クリア後の世界③

 「如月の奴・・・喰われていないだろうな。」

「おや、心配ですか、ラビ?」

柳のちょっと意地悪な質問に、別にとそっぽを向くラビ。

「大丈夫ですよ。今はまだ何も起きていません。それに道具屋さんは『乙姫(・・)の祈り』を持っていますからね。それも発動していないようですし―」

ラビの心配を柳があっさりと否定した。

「ん?お前が如月に持たせておけと言ったアイテムのことか。あれは乙姫ではなく『乙女の祈り』じゃないのか。」

近くの蓑口とクォーダも聞き耳を立てる。

「本当は職業柄、許されることではないのですが…万が一の事態にも備えなくてはなりませんからね。内緒でアイテムすり替えさせて頂きました。隠し続ける必要はなかったのですが、道具屋さんが水面下で計画を進めていたので、私もギリギリまで知らない体で運んだ方が混乱は少ないと判断しました。」

「面白そうじゃねぇか。暇潰しにちょっと話せよ。」

そういうクォーダの脇には、既に数本の吸い殻ができあがっていた。そして柳も火を点けた。

 「柳も吸うんだ。初めて見た。」

蓑口が驚きの声を上げる。

「ええ、クォーダの様にヘビースモーカーではありませんが。」

「体に悪いんだろう。やめればいいのに。」

「確かに、ラビの言う通りですね、クォーダ。」

「俺に振るんじゃない。早く話せ。」

 「如月さんからの注文は『乙女の祈り』という、戦闘中に全員のヒットポイントを回復するアイテムだったのですが、それを形の良く似たアイテム『乙姫の祈り』にすり替えさせてもらったのです。」

「乙姫の祈りって確か、戦闘不能から復活できるレアアイテム。」

柳と同等に知識豊富な蓑口。

「そうです、さすがっ。それを小田爺の所に持っていって等価交換をしました。他者が使用する道具から、所持している者が戦闘不能になった時に自動で発動するアイテムに。如月さんが持っているのはそれです。発動した際にはとても派手なエフェクトが発生しますので、大丈夫。まだ何も起こっていませんよ。」




 運び屋として活動しながら、ラストダンジョンに挑んでいた柳。その目的は魔王の討伐ではなく、アイテム探索。死者を甦えらせるレアアイテム『乙姫の祈り』を手に入れることだった。元々はクォーダの為。クォーダの丸く小さな背中が忘れられなかった。その記憶を切り刻むかのようにモンスターを倒しまくり、宝箱を開けまくり、遮二無二ダンジョンを駆け回った。必死だった。だから乙姫の祈りを見つけた時は独りだったこともあり、狂喜乱舞した。他人の目を気にせず感情を爆発させた。喜びに任せて発狂し、大声で笑い、我武者羅に魔法を唱えてそこらじゅうを穴だらけにした。気の済むまで暴れた後、その足で、というかその場でバードラックに向けてテレポートした。

 クォーダの故郷で判明したこと、それは柳の早とちり。クォーダの娘は死んでいなかった。怪我は負ったものの、命に別状はなかったのだ。 

 その晩、柳はクォーダに招かれ、クォーダの家族と夕食を共にした。奥さん、娘さんと一緒の賑やかな晩餐は狂いかけていた柳の心の歯車を治してくれた。久し振りに誰かと食卓を囲んだことは単純に嬉しかった。早とちりを散々バカにしたクォーダによって、仲間の素晴らしさを再確認した。食事を共にし、家族の存在を素直に羨ましいと思った。そして、娘を寝かしつける為に奥さんが席を外した隙をついて述べられたクォーダからの感謝の言葉に、戦う決意を新たにした。本編から外れた勇者として。それが最善の策だと判断した。




 「で、柳よ、どうすんだ。もう乗り込んじまおうぜっ。」

若干1名、待つことに飽きてしまったようだ。

「もう少し待ちましょう。もう少し・・・まだ結論が出ていないようです。もう少し―如月さんが道を決めるまで。我々の歩く道を作ってくれるまで。直近、戦い続けてきたのは彼です。如月さんを惑わせてはいけません。彼にはその権利がある。歩き続けていたのは如月さんです。待ちましょう。お願いします。」

「でも柳、如月さんでは魔王とは戦えないでしょう。戦闘はもちろん、その・・・精神的にも。どうやって・・・」

蓑口も情報収集を怠ってはいない。およそのことは把握していた。だからこそ、如月が魔王に勝つことはできないと分かっていた。

「如月は帰ってくるぞ。私とお菓子屋をやるんだ。約束したからな。今度は私が店長だと言っていた。」

強張っていた3人の表情が和む。

「そう(ですね)(ね)(だな)。」

 その時、扉が開いた。地下100階から、誰かが昇ってきた。

                        【クリア後の世界③ 終】

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