ちょっと昔話を⑤

 着実にダンジョンを潜っていく4人。階層によって広さはまちまち。探さずとも目の前に階段があることもあったし、巡り回れどさっぱり見つからないこともあった。容易に全域の地図を頭に描ける階もあれば、常に迷子状態ということもあった。右だ左だ、北だ南といざこざも。その場合は大抵、蓑口の意見に従った。間違ってもクォーダの提案は採用されず。

 宝箱もあるのだが、数はガクンと少なくなった。ひとつも置かれていない階層もあった。そしてその中身に関しては当たり外れの差が拡大。最悪は宝箱型のモンスターで、強制的に戦闘となる。致命傷を貰う敵ではないが、ラストダンジョン内でも数少ない、柳のスピードを上回るモンスターということで、何かしらの攻撃を受けしまう。また、空であることも多くなった。地下70階以降、半分空っぽ。期待が大きいだけにがっかりする。だからこそ中身が入っていた時には喜びが溢れる。この瞬間がラストダンジョン唯一の楽しみである。強力な武器、防具、道具。特殊な武器、防具、道具。希少な武器、防具、道具。未知のアイテムを求めて。地上で広く普及しているものが入っていることはなくなった。どんでん返しとしてたま~に呪われて使い物にならないアイテムが入っている場合もあったが、蓑口の魔法チェックを通過したモノは漏れなく大当たりだった。

 剣であれば柳。杖、ロッド、念珠であれば蓑口もしくはラビ。それ以外の武器は全部クォーダ。がさつでいい加減、適当で不器用ではあるが、武器に関しては異常とも言える器用さを持つクォーダ。柳同様に剣も装備することができるし、大剣も使える。得意な武器というか、本人曰く、幾らか重量がないと落ち着かないということで常備武器は斧。他にも弓、棍棒、短剣や鎌に銃。蓑口やラビはおろか、柳ですら見たことのない武器でも難なく使い熟(こな)してしまうクォーダ。加えて敵に遭遇すると、最も効果的な武器を判別できる特殊能力を持っているようで、所持品の中から最適な物を選んで使っていた。


 地下90階。さすがに4人ともボロボロだ。が、ボロボロながらも充実した表情を見せていた。しっかりとした足取りを保っていた。地下100階まで―終わりが見えてきた以外にも理由があって、何はともあれ装備品。当たり前と言えば当たり前だし、そうあって貰わないと困てしまうのだが、神々しき輝きを放つ。ラストダンジョンをスタートした頃と比較すると天と地、月とすっぽん。4人の装備品は全て、この世界における最上級の品々である。

 柳の2刀は『ロキ=レーヴァテイン』と『十束剣(とつかのつるぎ)=布都御魂(ふつのみたま)』。洋刀と日本刀の二刀流でモンスターを討伐する。攻撃力もさることながら特筆すべきはやはりスピードか。柳の特徴を最大限に活かせる装備だ。興味本位でクォーダも握った所、その感想は「おもちゃだな」。短剣や忍者刀、小太刀ほど小型ではないが、クォーダの好む大剣と比べれば確かに小振りな、一般的な長さである。錯覚というのは不思議なもので、筋骨隆々で200センチを超える背丈の人間が握ると心細く映るものだ。けれども誤解なきよう。最上の業物二刀である。柳が納得した二刀である。現状これ以上の物は考えられぬ二刀である。

 ラビの武器は一風変わっていて、杖やロッド、数珠ではなかった。地下88階で見つけた武器を選んだ。見慣れぬ武器に対して「なんだそりゃ?」というクォーダの問いに対し、ラビは「法具という奴だな」と答えた。斬る、刺す、殴るだけが武器ではないのだよ、と付け加えて。

 『ヴァジュラ=炎霆(えんてい)』。20センチくらいの棒の両端に豪勢な装飾が施されていて、片方には見る角度や光の当たり具合によって無限の色合いを見せる宝玉。もう片方には4本の小さな宝剣が付されているが、攻撃の為の刃ではなく、攻撃力が上がる訳ではない。法力が上昇する、圧倒的に。非戦闘時は金色に輝く美しい法具であるが、戦闘に突入すると、ラビの法力上昇と共に紅が混じる。それもまた美しい。火炎属性に特化した、まさにラビの為の装備品である。

 クォーダの武器は4種類。つい先程までは5種あったのだが、ひとつ前の階で斧が折れて使い物にならなくなってしまった。『ゲイ=ボルグ』、槍。『トール=ミョルニル』、槌。『鳥弓=サルンガ』、大弓。『ジャイアント=ハルパー』、鎌剣。手に持ち腰に携え、肩に下げたり背中に背負ったりと、傍目には邪魔なようにしか見えないけれども、本人は至って満足気なのだ。これ位の数と重さの武器を身にまとってようやく落ち着くのだそうだ。

 そして蓑口。『柳暗花明(りゅうあんかめい)の杖』。美しき最上の時を取り戻すと言われている杖であり、彼女の法力を上昇させることは間違いない。蓑口が選んだ杖であるから誤りはないはずだし、相応の特殊効果はあるはずなのだが、何故この杖を?もっと良さそうな物はあったはずだが。そんな疑念が柳の中にあったが、口にはしなかった。

                                                  

 


 「小田爺!?」

柳が珍しく大声を上げた。ヴォ~ンとダンジョン内に声が響く。名前を呼んだはいいが、次の言葉が出て来ない。本当に驚いたのだろう。大魔王のいる地下100階までもう少しという中、緊張感も高まっている状況で突然、顔見知りの爺さんが現れたら、心臓が一瞬止まったっておかしくない。しゃっくりは確実に止まるだろう。そしてやはり、疑ってしまう。何が起こるのかと。何をしに来たのかと。邪魔をするなと。

「小田爺・・・暇なのは分かりますが、こんな所に来たら危険ですよ。我々も忙しいですし。さっ、ケガしないうちにお帰り下さいな。」

やや道化て対応した柳を無表情に見つめる小田爺。嫌な予感が走る。そこにクォーダが割って入った。

「おい、爺さん。何しに来た。邪魔だ。消えな。」

「クォーダと言ったな。お主にも伝えねばならんことがある。」

「あん?」

 距離を取って歩いていた蓑口とラビが角を曲がって2人に追いつき、異変に気がついた。

「あら、小田のお爺さん?どうしてこんな所にいるのかしら?一体どうやって―」

蓑口の表情が曇る。叱咤激励に来たなどとは思えない。持ってきたのは悪い知らせに外なら二。けれども不安はさほど大きくなかった。何故ならば、何かあっても力づくでどうにかできる自信があったから。この4人ならば腕力と法術でどうにでもなるという確信。小田のお爺さんがまさかの中ボスということであったとしても恐れることはない。見た目や言動からは想像できない法力を持っていたとしても、返り討ちにできる経験と実力を兼ね備えていると自負している。ご希望とあらば、必要なれば、この場で披露することにためらいはない。

 「よくここまで来たの~。4人とも、本当に大したもんじゃ。無事で何より、何よりじゃ―」

 前置きから入った小田爺。心にもない前振り。嘘、偽りが見え見えの発言。労いの為だけに地下95階へ来るなどありえない。何をしに来た。この期に及んで俺達に何用だ。そもそもどうやってここまで来たのだ。俺達4人でも運が味方しなかったらどうなっていたか分からない。こんな爺さんがたった独り、誰の助けも借りずにここまで辿り着くことなど不可能。かと言って見たことも聞いたこともない道具を使って、ということも考えにくい。もしもそんなものがあれば、強引にでも奪い取る。それと、小田爺の魔法のレパートリーは知らないが、可能性があるとすればテレポート。4人の誰かを的に瞬間移動をしてきたというのが最も自然な解答。けれども、誰も魔光草を持っていない。色々とひっくるめて、あまりにタイミングが良すぎるのだ。 

 柳の頭の中を文字におこすとこんな風だった。


 小田爺が続けた。静かにゆっくりと。

「柳、クジャルカ。クォーダ、バードラック。蓑口、ミロン。ラビ、ココ。間違いないな。」

息を呑む4人。名前と共に挙げられたのは各々の故郷の名。

「小田爺、どうやってここまで―」

「今すぐに帰るのじゃ。」

柳の質問には答えず、続ける。4人の意志は統一されていて、場合によっては攻撃も辞さない。逃がしはしない。自然と4人で小田爺を囲む形で話を訊く。

「おぬしらがこの迷宮に入ってすぐ、魔王軍が進撃を開始した。各地、防衛線を張って対抗しておったが、魔王軍の攻撃は凄まじく・・・結界も役に立たず・・・壊滅状態となっている。すぐに故郷へ戻り、魔王軍を撤退させるのじゃ。これ以上被害を拡大させぬように。もはや、一刻の猶予も許されぬ。4人で行動を共にしていては間に合わぬ。各々、ひとりで故国へ戻られよ。では参るぞ。」

話を終えた小田爺は、法術を唱え始めた。選択の余地なく、粛々とイベントが進んでいった。

 そういう事か・・・強制イベント。この土壇場、終幕直前に入ってくるとは予想外だった。頭にはラスボスのことしかなかった。だから装備、所持品などの準備は万端。とはいえ、会話の流れからして、バラバラにされる。故郷という名の敵陣へ単騎突入することになる。どうなるのか―

 小田爺は策を練る時間すら与えなかった。

「まずはクォーダ、バードラック。」

暴れられては面倒だという配慮があったかは分からないが、最初に指名を受けたのはクォーダ。すっと掌をクォーダにかざした、ほんの一瞬。するとクォーダの全身が光り出し、ひと呼吸する間に青、緑、消失。クォーダを無理矢理に転送させた。

「次、ラビ、ココ。」

柳と蓑口の前で2人目、ラビも消えた。

 「小田爺、ちょっと待って下さい。単独ではなく4人で行動することは―」

質問の内容云々ということではなく目的は時間稼ぎ。そんな柳の思惑を知ってか知らずか、無視して自分の目的を遂行していく小田爺。

「蓑口、ミロン。」

「柳、向こうで会いましょう。」

「くそっ・・・」

向こうって一体どこだ、蓑口の故郷かあの世か、それとも別の場所か。

バイバイと悲しげに微笑み、手を振る蓑口に対して、全く反応を示せなかった柳。あまり全てが唐突だった。そして足掻こうと伸ばした手は簡単に振り払われてしまった。掴もうと握った指には何の手応えも感じられなかった。

「最後は柳。必ず戻って来い、4人でな。必ず・・・クジャルカ。」

柳の姿も消え去った。




 残念ながら、そこは見覚えのある風景。そうだな、見覚えがあるなんて言い方をしてはいけないか。見間違えるはずはない。故郷クジャルカ。小田爺によって一瞬で、ラストダンジョンから故郷に舞い戻らされた柳。

人の姿は見えない。敵の姿は至る所に。無意識のうちにぐっと歯を食いしばっていた。孫 悟空のように頭にはめられた輪っかが頭上に抜けていく感じがして、こめかみ辺りでバチバチっと音がした。生まれて初めて、頭に血が上るということを体感した。何がどうなろうと知ったことではない。

「殺す。」

ぼそりと、けれど意識して声に出し、吐き捨てた。駆け出す柳。手当たり次第に狩り出す柳。斬り出した腕が止まらない。圧倒した結果、クジャルカ中にモンスターの首が転がり、人の血とも魔物血とも分からぬ赤色に染まっていた。クジャルカを襲ったモンスター全てに対して有言実行を果たした。

「次・・・クォーダ・・・バードラック。」

柳が飛んで行った、バビューンと。

 バードラックは壊滅状態に違いなかった。違いなかったが、モンスター共は全滅していた。バードラックを守り抜いたのはクォーダ。力任せ、感情のままに暴れたであろうクォーダは教会の前にいた。助太刀の必要がないと分かればすぐに他の2人の所へ向かうつもりだったが、いつになく小さな背中のクォーダに引き寄せられる柳だった。

 「クォーダ・・・・・・」

届きそうもない清涼で呼び掛けた柳。そこから言葉を紡ぐことはできず、不自然な距離を残したまま足が動かなくなってしまった。クォーダの腕の中で眠る小さな女の子。不慣れな手付きで、けれども優しく、そして自分が触れることを謝るかの如く震え惑いながら視線を落としていた。

「柳よ・・・俺は残る。悪い。」

護国の華として散るなれば本望だった。その為に故郷を旅立ち、全てを片付けて帰ってくるはずだった。柳となら、4人なら可能だと―それが今、故郷は無残な姿で自分を迎えた。わざわざ出向く理由が見えなくなってしまった。もう、いい。俺はここに残り、ここを守る。

「クォーダ、ありがとうございました。俺は蓑口とラビの所へ行きます。」

後にも先にも、クォーダが謝ったのはこの時だけだった。

 蓑口、ミロン。蓑口の戦い方は先の2人とは異なっていて、守りを優先した。人的被害をこれ以上拡大させないこと。建物や家畜は二の次として、とにかく人命を最優先。人々を集め、全法力を使って結界を張る。こうしてモンスターが立ち去るのを待つしかない。そう思っていたが、幸運なことにその必要はなかった。いや、嘘だ。必ず柳達が来ると信じていた。だから希望を捨てることなく守りに徹することができた。そして勇者が助けに来てくれた。

「遅くなって済まない。そのまま結界の中で待っていろ。すぐに片付ける。」

頷く蓑口。素直に指示に従い、若干言葉遣いの悪くなった柳の背中を見つめていた。

 やがてミロン中の魔物を倒した柳に対して届けた言葉は、

「私、しばらくここに残ります。ごめんなさい。」

「どうもありがとうございました。俺は、ラビを助けに行ってきます。」

 ラビ、ココ。柳が目にしたのは全滅した村。人がいない。モンスターもいない。至る所で炎が上がっていて、無人の村をいまだに侵食していた。全てを滅ぼした張本人はラビ。ラビを探す柳。やがて村の中央付近で倒れているラビを発見。迷うことなく禁忌の法を唱えた。ラビの記憶が分断され、法力が抑制される封印石が有効化された。柳の強さと引き換えに。


 果たして強制イベントだったのか。小田爺が一体何者なのか。3年近く経った現在も謎のままだった。他にも理由の分からないこと、説明のつかないことがあって、例えばこの間、小田爺が柳一行の英雄譚(たん)を拡散した。嘘も事実も一緒くたにして。クレイジーソルトはともかく、伝説人はいわば作られたパーティーだった。

 柳達が再会を果たすのは当分先。如月を介してから。運び屋、宿主、鍛冶屋、そして道具屋のアルバイトとして。            

                      【ちょっと昔話を⑤ 終】

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