ちょっと昔話を①

【ちょっと昔話を①】

 魔王城の玉座で魔王を追い詰めると魔王は逃走し、勇者一行も魔王を追い駆けラストダンジョンへ飛ぶことになる。ラストダンジョンは地下1階から始まり、地下100階にいる魔王と再戦、討伐を目指す。

 魔王城に辿り着く勇者一行は少なくない。しかしラストダンジョン地下100階となれば話は別。これまで一体何組のパーティーが大魔王の顔を拝むことができたのだろうか。割合でいえば1パーセント以下。直近、地下100階まで到達した勇者一行。伝説人と称される、一風変わったパーティーは敗北を知らずして解散したと言われている。


 「うぉい!柳!さっさと行こうぜ。ちんたらしてたら地下100階なんて着きゃしねぇぞっ。」

鋭気に満ちて、先頭に立ってパーティーを引っ張るのが狂戦士のクォーダだ。体が大きく、筋骨隆々。どこからどう見ても力で押すパワーファイターだ。以前の彼のジョブは聖戦士だったが、たっての希望で狂戦士へ転職した、というのもクォーダにとっては遠い過去となってしまった。

「クォーダ、ちょっと待ってて。あっ、待ちなさいってば!もう・・・そんなに慌てることないでしょう。」

そう言ってクォーダを追い駆ける女性の職業は大賢者。蓑口と呼ばれるこの女性の唱える魔法は攻めて良い、回復に良し、補助に良し。いかなる状況にも対応可能。ざっと魔導士3人分の適応能力だ。

 「ひとりで行かせちゃえよ、蓑口。ど~せ雑魚ばっかだから。強い奴はもっと地下に降りなきゃ出て来ないんだろう。しばらくは退屈しそうだな。」

こちらの言葉付きの乱暴な女性はラビ。小柄で幼子の様な外見であるが、尋常でない法力を有する大魔導士。攻撃魔法に特化した職業だ。このパーティーにおいてラビは近接の攻撃力、守備力共に低く、近距離戦闘では戦力外と通告されても反論できない。実は同じ魔導士系でも蓑口は近距離の攻撃、防御にも優れている。杖以外にも剣を装備できたりしてしまう。ラビよりも多様な局面に対応できるのだ。けれども、である。一度ラビに魔法を唱えさせれば彼女の右に出る者はいない。柳は愚か、蓑口でさえも。その破壊力を初めて目の当たりにしたクォーダは、鬼か悪魔か、そうでなけりゃ神の千慮の一失だ、と吐き捨てたとか。

「分かりました、クォーダ。さっさと地下100階でも200階でも。あまりに手応えがないと俺もちょっとイライラしてしまうので。少しくらいは楽しませてもらわないと。」

この男が勇者で、名は柳。その強さと功績によって、後世まで語り継がれてもおかしくない勇者である。

「へぇ~。柳もイラっとすることがあるんだな。いつニコニコ、ヘラヘラしているから感情のネジがどっか外れているんじゃないかと心配してたんだぜ。」

「それはご心配をおかけして申し訳ありません。ラビはお腹が空くとすぐに機嫌が悪くなるので分かり易いですよ~。あ、バナナ食べます?」

「燃やすぞ、このヤロ-・・・」

絡んで返り討ちに遭うというのがお決まりのパターンとなっているのだが、ラビも柳もちょっとお気に入りだったりする。

「さぁ、出発しましょう。先は長いですよ。」


 ラストダンジョンはこれまでの塔や洞窟とは様相が異なる。地下100階という、超弩級の規模ということも当てはまるが、それ以上に、計画的な探索が難しいということが理由として挙げられる。どういうことか。

 身の危険を感じれば、魔法や道具を使っていつでも入り口まで帰ってくることができる。道具の所持数という制約があるので、わざわざ道具を使ってというパーティーは少ないかもしれないが、マジックポイントが払底した状況であればアイテムに頼るしか術はない。どちらにしてもラストダンジョンの入り口まで戻ってくると、パーティーのステータスはラストダンジョン到達時の数値まで戻されてしまう。

 また、ダンジョンの形状も毎回変化する。だからダンジョンの構造を記憶してとか記録して、という正攻法が通用しない。ただし現れるモンスターは階層毎にある程度は決まっているので、攻略法はこの辺りにあるとされている。また、ダンジョン内で発見した道具を持って地上に戻れば、そのアイテムを持って再び挑戦できる。武器でも防具でも。宝箱の有無、その中身もその都度、挑む度に変化するので、運に頼る部分は大きいのだが。

 御一行のスタートは順調というか、さすがの一言。伝説人の異名は伊達ではない。余裕からもたらされる不満の解消が課題という、何とも贅沢な滑り出しとなった。

「おいおい・・・こんな程度じゃ魔王城の方がましなくらいじゃねぇか。もっとビシッとした奴はいねぇのか、シャキッとした奴はっ。」

誰へともなく不満を吐き出すクォーダ。

「まだ地下5階ですからね~。ちょっと気が早いんじゃないですか。それよりクォーダ、しっかりと宝箱を探して下さいよ。道具はもちろん、武器や防具が入っていることもありますからね。」

柳が発し、蓑口も続く。

「そうよ、もうお店はないんだからね。必要なものは全てダンジョン内で賄(まかな)うのよ。」

「分-かってるよ、っるっせ-なぁ・・・」

 殊にラビとクォーダは認めないだろうが、この4人、仲は好さそうだ。憎まれ口は叩くものの、会話がしっかりと成立する。互いを認めているから、本気で悪く言うことがない。信じているから、従うべき所は迷うことなく身を任せる。そして、身を賭して仲間を守る。

 「なぁ~柳・・・戦闘中、私はまだ何もしちゃいけないのか?いい加減暇だぞっ、退屈だっ、眠たくなるっ。」

「もう少し我慢して下さい、ラビ。マジックポイントはできる限り温存しておきたいのです。ラビの法力はとっても貴重なんですよ。」

「いつまで温存するんだ?」

「そ~ですね~・・・・・・」

勇者様、形無しである。このパーティー、どうやら勇者の立ち位置は最下層のようだ。

「戦闘がクォーダと私で間に合っている内は―」

「え---!!ずっと間に合っちゃうじゃないか-!」

「いやいや、そんなことないですよ。もう少し地下に降りたら助けてもらいますから。」

「本当か?」

「はい、その時は宜しくお願いします。」

「あと何階地下に潜ったら私の出番だ?」

「え~・・・っと。そう・・ですね~・・・・・・」

勇者、弱ぇ~な~。


 地下20階。ラビの節約は継続中。ラビは不満爆発寸前かもしれないが、続けることができていた。実際強いのだ。柳もクォーダも。ラビだって攻撃以外の魔法も少しは使える。直接攻撃をすれば僅かながらダメージを与えることはできる。でも唱えさせない。攻撃させない。戦闘中は身を守らせるだけ。その指示に背かないラビというのがこのパーティーの関係性である。蓑口もアイテムを使ってヒットポイントの回復に努める。味方全員のヒットポイントを中程度回復できる『賢者の石』。しかも何度使っても壊れない。無くならない。マジックポイントを使うことなく態勢を整えることができる貴重なアイテムだ。この作戦が実行可能な理由それは、柳とクォーダが強いのだ。これでもかという程に。剣を操る柳。斧や棍棒の類に特殊武器を振り回すクォーダ。ここまでは2人で十分。

 「ま-、広いからな。それなりにアイテムは落ちてやがるな。」

クォーダが満足気に宝箱を開ける。珍しく言われたことを守っているかと思いきや、中身が武器でないと判明するとそのまま立ち去ってしまうので、その場合は結局、中身の回収を他の3人が行うことになる。

「そうですね、助かりますね。特に武器や防具が強力な物に恵まれると、ダンジョンの難易度が随分と下がってくれるのですが―」

「駄物しか出てこなけりゃ魔法で入口に戻りゃいいんだろう。そうすりゃ、宝箱の中身もリセットされる。」

「そうですね・・・焦らずのんびりいきま―おや、またいらっしゃいましたか。」

「今度は楽しめるといいがな。」

 『ダークサーベルタイガー』2体。『地獄の門番』1体。さすがはラストダンジョン地下20階。魔王城のモンスターと比較しても数段上のレベルだ。

「おお!初めての奴だな。蓑口っ。」

クォーダが嬉しそうに、背後の賢者に声を掛けた。

「はいはい。ちょっと待ってて。」

そう言って『モンスター図鑑』を取り出した蓑口が、程無くして分析結果を両者に伝えた、簡単に。

「虎はスピードタイプで、鬼はパワータイプ。ヒットポイントは520と810。スピードは柳が上、パワーはクォーダが上。以上。」

「了解しました。」

「ま~た雑魚かよ。」

この戦闘も2人で切り抜けるようだ。

 最初に行動するのは柳。攻撃手段は剣、の二刀流、プラス魔法。柳の特徴は武道家にも劣らないスピード。行動順への影響だけではなく、なんと通常時3回攻撃なのだから驚いてしまう。強い訳だ。今だって初弾『レインブレイカー』、第二撃『三代弥生(やよい)』。第三撃、同じく三代弥生。洋刀に日本刀。この一連三太刀の攻撃でダークサーベルタイガーを一体倒した。いとも簡単に、あっさりと、何の苦労もなく。慣れない者、実力の至らない者からすると、柳が何をしたのかも見えないスピード。目で追うことすら許さない。

 続いて動いたのはダークサーベルタイガー。鋭い牙でクォーダに攻撃して確実にダメージを与えたが、同時にクォーダも斧を振り下ろした。カウンター攻撃なんて華麗な高等技術ではない。肉を切らせて骨を断とうとしているだけ。しかも多少なりともダメージを負ったクォーダがニヤリと笑うのだから、敵さんも嫌になってしまうだろうて。もう一匹のトラもクォーダを攻撃し、クォーダも全く同様に迎え撃った。

 ここで蓑口、ラビと行動順が回ってきたが、2人共防御の姿勢をとって行動を終えた。

 クォーダよりも先に行動順が回ってきた地獄の門番。攻撃のターゲットは柳だ。大きくて太い、はっきり言って不格好な棍棒が勇者を捉えた。クォーダと比較してずっと軽量かつ軽装備の柳は数メートルすっ飛んだが、着地は決めた。仲間と本人の表情から、さほどのダメージは追っていないようだ。そしてターンの締め括りはクォーダ。のっしのっしと歩いて近付き、『魔人の斧』を振り下ろして地獄の門番を一刀両断にしてしまった。 

 次ターン。最初の行動者である柳がダークサーベルタイガーを倒して戦闘が終了した。

「やっぱり歯ごたえなしだったな。」

「まだまだ先は長いですから、楽しみは後に取っておくということで。」

戦況を見てもクォーダと柳の会話から察してもまだまだ余裕をもって戦に興じているようだ。

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