独りじゃない④
【独りじゃない④】
1日空けて、ラビが転倒した翌々日の朝。オリベイラの出入り口に付いている鈴の音もどこか鈍く聞こえた。整理のつかない自分の感情に振り回されて、いまいち疲れが取れていない。ラビが休んでいたって店は回る。これまでだって独りでやってきたのだから。ラビは大丈夫だろうか。怪我の状態は分からないが、完治してから出勤して欲しい。決して無理しないでくれ、気を遣わなくていいから。けれどもラビの性格からして痛みが残っているにもかかわらず出勤するのではなかろうか。隠して、堪えて、我慢して働きはしないか。俺の心配はそれだけだ。昨日、見舞いに行こうかとも考えた、が、余計に気を遣わせる結果となることは目に見えていた。俺のやるべきことはラビが戻ってきた時に、働きやすい環境を作ってやることだ。
重くゆったりとした足取りが速歩きにシフトした。遠目からでもすぐに分かった、店の前に立っているのはラビだ。
「お、おはようございめすです。このたびは、たいへんにごめいわくをおかえしめして、めいしわけありめせんです。」
深々と頭を下げながらしっかりと噛んだ。多分、家でこのセリフを何度も何度も練習したのだろうな。けれどもどこかでリズムが崩れて、なんだか知らんがやたら『め』が多かった。
「おはよう、ラビ。大丈夫なのか?って言うかお前、出勤は9時からだろうに。」
「えへへ・・・こしはなおりましたです。あさ、めがさめてしまって―」
そんな簡単に治るものか。黙っている分には平気でも、動き始めたら痛みが再発することも十分考えられる。
「病院には行ったのか。骨に異常があったら大変だぞ。」
「きさらぎさん、しんぱいしすぎです。もういたみもぜんぜ―」
チュドーン!!
突然の爆音に思わずラビが抱きついてきた。ぼちぼち頃合かなと、俺は構えていたが。瞬発的に動いても痛みはなさそうだ。とりあえずは様子を見よう。
「お・・・おみおみ・・・おみせになんかおちてきたですっ。」
俺もはじめは驚いたっけ。
「ああ、運び屋だ。2階に納品することになっているんだ。」
ぽかんと張り付いているラビを剥がして入店、2階へ向かう。ラビもついてくる。やれやれ、ビニールシート
を開けていない。運び屋の奴、突っ込みやがったな。
仕事のやり方を変えてみた。高い所には極力在庫を置かない。その日の内に出そうな商品はラビの届く位置に保管する。高所のモノを手の届く高さに移す作業は17時以降、店を閉めてから。
それと、『商品組合わせ値段表』とでも言うべきか、ラビ用の価格表を作成。どういうことかと言うと例えば、「毒消し草3+鋼の鎧1=18+2,000=2,018」みたいなものを、できる限りたくさんのパターンを作ってみた。カードにしておけばさほど嵩張らないし、ラビも俺を呼ばず、気を遣わずに接客できる。ラビの自信と負担軽減に結びついてくれれば仕事もやり易くなる。
そんなこんなで、俺とラビの店物語は軌道に乗ってくれた。
「ラビ、お疲れ。15分休憩入っていいぞ。」
「はいです。休憩頂きますです。」
仕事を円滑にこなせるようななると会話もスムーズになり、無駄が削減される。効率、能率が上がり、業務上のストレスが軽減される。我ながら良い傾向だと自負して―
「如月さん、チョコレートです。どうぞです。」
「お、サンキュー。」
客のいない時を見計らって、ラビがお菓子をくれた。ラビの趣味はお菓子作りだそうで、女の子らしい、可愛い一面を覗かせてくれる。最近はチョコレートを使った菓子に凝っているようだが・・・
「ラ、ラビ・・・これは何チョコだ?」
「梅チョコです!おうちの梅干と混ぜてみました。どうですか!?」
「う、うん・・・独特な味だな。」
「はいです!」
ラビの味覚は、その・・・一言で言えば味覚音痴。そこに人並みならぬ好奇心が合算されると、今日のようなチョコレートが完成する。普通でいいのだが、どうして梅とチョコを混ぜちゃうんだろうな~。ちなみにその前はトマトチョコ、その前がカレーチョコで、その前が味噌チョコだったか。それを考えると今日の梅チョコは美味しい、よな。
強いて問題点を挙げるならば、運送料が倍に値上がりしたことかな。生活や経営に支障が出ない程度なので気にはしないが。他には、特に気になる問題は無し。それはすなわち、準備が整ったということ。
「じゃあ、ラビ、宜しくな。行ってくる。
「はいです。行ってらっしゃいです。」
金銭的にも経営的にも万端ということで、ラビに留守番を頼み、教会に向かった。神父様には運び屋から話を通してくれていて、日時の調整は運び屋が取り計らってくれた。
「失礼します。如月と申しますが―」
広い教会内、神父の他には誰もいない。助かる、好き勝手なことを聞けそうだ。正面、遠くで待つ爺さんの下まで歩いていく。
「宜しくお願いします。」
「勇者殿について、ということで宜しいですかな。」
「はい。」
ラビがひとりで店を回してくれているのだ、遠慮している暇はない。早速本題に入らせて頂こう。申し訳ないが、ぱっぱぱっぱ答えてもらうからな。
「近藤 政樹という名の勇者様が現在どちらにいらっしゃるか、無事なのかを教えて頂けますか。」
「お安い御用、しばし待たれよ。」
立ち話で淡々と会話が進んでいく。別に茶も椅子もせつくつもりはないが、払うものは払った。納得いくまで話を聞かせてもらおうか。なんて構えていると手品か呪術か、神父と俺を隔てる机の上に水晶玉が現れた。現れたというか、気が付いたら置いてあった。ふと机に視線を落としたら・・・間違いなく初めはなかった。机の上には何も置かれていなかった。神父が取り出した仕種もなかった。いいぞ爺さん、はったりを告げられても信じる以外の選択肢がない俺にとって摩訶不思議な現象は効果絶大。神父が水晶玉に右手をかざす。水晶が白く光を帯びた、その時だった。
ドゥバーン!!
このパターン、多いな・・・重いはずの扉がいとも容易く(たやす)開いた、とんでもない大音量と共に。さすがに思わず振り返ってしまったが、嫌でも頭をよぎる筋肉バカ。もう完全にトラウマだよな。けれども教会内に響き渡ったのはバカ丸出しの馬鹿笑いではなく、助けを求める女性の絶叫だった。
「神父様ー!!!武道家が、武道家が死んじまったよー!助けておくれよー!」
取り乱しているのは女性の勇者だろうか。それと戦士に魔法使い、かな。店をやっていれば装備でジョブが大体分かる。勇者の慌て様で非常事態という状況は把握できた。で、戦士が引っ張ってきたのは多分、棺桶だ。
「やれやれ・・・一般人に見られぬようにと口を酸っぱくして説明したじゃろうて・・・如月殿、すまぬが少々時間を頂けますかな。」
「はぁ・・・構いません・・・・・・・・・」
心、此処に在らず。流れ出た血か単なる泥汚れかはたまた両方か、棺桶が引き摺られる度に床を汚していた。言葉を失う俺を残して、親父と勇者一行、奥へと消えていった。
事は短時間で済んだようで、数分後、勇者一行は4人揃って教会を出て行った。唖然と見送る俺に「待たせたの」と声が掛かる。
「ご無事・・・だったのでしょうか?」
何が起きたのかさっぱり。思わず伺いを立ててしまった。
「ご覧の通り、じゃよ。さて、同郷の友人殿について、じゃったな。」
「はい、宜しくお願いします。」
俺の中で、神父様の信頼が急上昇した。死者を生き返らせたのかもしれないということと、俺は近藤 政樹との関係を話してはいない。何かが見えているのだ、その水晶玉の中に。
「無事じゃよ、近藤 政樹は。死んでおらん。日々、着実にレベルアップしておるよ。そして彼自身も如月 淳、お主との再会を切望しておるようじゃ。残念ながら所在までは分からぬが、生きていることは儂が保証する。」
まずは一安心だ。
「それと、要らぬ所を見せてしまった詫びも含めて―」
俺の目の前で水晶玉が消失した。人間こういう時って、まず自分の目を疑うんだよな。疲れてんのかな、とか。現実を受け入れたくない時、言い訳をまず最も手身近な場所に求めるのだ。
「勇者以外の職業はルナさえあれば復活させることが可能。ただし勇者は、一度命を落とせば2度と生き返すことはできぬ。その時点でその者達の冒険が終幕を迎える。他の者は酒場へ戻され、次の機会を待つことになる。そして使命を果たせなかった勇者の名が先ほどの水晶玉に刻まれるのだが、お主のご友人の名はなかった。安心してご自身の職務に励みなされ。」
他にも質問をしてみたものの、詳細は引き出せなかった。けれども俺を安心させようとしたのか、邪魔だから追っ払おうとしたのか、最後に妙な話をしてくれた。
「他の職業と勇者が明確に区別される理由―それは勇者に選ばれし者には固有の特殊能力が付与される。正確には潜在的に眠っている能力を引き出して差し上げるのだが。単純な能力で言えば圧倒的なヒットポイントとか群を抜いた攻撃力。ひとつだけのものもいれば複数所有する勇者もいる。如月殿、理解せずとも良い、ただ心に留めよ。ご友人の特殊能力は―」
「あ、店長さん、お帰りなさいです。」
「ただいま、ラビ。店番ありがとうな。」
「神父様には会えたですか?」
「ああ、しっかり話も聞けたよ。」
「良かったです~。」
どうやら無事にこなしてくれたようだ。感謝、感謝だ。
政樹の特殊能力は3つということだった。はっきり言っていまいち理解していないのだが、神父さんの言うことにゃ、無尽蔵のマジックポイント。圧倒的な支配力。禁呪の習得。反芻した所でやっぱり意味不明なのだが、きっと心強い能力という解釈で合っていると思う。そして、そんな能力は道具屋の俺にとってはどうでもいい。目的は果たせた。政樹は無事だ。
以後も「道具屋うどんこ ダイヤ・セガタ」店の経営は順調だった。ラビが来てからおよそ2ヶ月が経過。そんなある日、運び屋から声が掛かった。
「お疲れ様です、如月さん。そろそろ頃合ですね。明後日、出発しましょうか。」
「分かりました、準備しておきます。」
運び屋が語尾を伸ばさずに話しかけてきた時点で、その内容は予想できていた。ただちょっと気になることが。この数日前にラビが聞いてきた。
「如月さんは、いつか別の店に行っちゃうですか?」
いつかは分からないが、とだけ答えておいたが、一体誰からそんな情報を仕入れたんだか。
んで、最後にもう一丁、五千ルナの報酬を受けることにした。その中身は―
「福引きですかっ?いいですね。楽しそうですね!ラビも引いていいですか!?」
とりあえずラビが引く予定はない。店に福引を設置することにした。実は酒場で1杯引っ掛けている時におもしろい情報が流れ込んできた。その内容を運び屋に確認すると間違いないと言う。続いて福引の説明を受け、導入を決めた。結果ラビが大喜び、誰よりも楽しみにしているという状況。ちなみに福引きのシステムについてだが、○○ルナの買い物につき1回という形式ではなく、一律1回50ルナとなっている。福引きの実施は次の店舗からだ。
そしてもうひとつ。俺はラビを誘った。
「ラビ、次の店舗でも俺と一緒に働かないか。」
「はいです。」
そんなにあっさり了承されてしまうと俺が戸惑う。引越しとかそういうことも分かって言っているのだろうか。ただ奇妙なことに、次の場所はラビから聞いた。
「ラビも『タキシーモ』へお供するです!」
【独りじゃない 終】
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