交渉④

 「俺のジョブは道具屋だ。」

胸を張って堂々と、政樹の質問に答えてやった。

「淳ちゃん、道具屋さんが来る場所じゃないよ、ここは。帰った方がいい。外の4人も連れてね。」

別に驚きはしない。それと、余計なお世話だ。

「政樹。魔王がお前じゃなければ俺だってこんな所に来たりはしないさ。来たからには、はいそうですかと帰る訳にはいかない。俺が勇者一行に頼んでお前に会いに来た目的はひとつ。お前を魔王の座から引きずり降ろす為だ。大人しく俺の言うことを訊くんだ。」

ようやく緊張が解けてきた。政樹と面と向かって話ができる心の余裕が生まれた。政樹の表情の細やかな変化やちょっとした動き、声質の変化も敏感に察知することができた。集中力は普段以上だ。

 政樹の返答が悲しげな声で帰ってくる。

「淳ちゃん、それはできないよ。」

「なら、力尽くでも辞めさせる。」

「残念だけれど、道具屋さんではどうにもできない。分かるでしょう。それと、外で待っている4人も。淳ちゃんの友達でしょ、傷つけたくないんだ。僕との力の差は歴然。護衛軍に体力を削らせるまでもない。僕ひとりで十分だ。」

伝説人が控えていることに感付いていることは別に驚くことじゃない。魔王ならそれくらいは朝飯前だろう。それと運び屋達が勝てないといったか。それははったりだろう、政樹。道具屋会議で聞いたのだ、小田爺に、伝説人はどれくらい強いのかと。爺は答えたよ。魔王ですら圧倒できてしまう程の実力を身に着けている。ラストダンジョンの攻略も伝説人であれば可能だと。4人が、そして絶対的な知識の持ち主である小田爺が、俺の心の支えだった。

 憐れむように政樹が言う。

「小田のお爺さんからは何も訊いていないんだね、そりゃそうか・・・」

・・・何・・・・・・なんだと・・・!?

何て言ったのだ?小田のお爺さん。小田爺のことか。小田爺を知っているのか。そうか、小田爺も有名人なのだな。何十年遡るかは知らないが、若かりし頃、世界に平和をもたらしたパーティーの一員だったのかもしれない。柳の大先輩にあたる勇者といった所か。

「なら、僕から説明してあげるよ。」

「政樹、同一人物かは分からないが、お前も小田爺を知っているのか?」

「うん。知っているも何も、小田のお爺さんは護衛軍のリーダーだもの。」

「なっ・・・」

言葉を返すことができない。政樹の言葉を脳が消化することを拒否している。小田爺が魔王直属部隊の幹部だと言っているのか。

「少なくとも淳ちゃんよりは小田のお爺さんとの付き合いは長いね。よし、じゃあ、小田のお爺さんの話から始めようか。」

俺はいつ、どこから、誰に、踊らされていたのだろうか。

 単刀直入に、小田爺は魔族だという。嘘か偽りと明かす術はない。俺にできることは話を訊くことだけ。魔王さんの言うことにゃ、小田爺は政樹の手下なのだと。ただし、勇者達が戦う一般的なモンスターとは異なる。異なる方法で魔王に貢献しているそうだ。魔王の教育係もその役割のひとつ。今はその役目を終え―

 俺も言葉を返す。小田爺によって勇者一行が得することはあっても、不利に働くことはなかったと。勇者に対してだけではない。道具屋が新しいアイテムを制作できるよう様々な助言をくれた。こちら側の人間に決まっているではないかと。

 「淳ちゃん、この世界はね・・・勇者と魔王が共存して初めて成り立つ世界なんだ。」

何を偉そうに語り始めるのだ。魔王の持論に、はい、そうですかと納得するはずもない。外の世界のことは俺の方が知っているはずなのだ。俺が、勇者と共に生きてきたのだ。

「違うぞ、政樹。勇者一行は日々命をかけて、世界に平和を取り戻す為に戦っている。お前を前にして言うのもあれだが、モンスターを倒し、魔王を滅ぼす。共栄共存なんてことはあり得ない。」

断言した俺に対して、今度は魔王がかぶりを振った。何も分かっていない。何も知らないんだよ、淳ちゃんは、とでもいいた気だった。

「どう説明していったら分かり易いかな。僕は淳ちゃんと違って、人に教えたりするのは得意じゃないから・・・」

「心配しなくていいぞ。疑問があれば遠慮なく質問してやるさ。」

「うん、それじゃあ始めるね。」

こうして、魔王様から直々に解説を頂くことになった。

 



 「うんと昔。この世界に勇者は存在しなかった。もちろん戦士や魔法使いもね。本来人間が持っている以上の特殊能力を所有しているジョブは存在しなかったんだ。そして当時はモンスターも魔王もいなかった。正しくは、必要なかった。かれこれ千年以上も昔の話だけどね。」

心配していた割に、随分と流暢に喋るじゃないか。

「それがある時から、不可思議な能力を持つ者が現れ始める。人が本来備えるべき以上の能力を手に入れてしまった。しかもその数はどんどん増えていった。それが勇者であり、その一行の始まりになった・・・」

それで・・・

「そして誕生したのは勇者一行だけではなく、魔王とその配下も生まれた。次第に対立の構図が明確になり、現在の様な図式になったんだ。」

ここで魔王が一息ついた、ズズッとコーヒーを啜って。もうさほど熱くはなかろうて。

 御大層に勇者が生まれた、魔王が誕生したなどといっていたが、要は善か悪か。超能力を持ち合わせていない俺達だって善人もいれば悪人もいる。ただ、その欲望を叶える力が、悪い言い方をすれば暴力的か否か。ぶっ壊す力が強いか弱いか。それに・・・だ。

「政樹。勇者と魔王が売られたという話は分かったでも、共存によって世界が成り立つなんて話は見えてこない。俺には共存という響きが、勇者と魔王が助け合っているという意味合いに聞こえるのだが、その辺りはどうなんだ。」

俺もコーヒーを口に含む。もちろん俺は音を立てるなんて行儀の悪いことはしない。

 ちょっとの間、魔王が黙った。何か考えているのか、話の構成でも組み立てているのか。そういえば、運び屋達は何をしているだろうか。モンスターは倒したと言っていたから危険はないと思うが、あの4人がすることなしに待機しているというのは想像できない。

「よし、じゃあ、共存について説明していくね。淳ちゃん、これから話すことが真実なんだ。僕のことを信じて欲しい。」

複雑だな。今まで政樹が嘘をついたことなどないもの。疑ってかかることを俺の本心が拒否してしまっている。

「大きく分けて2つあるのだけれど、まずは簡単な方から。ひとつ目は経済的側面。」

「経済的・・・?」

思わず声が裏返る。明後日の方角から魔王の言う真実とやらが飛び込んでくるものだから。

「淳ちゃんならイメージが湧くんじゃないかな、勇者を相手に商売をしていたんだもんね。勇者がモンスターを倒したり、ダンジョンの宝箱からルナを手に入れる。そのルナで買い物をしたり宿に泊まる。勇者の支払いによって、この世界の経済活動が支えられているんだ。その為に僕らがモンスターを造り、各地に配置する。一番の核となる仕事なんだ。」

言葉が出てこなかった。


 魔王によれば、バランスが結構難しいらしい。モンスターの強さに対して獲得金額を高くしすぎると強力な装備の価値が下がってしまうし、うんと低くすると買い物や宿泊に影響が出てくる。モンスター創造のうまい、下手のコツはヒットポイントや攻撃力の設定よりも、経験値やルナの数値だそうだ。何のことを言っているのか俺には分らん。ただ、賛成、賛同してはいけないということは明白だ。

「今すぐモンスター製造なんてやめるんだ、政樹。人間の経済活動はモンスター討伐なんかじゃないだろう。」

「七割五分・・・」

「?」

「この世界の経済活動の75パーセントに勇者一行が絡んでいる。突然これがゼロになったらどうなってしまうか想像できるでしょう。」

言われるまでもなく、俺の生活も勇者一行に支えられているわけだが、モンスター頼みという発想はなかった。だからといって魔王やモンスターを正当化することなどありえない。

「お前の言わんとすることは分かった。2つ目は何だ?」

ここから話は本題に入っていく。

 「もうひとつはね・・・人間が力を持ちすぎてしまったからなんだ。つまり、強くなりすぎてしまったということなんだけれど。」

「勇者達は打倒魔王の為に日々レベルを上げている。傷だらけになりながら鍛錬している。それは一般の人々を守る為でもある。脅威と感じるのはお前達だけだろう。」

命懸けで戦う勇者一行を毎日見てきた。時には敗れ、力尽きる姿も。だから力を持ちすぎたとか、強くなりすぎたとは微塵も感じない。そりゃそうだろう。強くなりすぎた勇者に恐怖を覚えるのは魔王一行だけなのだ。俺達にとっては心強い限りだよ。

「人間が強くなりすぎると、どうなると思う?自分を律することができずに弱者を力でねじ伏せる。暴力と混乱の世界が完成する。僕達、魔王軍の役目は、そうならないように管理すること。力を持ってしまった人間を押さえつけることなんだ。」

よく分からんという顔をしている俺に、魔王は実際にあったという話を訊かせた。




 とある人間が拳大の火の玉を作り出せr能力を手に入れました。初歩の初歩ではありますが、魔法を使えるようになったのです。さて、問題です。他人とは異なる特殊能力を手に入れた人間は、どんな行動を取るでしょうか。常日頃、弱きを守れなんて言っている人間が力を手に入れた途端、ご立派な誓いは忘れ去られてしまいます。十中八九、罪人になります。はじめは些細なもので済むかもしれませんが、遅かれ早かれ歯止めが効かなくなります。制御する力も抑制する者も存在しませんから。神がせっかく弱く脆く造った人間は、力を持ってはいけないのです。

 「まだ勇者や魔法使いというジョブがなかった頃、世界は無法地帯だった、ごく一握りの人間しか能力を保持していなかったにもかかわらず、暴挙を抑え込むことができなかった。平和の為に、口だけならどうとでも言えるんだよね。でも、人間はちょっとしたことで自分の言葉すら裏切るんだ。自らの欲望に抗うことができない。その点で獣やモンスターよりも扱いにくい。そう・・・欲望の振れ幅に際限がなく、突然に暴発する。己を正当化する。そこで人間の暴走を抑える為に魔王とその配下が生み出されたんだ。」

「政樹、俺がその話に同意すると思うか。お前の言う通りだと納得すると思ったか。なぁ、政樹、モンスターに故郷を滅ぼされた人達のことを考えたことがあるか。勇者一行は命を懸けて―」

「人には感情があるから―」

かつては俺の話を遮るなんてありえなかった。聞き手に回ることがほとんどだった。

 

 音も立てずにコーヒーを啜ってから、魔王が語り出した。

「ある日、勇者が街の中を歩いていました。透き通るような、白にも近い青空の下、ふと頭に違和感を覚えました。空を見上げると街路樹に1羽の鳥が止まっておりました。なんと鳥がフンを落としたではありませんか。ウキウキ気分で酒場に向かっていた勇者はピッと魔法を発動し、フンを落とした鳥を焼き殺してしまいました。」

「なぁ、政樹―」

喋ろうとした俺を、魔王は手の平を出して静止した。

 「別の勇者の話。その日はあいにくの雨。勇者が村を歩いていると、急いでいたのでしょうか、馬車が猛スピードで勇者の傍を駆けていきました。そこにはなんと水溜まりが。馬車の勢いで跳ねた泥水が勇者の装備を汚してしまいました。周囲に誰もいないことを確かめた勇者は、馬車を爆破してしまいました。」

「政樹、いくらそんな話をしても―」

 「さらに別の所でのお話。酒場で情報収集を兼ねて一杯引っ掛けた勇者。気持ちよくお店を出ると、数名の酔っ払いに絡まれてしまいました。翌朝、路地裏で変死体が発見されました、とさ。淳ちゃん、これは僕の作り話ではなくて、全部本当の話なんだよ。」

「百歩譲って真実だとしよう。でもな、政樹。だからといってモンスターを放置しておくわけにはいかないだろう。それこそ世界の平和が脅かされてしまう。魔物に囲まれた日常をよしとすることはできない。仕方がないとは諦められない。だから勇者達が魔王の討伐を目指しているんだ。勇者とモンスター・・・つまり人間と魔族。現状、俺とお前の共存はありえない。今すぐ魔王の力でモンスターを消し去れ。それが俺の要望だ。できるんだろう、政樹。」

知らず知らずの内に熱くなっていた俺とは対照的に、凍り付くほどに冷静を保っている魔王が、魔王の右手が、俺の額に触れた。

 「如月 淳よ。これから見せるのはモンスターの消えた世界。人間の望む世界の姿―」

この辺りで俺の意識は飛んでいた。唐突に魔王の喋り方が変わっと思った瞬間、俺は別の世界に連れて行かれてしまった。

                              【交渉 終】

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