最後のムラ③
違和感はずっと持っていた。いつからと問われれば、ラビが『道具屋うどんこ』に来てからずっとだ。そりゃ、誰だってそうだろう。ラビが一体何者なのか、謎は深まるばかりだった。そして決定的だったのは、ラビがローグライク・ミーティングに参加したことがあるということ。ラビはお姉ちゃんと一緒に参加したと言っていた。お姉ちゃんとは蓑口さんのこと。無論2人とも道具屋ではない。どういうことか。その答えが聞けたのは道具屋会議の2次選考の場だった。え~っと・・・ローグライク・ミーティングの代表者に小田というジジイ(通称小田爺(おだじい))がいて、そいつから擦った揉んだの挙句、色々と情報を仕入れることができた。ふぅ~・・・思い出すだけで溜息が出てしまう。変な爺さんなんだ、本当に。何が変って、とりあえずは笑い方。
「道具屋会議に道具屋以外の人間が参加できるかとな?ふぉっ、ふぁっ、ふぇっ・・・それは無理じゃよ。同伴で城の手前までは来られても、城の中に入ることはできまいて。あのロボット共は見た目の100倍強いからの~。」
この小田爺、御年80歳。この爺さんがまた曲者というか、素直じゃないというか。凄いとか偉いとか、そういう類のことは聞けなかったが、特別扱いを受けている人物であることは間違いない。道具屋会議と魔道会議の両方に参加を許された数少ない人物なのだ。そうは言っても、俺の印象は意地悪な変人。この時だって俺の求めている答えはとっくに知っていたのに、ずっと演じてやがった。白を切っていやがった。へんてこな笑い方で胸元まで伸びたご立派な髭をもふもうといじくるばかり。俺がもしかしたらと気付いたから話が進んだものの、下手すりゃずっと知らん振りだ。年齢が年齢だけに本気なのかぼけてんのかも分からないから質が悪い。
「道具屋会議以外にはどんな会議があるのですか?」
「ふぉっ?」
「例えば魔法使いの集まる会議があったり、定期的に勇者が顔を合わせたりしていませんかね?」
まるで容疑者を追い詰める名探偵のように、神経質な程に真面目な顔を作って質問してみた。これっぽっちの笑顔の隙もない程に。
「如月君、ラビっこと一緒にお店をやっとるそうじゃの。」
「はい。」
「ふむ・・・これも運命(さだめ)かの~。主が選んだのかラビっこが選んだのか。いずれにしても面白いもんじゃの・・・ふぉっ、ふぁっ、ふぇっ・・・あるぞい。道具屋会議以外にも、魔道会議というのが。」
「会議の内容は?」
「な~に、特別なことはしとらんよ。有能な魔法使いが集まり、新たな魔法を作る。やっとることはこの会議と変わらんぞな。」
あっけらかんと喋りやがる。
「へぇ・・・そんな会議があったんですね。」
わざとらしく嫌みったらしく言ってやった。
「おや、言っとらんかったか。これは失敬、失敬。まぁ、やることは一緒じゃよ。一緒なんじゃが、やはり魔法の研究、実験の方が派手ではあるの。」
通りでラビが参加したがる訳だ。
「ラビ、訊かせて下さい。もう1度、魔王の前に立つ勇気はありますか?戦う必要はありません。倒すことが目的ではありませんので。魔王と対峙する気力は残っていますか。」
「舐めるなよ、如月。法力さえ戻れば、いつ何時でも魔王の前に立ってやる。3年前だって負けたつもりはない。すんでの所で魔王を殺し損ねた。次こそは仕留めてみせる。今の解放時間の制約が数時間か・・・その制約が無くなればいつでもラストダンジョンに戻ってやる。」
「もうひとつ。封印を解いた今の状態であれば、かつて習得した法術は全て使えますか?」
「全ての法術を試したことはない。ないが、使えなくなっていた法術は今の所ない。」
「なるほど―」
ここまではすこぶる順調だ。問題は次。
「ラビ、少し訊き辛いというか・・・お願いになってしまうのですが―」
何だという感じでラビがこちらを睨むので、反射的に視線を外してしまった。
「魔王に協力することはできますか?」
尋ねた瞬間、店内に風が生じた。げんいんはわかっている。ラビのピンと立てた人差し指には小さな火の玉が乗っていて、
「如月・・・私が魔王の為に戦うと思うか。質問はよくよく考えてからの方が身の為だぞ。何も知らないとは言わせない。お前を燃やすことなど容易(たやす)いのだから。」
そりゃそうだ。だが辟易(たじ)ろいでいる暇はない。
「続けます。テレポートには2種類ありますね。物や場所を対象とするか、人を対象とするか。」
ふと、火の玉が消えた。
「まさかお前、魔道会議にも参加したのか?いや、できるはずがない。あのジジイが絶対に許すはずが―」
「参加していません。でも小田爺には会っています。」
「な、なんだと―」
「続けます。テレポートについて。例えば蓑口さんや運び屋のテレポートは場所を対象としての瞬間移動。こちらが一般的なんだそうですね。そしてラビ…あなたは希少な、人を目的地としたテレポートが可能だそうですね。今でもできますか?」
「・・・・・・」
「1」を描いていた右手は崩され、ラビは腕と脚を組んでそっぽを向いてしまった。優位に立つことができた代わりに、ラビとの距離が遠のいてしまった。
「お願いです、ラビ。とても大切なことなんです。答えて頂けませんか。」
やはり間が空く。
「質問を変えます。」
「・・・」
反応なし。
「自分達が全く身動きできなくなる代わりに、敵のどんな攻撃も受け付けない魔法が使えますね。その効果は3ターン継続で宜しいですか?」
「・・・・・・」
だめか。一言も喋ってくれなくなってしまった。目も合わせてくれない。気持ちは理解しているつもりだ。ラビに向かって、魔王に協力しろと言ったらそれは、ラビの心の傷跡を土足で蹂躙しているようなもの。でも、ギリギリまで黙っていることはラビを裏切ることになってしまうと考えた。政樹と会う直前までラビを利用して、会った途端に手の平返して。ラビと蓑口さんと運び屋と俺は、政樹を天秤にかけているのか。
マジックポーションを使ってしまおうか。まだ40分以上の時間が残されているが、何か申し訳ない。恐らくは、俺の想定通りだと思う、確認しようとしていたことは。会議で小田爺が口を滑らせた。ラビの魔法は法力が高すぎて味方にまで被害が及ぶことも。その魔法攻撃は敵だけではなく、味方までも緊張の渦に巻き込む。偉大で、景仰され、貴ばれる大魔導士。
「おい・・・」
もう諦めてマジックポーションに手を伸ばそうと思っていたら、ラビの声が訊けた。ただまぁ、人への呼び掛けに『おい』は好くないけどな。
「はい。」
「お前と一緒に仕事をしている方のラビはどんな奴だ?のろまでうるさくて邪魔ばかりしてくるか?」
数秒、意図が分からなかった。珍妙な方角から質問が飛んできた。一体、何が知りたいのやら。そして、質問に対する回答を導き出す為に記憶を呼び起こす。
「えっと・・・そう、ですね・・・うるさいのは当たっていると思いますよ。今日も一日中歌っていましたし。それと、仕事を覚えるまで人より時間がかかってしまうのも事実です。」
「だろうな。」
「けれどもそれは昔の話です(うるさいのは除く)。今となってはいいネタ、愉快な思い出ですよ。」
答えながらちょっと回想。薬草と毒消し草を間違えたり、個数が合っていなかったり…計算は今でも苦手だな。そろばん使えないし―思わずニヤついてしまった。
「ラビはお客様を心から大切に思って働くことができます。」
精神的にリラックスできてきたのか、俺の口が滑らかになった。
「それは当たり前のことではないのか?」
「確かにそうですね。道具屋で働く限りお客さんを第一に、というのは至極当然ことです。でも、とても難しいことでもあります。例えば―やっぱり色々なお客さんがいます、この世界。時には血だらけの汗だらけ。異臭を放つ御一行も。激闘直後なのかもしれませんが、身体を洗って出直して下さい。それからでも売り切れやしませんよと思ってしまうこともあります。プロですから表情には絶対出しませんが、態度には微妙に出ているでしょう。けれどもラビは違います。常に一緒にいる俺が保証できます。全ての客に対して、完璧に平等なんです。もちろん最高の接客レベルでね。」
「・・・ほう。・・・・・・福引きもやっているのか?」
「ええ、やっていますよ。ここでもラビは100パーセント客の味方なんです。はっきり言って福引きの98パーセントはハズレです。仕方ないのです、こちらも商売。ボランティアではないのでね。でもラビは本気で全ての客に当たるよう願っています。外れると本気で謝り、次は当たるよう全身全霊祈るのです。」
「ほう・・・いや、悪くはないが・・・・・・如月よ。さすがにそれは小娘の演技ではないか。お前が肩入れしている部分があるのではないか。」
「それがですね~・・・」
何故か体が自然と動いた。ラビの方に身を乗り出し、ラビの顔の前でピッと人差し指を立てた。
「絶対に本気です。こう言っては何ですが、演技ができる程ラビは器用じゃありませんよ。」
「フッフッフ・・・まぁ、そうだな。演技派ではないか。・・・ん、分かったわかった、そう唸るな。」
まただ。どうも会話のテンポがしっくりこない。ずれるというか、ラビの話し方が奇妙なくらいに慎重な気がした。何かを探りながら喋っているのだろうか。考え込む必要のないと思われる局面で黙ったり、目を閉じたり、不気味に鼻で笑ったり。生返事ということではないのだが、俺との会話に集中していないというか、心此処に在らずといった風だった。
決定的だ。突然ラビが声を上げて笑い出した。俺の話は確かにちょっと恥ずかしかったかな。熱血漢の様な情熱で身内を絶賛していたから、その点は笑われても致し方ない。そう考えると顔が熱くなってくる。
「ま、いいだろう。協力してやる。手短にお前の計画を話せ。その場で判断ができれば修正してやるし、細かい手直しは封じられている間に考えておいてやる。」
「え~と・・・その・・・・・・どういう風の吹き回しで?」
急展開にラビの心境を問わずにはいられなかった。
「ん?小ラビがうるさいんだよ。いつもお前が相手にしている方のラビな。普段は私もあいつも、表に出ない側は何も喋らない。邪魔をしない。別に取り決めた訳ではないがいつの間にやら、暗黙の了解って奴だ。」
「はぁ・・・」
「ただ、今日に関しては・・・・・・うるさくて敵わん。何なら通訳してやろうか。え~、何なに―如月さんをいじめたら許さないです。ちゃんと如月さんの言うことを聞くです。仲良くしないといけないです、だそうだ。」
似せたのだろうな。喋り方だけではなく声色も意識したせいで、同一人物なのだから当たり前っちゃ当たり前なのだが、そっくりだった。
「小ラビが騒がしくてたまったもんじゃないが、お前が信頼されていることはよく分かった。如月 淳、お前の陰謀に乗っかってやるよ。それと…なんだお前、トマトが食えんのか。情けない…」
「ぐっ、それは関係ないし、あまり思い出したくない。」
ラビの馬鹿正直な告白に助けられたおかげで、ラビの協力を得られることに繋がったのだが、ラビの奴め、余計なことまで話しているな。
「とにかくだ、時間がない。大まかにお前の話を聞かせろ。」
首にマジックポーションを掛ける。相当に体力が削られるのだろう。運び屋に手を引かれて帰って行ったのだが、半分落ちていた。首がこっくりこっくりと。
ラビからも助言があって、中でもテレポートに関しては非常に助かった。ラビの人物をターゲットとしたテレポートについてだが、さすがに魔王や敵モンスターを対象として瞬間移動することはできないとのこと。けれども、冒険者が魔王の所に到着したら、その勇者を狙って魔法を唱えれば良かろう。そんな話をしてくれた。
「でも、どのパーティーが魔王の所まで辿り着くかは分かりませんよ。一応、俺の方でステータスを調べることはできますけれど、アラタヤードに通いた時点では大体似たり寄ったりですよ。」
有望そうな勇者に目を付けてチャンスを待つのかと思っていたが、違ったようだ。
「運び屋に言って『魔光草』を持って来させろ。」
「マコウソウ・・・ですか。」
メモを取りながらラビに尋ねる。
「ああ・・・魔界の光る草と書く。魔力に反応して光る魔界の草なんだが、こいつを利用する。魔光草は二輪一組の花。その片方をお前が保管しておき、もう片方を勇者に持たせておく。花は付近の魔力に応じて白、青、黄、緑、そして橙、赤と色を変える。赤、それはすなわち魔王と考えて間違いない。お前は預かった花がオレンジになったら出発の準備を始める。赤になったら私を起こせ。魔王の所へ連れて行ってやる。」
政樹との再会はずっと先になりそうだが、これは致し方ない。それよりも、もっと具体的な問題があるぞ、ラビ。
「その為には、魔光草を冒険者にずっと持っていてもらわないといけないんですよね。店で頼んではみますが、捨てずに持っていてくれますかね、魔光草。」
「ああ、その点は考えてある。道具は使えばなくなる。武器や防具は遅かれ早かれより強いモノ、使い勝手の良いモノが選ばれる。ましてやラストダンジョンでは、それが生き残るための肝となるから、不要な装備品はすぐさま捨てられる。冒険者が重宝してずっと持っている道具。お前、ついているな。面白い道具を作ったものだ。アイテム所持上限の増える道具『牢乎な袋』。明日、大至急で100発注しろ。その際、魔光草の片割れを粉末にして刷り込ませればいい。発注票に書いて、ついでに柳にも言っておけば大丈夫だろう。奴も初めてではない。昔、似たようなことをやっているからな、すぐに理解するだろう。」
その後、俺が計画を話し、ラビが助言や質問によって詳細を詰めたりして、あっという間に17時5分前となってしまった。
「ありがとうございました。とても参考になりました。さっき音がしていたので、運び屋も来ているでしょう。」
「そう言って俺は立ち上がった。」
「魔光草が赤になったらまた呼べ。そうそう、それまではお前なりに道具を具現化してみたらいい。特記欄に特発コード224-010と記入すれば小田のジジイに届く。オーダープレートのような感覚で使えば良かろう。ふふ・・・今回はお前の賭けに乗ってやるよ。小ラビもそれで満足だそうだ。」
そういうと、ラビは目を閉じて姿勢を正した。
「ありがとう、ラビ。では、封印石を掛けますね。」
「ああ。」
どうしたことか最後、ちょっとしんみりした感じになった。長い休みを挟む前の別れの挨拶の様に。
【最後のムラ ③ 終】
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