ちょっと昔話を④

 地下57階。ここでラビにとっては待望の、お声が掛かった。

「ラビ、お待たせしました。申し訳ありませんがお手伝いの程、宜しくお願いできますか。」

「やっと出番か、待ちくたびれたぞ。」

目の前には『ブルードラゴン』が1体、今にも襲いかからんと立ちふさがっていた。

「竜族か~。いいぞ~、退屈はしなさそうだな。」

ラビも柳、クォーダよりの性格のようで、常識的な感覚の持ち主は蓑口だけというのがこのパーティーの特徴。強い敵と戦うことが楽しみで仕方ない。ドラゴンの後ろには地下への階段が見えており、ラストダンジョンで時折出現する中ボスクラスのモンスターだ。

「ブルードラゴンは純正氷属性。火属性の魔法を得意とするラビに攻撃面は全てお任せしますので、好きにやっちゃって下さい。」

「いいだろう。竜でも巨人でもかかって来い。こんな所で道草を食っている暇なんてないのだろう。さっさと片付けてやる。」

「心強いですね。防御面は俺とクォーダに任せてもらって、安心して魔法の詠唱に集中して下さい。」

 クォーダと柳が前衛で身を固める。これまでの戦闘とは異なり、剣を抜いたり斧を構えることはしない。一切の攻撃を放棄して、後衛の蓑口とラビの前に立って壁と化した。

 さて。4人と1匹の中で最も素早い柳が身を守り、ついで蓑口とラビが法術を練る。4人の中で1番行動順の遅いクォーダも、どうやら竜よりは俊敏に動くことができるらしい。そのクォーダも何もしない。壁役に回る。クォーダの性格からして相手がドラゴンともなれば喜んで我先に殴りつけに行きそうなものだが、防御の姿勢を崩さなかった。その視線だけはじっとブルードラゴンを見据えて、鋭い眼光で貫かんとする程に攻撃的なガード態勢だった。単に戦闘好きの脳筋野郎ではなく、自らの役目、役割を自覚している。そして徹する。であるからこそ柳の相方が務まるのだが。そうこうしている内にブルードラゴンが動き出した。

 柳と蓑口の想定よりも竜族の出現が大分早かった。地下57階でブルードラゴンを目視した時、思わず柳が舌打ちをした。地下70回以降、できれば80階に近い階層だととラッキーなのだが、そんな話を2人でしていた。クォーダとラビはいつ、どこで、どんな敵が出てこようと関係なく戦いに興じるが、やはり柳と蓑口は違う。地下100階に辿り着くという目的の為に先を見据えた予定を組み立てる。必然的にできる限り無事な状態で、強力かつ特殊な装備や道具を手にした状態で―それが何の因果か、事前の調査データ、期待値、可能性とは異なり、地下60階を待たずしての登場となってしまった。

 「柳よ、風邪ひくんじゃねぇぞ。」

身を固めた状態でクォーダが囁いた。

「随分と余裕があるじゃないですか、クォーダ。心強いですね。」

「ふん、どうだかな。とりあえず一発喰らってみねぇと分かんねぇさ。」

「お互い、鼻風邪程度だといいんですけどね。」

「違ぇねぇ。」

 ブルードラゴンの開いた口に青白いエネルギーが集積されていく。その属性は氷。ブルードラゴンの凍てつき冴える、輝くエネルギーは敵全体に大ダメージを与える非常に強力な攻撃だ。ヒットポイントや防御力が低かったり、対策が不十分なパーティーは一吹きで全滅してしまうこともある。では、伝説人はどうか。作戦は立てているのだが、なんともはや・・・力技というか、本当に考えたのかと疑いたくなってしまう。クォーダが独りで考えた策なれば納得してしまうが、柳と蓑口も加わった結果の作戦としては工夫が皆無と言わざるを得ない。

 柳とクォーダはとある同じ特殊能力を習得していた。それは、敵の攻撃を全て自分に向かわせる『犠牲の祈り』。近接系のジョブが序盤で獲得できる技能で、難度が高い訳ではない。ヒットポイントの低い魔導士系の仲間を守る為、要するに、蓑口とラビに対する攻撃を2人で引き受けるという訳だ。単純にダメージは倍。

 痛いのか寒いのか。血が出るのか鼻水が出るのか。そんなことは知ったことではない。確かなことは、ブルードラゴンの『スターダストブレス』を受けた柳とクォーダが凄い勢いで吹き飛んだということ。飛ばされて、背面の壁に叩き付けられた。その道筋は凍てついており、紛れもなく氷の属性であることが見て取れる。けれども後の2人に軌道の先を目で追う暇はなかった。 次の行動順はラビなのだが、ラビの初回ターンは呪文の詠唱のみ。つまりは魔法を発動する為の準備でお仕舞いだ。柳とクォーダが盾となったおかげで差し支えなく集中できた。もしも攻撃を受けてしまうとチャージはリセットされてしまうのだが。そして最後は蓑口。本来であればブルードラゴンやラビよりも素早い行動が可能なのだが、特殊な装飾品を装備している蓑口。ラストダンジョンの宝箱から入手した道具『鈍足の貝』の効果で、敢えて最後の行動順となっている。その蓑口が取った行動は、回復魔法。

 ブルードラゴンの輝く吐息よりも清く美しく、純粋で温かい白とも水色ともつかない優しい光が壁際まで飛ばされた柳とクォーダを包み込んだ。

「大丈夫?二人共。」

魔法を唱えた後、ブルードラゴンを視界にとらえながら蓑口が声をかけ、反応を待つ。強力な一撃ではあったが、自分が受ければどうなってしまうか分からない竜族の攻撃ではあるが、あの程度の衝撃で倒れるような男共ではない。待つ・・・背中越しの元気な声を。

 「ドラゴン様っ言(つ)ったって、所詮この程度だろうな。ちゃんと飯食ってんのかね。痛くも痒くも無ぇぜ。」

壁に強か打ち付けたのだろうか、右肩をグルグル回しながらクォーダが元の位置に復帰した。

「それだけ強がりが言えれば大丈夫でしょう。」

柳も死んではいないようだ。クォーダに続いて、大きな怪我なく前衛に戻ってきた。もしくは蓑口の回復魔法のおかげで動けるまで傷が治ったのか。防具についた泥を手で払うと、2人揃って再び構えるのだった。今回の戦闘において、柳とクォーダはお呼びでない。身を呈して蓑口とラビを守ることが任務である。蓑口は回復を担当し、ラビは―

 ドゥグラドゴゴーン!!2ターン目、ブルードラゴンの攻撃。今回は全体攻撃ではなく、単体への直接攻撃だった。尻尾での打撃。先のブレス攻撃よりも威力の低い一発とはいえ、攻撃対象はひとりなのだが、やはり壁までぶっ飛ばされた。運が悪かったのは、柳。

「いたたたたた・・・」

お尻をさすりながらクォーダの隣に戻る柳。

「ただいま。」

「生きてたか。」

「どうにかこうにか。」

絶望的な状況に陥ってはいないようだ。苦笑いしながら定位置につくかと思いきや、2人は道を作った。ラビとブルードラゴンが一直線に結ばれることを邪魔しないように、柳とクォーダが右と左に捌(は)ける。

 目を閉じて、じっと法力を溜めてきたラビ。すぐ近くで大きな音が鳴ろうが、人が十数メートルすっ飛ぼうが、突然ダンジョン内の気温が下がろうが、集中力を切らさなかった。

「待たせたな、クソドラゴン。一発で終わりにしてやる、覚悟しやがれっ。」

1ターンを犠牲にして、仲間に守られて集積した法力。ラビのターン。

 ダンジョンが揺れている。震度は4とか5とか。震源が分かっていなければ地震と勘違いしていたことだろう。仮にもラストダンジョンなんて御大層な名称の地下100階に及ぶ迷宮だから、崩壊する心配はなかろうが、ラビが原因でなかったら身を守る為の脱出も考えていただろう。地下深くでの地震なんて恐怖と絶望以外の何物でもない。

「ラルゴ・ネロ・カグチラーガ・ヴァルスター!」

爆発に備えてその場にしゃがみ込む蓑口。そしてブルードラゴンに程近い柳とクォーダは、敵からの攻撃ではなく味方の攻撃魔法に巻き込まれぬよう、三度同じ防御の構えを取った。

 魔道会議の会場である黒の城では超がつくほどに巨大な火球が打ち放たれた。人のひとりやふたり、下手したらドラゴンだって丸呑みしてしまう大きなものだった。対して今回は、ダンジョンという空間に合わせたのだろうか。威力の方が心配になってしまう小振りな火の玉。ラビが1ターンを費やして放った渾身の一発は、握り拳より一回り大きい程度のものだった。おいおい・・・随分と小せぇが手ぇ抜いたりしてねぇだろうな、

なんてことを言いたげな渋い顔で火の玉を見送るクォーダ。爆風に備えた構えが自然と、無意識のうちに緩まり、どこか気の抜けた状態で戦況を見守る。けれども柳と蓑口は違う。2人共知っていた。だから柳は防御の姿勢を崩さないし、蓑口もできる限り距離を取っていた。打った張本人ですら、様子を窺いながら1歩ずつゆっくりと後退り。魔法の威力に疑いなし。

 拳大の火の玉がブルードラゴンの胸部に触れ、そのまま体内に吸い込まれた。音も衝撃もなく、すんなりと。今の所、ブルードラゴンに変わった様子はない。

「おいおい、ラビよ―」

そう言って振り返るクォーダ。

 手を抜いたとも、魔法発動を失敗したとも思っていない。ラビの法力の高さは俺達3人が一番よく知っている。対象がドラゴンだろうが巨人だろうが、直属部隊だろうが魔王だろうが、効かないなんてことは考えられない。極端に魔法耐久力の高い敵であれば、柳か蓑口が先に助言しているはずだ。手を打っているはずだ。でもよ~・・・・・・そんなクォーダの心情だった。

 「クォーダ!来ますよっ。」

柳の警告と同時に、ブルードラゴン体内の火の玉が暴れ出した。

 異常発生。胸部の鱗が、気が付いたら紫色に変色していた。火の玉の埋まっている箇所を中心に逆襲の狼煙が掲げられた。ギャオーンと雄叫びが上がる。紫があっと言う間に広がり、胸部及び腹部が染め上がった。そして唐突の大爆発。内部爆発。これではブルードラゴンと手一溜まりもない。文字通り一撃必殺。竜の腕が、尾が、翼が鱗が四方八方に飛び散った。壁に床に天井に。警告を無視して油断していたクォーダも吹き飛んでいった。

 ブルードラゴン撃破。


 ブルードラゴンとの戦いの後、しばらくはラビの呼吸が整わなかった。屈指の破壊力を誇る魔法には違いないが、然るべき術者への負担も計り知れない。尤も、息が乱れる理由はもうひとつあるのだが。

「少しは落ち着いた?ラビ。」

蓑口が様子を窺う。

「ふぅ・・・ふぅ・・・大丈夫、もう落ち着いた。進むぞ、そこに階段があるんだろう・・・ふふ・・・くっくっクック・・・」

一言二言喋ると酸素が足りなくなるようで、まだまだ辛そうではある。

「もう少し休んでからにしましょう。急ぐことはありません。この階層ではもう敵も出てこないはずですし、それにひとり、あそこに埋まっていますから―あっはっハっハっハ・・・・・・・・・」

そう言って柳が指さす方向にはクォーダがいた。真っ逆様に地面に突き刺さっている。見えるのは2本の脚のみ。油断して構えを解いた結果がこの様である。自業自得。

「クックっク・・・あっはっはっはっハハハ・・・・・・バカだな~、クォーダの奴。頭から突っ込んでいるじゃないか~!」

ラビの笑いが止まらなかった。

 もぞもぞと脚を動かしバタつかせ、膝を曲げて、フンッ!クォーダが復活、のっしのっしと3人に合流した。砂だらけ、泥だらけではあるが、ケガは無さそうだ。

「やるじゃねぇか、ラビ。これならどんな奴が出てきても一撃だな。内部破壊されて生きている奴はいねぇわな。」

そう言いながらポンポン叩く。クォーダとしては軽くラビの頭を愛でているつもりなのだろうが、ラビ本人はと言うと

「やめろ・・・縮む・・・ただでさえ小さいんだからな。・・・それと残念ながらこの魔法は純粋な氷属性のモンスターにしか使えない。要するに、ほとんどの敵には使えないんだよ。」

「そりゃそうだろう。体の内側から爆発させるなんて、あんなのはほとんど反則だぞ。俺の出番が減っちまう。とりあえずはゆっくり休むんだな。ひ弱なお子ちゃまは大人しくしてりゃいい。」

「わかった。そうする・・・」

今回は素直なラビである。

 武器の扱い以外はぶきっちょなクォーダ。彼の言動に関する不器用さはこの頃になると、付き合いの長い柳はもちろんのこと、蓑口とラビにも微笑ましく映っていた。

 クォーダの狙い通り。わざと。クォーダの実力と体重をもってすればよほど気を抜いたとしても爆風で真っ逆様に突き刺さることなどない。そもそも物理的に高度ゼロで人間が地面に突き刺さる訳がない。魔法で治癒することはできないが、少しでも心が休まれば。クォーダなりの魔法だった。        

                        【ちょっと昔話を④ 終】

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