっかし、ホントに凄いじゃないか、ラビ。ケーキまで作れるんだな。」
「近藤さんがお手伝いしてくれるのでたくさん作れるです。」
「いやいや、僕はホイップクリームを作るのと接客しかできないから・・・ラビちゃんが頑張っているからお客さんが来てくれるんだよ。」
政樹が一緒で良かったと思う。政樹がいなかったらお菓子は作れても、絶対にお菓子屋さんにはなれなかった。俺も一安心だ。
ふと、政樹が俺へのおみやげを用意したらどうかとラビに提案した。俺の好きそうな奴を6個くらい。ラビは張り切って店頭へ向かった。明らかに政樹がラビを払った。
「淳ちゃん、まだ魔王なんだよね。」
「おう、現役バリバリの魔王様だ。政樹、お母さんには会えたのか?」
話の腰を折ってずっと訊きたかったことを尋ねてしまった。
「うん。全部話したら驚いていたけれど、自分だけの経験がいつか武器になる、だってさ。」
俺も今すぐに政樹の母ちゃんに会いたくなってしまった。
「随分とモンスターの数が減ったって、勇者達は口を揃えて言っているよ。」
「そうだろうな。」
「勇者達の、町や村の滞在日数がかなり長くなっているみたい。」
「そうだろうな。」
「淳ちゃんが危険じゃなければそれでいいんだ。くれぐれも体に気を付けて。時々、こうして遊びに来てくれると嬉しいな。」
「そうだな。」
「店~長~さ~ん!お~み~や~げ~で~す!!」
政樹はラビに、俺の職業を隠しているらしい。尤も、魔王になったと伝えた所で首を傾げるか、カッコいいです~などと言いそうだが。いい機会だし、政樹も話がし易いように俺の職業を決めておくことにした。そうだな、やっぱり道具屋のままの方がラビには理解し易いだろう。
「俺は世界各地を回って、これまで扱ったことのない道具や装備品を探しているんだ。」
「わぁ~、すごいです~。」
ラビの目が輝く。だましていることに少し、ズキリと鳴った。
「いっぱい見つかったですか?」
「う~ん・・・まだちょっとだけかな。でも、頑張って沢山見つけてくるから、そしたら、俺もここで一緒に働きたいな。お菓子も道具も売るんだ。お客さんも喜ぶぞ。」
「楽しみです~。いつからできるですか?」
「ん?」
「いつから店長さんと一緒に働けるですか?」
「まだまだ先かな。時間がかかると思う。」
「そうですか~。ラビ、楽しみに待っているです。」
ラビの笑顔と喋り方に癒される。そしてずっと居たくなってしまうから、心が痛くなってしまうから、行くことにした。
「気を付けてね、淳ちゃん。もしも協力できることがあれば遠慮なく言ってよね。」
「サンキュー。その気持ちだけで十分だ。」
「でも、わざわざ城を抜け出してきたってことは、何かを始めるのでしょう。だから会いに来てくれたんじゃ―」
「深読みしすぎだ。本当に懐かしくなっただけさ、心配するな。ああ、そうだ。なぁ政樹、今この村には道具屋や武器屋はないのか?」
「うん、ないよ。僕達もお菓子しか売っていないからね。勇者達は他の町へワープして買い物しているみたいだね。」
政樹のこの話を訊いて、俺の仕事は終了だ。
おみやげ片手に魔王城へ戻ってきた。1週間振りの帰城だ。
「おかえりなさいませ。いかがでしたか―」
魔王がちょこんと不似合いな物を持っていることに気付いた小田爺。そこから道程を推測されてしまった。
「先輩魔王殿はお元気出したか?」
「ええ、とっても。2人で仲良くお菓子屋をやっていました。これ、冷やしといて頂けますか。あとから食べましょう。」
「かしこまりました。」
「それと―」
「準備が整いましたので・・・そうですね、来週に道具屋会議を開きますので、手配をお願いします。」
【勇者撲滅計画① 終】
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