道具屋会議①
ここは聖域『ヨーギ』。またの名を転職の館。冒険者が上級職へ転職する為の場所。聖域・・・とんでもない所で商い中の道具屋うどんこである。あの日から約3ヶ月。俺の心も平安を取り戻した。運び屋によると、クゴートの再建は急ピッチで進められ、今では元の姿を取り戻しているという。里の人間だけではなく、各地から特殊能力を持った人間が召喚されたというから、俺なんかの想像が追いつかない復興の仕方だったことだろう。あちらこちらで魔法が飛び交うような。
1週間はしんどかった、やっぱり。心の整理がつかなかった。独りではどうなっていたかも分からない。俺を支えてくれたのは紛れもなくラビだ。変わらぬラビが戻ってきてくれたことが大きかった。おっちょこちょいで、福引の度に大騒ぎして、毎日変なお菓子を作ってくる。相も変わらず落ち込んでいる暇など無かった。気が付いたら悩んだ所で仕様がないという結論に至っていた。
大きく変わったことといえば、ヨーギ店から武器の取り扱いが始まったということ。道具、防具に加えて武器の販売まで幅広く。店名も『万事屋うどんこ ヨーギ店』とした。長くなるが、品揃えについて説明しようか。大きく様変わりした商品を紹介しよう。
まずは道具から。大きく絞り込まれ3つ。帰還の羽と福引券に加え、『高級傷薬』100ルナ。ヒットポイントを100回復できる、中盤から終盤手前にかけても活躍するアイテムだという。貴重なマジックポイントの節約ができるということで、売れ行きは悪くない。戦闘中、これまでの薬草の回復量では追っつかないが、高級薬草の回復量であれば十分役に立つ、なんて話が聞かれた。
お次は防具。こちらの品揃えは魔道士専用のそれが2アイテムだ。重装備系の鎧、兜に比べればずっと軽量なのでかなり扱い易い。ラビでも運搬できるしな。どちらも上級職用の防具で、『賢者のマント』4,000ルナと、『大魔道のローブ』5,000ルナ。前者の特殊効果は炎のダメージを半減、後者は最大マジックポイントが10パーセント増えるそうだ。俺の仕事はそれを冒険者に伝えること。理解はせんで宜しい。
そして武器。これは凄いぞ。『覇者の剣』8,000ルナ、『大地の斧』10,000ルナ、『ドラゴンクロー』10,000ルナに、『賢者の杖』7,000ルナ。見栄えが違うし、響きが違う。ラビ曰く、
「とってもカッコイイです~、スゴイです~、重そうです~、高そうです~、強そうです~。」
うん、ラビよ、全部正解だ。
現在、万屋うどんこにおいて継続的な収入源となっているのは福引きである。以前にも記したが、武器や防具は一度購入したらおしまい。道具に関しても、魔法で代用可能であればわざわざ買ったりしない。客に足繁く通ってもらう為の商品が福引き券だ。
その景品と振り分けは薬草が80パーセント、マジックポーションが18パーセント。残りの2パーセント、景品の目玉が『招きの指輪』だ。戦闘中、装備しているだけで中程度の全体回復が行われる。発動確率は毎ターン20パーセント、つまり5ターンに1回の割り合い。しかも無くならない、壊れない。不確実性は否めないが、マジックポイントの節約には持って来い。手に入れて決して損のない貴重な指輪だ。冒険者からすれば喉から手が出るほどに欲しいはず。一方で転職後の武器、防具の価格は馬鹿にならない。招きの指輪の為とはいえ、考えなしに金を突っ込んでガラガラする訳にはいくまい。今後5桁が当たり前になる武器、防具。福引に深入りするのも考えものだろう。
それにしても、ラビは前向きで元気だ。来店客一人ひとりに対して分け隔てなく、全力精一杯接客する。結果、お客さんは気持ち良く買い物ができるし、雇っている側としても気持ち良い。この気持ち良いというのが大切で、店の評判は上がり、経営に好影響しかもたらさない。働く側だってストレス少なく動けることがどんなに有難いことか。頭では理解しているつもりでも行動に写すのは言うほど容易ではない。
たまには、えっ、と思う客もいる。風呂に入っているのかいないのか、戦いの後なのか寝起きなのか、鼻を刺す臭いを漂わせる者。こちらの都合でたまたま忙しい時に限って混雑する。私的な事情でイライラしている時もある。気分の乗らない時だって。お客様が神様だと信じられる心、精神状態を作ることが経営側の能力ひとつなのだ。だからラビは大したものだと思う、心から。
朝から雨のしとしと降り続ける肌寒い日だった。多くの小売業は天気が悪ければ客足は鈍るが、うちとて例外ではない。朝から客の数は少なかった。あまりに暇で、俺は店の奥で掃除を始めてしまった。
「如月さ~ん、お客様です~。」
そろそろおやつタイムにするかという頃合だったと思う。店頭のラビから声が掛かった。その呼び出し方から、単に買い物客ではないことは察しがついた。加えてラビの知っている人物ではないということに多少の不安を覚えた。運び屋ではないし、蓑口さんでもないということだ。
「分かった~、すぐ行く。」
まさか商品の予約ということもなかろうと、店先に向かった。
「お待たせしました。」
外で待っていたのはやはり知らない、そして怪しい人物だった。全身を白いフードコートで覆っていて、顔も見えない。奇怪千万。警戒せよと俺の防衛本能が発していた。いざとなったら剣でも斧でもぶん回してやるからな。
「お掃除もできていますし、商品の並べ方も丁寧。店員さんも笑顔の素敵な方ですね。」
「どうも・・・」
カウンターデスクがあって助かった。距離の取れることがこんなに心強いと初めて知った。んっ?奥に行ってな、と中に入れたラビが柱の影からこっちを盗み見ている。隠れているつもりだろうが、体が半分くらい曝(さら)け出されている。それと右手に握っているのは、鉛筆だな。考えることは一緒のようだ。そしてラビの中でも警報が鳴っているのだろう。
「如月 淳様に、ローグライク・ミーティングの案内状が届いております。」
そう言って、男は封筒を手渡してきた。声から性別は判断できた。
「ローグライク・ミーティング・・・ですか?」
初耳もいい所だ。
「道具屋会議とでも言いますか。詳細は案内状をご覧下さい。では―」
そう言い終わるが早いか、男は消えてしまった。魔法使いの類だとは思うが、心臓に悪い。
「ラビ、出てきていいぞ~。」
はっとして、すっと首を引っ込めたラビが恐るおそる再び顔を出し、トコトコ歩いてきた。
「お客さんは誰でしたか?」
「俺も知らない人だったよ。」
固く握られたラビの右手をゆっくり解(ほぐ)しながら鉛筆を受け取る。ラビと俺に装備できる唯一の武器だ。
「どんなご用事でしたか?」
「それは―」
どう説明したら良いのだろうか。正直言ってよく分からない。会議とかローグライクとか単語が出てきたが、具体的なことは意味不明。かと言って、わからんと言うのもどこかそっけなく、思いやりがないと受け取られては嫌だ。それと、詳細は貰った封筒に書いてあるとは思うが、ここで開けるのは避けたかった。別にラビと一緒に中身を確認しても悪くなかったが、万が一ラビに心配をかける事態になるのは困る。さて、どうやって切り出そうか。
「なんか・・・すごく難しくてややこしくて、面倒な会議があるらしい。困っちゃったな。」
こう言っておけばラビが首を突っ込んでくることはないと踏んだのだが、
「えーっ、会議ですか?わ、ラビも行きたいです~~!」
「そうか・・・ええ~~!?」
前置きを聞いていなかったのだろうか。そもそも、黙ってずっと座っていなくてはならない会議なんて、ラビが毛嫌いしそうなものだが、どうしたものか。予定が崩れてしまった。つまらないぞ~、退屈だぞ~と脅してみようかと思ったその時だった。
「ずっと前に行ったことがあるです。」
「うん、そうか、そうだな・・・何ー!!」
ケタケタ笑うラビと、理解が追いつかず大混乱の俺。だが、話を聞くことができるのは大きい。詳しく、正しく、的確にというのは荷が重いだろうが、大雑把な情報で十分。全くの無知よりは遥かに心強い。
「なぁ、ラビ。会議について知っていることを教えて欲しいんだ。何でもいいぞ、覚えていることを話してくれないか。」
「はいです・・・」
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ラビが難しい顔をしたまま動かない。珍しく腕組みなんかしちゃって、首を傾げて、一所懸命に思い出そうとしてくれている。邪魔してしまうのは得策ではないよな。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「う~ん、と・・・ですね~・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ついに俺が痺れを切らした。
「なぁ、ラビ。難しく考えずに何でもいいんだぞ。どんなことを話したとか、どんな人がいたとか。」
「覚えていないです。」
「ふぇ?」
膨れっ面で、今にも泣きそう並びが続ける。
「嘘じゃないです。ローグライク・ミーティングには行ったです。お姉ちゃんに連れて行ってもらったです。」
「うん、蓑口さんと一緒に行ったんだな。それで?」
「そこから何も思い出せないです。大きなお城がありました。あとは、分からないです。ごめんなさいです。」
「そんな謝ることなんてないぞ。大丈夫だから。無理に思い出そうとする必要はないからな。な、なっ。」
本当に泣いてしまいそうだ。
「う~・・・分かったです。」
口では諦めてくれたが、顔が全く納得していない。不機嫌と言うか、ちょっと怒っているな、こりゃ。ラビを椅子に座らせ、肩を揉んで気を落ち着かせてやった。
絡繰(からく)りにピンときた。封印による記憶の遮断。理由は推測できる。会議で必要とされるのは、大魔道としてのラビの知識、経験。現地に到着したと同時に封印を施したのだろう。こいつはお姉ちゃんに聞いた方が良さそうだ。
1日の仕事を終え、ふぅ~と一息つく。ラビは1時間前に上がっている。送迎は運び屋の担当だ。静かになった店の中で、さて・・・と。椅子に座り、例の封筒を開けた。道具屋会議の案内状。
『・日時 6月9日
・所 黒の城
・時刻 10:00~
案内状の届いた皆様へ。お忙しい所、大変恐縮です。世界に平和を取り戻すべく、皆様のご尽力、並びに武器、防具、道具の開発が必要であることは言うまでもありません。勇者一行では決して辿り着けぬ境地。是非とも皆様のご出席と、ご提案をお待ちしております。
追伸。お時間には余裕を持って頂けますよう、お願い致します。』
4日後か・・・店は臨時休業にしよう。明日早々、ラビに伝えないといけない。議題については記されていないが、テーマは魔王討伐の為にということで間違いないはずだ。会議した所でどうにかるものではないと思うが。大魔王とその直属部隊を直接目にした経験からの感想ではなく、運び屋一行、伝説人を最上のクラスと仮定した際の所思である。
オリベイラに帰り、蓑口さんに何か知っているか尋ねてみた。
「はい。私も2回、出席したことがあります。ローグライク会議のことですよね。」
なんと出席したことがあるらしい。しかも2回。ベテランじゃないのか。ラビが出席しているのだ、蓑口さんが参加していてもおかしくはないが、コイツは助かった。当日までに色々と聞くことができそうだ。
「一体何を話し合うのでしょうか。招待状にはあまり説明がなくて―持ち物は筆記用具でいいのでしょうか。それと場所も聞いたことのない所で、黒の城と書いてありました。なんか不吉な名称ですよね。結構な人数が参加するんですかね。全員道具屋なんでしょうか。でも蓑口さんとかラビが参加したことがあるということは、冒険者の人達も出席するということでしょうか。」
夕食を頂きながら雪崩の様に質問を浴びせてしまった。受け手の蓑口さんはというと、仄かに口元が緩んでいる。助けを求める姿が必死過ぎておかしく映っただろうか。
「不親切な招待状ですよね、本当に。できる範囲で私が少し補足しましょう。」
その話振りから勝手知ったるということは確実か。本音を言えば道具や会議なんぞよりも気になっていることはいくらでもあるのだが、忙しい所、時間を作ってくれているのは蓑口さんだ、お行儀良く聞いているのが筋だろうて。そうだな、改めて思い出すと、ホント、道具や会議なんぞどうでも良いと言ったら語弊があるが、当日に会場の担当者なり関係者に聞けば済む話だ。クゴート襲撃の件以降、タイミングを伺ってはいるのだが、踏み出すことはできずにいた。今回のローグライク会議に関することだけではない。例えば、運び屋は勇者ですか、とか。
「持ち物は筆記用具程度で問題ありません。メモ帳というか、小さなノートがあると便利かもしれませんね。」
「どんな内容の会議ですか?」
「今回の会議がどこまで進むか分かりませんが、基本的な打ち合わせの軸はアイテムの作成になるはずです。」
「アイテムの作成・・・ですか。」
ちょっとイメージが湧いてこず、じ~っと蓑口さんの顔を見つめてしまった。髪が少し伸びて鎖骨にかかっている。前髪はちょくちょく整えているみたいで、変わらず眉毛が隠れるくらいの位置。おでこもいつも通り見えない。食事の支度をする時は後ろで結んでいて、それがまた素敵だ。
「ん?私の顔に何かついていますか?恥ずかしいな。」
笑顔プラスちょっと首を傾げた仕種は無双無敵だ。
アイテムの作成・・・ピンと来ない俺に、蓑口さんは具体的な武器を例に説明してくれた。
「例えば、そうですね~・・・『疾風(はやて)の剣』という武器があります。値段は忘れてしまいましたが、これは1ターンに2回攻撃することができます。その代わりに攻撃力は半減します。他にも、ん~・・・これもいくらだったかな。『ミラーシールド』という防具があります。これは魔法ダメージを3分の1程度跳ね返すことができる盾なのですが、敵に飛んでいくか味方に向かってくるかはランダムです。」
「は、はぁ・・・なるほど・・・」
いまいちピンと来ていない俺に蓑口さんは補足を続ける。
「このように特殊な武器、防具、道具を提案する為の会議がローグライク会議です。ただしそういったアイテムは得てして大変に高価。そして、必ず制約と呼ばれるものが課されます。」
「セイヤク、ですか?」
「はい。このアイテムはこんなに凄い特殊効果があるんですよ、その代わり―という感じですかね。値段が桁違いに高価なのは当然で、それプラス、リスクが生じます。性能が高ければ高い程、そのリスクは大きくなります。実用的な特殊効果をいかにして実弊害の小さいリスクで抑えるかが腕の見せ所というわけです。」
【道具屋会議① 終】
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