クリア後の世界④

 逆襲開始。ここからは俺のターンである。異変には気付き始めていたが、気合を入れ直した。

「政樹、俺は今から全力でお前を魔王の座から引きずり下ろす。覚悟するんだ。」

「そう・・・だね。分かっていたよ。淳ちゃんの言う通りにする。僕は抵抗しないよ。」

未だかつてこんなに素直な魔王がいただろうか。魔王はあっさりと、全てを俺に委ねた。責任を背負わせるかのように権限を譲渡した。だからという訳ではないが、ワンクッション入れさせてもらう。

「なぁ、政樹。お前が魔王でなくなったら、モンスターや小田爺はどうなるんだ。消えてしまうのか?」

「ううん、そんなことないよ。小田爺はもちろん、モンスターだって急に消えたりすることはないよ。」

そうだよな。この何百年、モンスターが一時でも消えたという話は聞いたことがない。

 ラビに相談しながら作戦を立ててきたが、少し修正が必要か。けれども基本的には問題ないだろう。政樹よ、魔王の看板は今日限り下ろしてもらうぞ。

 その前に、あまりに素直な魔王に訊いてみた。

「観念したのか?」

「ん?」

「いや・・・その・・・魔王はどうやって世代交代するんだ?真偽を確かめた訳ではないが、俺達の仲間に元魔王がいる。魔王が勇者に敗れると新しい魔王が誕生すると勝手に思い込んでいたのだが、そうではなさそうだな。」

「ラビのことだね。彼女は本当に元魔王だよ。僕の前の、前の代だったはず。で、世代交代は簡単。新しい魔王が誕生すれば、その時点で元魔王は魔王の能力を失う―」

要するに、次の魔王が決まれば今の魔王は御役御免ということだね。そう政樹が付け加えた。

「分かった・・・それじゃあ始めよう。戦闘開始だ。」


 『大魔王が現れた』

 「聖騎士、大賢者、狂戦士、大魔導士。4人は呼んで来なくていいんだね?」

「ああ。俺達2人だけにしてくれ。」

 俺が使う道具は3つ。『時空の砂時計』、『奇跡の十字架』、そして『転職石』。まずは奇跡の十字架を使って2~3ターン、魔王の動きを止める(政樹はいつからドラキュラになったのだ)。次に転職石で俺のジョブを変更。狙いは一択、魔王。それ以外の場合は時空の砂時計の力でターンを戦闘開始まで戻す。目的を果たすまで、俺が魔王に転生するまでこの繰り返しだ。

 政樹は黙って成り行きを見守っていた。きっと最初からそのつもりだったのだろう。そうでなければ攻撃さえて終わりだった。相手が俺だからということではなくて、ラビが言っていた。ラストダンジョンで魔王と戦って死んだ勇者はいない。皆、目的を達成したかは別として、必ず帰って来たと。

 1ターン目。奇跡の十字架を使用。魔王の動きを封じる、途中からこれは要らないと分かり使うのをやめたのだが。別に動きを止めなくても、政樹は様子を窺っているだけだから。2ターン目、転職の石。これで俺のジョブが変更される。3ターン目、魔王に転職できなければ時空の砂時計を使って1からやり直す。何度だってやり直す。魔王が選択されるまで何度でも。

「悪いが政樹、魔王が出るまで付き合ってもらうぞ。」

とりあえず10回やってみたが、そう都合良くはいかない。強力なジョブほど選択される可能性は低く、10回やって上級職が選ばれたのは1回だけだった。尤も、魔王が上級職に当たるのかは定かでないが。

「淳ちゃん、魔王が選択される可能性なんだけれど・・・勇者が64分の1。聖騎士(パラディン)が128分の1。魔王が256分の1。すごく大変だよ。」

渡りに舟という奴だ。知りたいと思っていた所に答えが降ってきた。

「サンキュー、政樹。安心したよ、ゼロパーセントじゃないんだろう。それに大当たりが簡単に出たら面白くないじゃないか。256分の1?丁度いい分母さ。」

こんな風に政樹と俺のお喋りは続いた。道具を使ったりターンを最初に戻したりで、とぎれ途切れの会話ではあるが。

 「淳ちゃんはずっと魔王になろうと決めていたの?」

「そういう訳じゃないさ。お前が魔王だと分かってからだ。」

「僕が魔王だと不安だったってこと?」

お前が魔王だと不安・・・?ちょっと真意は読みあぐねるが。

「いや・・・別に、頼りになる魔王、ならない魔王の差は俺には分らない。なんて言うか・・・とりあえず今のやり方が正しいとは思えない。それと、倒す側と倒される側がどちらも知り合いというのはしんどい。俺にとってのめでたしめでたしという結末が見えなかった。」

この頃になると違和感という感覚が、何かおかしいかもしれないという体の訴えが確実なものとなっていた。

「俺が魔王になったらお前のジョブはどうなるんだ。魔王が2人になるのか?」

「ううん。原則、魔王は独りだけ。新しい魔王が決まれば旧魔王の、魔王としての能力は失われる。淳ちゃんが無事に魔王に転職できたら、僕は魔王降板ということになるね。」

話をしていて自分の弱さが嫌になる。本当に聞きたいことが怖くて聞けないのだ。俺の尋ねるべきことはお前の記憶がどうなるのかということ。うちで雇っているアルバイトが今度お菓子屋を始めるのだが、その子は大切な人を忘れてしまっているかもしれない。お前は俺のことを忘れるのか。お前には、笑顔で母ちゃんのいる故郷に帰ってほしいのだ。

 ターン数は50。魔王を引くことはできていない。上級職は何回か出てきたが、俺にとってそれは何十回と引いている一般職と同様の価値しかない。砂時計をひっくり返す合図にしかならない。そうそう、道具屋も何回か引いたぞ。もちろん意味はないのだが、妙に嬉しくなってしまった。魔王の言う通りならば当選確率は256分の1。もう少しかかるのかな。

 ターン数が100を超えた。

「淳ちゃん、考え直した方がいいよ。今回の所は引き返すということで手を打って―」

「まだまだ・・・続けるぞ。俺は何の問題もない。」

そう言って再認識してしまうのだから嫌になる。何かしらの異変が生じていた。

「ならさ、勇者にでも転職してみたら。勇者なら比較的当たりやすいしさっ。淳ちゃんなら絶対いい勇者様になれるよ。」

「それじゃあこれまでと変わらない。断る。」

「う~ん・・・・・・」

魔王が困って下を向く。魔王が困って言葉に詰まる。あろうことか助言する。不可思議な状況が続いた。

「淳ちゃん、もう1度言うけれど、256分の1だよ。」

「ああ、分かっている。すぐに引く。もうちょっと待っていろ。」

この後数ターンは黙っていた魔王だったが、相も変わらず引けぬ俺を見かねてか、再び説得が始まった。

 「256分の1というのは、256回試行すれば必ず当たる、という訳じゃないよ。」

「それくらいは分かっている。」

「うん、でも一応説明だけさせてね。嘘とか間違った情報はないからさ。まず、運が悪ければ確率分母の2倍、3倍かかることもざらにある。時には4倍、5倍だって。」

「そうだな。でも逆に100回、200回で当たることも十分ありうる、そうだろう?」

まぁ、100回では魔王と巡り合うことはできなかったわけだが、200の線は残っている。まだまだこれからだ。

「確率を確率で説明するのが適切かどうかは分からないんだけれど、256分の1を256回以内に引ける確率は大体65~68パーセントくらいだよ。」

「・・・・・・」

意外と低いでしょう。念を押す魔王に返す言葉がなかった。俺のイメージはこうだ。サイコロを6回振る。辺りは1とする。6回振れば八割方、1回は1が出る。それが俺の感覚だった。35パーセントを2回、3回連続で引く恐怖が滲み出てきた。それでは多分、俺の身体がもたない。

「嘘じゃないよ。」

「ああ、分かっている。出まかせだなんて思っていないさ。いい情報だった。サンキューな。」

政樹は下らない嘘をつくような奴じゃない、それは魔王になっても変わらない。損するほどに馬鹿正直な性格だ。ましてや相手は俺、如月淳だ。それこそ100パーセントありえない。


「それとね、淳ちゃん。とっても大切なことなんだけれど。」

まだ魔王が話しかけてくる。そろそろ黙って見届けてくれてもいいぞ。静かに見守るというのも大切だと俺は思う。その一方で、自分の身体の異変に気付かないわけにはいかなかった。悔やまれるのは、あとひとつでもふたつでも菓子を食っておけばよかった。

 「此処。地下100階はね、時間の流れがうんと速いんだ。ここの本来の目的はモンスターを指定のレベルまで成長させることなんだけれど、それは僕にも淳ちゃんにも等しく影響する。多分、薄々は感付いていると思うんだけれど、ここでは1日が4時間。1日があっという間に終わってしまう。うっかりここで寝てしまうと2日経っていたなんてことになる。けれど、そんなことは別に問題ではない。1日が4時間に凝縮される。時の流れが圧倒的に早くなる。それは魔族ならばともかく、人間にとってはとてもきついこと・・・だよね。」

 ビンゴである。まず腹が減った。もっと菓子をつまんでおけばよかった。つまんで解決になるとも思わないが、何でもいいから腹に入れたい。それと、こんな大切な局面でこんなことを言うのもあれだが、魔王の言う通り人間なのだから仕方ない。眠い。疲れた。横になりたい。身体が悲鳴を上げていた。

「僕も地下100階は滅多に利用しないんだ。モンスターの育成はほとんど小田のお爺さんに任せてあるからね。地味だけれど、生ある者にとってそれくらいに過酷な所なんだよ、ここは。だからもうやめよう、淳ちゃん。寿命が縮むとか、急激に年を取るとか、そんな心配をしているわけじゃない。たかだか1日、2日、急に年を重ねたってどうということはない。でも1日、2日飲まず食わず、休まず、眠らずはまずい。魔族ならばいざ知らず、普通の人間には負担が大きすぎる。もうかなりしんどいはずだよ。顔色も良くない。やめよう・・・」

 俺の身体を気遣う魔王に構わず続けて、試行回数が150回を超えた。ツイていないのか。

「時空の砂時計の弱点というか、欠点というべきか、改善点と言えばいいのかな。戦闘のターンは巻き戻すことができるけれど、時間は進み続けるんだ。実はこれ、凄いことなんだけれど、今はそれが徒になってしまうんだ。だから、お願いだから―」

                         【クリア後の世界 終】

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