最後のムラ②

 「オリハルコンは東の洞窟、奥深くにあるそうです。まずはそこを探索しつつレベルを上げるのが宜しいかと思います。周辺の敵と余裕を持って渡り合えるようになったら北の山奥に見える魔王の城に挑んでみるとよいでしょう。」

最後の村では俺もイベントに取り込まれてしまった。

「―はい。東の洞窟でオリハルコンを撮ってきて頂ければ2カゴに『オリハルコンの剣』をご用意致します。ただし別途35,000ルナが必要となります。ちなみに攻撃力は155、特殊効果として歩く度にヒットポイントが1回復、戦闘中は毎ターン30ずつの回復となります。冒険も終盤を迎えると敵から手に入るルナも高額となるようで、35,000ルナを渋る冒険者はいなかった。それともオリハルコンの剣が魅力的なのか。はたまた、他にルナの使い道がないのだろうか。」


 魔王城から最寄りの村。そう聞かされた時はさすがに打(ぶ)っ魂(たま)消(げ)たが、俺達の生活に支障を来すことはなかった。モンスターの急襲なんてことはないし、ラビも一緒。泊まる宿はオリベイラで運び屋もそのまま。相も変わらずの道具屋生活。魔王城を目の前にしてこう言うのも不謹慎な話だが、快適な暮らしだった。唯一の大問題は客が来ないこと。こっちに来て3日になるが、客はゼロだ。ここに来るまでにそれなりのの貯蓄ができていたので、加えて酒場もない。宿も格安という出費の抑えられる環境も手伝って、このまま客が全く来なくても半年はもつ。そんなこんなで昨日まで、ラビと一緒に掃除と在庫整理で時間を潰してきたが、もうできることはない。無事ということはこの世界の成り立ち上ありえない事ではあるが、冒険者一行の到着が遅れているのだろうか。おかしなトラブルが起きていなければいいが。と、いうことで、ラビにある物をお願いした。

「如月さ~ん、おはようございますです~。トランプ持ってきたです~!」

ということだ。

 幾度しつこく問うたってラビが首を横に振らないから、これで20の大台突破だ。『ババ抜き』を2人でやっても面白くない。ようやくお嬢が気付いてくれた。

「ラビ、1回休憩しよう。もう何十回やってんだ、俺達?」

「はいです、ラビもちょっと疲れたです。・・・如月さん、あれですね、ババ抜きって2人でやってもあんまりおもしろくないです。」

「どんな風にあんまり面白くない?」

「最後以外は、やること一緒で、やることないです。」

「うむ、ようやく気付いたか。」

「はいですっ。ラビ、分かっちゃったです!」

胸を張って自慢することではないが、ご褒美をあげてしまおうかな。

「そうしたら、お姉ちゃんと運び屋も入れて4人でやるか?」

「うゎーーー!!本当ですかーーー!!!」

素直に喜んでくれるというのは有難いのだが、声が爆発しちゃっておりまして。俺の心臓が止まりかけたことは覚えておくんだぞ。ま、こんな性悪店長の心臓なんか今の内に止めてしまった方が良いのかもしれない。ラビ、ごめんな。俺はお前を利用する。

「本当、本当。でもな、ラビ。蓑口さんも運び屋さんも忙しいから、買っても負けても1回勝負。約束できるな。」

「はいです。約束できるです。」


 運び屋も蓑口さんも二つ返事でオーケーしてくれた。場所は万屋うどんこ。ババ抜き一発勝負、間もなく開始である。客の来ないことをいいことにラビはちょっとした飾りつけまで完成させていた。折り紙を細めに切って、輪っかにしたものを繋げて。それを店内の色々な所に引っ掛けていた。むか~し、俺の誕生日会で政樹が作ってくれた記憶がある。発狂しそうな程に苦しかった。

 「ババ抜きなんて久し振り。なんか緊張しちゃうな。あら、可愛い飾り付け。ラビちゃんかな。」

「たまには悪くないですね~。」

蓑口さんも運び屋も思ったよりノリノリというか、楽しむ準備ができている。ラビに関しては言うまでもなし。ワクワクしすぎて頭のネジが1本飛んでしまっている。こんな状態の子供ほど扱い易い物はない。思った通りにコントロールできる。

「台所に行って、4人分の麦茶を・・・そうだ、ラビ。ひとりで麦茶を入れてくれるか?」

こんな感じで誘惑したら、瞳輝かせて台所へ駆けて行ったよ。

 政樹の母ちゃんが言っていた。絶対に勝たなくちゃいけない勝負で如何様(いかさま)ができるのならば、露見(ばれ)ない方法を一心不乱に考えなさい、探しなさい。やるかやらないかで悩むならばそれは、勝たなくてもいい勝負。俺は手を打った。ラビが席を外している内に始めなくてはならない。

 「蓑口さん、柳さん。ひとつ賭けをしませんか?俺が勝ったらひとつお願いを聞いて下さい。」

意識して声は小さく、低く。

「如月さん?どうされたんですか。」

「へぇ~、おもしろそうですね。構いませんよ、ただし―」

声色を変えた威嚇は運び屋の方が上だった。覚えておこう、笑顔プラスで効果3割増しだ。

「如月さんが負けたらどうしましょうか。」

「そうですね・・・」

答弁は準備してある。

「俺が負けたら、おふたりの封印も解きましょうか、ご希望とあらば。」

「俺は例の会議でそれまで知らなかった世界の話を聞かされた。全てを悟った等と吐かすつもりはない。けれども・・・海底に地上世界の様な世界が広がっていて、今なお活動しているとしたら黙って見過ごすことはできないだろう。」

「何をお考えで、如月さん。」

運び屋、怒ってるかな~。

「俺が勝ったら、1時間ラビの封印を解きます。」


 全てのカードを把握する必要はない。トランプの裏面に小さな点を打つ。左上にひとつ、これはジョーカー。ん?左上に打ったって、逆さに持ったら右下に移動してしまうって。そんなことは分かっている。続けるぞ。次は俺のラッキーナンバーである13、すなわちキングの裏面中央にひとつ。4種類も打ってはいけない、1枚で十分。もうひとつは8にしようかな。こちらも1枚、中央にひとつ。準備はここまで。あとは俺の運次第。その幸運を持ってくる為に、何度も繰り返しカードに触れた。目的は、点の位置を可能な限り素早く感知できるようになること。このトランプカードに慣れるということだな。戦況のイメージとしてはジョーカーの位置、ジョーカーの持ち主を常に把握しておくことが基本となる。精神的にも自分がゲームを支配していると思い込むことができるはずだ。この思い込めるかどうかはとても重要で、ポジティブな思い込みが冷静な判断を下す上での助けとなることも多い。そして自分の手元に8と13を残せれば理想的だ。点を打っていない8と13を。勝負所、2択や3択の場面でペアを揃えることができるのだ。


 おや?パッと運び屋の声の調子が明るくなった。

「いいでしょう。如月さん、その条件、飲みましょう。まさかこんなに早く・・・ねぇ。いつまでも隠し通せるとは思っていませんでした。同時にいつかはお話ししなくてはと思っていましたので、手間が省けるかもしれません。」

ここでラビが慣れない手付きで麦茶を持ってきた。カタカタ、コトコト・・・3人の意識は一瞬でラビに持っていからた。危なっかしい。零すのは許容範囲だが、落とすのは勘弁してくれぇ。

 30秒後、どうにか無事にラビは机に到着した。麦茶の入ったコップを乗せた盆がラビによって届けられた。

「皆さん麦茶をどうぞですっ。」

と同時に俺達3人は大きく安堵の息を吐きだした。各人、腰に手を当てたり、膝に手をついたり、天井を見上げたり。その様子を見てラビが不思議そうに部屋の中をみまわしていた。

「ありがとうラビ。もしラビが1位になったらお菓子の詰め合わせをプレゼントだ。」

「わぁ!ラビがんばるですっ。」

「でも誰が勝っても1回勝負だからな。」

 「はいです!」

舞台は整った。一発勝負だ。

 ババ抜き開始。まずはカードを切る。別に急いで切ることはしないし、かと言ってわざわざ怪しまれる遅さでカードを扱うこともしない。落ち着け、冷静になれ。まずは種蒔き。スピードを落とすのはここ、カードを配る時だ。1枚1枚丁寧に、受け手の正面に、散らからないように静かに置いている。そんな風に映ってくれていれば好都合だ。標的は黒点を打った3枚のカード。8、キング、そしてジョーカー。大丈夫、練習では10回やれば7、8回は成功するまで体に染み込ませたのだ。できるはずだ。祈るように眼球をフル稼働させながら慎重にカードを配布した。

 自分の手元に8かキング、もしくは両方のペアが出来上がっても敢えて捨てずにキープしておく、という作戦も考えた。序盤は静かに淡々とゲームをすすめれば良いというのが俺の頭の中のシミュレーションだった。このイカサマは終盤でこそ活きる。勝負所、2択、3択の場面でこのイカサマを活用できるような状況下となれば、一抜けの可能性が大幅にアップする。さて、カードを配り終えた。俺の手元には仕込んだキングが1枚。悪くないスタートとなった。

 並びは俺から時計回りに蓑口さん、運び屋、ラビ。俺の左手側に蓑口さん、正面に運び屋、右隣がラビ。俺は蓑口さんのカードを引き、ラビが俺のカードを引く。8、キング、ジョーカー、3枚のイカサマカードの行方は掴むことができた。イカサマの8は運び屋に渡り、ペアとして捨てられることもなく彼の手元に収まっている。そしてジョーカーはと言うと、ラビの所に渡って行った。ジョーカーが回ってくるとしても時間がかかる。一方で俺のイカサマキングについてはどうにかしてラビに引かせないでゲームを進めていくのだ。まずまずの初期状態でゲームスタートとなった。手持ちの枚数は皆仲良く5、6枚といった所かな。極端に多い者、少ない者はいない。上面ではほぼほぼイーブンの始まりである。

 俺の無神経な発言のせいで真っ暗なババ抜きが展開されるだろうと不安だったが、ラビのおかげで明るく、楽しく、健全なババ抜きができそうだ。

 「エッヘッヘー。ど、れ、に、し、よ、う、か、な~です。」

俺のカードを引く度に歌ってくれるものだから、場が和んで仕方ない。俺だけではなく、蓑口さんも運び屋も自然と口元が緩む。のんびりと時間が進むから麦茶を飲む余裕もできる。ホッと一息つくことができる。家族の様だ。同僚ではなく、仲間ではなく、家族。その家族を今俺は、欺こうとしている。迷いなく、計画的に、二の足を踏むことなく。

 「いくらでもゆっくり選んで構わないけれど、ババを引いても恨みっこなしだからな。」

「あれぇ、如月さん、ババを持っているですか~?」

「さぁ、どうでしょう?」

「ええ~・・・ッヘッヘッヘです~。」

イカサマに対する罪悪感か、家族を騙していることに対する罪悪感か、ラビへの罪悪感か。どうかこの罪悪感に免じて1位を取らせてくれ・・・もう自分の思考回路が混乱して道理も辻褄も押し潰してしまった。ラビとの会話だって上の空。ラビには申し訳ないがラビに手持ちのイカサマキングを引かせないことしか俺の頭にはなかった。

 ゲームは中盤へ。勝負の鍵となるイカサマキングを小手先の足掻きでラビに引かせぬまま、順調にカードを消化していく。イカサマの8はペアとなって捨てられ、ジョーカーは運び屋から蓑口さんの手に渡った。そう、俺がジョーカーを引く可能性が出て来た。自分の意志で管理できる可能性ではあるが。申し訳ないことに、蓑口さんの手札からババが移動することはない。ここまでは計画通り事が運んでいた。ここまでは。

 俺の掌の上でゲームは進んでいたはずだった。運も俺に味方し、一言でいえば順風満帆。疑っていなかった。原因はイカサマのシミュレーションばかりに気を取られていたことで、ゲームそのものへの関心が乏しかったこと、というのはあまりに手厳しい。突然だった。

 その時の状況としては、ラビの手札だけが6枚だか7枚。俺、蓑口さん、運び屋は3、4枚。ラビだけがひとり遅れていた。

「う~んと、え~と・・・ど、れ、に―」

迷った時も迷っていない時も歌を歌いながら、時間をかけて引くカードを選ぶラビ。決心がつくと、というか歌が終わった時に手の止まっていたカードを勢い良く引く。すると、

「あー!あったです~。」

どうやらペアを作ることができたようだ。それでもラビが後れを取っていることに変わりはない。蓑口さんや運び屋のカードが減ったら焦ってしまう所だが、ラビのワンペアは聞き流すことができた。ラビがパサッと2のペアを捨てた。さらに。そう、さらになのだ。スタート時以外、ババ抜きでさらにはあり得ないのだ。

「あれ~、こっちにも同じ数字があったです~。」

今度は6のペアが捨てられた。ラビが一気に追いついた。横一線という奴だ。

 俺の麦茶が一番最初に無くなった。ずっと歌っていたラビよりも先だ。

 追い上げ及ばず、最終的にラビは4位だった。俺は、どうにか狙い通り1位を取ることができた。最後はラビと蓑口さんとでカードを引き合い、決着がついた。ラビは、「あ~ん、ラビの負けです~」と嘆いていたが、構ってやるだけの心の余裕がなかった。俺が為すべきことは切り出すこと。俺の頼みをひとつ聞いてもらうことを冗談として受け取られぬよう。では―と一言。言えなければ何も始まらない。イカサマの仕掛けも賭けをしませんかという切り出しも、運良く勝ち取った1位も意味が無くなってしまう。

「じゃあラビ、麦茶を片付けてもらおうかな。」

「わかったです。またババ抜き、できますか?」

「おう、また近い内にやろう。」

ラビに席を外してもらった。

「では・・・本日。ラビの封印を解きます。時間は今日の16時から17時。16時45分には再び封印して17時にはラビを上がらせますので柳さん、お迎えを17時頃にお願いできますか。」

「了解しました。16時45分から17時の間にお伺いします。」

「宜しくお願いします。」

 

 一勝負終えた後は、普段通りの営業に切り替わった。何もなかったように、万事屋としての時間が過ぎていった。ビリっけつだったことは別に気にしないようだ。皆でババ抜きができたことが嬉しかったのだろう。

「ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、な~。」

仕事しながらずっと歌っていた。

 あと5分で16時。ラビの封印を解くと宣言した時刻だ。ラビの勤務終了の時刻でもあるが、今日はお迎えが16時45分まではやってこない。ぼちぼち始めるか。

 ババ抜きが終わってラビが麦茶を運んでいる時に、運び屋が全くもって当たり前の質問をしてきた。浮かび上がって然るべき疑問。

黙ってラビの封印を解くこともできたと思いますが、どうしてわざわざ宣言したのですか?」

「さぁ、どうしてだろう。自分でもよく分かりませんね。」

止めて欲しかったなんて思いはない。もしもそうだとしたら、イカサマなんかしない。下手したらトップを逃していたとしても封印を解いていたかもしれない。何が何でもラビに聞かなくてはならないことがあるから。じゃぁ、わざわざどうして、となる訳だが。蓑口さんと運び屋に知っておいて欲しかったのかもしれない、俺が過去を知ったということを。

 「ラビ、お疲れ~。運び屋の奴がまだ来ていないから、中の椅子に座って待っていてくれ。」

「あれれ~。柳さん遅刻ですか。珍しいです~。」

「そのうち来るだろう。」

そう言って店頭にいたラビを店の奥へと移動させた。そしてラビと入れ替わりで俺は店先へ移動し、看板を『CLOSED』にひっくり返した。本日は閉店、と。久しぶりに看板をじっくりと見た。俺の自作の看板だ。古ぼけてきたかな。アラタヤードに来てからは客も少ないし、ラビと一緒に作り直すか。のこぎりは危なくて触らせられないが、やすり掛けで怪我はしないだろう。それとOPENとCLOSEDの文字も塗り絵みたいにしてやろうか。色はラビに任せて―やめた。とんでもない色遣いになりそうだ。七色にされても困ってしまう。黒だけにしよう。

 僅かな間、思い出に浸り未来を描き、店の中へ戻った。黙って、意識して足音を消してラビに近付き、お行儀良く座って待つラビの首からマジックポーションを外した。

 机を挟んでラビのやや斜向かいに俺も座った。外した用済みの封印石を左ポケットに突っ込み、右手でポケットの上から新しいマジックポーションの存在を確認した。さて、始めようか。

 「如月とか言ったな―何の用だ。柳達は一緒ではないのか。」

声も見た目も変わらないのにどうしてこうも威圧感が出てくるのだろう。一瞬で胸がキュッと締め付けられて、緊張して汗ばむのが自覚できる。あれだ、きっと、喋り方と声の出し方が違うのだ。喋り方が汚いというのに加えて、声の出し方に気配りが感じられない。発声が乱暴で雑で投げ槍だから愛嬌がないんじゃないかな。あと、無感情で話すしボディランゲージも皆無。強弱がなく、一本調子で抑揚なし。だから怖いんだよ。

「とりあえず、俺の話を聞いて下さい。とても大切で、ラビ・・・貴方にしか相談できないことなんです。」

効力を失ったマジックポーションは今、俺の左ポケットに入っている。そして俺の左手がそこに捻じ込まれている。石を握ったまま抜くことができずにいた。お守りにすがるように、そうすることで心の安寧を手に入れていた。

 「お前独りか?蓑口でも呼んで来た方がいいんじゃないのか。オリベイラはすぐ近くなんだろう。」

「蓑口さんを?何故ですか?」

「私がお前を殺すかもしれない。店を燃やすかもしれない。ここから逃走するかもしれない。」

もう、いきなり怖いことを言うもんな。緊張が一層高まってしまった。

「俺の話を聞いた後はどうぞ、煮るなり焼くなり好きにして下さい。」

「フッ・・・お前を殺した所で私には1ルナの得にもならん。さっさと要件を話せ。くれぐれもつまらん話はするなよ。」

 静まり返った店内に、面白みを一切合切削り取られた会話が流れる。分かっていたことではあるが、どうしてすぐに主導権が移っちゃうかな~。話せとは言ってくれたが本当に聞いてくれるのだろうか。作戦は練ってきた。勝機はあると思っていたのだが、急激に自信が無くなってきた。

 前回はマジックポーションが切り札だった。伝説人とまで称される一行にとってもマジックポイントを回復させる道具は超がつくほどに貴重品なのだ。もしくは戦闘中、魔法に頼る割合がかなり高いパーティーなのかもしれないが。どちらにしろ前回は、俺が場を仕切ることができた。けれども今回、こちらに明確な切り札はない。が、有効と思われる武器は持っている。初っ端にコイツを使ってラビの出方を窺う。うまくいけば現状打破に繋がるとは思うのだけれども。武器を使い、そして道具屋らしく道具を活用していく。

 「ラビ、ラストダンジョンへ戻りませんか。」

早速アイテムその1を発動。『エポックストーン』。この道具は敵の血圧や脈拍、体温の変化や発汗状態から、次のターンの攻撃が直接攻撃か間接攻撃か、もしくは道具の使用や逃走などのそれ以外かを、確率8割で予測できる道具である。別に攻撃される心配をしているわけではない。知りたいのはラビの感情の変化。思った通り、否、思った以上の反応をエポックストーンが示した。自分が嫌になる。自己嫌悪という奴か。悪ラビの急所はラストダンジョン―

「おい如月。貴様どこまで知ったのだ?」

「全部、と考えて戴いて構いませんよ。」

「お前・・・少し痩せただろう。」

意外だった。いつも一緒にいるラビも気づいていないことを指摘されるとは思わなかった。いつも一緒だから気付かないものなのかもしれないが。その通りだった。俺の目的達成の為に道具を考えたりイカサマを考えたりで精神的にちょっと参った所があって、どうも食欲がなかった。

「俺の目的の為に、協力して下さい。」

「いいだろう、訊いてやる。話してみな。」

「まずはあなたの記憶を完全に復活させます。記憶と法力を取り戻すということですね。」

「できるのか?」

「調べはついています。その為に必要な道具も既に申請を通しています。ラビも何度か参加しているはずですよね、ローグライク・ミーティング。もちろん、魔導士会議の方でですが。」

「どうやら本気みたいだな。」

「はい。機会を見つけてお話ししますが、どうしても助けたい友人がいるのです。その為に、力を貸して下さい。」

 アイテムその2は使用済み。『モンスター図鑑』。これを持っていると出会った奴のステータスを調べられるという便利な道具。原則、レベルを見れば強い、弱いが判明すると考えていたのだが、そういうわけでもなかった。モンスターによって、レベル30でもさほど強くない敵もいれば、レベル5でも超絶な力を持つ奴もいる。だからしっかりとステータスの中身、数字を確認することが大切なのである。具体例を見てみようか。魔王直属部隊の『ダークプリースト』。こいつのレベルは5だった。だがしかし、である。ヒットポイント33,333。魔法攻撃力が333。比較対象がいないのでうまく伝わらないが、その名、役職に恥じぬ、目を疑いたくなる程に高いステータスを誇っている。

 ヒットポイント527。マジックポイント730。魔法攻撃力393。これがラビのステータスの一部である。ヒットポイントとかマジックポイントは勇者側と魔王側で仕様が異なるのだが、着目すべきはラビの魔法攻撃力。他を圧倒する力。自分に全く関連のないものであれば恨みに結びつくことはないからはっきり言うが、羨ましい。魔王直属のモンスターを凌ぐって、どういうことだ。伝説人と呼ばれるまでの強さを手に入れると、こうなるのだろうか。

 ちなみに、もともとはラビの能力を調べるためにモンスター図鑑を手に入れた訳ではない。数多(あまた)の試練を乗り越えて最後の村であるアラタヤードにたどり着いた勇者一行の能力はいか程か知りたかったからだ。とあるパーティーの魔導士系のステータスはこうだ。マジックポイント204、魔法攻撃力は150、ヒットポイントは300くらいだったか。他のパーティーの奴等も大体似たり寄ったり。要はラビが化け物だということだ。何故、クゴートの村であれ程までに絶望していたのか訊いてみたいくらいだ。魔王直属の部隊とも十分渡り合えるステータスだと思うのだが。

 あの時と比べて随分と逞(たくま)しくなったじゃないか。そう感じてもらえていたら嬉しい。自分でも湧いてくるとは思っていなかった感情だ。ただ誤解しないで欲しいのは、頼られたいとか、立派になったという風に思われたいんじゃない。平等な立場というか、同じ土俵に上がりたかった。

 政樹が大魔王であることを知ってから、やっぱり苦しかった。記憶が飛ぶまで酒を飲んだり、気持ち悪くなるまで食事をやめなかったり、煙草を間隔開けずに何本も吸ったり。湯船に潜って喉が枯れるまで大声を出したり、枕を殴り続けたり、鉛筆を折ったり、発注票を破いたり。そしてある時から俺は勇者一行に尊敬の念を抱くようになる。もしも俺が魔法を使えたら大なり小なり物に当たっていただろう。もしかしたら動物、そして人に。その行動は魔王軍と何ら違いはない。俺の壊せる物が鉛筆とか紙切れで良かった。                                                

                        【 最後のムラ② 終 】

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