交渉②

 背中で如月 淳の名が声高に呼ばれるのが訊こえた。直前に教会を出てきた近藤 政樹の職業はまだ知らされていなかった。外で待機するようにと神父に言われ、それに従った。てっきり神父も表に出てくるものと思っていたが、現れたのはフードを目深に被った怪しい人物だった。男か女かも判らぬ不審者。助けを求めようとしたわけではないが、思わず後ろを振り返ってしまった。すぐに視線を戻すと4、5メートルはあったはずの間合いがゼロ距離に縮まっていた。

「えっ。」

政樹が言うが速いか、そいつがすっと手をかざしたかと思うと目の前が真っ青に覆われた。やがて緑色に変わり、知らない所へ連れていかれた。

 連行された場所―見上げると大きな大きな城がそびえたっていた。故郷ではこんな高層の建造物は見たことがない。圧倒される政樹のすぐ横にフードの人物が転送されてくる。ここはどこですか?そう尋ねた政樹にこたえることなく、不審者は白へはいって行った。見知らぬ土地では逃げ隠れるわけにもいかず、ついて行かざるをえない政樹。城内で職業を伝えられる、そう思い込み、自分を納得させるしかなかった。門番を素通りし、廊下を歩き、階段を昇り、部屋へ通された。そこで初めて、ここがどこかを知ることになる。

 「我は魔王。この世界を治める者なり。待ちかねたぞ、近藤 政樹―」

途端、政樹の全身から汗が噴き出した。呼吸がうまくできない。息を吸っても肺が足りないと追加の酸素を要求する。喉がカラカラに渇き、膝がガクガクと震えが止まらなかった。ここは魔王の居城で、玉座から語り掛けてきたのが魔王で、回りにいるのが直属部隊だ。夢なら醒めてくれという願いが100パーセント無意味だということまではっきり理解できるほど、現状を現実として認識できていた。そしてあるがままを受け入れるしかないということも。


 魔王の配下から簡単な説明を受けた後、政樹は牢獄の中にいた。罪人としてではなく、魔王軍の配慮の下。

 職業が魔王であることは決定事項。その代わりに、政樹の願いをひとつ叶えるという。そんな…と戸惑う政樹に与えられた猶予は3時間。邪魔の入らぬよう、独りで考える時間を授けられた。鉄格子を隔ててすぐの所にフードのロボットが待機していて、何かあれば全てそいつに、ということだった。魔王軍にとってネガティブな願いは却下された。政樹が魔王というジョブを放棄することも含めて。加えて、勇者一行に有利となる願いもダメ。それならば一体何を叶えてくれるというのか。もはや願いでも希望でも祈りでもなく、呪いだった。魔族として撥ねられぬ願い且つ、如月に迷惑のかからない願い。3時間、考えてみた。


 「・・・・・・可能ですが―本当にその願いで宜しいのですね。」

2時間45分を回った辺りでようやくフードを被ったロボットから許可が下りた。

「はい、お願いします。」

政樹の、新たに魔王として君臨するものの願いは、魔王護衛軍の戦闘能力を魔王と互角にすること。護衛軍の能力を上昇させても良いし、自分の、魔王の力を抑制しても構わない。力の均衡、それが政樹の願いだった。

「何故そのような願いを?」

フードロボットが初めて必要最低限以上の質問をしてきたので、少し驚きながら政樹は答えた。

「負けない為です。魔王は強く、直属の部隊も強く。それが勇者に負けない為の最低条件です。これまではとにかく魔王だけが強くあれと―それが成功しない原因だと思ったからです。」

 願いは叶えられ、政樹は解放された。フードロボットは姿を消し、以後、魔王の前に姿を現すことはなかった。我ながら見事なまでの出まかせだ、ほっとする政樹だった。                          

                              【交渉② 終】

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