魔王のお仕事①

 淳ちゃんを、如月 淳をこのまま地下100階に置いておくわけにはいかなかったので、背負って階段を昇りました。淳ちゃんの持っていた道具は1つを除いて、全て破壊。もう必要のないものですからね。

 コツ、コツ、コツと1段ずつ慎重に足を運ぶ。淳ちゃんの眠りを覚まさないように。もっと明るくしておけばよかったと後悔しながら地下99階を目指しました。嬉しかったのは淳ちゃんが仲間から、伝説人から本当に信頼されているということ。心から心配されていたということ。淳ちゃんの道具屋としてのキャリアが認められていたということ。

 僕が扉を開いた瞬間、纏っていた緊張感を殺気が圧倒した。有無を言わさず斬られるかと思いました。僕は淳ちゃんを静かに下ろし、事の成り行きを説明しました。

 「僕は近藤 政樹と言います。淳ちゃんの・・・いえ、如月 淳の友人で、ついさっきまで魔王でした。もうしばらく、魔王の力は残っているはずですが。」

我ながら変な自己紹介だと思います。

「彼は無事です。疲れて眠っているだけで、特に怪我などはありません。この下、地下100階で僕と勇敢に戦い、見事に意地を貫き通して目的を果たしました。ただし、もう道具屋ではありません。彼は彼の意志で、魔王に転職しました。」

皆さん、予想できてたようで、驚いた様子は見られませんでした。随分と99階で待たせてしまいましたからね、その間に情報共有でもしたのでしょう。それは話がしやすくて助かるのですが、沢山の吸い殻は持ち帰って頂きたいですね。

 「近藤君、と呼べばいいかな?」

「はい。」

こんな形で伝説の勇者と話をするなんて思ってもいませんでした。職業柄、勇者の情報には詳しかったのですが、中でも伝説人は刮目していたパーティーです。言わば僕等が最も警戒していたチームのひとつ。

「道具屋さんは無事なんだろうな。返答によっては今、この場で斬り捨てることになるが。たとえ君が古くからの友人だとしても。」

噂に聞くよりもずっと怖い印象でした。あの眼光は、しばらくの間、忘れられないでしょう。脅し文句ではない、本音。ポロリと出た本音が殺害予告。

「淳ちゃんは眠っているだけです。少し疲れていて―ですから休ませてあげて下さい。」

「いい答えです。それを訊いて安心しました。」

言葉とは裏腹に、4人共、武器を収めてはくれませんでした。

「それでは近藤君。道具屋さんは返して頂きます。君は立ち去りなさい。ご苦労様。」

僕の容姿が魔王らしくない、そこら辺にいる若造だからか、勇者は完全に上から目線でした。どこか先生に諭されているような。

「残念ながらそれはできません。彼はもう道具屋ではなく、魔王ですから。今は魔族でもない僕が言うのも変ですが、こちら側の人間です。ですから、お引き取り願います。」

淳ちゃんにはゆっくりと休んでもらいます。そして、その後が大変なのです。淳ちゃんが望むようにモンスターを消すことも可能。可能だけれども、すぐにはできない。もしもすべて消したいのであれば、勇者一行が今いるモンスターを全て討伐するのを待たなくてはなりません。その過程で収集される情報、それを元に、魔王である淳ちゃんが決めなくてはなりません。勇者と魔族の共存をどのように成立させるのかということを。モンスターゼロという選択肢を、少なくとも僕は選ぶことができなかった。

「そうですか。あまり手荒な真似はしたくないのです。お2人は古い友人なのでしょう。長い付き合いだと訊いております。考え直しては頂けませんか?」

 その時のことでした。皆さんが嫌いにならないといいのですが。またかと思わないで下さい。仕組んだのは僕。僕のことを恨むのであれば構いませんが、小田爺のことはどうか(淳ちゃんの使っていたこの呼び方、気に入ってしまいました)。 小田爺は何も悪くないのですから。

「よう会うの~、柳一派よ。寂しがることはないぞよ、いずれ、またな・・・」

こうしてラストダンジョンは、再び静けさを取り戻しました。

                       【魔王のお仕事① 終】

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