最後のムラ①

 「如月さ~ん、おやつタイムです~。準備できたです~。」

ラビの呼びかけに俺はビクッと体を震わせた。本日も恐怖の時間が始まってしまう。恐ろしいおやつタイムの幕開けだ。

 先週、ひょんなことからお互いの好き嫌いについて話していたのだが、そこで俺のトマト嫌いが発覚してしまった。昔からダメなのだ。あの食感と、甘いのか酸っぱいのか分からない中途半端な味がどうにも苦手で、一口食べただけで気分が悪くなってしまう。それを知った時のニタ~というラビの、悪魔を彷彿とさせる子供の無邪気な笑顔は今でもはっきりと覚えている。その瞬間を切り取っておきたかったな。そしてこれが、ラビがうちの店に来て初めて主導権を握った瞬間だ。

「そうなんですか~、如月さんはトマトが嫌いですか~。おいしいのに・・・分かったですっ!」

ラビが勢いよく自分の胸を叩いた。嫌な予感しかしなかった。

「ラビにお任せですっ。ラビ、トマトを使ってお菓子を作るです。」

「・・・・・・ええー!!」

「心配ご無用です。ラビ、こう見えてもデパートリーはいっぱいあるです。」

レパートリーだろう、と突っ込む気力すら残っていなかった。


 「本日のメニューは―」

今週、恒例となっている献立の発表だ。ちなみに初日はラビお得意のチョコレート。昨日の2日目はクッキー。

「仕事した後にお菓子作りなんて大変じゃないか。無理したら体に悪いぞ。家に帰ったらしっかり休まないと」なんて灰(ほんの)り妨害を試みたのだが、効果は全く現れなかった。トマトチョコレートにトマトクッキー。それとなく佳良な響きに聞こえるかもしれないが、パクッと口にした瞬間、未知の衝撃が味覚を襲撃した。特にチョコレートは、ラビを前にして不味いなんて絶対に言えないので、まぁまぁの表情を作るのにも一苦労した。トマト嫌いというのが根本にあるので、ラビから感想を問われても逃げることはできたのだが。一方のラビはというと、目の前で美味しそうにおやつタイムを満喫していた。この辺は子供というか、俺の方に気を回す様子はない。何よりも優先すべきは自分のおやつなのだ。

 「トマトゼリーです~!」

ゼリーか~。どうかな~、悪い気はしないんだけど・・・チョコ、クッキー以上にトマトが前面に出てくる気がすんだよな~。見た目は、何分の1かにカットされたトマトがしっかりと透明なエリーの中に収納されている。これはこの3日間で最大の窮地だ。

 カップに小分けされたトマトゼリーをラビが机に並べる。ラビ、お菓子作りや贔屓目なしに上手だよな。言うだけあって、デパートリー(ちょっと意地悪だよな)は豊富だし、美味しいもの。見た目だって、しっかりと冷やされた今日のゼリーはキラキラと輝いていた。小さなスプーンも添えられ、おやつタイムの始まりである。

「どうぞ召し上がれです~。」

「じゃあ、いただきます。」

顔の前でしっかりじっくりギュッと手を合わせて覚悟を決める。まずはトマトを避けてゼリーの部分だけスプーンで切り取り、口に運んだ。噛む、舌を動かす、息を吸う。

「あれ・・・うまい。」

これはお世辞でも気遣いでもなく本心だった。驚きと共に口を出た感想。

「本当ですか?如月さんトマト、食べられるようになったですか?」

本丸に手を出していないのでラビの質問にはまだ答えられないが、嘘ではなくおいしかった。昨日までのチョコやクッキーと違って、

菓子に使った際のトマトの味に無理がないのだ。ラビの味付けにしては珍しく、甘さ控え目というのも高評価だ。

 いよいよ2口目。ゼリーに包まれたトマトを半分にカットし、取り出した。そのままの流れでえいっと口に運んだ。

「・・・・・・どうですか?」

ラビも興味ありと見た。自分の手を休めてこちらを伺っている。

「・・・うん、うん。大丈夫だ。食べられる、美味しいぞこのトマトゼリー!」

「本当ですか?やったですー!如月さん、トマトに大勝利です~!」

無論トマト嫌いを克服したなんて都合の良い展開はない。けれどもこのゼリーはおべんちゃらではなく上々だと思う。飲食店で出てきても恥ずかしくない出来なのではないか。ということでお礼も兼ねて、しっかり感想を述べねばなるまいて。

「ラビ、このトマトゼリーは美味しいよ。甘さ控え目なのがいいな。甘さ加減はやっぱりこのくらいが丁度いいよ。一昨日のチョコレートなんて甘すぎて、何を食べているのか分からなかったもの。」

やられっ放しは性格上我慢できないんだ。ちょっと意地悪を言ってやった。さぁて、どうくるかな、ラビさん。泣いちゃうかもしれないな。

「う~~~・・・いいです。もう手加減なしです。明日は冷凍トマトを持ってくるです。1個食べ終わるまでおやつタイム終わらないです。絶対席を立ってはダメですーっ。」

「だ~っと、ちょっとタンマ。うそ、ウソ、嘘。ごめんゴメン、許してくれラビ様。冷凍トマトは勘弁してくれ。しかも1個丸ごとは、俺死んじゃうよ~。」

「えっへっへ~。どうしようかな~です。」

こんな冗談を交わしながらの日々が過ぎていく。


 さて。ここは『アラタヤード』。魔王の城から最寄りの村。魔王の城を攻略する上での拠点となる。この村で準備を整え、最終目的地へ向かう。レベルが足りなければやはりこの村を軸に経験値を貯める。そして言わずもがな、万屋うどんこの取扱い商品も最高品質のモノばかりだ。

 まずは道具で、品揃えは4アイテム。『最高級薬草』300ルナ、『帰還の羽』30ルナ、そして『福引き券』が100ルナ。うむ、福引券は少々値上げした。景品は『薬草』90パーセント、『マジックポーション』が8パーセントで、目玉は2パーセントの『オリハルコン』だ。ちょっとだけオリハルコンについて説明すると、コイツはそのままでは役に立たない。オリハルコンを運良く引き当てたら道具屋に、つまりうちの店に預けることで『オリハルコンの剣』を購入することができる。そう、手に入るのではなく買って頂きます、35,000ルナで。う~ん、ぼったくりのような気もするが、オリハルコンの剣にそれだけの価値があるということだろうか。それとアイテムの所持数が増える『牢乎(ろうこ)の袋』、5,000ルナ。やや特殊な道具だが、冒険者の必須アイテムと言えるだろう。

 アラタヤードでは防具の取り扱いはなし。その代わりと言ってはなんだが、武器は凄いぞ。各職業の最高クラスが揃っている。いくぞ。『魔人の斧』25,000ルナ、『真竜の爪』20,000ルナ、『大魔道の杖』22,000ルナとなっている。こいつらには優れた攻撃力だけでなく、各々に特殊効果まで付与されている。こういうのがあるとセールストークがやり易いんだよな。魔人の斧は10パーセントの確率で敵をターン行動不能にできる。真竜の爪は素早さが5パーセント上昇。大魔道の杖は魔法効果を15パーセントアップさせる。最強武器のオンパレードである。加えてオリハルコンの剣。ボス戦だけではなく途中の雑魚モンスター相手にも、これらの装備なくして勝つことは厳しいそうだ。一戦ごとに大ダメージを受け、戦闘は長期戦。とてもじゃないが大魔王の元まで辿り着けないとのこと。勇者一行達の冒険も最終局面だ。                                              

                      【 最後のムラ① 終 】




 

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