クリア後の世界②
「淳ちゃん・・・・・・」
魔王に起こされるという、なんとも寝覚めの悪いシチュエーションを迎えてしまった。
「大丈夫、淳ちゃん?」
「俺はどれくらい眠っていた?」
「30分くらいだよ。」
「そうか・・・水を1杯貰えるか?」
「うん、ちょっと待ってて。」
魔王が席を外している間に頭の中を整理する。思い出す。夢か現実かはっきりしないが、思い出して整理できるということから夢ではないのだろう。記憶としてしっかりと刻まれってしまった。魔王の魔法か特技か。嫌な映像を見せられたものだ。下心が丸出しで反吐(へど)が出る。
コップ一杯の水を持って魔王が戻ってきた。ご丁寧に氷まで入っている。おかげで驚くほど美味かった。状況が状況ならばおかわりを頼んでいただろう。一気に飲み干してしまった・・・これが失敗だった。
「今の映像というか、記憶の断片みたいなものは何なんだ。お前の魔法か何かか?」
浅い眠りで見た悪夢であれば辿るほどに記憶がばらけ崩れて苦しみから解放される。だのにこれは思い出すほどに記憶が鮮明になった。
「うん。でも僕が作った、でっち上げた記憶ではないよ。人間界で実際に起こったことを繋ぎ合わせたんだ。勇者が魔王を倒し、モンスターの数も激減しました、その後に待っているのは戦争、犯罪、階級。人間が作り出す地獄だよ。」
一国家に匹敵するような勇者等を武器として戦争が起こり、国が国を喰らう。いずれ残った強国内で犯罪が多発し、防ごうとする正義が敗れた時、罪が罪でなくなる。抑制できる力がなくなる。階級が生まれ人が人の上に立つことが日常となる。魔王の心の声が嫌味なほどにしっかりと訊こえてきた。
「伝説人の4人は確かに強い。それは認めるよ。柳、クォーダ、蓑口、ラビ・・・か。淳ちゃん、不思議に思ったことはない?名前が感じだったりカタカナだったり。違和感みたいなものを。強いはずだよ、強者を時代を遡って引っ張ってきたんだから―」
名前を知っていた、なんて驚きは即座に霞んだしまった。
「こちら側が作ったルール、『戦闘時のパーティー最大人数は4人』というルールであれば最強の一角に違いない。」
「そうだ。お前の護衛軍が束になって掛かった所で敵う相手ではない。だから降参するんだ、政樹。そうすれば誰も傷つかずに全てが終わる。世界中からモンスターが消える。それでいいじゃないか。仮に、お前の見せた未来が待っているとしても、そうならないようにここからスタートできる。それが人間だ。」
政樹、言うことを訊くんだ。そうすれば俺だって用意してきた道具を使わなくて済む。んっ?そういえば魔王の作ったルールとか言っていたか。
「魔王がいなくなればモンスターが消える。そしてルールも消滅する。どういうことか分かる?さっき見てもらったように待っているのは戦争。伝説人とはいえ、何十、何百といった勇者御一行を相手にすることは不可能だ。気が付いてやり直そうと思った時には、手遅れな所まで争いが進んでしまっている。モンスターよりも人間の方がよっぽど恐ろしいじゃないか。」
「戦争が前提なのか。平和が戻り、平和に暮らす。魔王やモンスターの恐怖から解放される。それが俺達のゴールだ。目指すべきエンディングなんだ。魔王を倒して戦争が起こりましたなんて、笑い話にもなら―」
「もって10年。」
「えっ。」
「早ければ5年後には各地で争いが絶えなくなる。そうなってからじゃ手遅れだ。」
そう断言した魔王は、コーヒーを入れ直すと言って奥に消えていった。
俺の持ってきた道具。
1。魔光草。ラストダンジョンの奥地へ瞬間移動する為に必要だったのだが、2輪の内のもう1輪を持っているのが運び屋だとは思わなかった。尤も、転送先が伝説人だったからこそ、面倒な説明なく魔王と対面することができたのだが。
2。転職石(てんしょくせき)。転職の館へ行かずともジョブを変更できるアイテム。全てのジョブが対象だが転職後の職業はランダムという、一般的には使用する機会のないアイテム。転職後のレベルは当然1から始まる。
3。乙女の祈り。戦闘中に使えば味方全員のヒットポイントが全回復する。4人にとってどんな道具が必要か俺にはいまいち定かでなかったが、HP全回復であれば少なくとも邪魔にはならないだろうと踏んで持
ってきた。ラビに渡そうとしたのだが、お前が持っていろと拒まれてしまった。何故だろう、借りを作りたくなかったのだろうか。そんなつもりはもちろんないのに。
4。転送陣。運び屋がダンジョンから脱出する魔法を使えるとラビから聞いていた。とはいえ、最終バトルの後、マジックポイントが底を突くという事態も考えられる。特殊な布に魔法陣の描かれたこの道具を使えば、どこからでも万屋うどんこに帰ってくることができる。ラストバトルを終えて、地下100階から地上まで歩いて戻るという悪魔のようなシナリオであったら目も当てられない。ひとつ持っておいて損はない。
5。奇跡の十字架。使用機会がラスボス戦のみという、非常に尖ったアイテム。なんと大魔王を1~2ターン、確実に眠らせることができる。何やら魔王はラストダンジョンで深い眠りについている設定らしく、この道具を使った眠り攻撃が有効だそうだ。無論、1度使うと壊れてしまう。
6。時空の砂時計。この道具を使うと数ターン時間を巻き戻すことができる、2ターンから3ターン。そして何度でも繰り返し使える便利アイテム。
7。予約表(食品衛生管理者講習)。お菓子屋に向けた第一歩。ラビと一緒に講習を受ける約束をした。ラビにも1枚、同日同時刻の予約表を渡してある。ひとりでは何かと大変だろうから俺も手伝うことにした。今度はラビが店長で俺がアルバイト。全てが片付いたらいよいよ始動だ。何ならうちの店を使って始めればいいじゃないか。万屋うどんこでお菓子も売る。悪くないよな、ラビ。
【クリア後の世界② 終】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます