独りじゃない③
「つけ・・・つきみそうが3つと、はげ・・・はがねのかぶとですね。かしけめりましたです。」
今日で3日目なのだが、緊張が抜けないようで、噛みまくりだ。
「ラビ、兜は俺が持ってくるから月見草を用意して、会計を済ませてくれるか。」
「は、はいです。あの・・・すみません、そろばんをおねがいしますです。」
「はいよ。」
チッ、ツッ、タッと計算して、値段を紙に書いてから2階に上がった。
悪い子ではない。真面目で一所懸命に働いている。小柄で、高い棚に置いてある商品は背が届かないが、そんなことはとても小さなこと。愛嬌7は伊達ではなく、客からの人気は上々。テンパリ具合を面白がって覗きに来ているだけかもしれないが、客寄せパンダになってくれていることは間違いない。けれども・・・だ。算数1も疑いの余地なし。暗算はできない、そろばんも使えない。頑張り屋さんなのは認めるが、頭の方はちょっと、ちょっとだけフォローが必要だった。
以下、お客様の声なのだが・・・
「薬草3つと言ったんだけれど、4個入ってたぞ。」
「月見草を買ったと思っていたが、月見草ではなく毒消し草が入っていた。」
「ルナの計算違いがありました。次からは気を付けてね。」
等々。大別するとモノが違う、数が違う、ルナが違うという具合い。1週間が経過すると緊張はかなり抜けた様だが、ドタバタは直らない。けれども愛嬌マックスの恩恵なのだろうか、本当に怒りを伴った苦情は貰っていないし、ミスをやらかしても皆、笑って許してくれる。好かれているのか諦められているか。ただもちろん、甘えるつもりはないし甘やかすわけにもいかない。人を雇い、俺が店主であり店長。従業員の教育も大事な仕事の一環だからな。それに戦闘中、月見草が入っていると思っていたら毒消し草だったなんて・・・生死に関わるんじゃないか。
「ラビ、もっと落ち着いて応対していいぞ。作業は問題なくできているんだから。」
「はいです。すみませんです。」
「ラビ、月見草の数を間違えないようにな。カウンターでお客さんと一緒に数えてごらん。」
「はいですっ。ごめんなさいです!」
「高い棚に置いてある在庫は俺に言いな。ラビじゃ届かないだろう。」
「はいです。よろしくおねがいしますです。」
悪い子ではないんだ。喋り方は独特だが、別にふざけているわけではない。不思議な空気をまとった子だ。ミスをしても笑って許してもらえるタイプで、俺も雇ったことを後悔していない。照れ臭いからもちろんラビには伝えないが、ラビを選んで正解だった。
ただし目的がある。俺が教会に行っている間の店番をやってもらわないといけない。つまり、ひとりでも店を回せるようになってもらいたい。
「ラビ、昼飯それだけか?」
とあるラビの休憩中、ひょいとラビの弁当箱を覗いたらほとんど何も入っていなかった。どうした?と思って余計なお世話とは思いつつも聞いてしまった。
「エヘヘ・・・です。ねぼうしちゃいまして・・・でもへいきです。ごごもちゃんとはたらきますです。あの、またごめいわくをおかけするかもしれ―」
「ちょい待ってろ。」
俺の昼飯はバージョンアップ真っ最中。超巨大おにぎりプラスおかずだけで埋め尽くされた弁当箱。初めて見たラビは目をまん丸にしていたっけ。1ヶ月も一緒に仕事をしていればラビの性格も分かってくる。弁当箱を渡して、好きに取っていいぞと言ったって、100パーセントちょっとしか持っていかない。それならば、
「ラビ、お箸を貸してくれるか。」
巨大おにぎりを半分、おかずを半分、米粒を少し潰しながらラビの弁当箱に詰め込んだ。隣でアワアワ、マゴマゴ、両手をプラプラさせながら、悪いですから大丈夫です何て言っているラビは無視。どうせ朝食も食っていないだろう。来客のない内に急いで済ませたかった。
「食べ終わるまで出てきちゃダメだからな。ゆっくり食べてていいぞ。」
背中越しにありがとうございますですと、すみませんですが10回位聞こえた。
「ラビちゃ~ん、月見草を5個ください。」
「はいです。しょうしょうおまちくださいです。」
ラビ目当ての客が増えた。
「つきみそうが1こ・・・あれ?いくらだっけ?」
「ラビちゃん、ここにルナ置いておくよ~。」
「あ、どうもです。つきみそうが1、2、3、4、5こです。ダンジョン、がんばってくださいです。」
ま、大体こんな感じでラビは業務をこなしている。いつまでたっても価格はうろ覚え。その日覚えても1日寝ると忘れちまうらしい。ついでに掛け算も苦手で、特に7の段、8の段はお手挙げだ。
「よし、じゃあラビ、いくぞ。7×6は?」
「・・・・・・よんじゅう・・・はち・・・?」
「42だ。」
「ん~~・・・ごめんなさいです・・・」
週6日、打算なく全力で勤め、心から客に感謝し、旅の安全を祈願する。その姿勢は世辞抜きに見倣わせてもらっている。でも、客への伝わり方は天と地。ラビには全く敵わない。ラビを雇って正解だった。この気持ちに嘘、偽りはない。
再度五千ルナの報酬に手が届き、あとはタイミング。日時を決めるだけとなった頃、事件が起こった。
ドターン!!という音を2階で聞いた。何事かと思ったが、作業中。1階の様子など見えるはずもないのに首だけ音のした方角に傾けるや否や、
「店長~、ラビちゃんがーっ!」
「あのバカ・・・」
持ち上げかけた鋼の盾を放っぽって階段を駆け降りた。当たりの確定している悪い予感ほど未来に影を落とすものはない。
ラビの姿が目に飛び込む。カウンターの後ろで俯(うつぶ)せの態勢から起き上がろうとしていた。膝を立て、両手で不格好に腰を押さえている。
「上の棚から『パワーリスト』を取ろうとしたら足を滑らせて台から―」
自体は把握した。
「ラビ、何で待っていなかった。」
「ご・・・めんな・・・さ・・・・・・」
背中を強打して呼吸ができていない。
「すまん、喋らなくていい。休憩室に運んでやるからな―すいません。今、注文されたお客様、ちょっとお待ち下さい。申し訳ありません。」
客からは心配する声以外、上がらなかった。
ラビを休憩室に運び、待たせた客の処理を終わらせ、看板をひっくり返す。その後、ラビの腰を30分程擦ってやった。滅多に売れないパワーリストを棚の最上段に保管していたことをラビは知っていた。俺は教えていない。注文があれば俺が取れば良いと考えていたから。でもラビは知っていた。ラビなりに少しでもひとりで店を回せるように、俺の手間を省けるようにと調べておいたのだろう。俺が近くにいれば俺に頼んだはずだが、俺は鋼防具を取りに行っていて不在。運が悪かったとは言わない。悪者は俺だ。
「ごめんなさいです。きさらぎさんをよばないで、すみませんです。わたしはへいきなので、おみせをあけましょうです。」
「今日はいいんだ、ラビ。俺の方こそゴメンな。もっと気を回すべきだった。」
首をブンブン振りながら泣くラビに俺もちょっと貰ってしまった。
「ラビ、家まで送るから道を教えてくれ。」
ラビをおんぶして歩く。鋼の鎧よりも軽いんじゃないか。
「明日は休みだったな。ゆっくり休んで、明後日以降も痛みが取れなければ休みだ。絶対に無理して出てきちゃダメだからな。店長命令だ。」
俺なりに優しく諭しているつもりだ。
「ごめんなさいです・・・あさってはだいじょうぶです。おみせにでら―」
「時間が経ってから痛みが出てくることもあるから、なっ。」
子供に言い聞かす様に。
「ラビは、まだはたらいてもいいですか?」
「当たり前だ。ラビが来てからお客の数が増えたんだぞ。俺も助かっているし。自信を持っていいぞ。」
俺なりに励ましているつもりなのだが、あまり得意ではないんだよな。伝わっているだろうか。
「かけざんが・・・できないです・・・」
そんなことを気にしていたのか。俺の肩に顎を乗せるラビの顔を覗き込み、思わず吹き出してしまった。それを見てラビもちょっと笑う。
「その辺のフォローは全く問題ない。それに、いずれ覚えるさ。まずは自分の体の心配をしろ。無茶しないこと。いいな。」
「はいです。」
最後、少しだけ元気な声が聞けた。
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