交渉①

 「如月、何してるっ。いくぞ。」

ラビが声を掛ける。封印の解かれた、いわゆる悪ラビが。

「分かった。今いくよ。」

店内からの声にそう答えてから、如月は外で店の看板をひっくり返した。一筆認(したため)めて張り紙をしようかとも考えたが、自身の予定も分からないのに店の予定もへったくれも書けたものではない。帰って来られるかも定かでないし―

「名残惜しいのか?」

いつの間にかラビに背後を取られていた。

「いや、そういう訳じゃ・・・」

「心配いらん。2、3日で戻って来られるさ。それが無理なら一生帰って来られんだろうな。」

ふふんと、半笑いで脅すラビ。

「そんな、わざわざ怖がらせないでも。やっぱり、大なり小なり怖いですよ。」

「ちゃんと在庫も減らしたのだろう。さ、行くぞ。」

ラビの口調から察するに、おそらく知っていたのだろう。テレポートの標的となる人物が誰かということを。


 一瞬で到着した。で、待っていた。俺達のことを。ラビがテレポートの対象としたのは柳であり、蓑口さんであり、クォーダだった。着いたと思った途端、ラビが蓑口さんの隣へ歩いていくものだから、なんとなく4対1のチーム分けができてしまった。俺の目の前に立っているのは運び屋、宿主、鍛冶屋や道具屋の従業員ではなく、大魔王の討伐に最も近いパーティー。伝説人の4人だった。柳が腰に携えている小さな袋から赤い光が仄かに零れている。魔光草の片割れが収まっているのだろう。

 「お待ちしていました、如月さん。」

口を開いた蓑口さんの低音に、思わず心が癒される。

「できれば安全な場所で説明して頂けると有り難いです。ちょっとばかし混乱気味です。」

「ご安心を~。98回の敵は全て倒してありますので。」

ドカッと床に座り、柳からの説明が始まった。

 計画では、柳がラストダンジョンで待機しているはずではなかった。現在の状況はあくまで予定外。別の、伝説人以外のパーティーがラストダンジョンに挑み、攻略し、地下98階まで辿り着いた際に魔光草が赤色を灯し、如月・ラビ組がと合流するはずだった。それこそ、万事屋うどんこで接客したパーティーのいずれかが到達する予定だった。

 誤算の根源はラストダンジョンの難易度の変化。これのせいで、伝説人より後発の勇者達が弱体化してしまった。ラストダンジョンを踏破する未来が消失してしまった。果たして、敵モンスターが強くなりすぎてしまったのか、違う。宝箱の中身が貧弱になったのだ。いわゆる魔王城クリア後にふさわしい、ラストダンジョンに見合ったアイテムが出現しづらくなってしまった。ほとんど手に入らない。運良く手にできた武器、防具も、伝説人の装備品と比較すると数段劣る。パーティー全員の装備が数ランク落ちれば到底戦い抜けない。状況を打破するような、一発逆転の道具もなし。結果、最終階層付近は愚か、地下50階に到達したパーティーすらほとんど現れなかった。

 恐らくは魔王の仕業。そして、可能性としては小田爺も絡んでいるのだろうか。できれば勘弁してほしい、あまりに事が複雑で面倒だから。「知っている」レベルで終わらせてもらいたい。

 進展の見えない状況に柳が動いた。蓑口を誘い、クォーダを連れて3人でラストダンジョンに挑み、地下98階に到達した。あっという間に。これを可能にしたのは蓑口の持っていた『暗柳花明の杖』。杖を2つに折り、下半分を地面に刺しておく。そしてもう片方に願いを込めると1度だけその地にテレポートができる。魔光草に類似した特殊効果を有する杖。蓑口が地下20回辺りから保有していた武器。アイテムの所持数が限られている中、貴重な一枠を使って。これが現状打破に繋がった。

 蓑口とクォーダ。蓑口は各地で宿を経営し、クォーダは故郷で鍛冶屋を営んでいた。娘の怪我も治り、穏やかに暮らしていたとのこと。2人共、如月の名前を訊くと拒むことはなかった。ラストダンジョンへの同行を承諾した。




 現在地は地下99階。そして目の前には下り階段。詰まる所、ラストダンジョン踏破目前。俺の口は緊張でカラカラだった。何の緊張だろうか。生命の危険性を感じているからか、環境の大きな変化か、旧友との再会が近いからか。

「さて・・・着きましたね。そこの階段を降りれば地下100階です。大魔王様がお待ちかねです。我々はここで待ちます。何かあればここにいますのでご心配なく。それとも、ご一緒した方が宜しいですか?」

柳はどこまで知っているのだろうか。

「いえ、独りで行かせて下さい。魔王と話をつけてきます。」

「如月、私もここで待っていればいいのか。」

「はい、ラビもここにいて下さい。必ず戻ってきますから。そうしたら、お菓子屋さんの準備をしましょうね。」

「如月さん、お気をつけて。」

「はい。行ってきます。」

 コツ、コツ、コツ・・・1段ずつゆっくりと足を運ぶ。石造りの階段の様だ。道幅は狭く、軽く両腕を伸ばせば同時に壁面を触ることができた。光源は足元のろうそく。壁面に埋め込まれるような形で両側に等間隔で置かれてはいるが、どうにか段差が確かめられる程の明るさ。薄暗い。踏み外して怪我でもしたらどんな顔をして帰ればいいのやら。気を付けなくてはならない。

 コツ、コツ、コツ・・・・・・政樹に会ったら、まず何と声を掛けようか。久しぶりだな、元気にしてたか、というのが無難か。まさかお前が魔王とはな、なんて言ったら気の弱い政樹は泣き出してしまうかもしれない。それとも、黙って一発ぶん殴るか―

 コツ、コツ・・・行き止まり。扉だ。この扉の向こうに魔王がいると考えるのが自然だろうな。俺だって準備はしてきた、ためらいはない。俺はゆっくりと扉を開けた。

 隙間から光が差し込んでくる。薄暗い階段とは違って、中は随分と明るいようだ。数秒で目が慣れ、焦点も合う。この瞬間をどれほど心待ちにしただろう。俺の目の前に、紛れもなく政樹が、近藤 政樹が座っ

ていた。想像と大分違うが・・・

 「久し振りだね、淳ちゃん。どうぞ、座って。」

「あ、ああ・・・・・・」

六畳一間に掘りごたつ。政樹の部屋と瓜二つ。政樹の家へ遊びに行くと、ここでお茶とお菓子を貰っていた。懐かしさを通り越して我が家に帰ってきたかのように落ち着いてしまった。勧められるまま、ふぅ、と腰を下ろした。

「なに飲む?」

「えっ?」

「飲み物は何にする?」

「え、ああ・・・じゃあ、コーヒーで。」

「うん、分かった。ちょっと待ってて。」

そう言うと政樹は奥へ消えていった。

 コポッ、ポコッ、ココッという音と共に、俺の好きな香りが漂ってきた。さらに落ち着く。そしてさらに懐かしい。これで政樹の母ちゃんまで登場したら泣いてしまいそうだ。店でも毎日コーヒーを飲んでいたが、馴染みのある匂いではなかった。美味しく飲んでいたが、懐かしさは湧いてこなかった。故郷や政樹の家を思い出すことはなかった。

「ブラックでいいよね。」

ひょこっと首だけ出して尋ねてくる政樹にうんと頷いた。俺はブラックで、政樹はスプーン1杯の砂糖とポーション1個。変わらない。そして

「はい、足りなかったら言ってね。」

俺の好きなお菓子も一緒に出てきた。飴玉みたいに1個ずつ個包装されている栗山といったか桃山という名前だったか。はぁ~・・・うまい・・・・・・なんて抜かしている場合ではない。2人仲良く座してほっこりしてどうする。

「政樹―」

意を決して切り出した俺を政樹はあっさり切り返した。

「淳ちゃん、僕にちょっとだけ話をさせて。これまでのこと、教会で別れてからの話を訊いて欲しいんだ。」                 

                            【交渉① 終】

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