ちょっと昔話を③

 戦いとしては非常に分かり易い。距離を詰めれば柳とクォーダの勝ち。寄せつけなければ蓑口、ラビ組の勝利が濃厚である。近接攻撃vs遠距離砲。間合いが勝負を分ける。

 「クォーダは向かって右側の、小柄な女性をお願いします。くれぐれも魔法攻撃に注意して下さいね。油断できない相手です。」

「おうよっ。柳も流れ弾には気を付けるこったな。不意打ちは効くだろうからな。」

「そうですね。お互い、流れ弾は自己責任ということで。」

どこか楽しげに会話する柳とクォーダ。まるで仲の良い幼い兄弟か親友だ。そして眼前のイベントが待ち遠しくて仕方ない。この2人とは対照的に、蓑口とラビに笑顔は見られない。

「やれやれ・・・本当に勝手な人達なんだから。」

「いいさ。一発でお終いだ。蓑口、巻き添え食わないようにな。」

「ラビ、殺し屋ダメよ。モンスターじゃないんだら。」

「さぁな。勝手に戦いを始めたあいつらが悪い。それに、この程度でくたばるようなら、それまでということだ。」


 あっという間の展開だった。ラビから放たれた巨大な火球。ラビの何倍、何十倍の大きさ。いとも簡単に、ためらうことなく柳とクォーダを飲み込んでしまった。2人の姿が炎の中に消える。

「大丈夫かの~。駄目かもしれんの~・・・・・・ふぁっ、ふぉっ、ふぇっ・・・」

本気で心配しているかどうかは定かでないが、小田爺も興味深そうに戦況を眺めていた。

 やがて広大な敷地の一箇所に放たれた大きな火の球は徐々に形を崩し、巨大な焚火(たきび)の様相を呈した。外から内側の様子は伺えない。抗う暇もなく火球に飲み込まれ、爆炎に炙られているであろう柳とクォーダ。十秒程メラメラと焼かれ続けた頃、動きが見られた。炎の中の一点が輝き出した。

 

 焚火の中。

「いや-、参りましたね。思った以上に凄い火球が飛んでくるものだから、ビックリしてしまいました。素晴らしい!」

感心しながら己と仲間を守る柳。火の中の光源はこの男の様だ。

「そういう割にはあっさりとガードしているじゃねぇか。物足りねぇんじゃねぇのか?」

柳が壁となり、その背後にクォーダがいる。2人は無事どころか、ダメージも全く見受けられない。

「守りに専念すればこれ位は・・・まぁ、なんとか。油断はできませんし、そこまで余裕はありませんけどね。クォーダ、攻撃に移れそうですか?」

「問題ない。お前が仲間に誘いたいという根拠は分かった。確かに悪くない。あのおチビちゃんを生け捕りにすればいいんだな。」

周囲を業火に囲まれた状態での会話とは思えない落ち着きを見せる2人。

「あはははは・・・言い方がちょっと問題ありですが、お願いします。」

そんな一連の会話を終えて、炎の中から、柳の背後からクォーダが姿を消した。

 大魔法を唱えたラビの背後で待機する蓑口は、しっかりとクォーダの動きを追っていた。追跡することができていた。

「大した魔法攻撃だが、近付いちまえば勝負ありだな。観念しな。」

いつの間にか間合いを詰めたクォーダが斧を振り被った。狙われているラビは微動だにせず。

「それはどうかしら、力持ちの戦士さん。」

お次は私の番と言わんばかりに蓑口がひょいと杖を操った。軽く片目も瞑ったろうか。冷静にクォーダの攻撃に対処していた。

「ぬぅあに(何)-!!?」

ズド-ン!斧が物凄い勢いで地面に突き刺さった、握りを離さないクォーダを引き連れて。

「うふふ・・・ちょっと重かったかしら。手を離せばいいのに、馬鹿ね。」

そっと呟いた蓑口が続けて魔法を唱える。

「頑丈そうだし―大丈夫よね。」

 火球の次は大きな大きな氷の塊だった。賢者である蓑口は回復魔法や味方を補助する魔法を得意とするのだが、攻撃魔法だってお手の物。隙やチャンスを逃すようなことはしない。本来は氷柱(つらら)の様に先を尖らせて相手に致命傷を与えるのだが、今回は蓑口の温情が施されて単なる氷塊で許されるようだ。

「そじゃぁね、戦士さん。」

蓑口が笑みを携えて別れの挨拶を口にした途端、氷の塊が粉々に砕け散った。アイス屋で使われている小さな掌サイズの氷が砕けたのではない。ラビの火球に匹敵する大きさの氷が一瞬でアイス屋のサイズ程に砕かれ崩され刻まれたのだ。何分割、何太刀見舞ったのだろうか、柳は。蓑口にもラビにも悟られぬ内に間合いを詰め、気付かれぬ内に氷塊を毀してクォーダを助けたはずだった。

 「嘘・・・いつの間に・・・・・・」

蓑口とラビが宙を見上げる。氷が蓑口、ラビ、そしてクォーダに降り注いだ、美しく可憐に。柳はと言えば既に蓑口の背後を取っていて、この時点で勝負は決していたのだが。

 「バッキャロ-!!柳っ、余計なことするんじゃねぇ!この程度の重力魔法、屁でも無ぇんだ!」

雄叫びながら片手で軽々と斧を持ち上げるクォーダ。さらにブンブン振り回す。

「信じられない。なんて馬鹿力なのかしら。」

呆れ返ることしかできない蓑口。彼女の中でも勝負は決していた。どう転んでも勝つことは難しい。そうだな、小田のお爺さんの言う通り戦場に戻る頃合いなのかもしれない。

「しかもあのタイミングでお前が出てきたら、俺がやられる寸前に助けられたみたいに見えちまうだろうがっ。カッコ悪いじゃねぇか!」

クォーダの身勝手な理由で叱られる可哀相な勇者。

 一方でラビは諦めていなかった。呪文を唱えながら走ってその場を離れていった。


 黙ってちょんとクォーダの斧に触れる柳。斧に課された負荷がすっと消失した。

「フンッ。礼は言わねぇからな。」

「はいはい。そんなことより、第2ラウンドといきましょう。」

そう言って、ラビへと視線を移す柳。大きな法力がラビに集積されていく。ラビの周囲には薄紅色のオーラだろうか…いずれ特大の一撃が来ることは火を見るより明らかだった。

 「あまり遊んでいる暇はなさそうですね。クォーダ、俺が隙を作りますので、小柄な女性の方をお願いできますか。ただし、くれぐれも手荒な真似をしないように。」

そう注意すると、柳も魔法を唱えた。

「雷とまではいきませんが、痺れさせるくらいの電気なら俺も作れるんですよ。」

剣を持っていない左手から魔法を放つ。本人が自覚している通り雷属性の魔法ではあるが、雷というよりも電気に近い。天空より神の稲妻が、なんて法術であれば堂々と雷属性と胸を張れるのだろうが、柳の魔法は静電気の様なもの。ごく小さな雷光が数発、ラビに襲い掛かった。この魔法に攻撃判定はなし。当たるとちょっとの間体が痺れる程度。その時既に、柳の隣にクォーダの姿はなかった。柳、そしてその正面に蓑口が立っている。


 「蓑口さん、お願いです。」

放った魔法の行き先を見送ることなく、柳が蓑口を説得にかかった。

「どうか我々に協力して頂けませんか。法術士だけのパーティーではどうしても限界がくるのは蓑口さんもご承知の通りです。同様に我々近接だけでも遅かれ早かれ壁にぶつかることが目に見えています。お2人の安全は我々が命をかけてお守りします。あのクォーダという男も口は悪いですが、信頼できる仲間です。ずっとチームを組んできた私が保証します。」

「いいわ、一緒に行きましょう。いずれどこかのパーティーに吸収されるという話はラビともしていたから―」

「ありがとうございます。それでは宜しくお願いします。」

そう言って差し出された手に手を重ねる蓑口。

「私達も一応は異名があって、『マジックソルト』なんて呼ばれているんですが、クレイジーソルトと一緒になったら何と呼ばれるんでしょうね。」

「どうでしょうか。地獄の料理人とでも呼ばれますかね。」

 柳と蓑口の契約が成立した頃、クォーダはどこに隠し持っていたのか、太いロープでラビをぐるぐる巻きにしていた。

「わ-!!離せ-!!コノヤロ-!痴漢!変態!コラ-!」

騒ぎ、罵り、喚くラビを、泥棒が大袋を担ぐように肩に引っ掛けて運ぶクォーダ。さほど重さは感じていないはずだが、耳元で遠慮なく叫ぶラビの怒声に顔を歪めながら歩いてきた。

「もう、クォーダ。乱暴は駄目だと・・・」

「いや、だってよ~・・・斧でぶっ叩く訳にはいかねぇし、ちんたらしていたら火の玉が飛んでくるだろうしよ~、結構難しいぞ。このおチビ、そこら辺のモンスターなんかよりよっぽど厄介だ。」

そう言ってラビを下ろす。クォーダなりに気を遣ったのかは定かでないが、一応はクォーダ流の誉め言葉だったのだが―

「わ-!離せ-!燃やしてやる-!○%$÷#□4%△&"|=?!・・・」

蓑口も慰めて協力してくれているが、訊く耳を持たないラビ。特大の一発を唱えられても困ってしまうのでロープを解けない。そこで柳が説得を試みた。

 子供に離し掛けるみたいに腰を曲げてラビと目線を合わせる。

「柳と申します。ラビさん、お話を訊いて頂けませんか。お願いします。」

「い、や、だ-!ロ、-、プ、を、ほ、ど、け-!!」

大声を出しすぎてラビの声が枯れてきた。

「分かりました。ロープを解きますから、ひとつだけ約束して下さい。」

対して落ち着いた口調の柳に、クォーダが離し掛けた。

「おい、柳。いいのか?」

 簡単にラビの要求を呑むという柳に確認を入れるクォーダを、片手を軽く上げて制止する柳を、困らせるラビを腕組みして見守る蓑口。お手並み拝見といった感じか。今も昔も4人の関係性は変わらないな。

 「それではロープを外しますが、ひとつだけお願いを訊いて下さいね。実はこれ、ラビさんのお願いでもあるのですが―」

半ベソをかいたような表情で地面を睨むラビ。柳の言う約束とかお願いという単語に対しては何の反応も示さないが、静かにはなってくれた。柳がロープを解きながら続ける。

「ラビ、お願いというのはですね―」

皆が訊き耳を立てる

「ラビの好きなものをあそこにいるお爺さんから聞きました。突然ですがラビ、お菓子屋さんになりませんか?」

「えっ!?」

はらりとロープが解けた。

「チョコレート、ゼリー、プリンとか・・・あとはどんなお菓子がありますかね。」

ラビの瞳がキラキラ輝きだした。柳の問いに素直に答える。

「あと、クッキーとかクレープとかアイスとかもあるぞ。」

「いいですね。お菓子作りは楽しいですよね~。私からのお願いはですね、ラビ。お菓子屋さんになりませんか?」

「な、なれるのか?お菓子屋さんに。」

「今は悪い奴が邪魔していまして・・・そいつを倒せば―」

「よしっ、いいぞ。悪者を倒してお菓子屋さんになってやる!」

柳の狙い通りに話が進んだ。

 お菓子屋さんになる為には悪い奴をやっつけなくてはならないということで、ラビを引き抜くことに成功した。こうして、後に伝説人と呼ばれるパーティーが結成された。色々と準備もあるだろうということで出発は翌日に。元々の女性陣、男性陣に一旦別れた。

 

 「で、何なんだ、お菓子屋って?」

アラタヤードの宿屋にて。

「小田爺に訊いたら、ラビはお菓子屋さんになるのが夢なんだそうです。ですから少々心は痛みましたが、利用させてもらうことにしました。」

ケロッと答え、コーヒーをすする柳を前に大きく息を吐き、髪のない頭をペチンと叩き、煙草を取り出したクォーダ。火を点けて問う。

「あのラビとかいうガキは何者だ?それなりの戦力になるというのは分かったが、どうやってあれだけの法力を手に入れたんだ。努力か?才能か?禁忌か?それとも何か特別な道具でも手に入れたのか?」

「元魔王です。」

クォーダが顔を真っ赤にしてむせ返ったのは言うまでもない。                                                   

                   【ちょっと昔話を③ 終】

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