交渉③

 対峙する道具屋と魔王。話題は、政樹が魔王の座に君臨してからどのように暮らしていたのかということに。共にいた世界を離れて、新たな生活はどのようなものだったのか。

「王様のような扱いだった。ほんと、神様みたいに―」

ズズズとコーヒーを啜(すす)りながら話し始めた政樹。極度な猫舌の政樹は少しでも熱いとどうしても音がたってしまう。こんな行儀の悪さまでが懐かしい。

「まず、外の情報は一切知らされなかった。ある程度レベルが上がってくるとそうでもないというか、少しは自分で調べることもできるようになったんだけれど、淳ちゃんがどこで何をやっているかも分からないし、他の勇者達がどこに何人くらいいて、どれくらいのレベルで・・・なんてことも教えてくれなかった。」

冷たいよね、なんて言いた気にかぶりを振る政樹。

「じゃあ、お前は何をしていたんだ?魔王の仕事は何なんだ?」

「それはね―」

 ここまでずっと緊張していた。腰まで下ろしているのに、地に足が着いていないというか。政樹がコーヒーを出してくれるまで喉はカラカラだったし、喋る声が微妙に震えている自覚もあった。大魔王様の目を見ることができなかったし、背中はじっとり汗ばんでいた。それが一気に解消された。きっかけは一冊の見慣れたノート。俺達が使っていた大学ノートを政樹が取り出した。元々は俺の使っていたデザインだったのだが、政樹が真似をし、恥ずかしながらお揃いで使っていた。

 「まずは配下のモンスターを覚えることから始まったんだ。」

ほら、見てみてと言わんばかりにノートを開いて俺に見せてくる。

「名前、ヒットポイント、出現場所に属性。攻撃力とか防御力も数字で出てきたんだけど、数が多すぎてなかなか覚えられなくてさ。だから特徴のあるモンスターはせめてそれだけ―例えば防御力がうんと高いモンスターとか、ルナを沢山持っている奴とか―」

そんな感じでページをめくっていく政樹。へぇ~と訊くしかなかった。

 「それでね、座学に飽きたら今度は体を動かすんだ。学舎と同じだね。」

そんなことを言って立ち上がり、俺を隣の部屋へと案内した。そこには広い、何もない空間が用意されていた。空間なんて言うと異次元みたいに訊こえてしまうかもしれないが、要は学校の体育館みたいな所だった。

「魔王たるもの、魔法のひとつやふたつ唱えられなくてはいけないということで―」

前方で突然の爆発。政樹が何かをしたようには見えなかったし、呪文も唱えている風には見えなかった。

「政樹、今のは魔法か。」

「魔法とはちょっと違うんだ。特技という分類らしいんだけれど。今やったのは『邪眼の目叩(またた)き』という技で―こういうのを幾つか練習してたんだ。」

バックバック鳴り続ける心臓に耐え、平然を装いながら俺も口を開く。

「強いのか?」

「う~ん・・・他のモンスターと比較したことがないからいまいち分からないんだけれど、チャージは必要なし。攻撃力は650だって言ってたよ。」

「へぇ・・・まあまあじゃないか。」

意地とプライドを拠り所にした精一杯の受け答えだった。

 

 再び政樹の部屋に戻ってきた。

「魔王になってからどれくらいたったのかな。外部と連絡が取れないと日付感覚が無くなっちゃって、はっきりは分からないんだけれど―2、3ヶ月は経っていたはずだけれど、やっと依頼が通ったんだ。ずっとお願いしていたことが、如月 淳に会わせろと。まぁ、そこから魔法の習得をしなくちゃならなかったんだけどね。」

ふと、政樹の眼つきが鋭くなった、ように感じた。

「まさかあんなことになるとは思わなかったんだけれど、その時にひとつ学習したんだ。魔王の配下は魔王の願いが全て。何でも叶えようとしてくれる。全ては魔王と、魔族の存続の為に―」

あんなこと、という言葉には、俺にもピンとくるものがあった。どんな理由を述べようと、いかなる言い訳を垂れようと決して許さない。はっきりさせるべく、政樹の口から具体的な名前を聞かせて貰わないといけない。

「淳ちゃんを誘(おび)き寄せるということになったんだけれど・・・」

政樹が続ける。

「護衛軍が先に出発したんだ・・・確か村の名前は・・・・・・」

「村じゃない、里だ。名前はクゴートだろう。」

「そうそう、クゴート、クゴートだ。淳ちゃん物知りだね。有名な所なのかな、小さくて何もない田舎だったけれど―」

どうやら、という予感が間違いないという思いに変わっていく。

「魔王軍にクゴートの里が襲撃されたという噂は聞こえてきたよ。」

「へぇ~、そうなんだ。」

どうやら、クゴートの里では俺のことなど目に入っていなかったらしい。誘き寄せるなどとほざいておきながら、随分と鈍感じゃないか、政樹よ。

「結局は勇者達の邪魔に遭って退却したんだけれど、またこうして淳ちゃんに会えて嬉しいよ。」

「ああ。」

「それでさ、淳ちゃん。僕もレベルアップして徐々に外部の情報を得られるようになってきたんだけれど、その内容は限られたもので、得られるデータは勇者とその一行に関することのみ。そこに淳ちゃんの名前はなし。僕が見落としていなければ淳ちゃんは勇者一行ではないということなんだけれど。淳ちゃんの職業は何?」

 心臓がバクンと脈を打った。魔王が俺の職業を知らなかったからじゃない。奴の視線が俺を威嚇するかのように、攻撃的な光を帯びたのだ。   

                          【交渉③ 終】

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