道具屋会議②

 本日、『万屋うどんこ』店休日。お供するです~と言うラビには遠慮してもらい、単独で参加することにした。ラビに店を任せることもちらっと考えたが、五千ルナの報酬の時とは異なり、終わりの時間が見えないということもあり、閉めることにした。蓑口さんに聞いた所、「長くなると思っておいた方が良いですよ。下手したら1日じゃ終わらないかも・・・」なんて末恐ろしい答えが返ってきた。お尻の時間は決めておいて欲しいよな。

 送迎はもちろん運び屋だ。

「それでは会議が終わった頃合でお迎えに上がりますので。それでは~。」

バビューン!!

会議の終了時間は未定なのだよ、運び屋。ここがどこかは不明だが、目の前にでっかいお城がそびえ立っている。でかいというか高い。細長い。立派な古城がローグライク・ミーティング開催場所の模様。周囲にもちらほら人がいて、城へ向かって歩いていく。道具屋をやっていると服装というか、装備品でジョブを推測する癖が付いてしまうのだが、冒険者の類は見当たらなかった。皆、俺寄りの服装。その名の通り、各地の道具屋が集合するのかな。であれば、同職の者同士、情報交換でもできれば儲けものだ。ラビへの土産話も欲しいよな。

 「こんにちは。ローグライク・ミーティングの招待状を頂いた者ですが、会場はこちらで宜しいでしょうか。」

「遠方よりようこそおいで下さいました。どうぞ中へ。着席してお待ち下さい。」

門番と呼べば良いのだろうか。場内へ通された俺は長い廊下を歩き続け、突き当りの大部屋に到着した。別に急いだ訳ではないが、必要以上にのんびりしたつもりもない。4、5分かかったろうか。部屋に着くまで運び屋に付き添って欲しかったというのが本音。場内到着前にはゼロでなかった期待感や、ラビのようなドキドキですというポジティブな心境は完全に消失してしまった。今あるのは恐怖と緊張、そして帰宅願望。1度振り返った時の、あの入口までの距離は、あの遠さは駄目だ。絶望しかもたらさない。それが狙いだとしたら見事と言う他ないが、来た道を戻る意思が削がれる。さらには門番を始め、廊下の両隅に等間隔で立つ奴全員が白フードを目深に被っていたから、そう、招待状を渡しに来た人物と同じ格好だったから、もう、怯(ひる)み気圧(けお)され怖気(おぞけ)だった。

 薄明かりの灯る長い廊下。真紅の絨毯(じゅうたん)が敷かれ、壁には誰だか分からん肖像画が一定間隔で飾られている。このお屋敷のお偉いさんというか、歴代の城主なのだろうか。だとしたら現在何代目だ。この城は築何百年だ。それと、隅の奴等は言葉を発するでも会釈するでもない。ただひたすらに直立不動。行儀の良さも過剰となればこうも気味悪いのだ。

 さて、突き当りが会場の大部屋だったのだが、その前にもやはり白フード。扉は閉ざされていて、そいつが黙って開ける。どうぞともお入り下さいとも、頭を下げるでもない。声を発するまで待機してやろうかとも考えたが今日の所は勘弁してやった。

 広い・・・向かいの壁まで歩いて1分以上かかるんじゃないかしら。大は小を兼ねるというが、不便で仕方ないだろう。掃除が大変だ。時間と労力がかかりすぎる。そう思ったのも束の間、これだけ大勢の召使が居れば屁でもないか。

部屋の中央にあるのは円卓という物か。バカがつくほどの大きな円形の机と、24もの椅子が置かれていた。既に着席している先客も数名いたのだが、その服装が一般的なものであったのは救いだった。これで一緒に座るやつまで白フードだったらノイローゼになってしまう。とは言え、気持ちを落ち着ける為にも、他の人物同様、独りぽつんと間を空けて腰掛けた。それにしても・・・実用性に乏しい使い勝手の悪い机だ。真向かいでは大声を出さないと話もできない。会議用の机としては全く向いていないと思うのだが、誰も何とも言わないのだろうか。

 数十分後、全ての席は埋まらなかった。出席者は全部で19名。到着が早かった俺は着席して以降やることもなく手持ち無沙汰で、ボールペンをクルクル回すか人数をチェックするくらいしかできることがなかった。俺と同じ普段着の人間が増えていくと同時に、白フードの奴らも徐々に会場内へ入室してきた。飽きもせず壁際に立って俺達を逃がさぬようにかは知らんが、沈黙を貫いていた。


 「お待たせ致しました。時間となりましたので、ローグライク・ミーティングを開始致します。」

何はともあれ始まるかという安堵が半分、どこから声がしているのか不明という恐怖が半分。目立たぬように一通りギョロギョロと見回した所、部屋の中にいる人間は誰ひとり口を開いていなかった。大方、別室から会議室の様子を伺っているのだろうが、パッと見スピーカやカメラは見当たらない。気色悪い。もう帰りたいと切望しているのは俺だけではないはずだ。ラビを置いてきて正解だ。この会場の雰囲気は幼子を泣かせるには十分の圧力を伴っている。って言うか、俺が泣きそうだ。

 「今日は初参加の方がメインとなっておりますので、まずは本会議の目的と規矩準縄(きくじゅんじょう)を説明致します。」

聞き慣れない単語ができてきたが、ルールという解釈で問題ないだろう。メモを取る準備をして、どこからともなく聞こえる声に耳を傾けた。こりゃ、字が安定しないな。

 俺の悪い癖なのだが、調子のバロメータが文字に出る。特に精神的な戸惑い、緊張、気だるさ等が自分の中を占める割合が高いと、己の字体が変わってきてしまうのだ。普段の俺の字とは異なる、誰か別の人間が書いたのではないかという文字がペンから繰り出されてしまう。そしてその字を俺は嫌う。何だこの字は、汚いないな。若干イラっとする。余計に文字が変形する、という悪循環だ。俺はメモを取ったりノートをつけたり、帳簿をつけたりする作業は苦にならない。ペンで紙に文字を書いている限り心が落ち着くのだ。眠くもならないし集中力も途切れない。けれどももしかしたら今日はそうはいかないかもしれない、という思いが『字が安定しないな』には込められていた。

 「はじめに本会議の目的ですが、至極簡単、強い武器、堅い防具、便利な道具を作ることです。作ると申しましても必要なのは鉄やオリハルコンではありません。より根源的なもの、皆様のアイデアです。さて、魔王討伐の域に到達した勇者の多くは最終試練、ラストダンジョンへ挑むこととなります。特にラストダンジョンの敵の強さと、冒険の長さはこの世界の比ではありません。生きていれば何度でも挑むことができますが、死亡すればそれまで。また1からのやり直し。そうならない為の少しでもラストダンジョンでの生存確率を上げる為に、皆さんのアビリティが必須なのです。」

確か、運び屋かクオーダが最終試練なんて単語を使っていた気がしたが・・・

「ラストダンジョンをクリアする鍵は、皆さんの独創的なアイデア。これから『オーダープレート』をお配り致します。こちらに商品名と、特質・特性を記入して下さい。記入例も一緒に配布致しますので、参考にして頂ければと思います。記入できましたら回りの者に提出して下さい。価格と制約が記入されたプレートが返却されればアイテム完成となります。不可と書かれた用紙が返ってきた際は再考願います。お独り様、ノルマは10品目と考えております。完了するまでは場外に出ることは一切できませんのでご了承下さい。それでは、始め。」

 配られたオーダープレートを前に腕組みして、じ~っと押し黙る。一緒に置かれた手本のプレートを眺めてみるが、どうもよく分からない。手のひらサイズのお手頃な札。待機する白フードが配布したのだが、その際どんな奴かとちょっとでもフードの下を拝んでやろうと目を凝らした。腕の一本でも曝け出せこの野郎と思っていたが、爪の1枚たりとも露わにしなかった。随分と大きなフードを着ているようで。

 始めろと言われた所で何からどう手を付ければ良いのか分からず、まずはサンプルに目を通した。『疾風の剣・・・・・・』これは蓑口さんが教えてくれた武器だ。有名な武器なのだろうか。確か2回攻撃と言っていたっけ。『疾風の剣。攻撃力180。1ターンに2回攻撃が可能。ただし1回の攻撃力は1/2となる。価格は50,000ルナ。』

5万ルナって、随分と高いな。超高級品というか、うちの店のどの品よりも高いじゃないか。一応店売り商品では最高品質のものばかりだと聞いたぞ。攻撃力の180が目の飛び出る程高いかどうかは知らないが、1回の攻撃力が半分というのは意味がない気がするのだが、まぁ、いい。プレートの書き方は理解できた気がする。名称、特殊効果、価格、そして制約。 


 仮にもローグライク・ミーティング、道具屋会議という名称だろう。だのに。誰しも皆平等に、話もし易いようにということで円卓を用意したのではないのか。隣の同士と相談しようとした道具屋が注意を受けていた。どこからか盗み見ていtるようで、個人的に注意したのではなく、話そうとした絶妙のタイミングで警告が入った。私語は禁止、もちろんカンニングも駄目。ひたすら黙って搾り出せということらしい。であるならば一体全体、円卓を用意した理由を尋ねたかったが、変な目立ち方をするのも気が引けたので、行動には移さなかった。さっさと終わらせて帰ろう、こんなにも息の詰まる会議だとは想像していなかった。この会議が勇者一行にとってどれほど大切なものかは知らないが、俺はパスだ。ま、こんなの会議でもなんでもないけどな。何故、わざわざ一堂に集めたのやら。

 ノルマは10とのこと。俺の知識は道具屋としての生活と酒場での盗み聞き。いささか頼り甲斐のない命綱だが、やってみるしかない。オーダープレートに記入し、白フードのやつから承認を得られれば1個クリアだそうだ。

 さて、何からどう手をつけようか、なんて考えていたら、頭の中に政樹の母ちゃんが出てきた。現状を知ったらひどく悲しむだろうな。たとえ故郷に戻ることがあっても話せない。

 「淳ちゃん、政樹、いいかい。じゃあ、『今までにないコップ』を考えるんだよ」

「ん~・・・コップって、ミルクを飲むコップのことでしょう。」

「そう。でもね、普通のコップじゃ、おもしろくない。でも2人はコップを売らなくちゃいけない。回りには同じようなコップが所狭しと並んでいる。それでも自分達のコップを売らなくちゃならない。」

「???」

「よし、ヒントを上げよう。ミルクを入れないコップ、手に持たないコップ、目に見えないコップ、口をつけないコップ、もしくは、そうねー、割れやすいコップに溶けるコップ。こんな所でどうかしら?こんなコップなら欲しくなっちゃうでしょう!」

「??????」

 今思い出しても訳が分からない。まあ、いい。まずは道具だ。ヒントはある。この世界ではマジックポイントの回復手段が希少だということ。だからマジックポーションはとても重宝される。それならば、ここから手をつけてみよう。まずは名前。とりあえず適当にマジックヒール。効果はマジックポイントの回復。マジックポーションの回復量が50らしいから100にしてみようか。製薬は回使ったら無くなるということで良いのだろうか。価格は・・・1,000ルナにしておくか。とにかく、これで1度提出してみることにした。

 驚いた。思わず息を飲んだ。もう少しで叫び声を上げてしまう所だった。人間、本当にびっくりすると息が詰まって呼吸が止まって、声が出なくなるんだな。そんでもって、こいつら人間じゃない。

「差し込み口にカードを入れて、査定のボタンを押して下さい。」

こいつら機械だ、ロボットだ。我に返った時には白いフードをチラッとめくっていた。顔の部分に差し込み口があってカメラだろうか、人の鼻の位置に一つ目があった。もしかしたらうちの店に来た奴もロボットだったのか。いや、しかし、会話をした限り何の違和感もなかった。会話に対する反応速度は人のそれと比較しても何ひとつ遅くなかった。ラビの接客や商品の並べ方を褒めてくれた。ロボットに数字やデータの分析はできても、現場の評価が瞬時に下せるとは思えない。もう何がどうなっているのかさっぱりだったが、言われた通り、音声ガイドに促された通り、プレートを挿入した。

 数十秒後、プレートが返却された、一枚の紙切れを添えて。ピッピッピという機械音がしたかと思うと、まず目に入ったのは「不可」という赤色の文字。とりあえず駄目ということか。そしてその下には小さめの黒字で解説文みたいのがあって、不可となった理由が印字されていた。それによると、既存のアイテムに類似品が存在していること、制約の条件が弱いこと、価格設定要再考とあった。まとめると全部ダメだということだな。紙切れの下には真新しいプレートが用意されていた。やり方は何となく分かったぞ。10個か。これはのんびりしていたら帰れなくなってしまう。


 どんなアイテムをプレゼンしたか、ざっと名前を挙げてみようか。そう、もうプレゼント言ってしまったが、道具や会議はプレゼンテーションの場だった。その為の準備がプレートの提出というわけだ。終血の剣、輪廻聖典、永絆の指輪、マジカルペンシル、頑丈な袋、マジックエクスプロージョン、記憶の種、トロルの手甲、神眼の石、魔竜の逆鱗・・・・・・

 ひと段落ついて、現在休憩中。何枚のプレートを差し込んだろうか。ほとんど返却されたが。けれども、何枚かについては「可」とか「持ち越し」とか「保留」というメモ紙が返ってきて、プレートの提出が認められたり、まるで駄目というわけではないということが知らされた。結局10個というノルマを達成できなかったのだが、できなかったというか、6つか7つクリアした時に声が掛かった。白フードの機械からの返却を待っている時に後ろから肩をポンポンと叩かれた。はい?と振り返るといつの間にかひとりの男が立っていた。こいつは赤フード。

「うおっ!」

思わず手を振りほどいてしまった。こいつら普通に人と話すことができないのだろうか。それといきなりの赤は目にくるからやめてほしい。

 案内されて初めて気が付いたのだが、この大部屋にはもうひとつの扉があった。部屋の壁と同色に塗ってあるのだから遠目には全然気付かなかった。俺と数名はそこに通されていた。機械ではなくフードを被った人間に。薄暗い部屋で椅子も机もない。俺と他3名は悪事のバレた子供の様に黙って俯いて、声の掛かる時を待っていた。この先、何が起こるか見当もつかない恐怖と戦いながら。

「長野さん、由良さん、武沢さん、如月さん、お待たせしました。どうぞ、大部屋にお戻り下さい。」

 ここから2時間、結局合計10時間も軟禁された。収穫ゼロとは言わないが、願わくば2度と参加したくない。気が向いたらプレゼンも含めて、道具屋会議の全貌を語ろうか。酒を飲みながらで良ければ。


 カラン、コロン、カラーン・・・

「お帰りなさい、如月さん。」

「ただいま戻りました。」

帰りは知らない奴とツーショット。帰る場所を聞かれ、ヨーギと答えると肩に手を置かれテレポーテーション。

一応礼をと振り返った時には既に姿が消えていた。外は真っ暗だ。

「いかがでしたか、ローグライク会議は?」

「できれば2度目は御免被りたいですね。」

「フフフ・・・今、お夕飯の準備しますね。」

 ヘトヘトだったが、蓑口さんの顔を見てほっとした。そして、成果のない会議ではなかった。とりあえずの充実感には満たされていて2次会、実の所の本会議なのだが、その参加者にも選抜された。話のネタには困らない。むしろ蓑口さんに喋りたい。

 「そうですか、大変でしたね。でも、如月さんなら本会議まで進めると思っていましたよ。」

本日の夕食はすき焼き。小さ目の鍋を2人でつつく。物凄く緊張する。一挙手一投足に神経を使うので、道具屋会議の方がまだ楽なくらいだ。

「最初はちゃっちゃと終わらせて帰りたかったんですけれど・・・本会議で説明を受けて実際に道具を作っていったりすると、やっぱりその―少しでも冒険者一行の力になれれば良いのかな、と。」

心にも無かったことがベラベラと突いて出た。その間に蓑口さんが俺の皿にお肉、春菊、ネギなんかを装ってくれた、蓑口さんのお箸で(直箸でいいですかと訊かれた時にはもう疲れなんかどっかへ吹っ飛んだ挙句別の疲労が出てきたのか汗が止まらなくなってしまって大変だった)。

「それで、どんな道具を作ったんですか?」

卵のおかわりもくれた。新鮮なのだろう、殻を割ると黄身がこんもりと盛り上がっていた。

 「実は、次回持ち越しが結構ありまして・・・実際に具現化できたアイテムは3つでした。」

「3つなら上々ですよ。」

は~、楽しい。

「ひとつ目が『マジックエクスプロージョン』。全マジックポイントを使って敵に大ダメージを与えます。でもこれは、同じ効果の魔法があるみたいですね。その魔法が使えない職業でも必要とあらば、という感じです。ふたつ目、『輪廻聖典』。これはステータスの減少を極力小さくして転職できます。ヨーギに行くことなくその場で使用可能ですが、転職後のジョブ選択はランダムとなります。それとみっつ目が『記憶の種』。これは単純に記憶を蘇らせるアイテムです。」

「ラビちゃん用・・・かな?」

「そう・・・かもしれません。他にも保留とか次回持ち越しというのが幾つかあったのですが、とりあえずは帰れるということで―」

申し訳ないな。今、俺は嘘をついている。

「いえいえ、立派ですよ。凄い、優秀です。3アイテムも具現化できて、持ち越し保留もあって。しかも初参加ですもんね。ただ残念なのは、次回の参加が確定しちゃったことですかね。」

騙しているのかもしれない。蓑口さんを。騙すのかもしれない、ラビを。自分の目的だけ為に。                                                  


【 道具屋会議 終 】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る