独りじゃない②

【独りじゃない②】

 その晩。オリベイラの隣の宿にて。ベッドに寝転がりながら物思いに耽(ふけ)る。数字がグルグル回っていた。思いつくままに色々とこなしていたら、夕方近くになってしまった。計算が半分と、目が回っているのがもう半分。翌日からの仕事に影響が無いようにと早めに床に就いたのだが、横になって目を閉じると黒い渦が現れるは、体が浮遊する錯覚に襲われるわで、なかなか寝付けなかった。正直、普段の仕事よりも疲れた。

 日中、昼食をとるのも忘れて発注票を調査。薬草に毒消し草、月見草に帰還の翼というラインナップは変わらず。道具屋のいわゆる定番アイテムという奴だ。加えてターバン、拳法着、そして『パワーリスト』なるアイテムが記されていた。明朝、運び屋に質問状を出しておくかと筆記用具を探していると、書くものと一緒に『取扱いアイテム一覧』と銘打たれた用紙が目に入った。妙に親切だな。どういう風の吹き回しか。とにかく、一手間省けそうだ。

 『パワーリスト』は武道家専用の防具だそうで、価格は500ルナ。装備すると防御力が5ポイント、クリティカル率が3パーセント補正されるらしい。果たして武道家にとって魅力的な効果なのかどうかは分かりません。次。鋼シリーズとして3種類の防具を取り扱う。『鋼の鎧』、『鋼の盾』、『鋼の兜』。名前を聞いているだけで肩が凝りそうだ。そして、その強度と重量感もお墨付き。従って魔道士系のジョブは装備できないし、武道家も無理。身に付けられるのは勇者と戦士。しかし勇者の場合は素早さが2ポイントずつ減少するという注意書きが記されていた。それが先頭の際にどのくらい重要なことなのかは知らないが、注文を受けたら伝えればいいだろう。防御力は鎧、盾、兜の順に30、20、15ポイント上昇する。何なら張り紙でも貼っておくか、冒険者にとっては有益な情報のはずだからな。残念ながら俺の興味はそこにない。

 売価と原価。1個売ったら幾らの利益が出るのか。薬草10ルナの売価に対して鋼の鎧は2000ルナ。200倍だぞ。薬草を200個売ってようやく鎧ひとつ分。期待していいだろう。いきなり五千ルナの報酬を達成して、とは言わない。まずはオリベイラ。1泊500ルナ・・・

 ギュッと、右手人差し指で数字を追い、左拳を握った。原価は1400ルナ。鋼の鎧ひとつで600ルナの利益だ。盾と兜も1個当たり500ルナ儲かる。金額は申し分ない。道具屋とはコツコツやっていく商売だというのはクゴートの里、オメガの丘でよく分かったつもりだ。そして、そのコツコツでは遠すぎること、遅すぎることも。足りないのだ。間に合わないのだ。そこに救いの手が差し出された。無論、一日何個売れるかは分からない。1週間に1ヶ、2ヶでは話にならない。是非とも安定した販売に繋がって欲しい。そうでなければ糠(ぬか)喜びに終わる。どうだろう、ライバルの道具屋でも鋼シリーズは売っているのだろうか。防具屋の品揃えはどんなものだろう。専門店だろう。道具屋の防具なんて見向きもされない可能性だって否定できない。むしろその可能性の方が・・・イカン、イカン、全部後ろ向きの憶測だ。自分の目で確かめに行こう。


 「頭はお天道様に近い場所。足は地球と繋がっている場所。どっちかじゃないの。どっちも鍛えなさい。」

政樹の母ちゃんが言っていた。

 ひとまずは、自分の店の転送陣に慣れておくことにした。ちなみに、完全崩壊を果たした俺の転送陣の価値観。導かれし者が選ばれし日に、神聖な場所で厳かに送られるという勝手な思い込みは消え去った。言わせてもらえば勝手という表現には語弊があって、そういう教育を受けてきた。少なくとも俺の故郷では。現実は、目の前に俺専用の転送装置があって、その使用目的が品物の移動なのだから、ねぇ・・・

 一応、鋼の防具も持って試してみた。注文を受けて、2階に商品を取りに行って、転送陣を使って1階に戻ってくるというシミュレーション。知らなかった、鎧ってこんなに重いのか。こんなものを身に付けてどうやって動くのだ。装備できるジョブが限られるというのも納得だ。それはさて置き、盾や兜はまだどうにかなる。鎧と比べれば小さいし、持つ所、握れる所がある。だけども鎧は洒落にならない。台車を買ってこないと、いつか落とすかぶつけるかするだろうな。

 一通り転送陣と戯れてから外に出た。まずは俺の店に程近い『預かり所』なる店を覗いてみた。

「らっしゃい。ん?お前さん、一般客かい?魔王討伐隊じゃないだろう。そしたらここには用無しのはずだ。さ、帰った、帰った。」

このままでは一言も喋らないまま追い出されてしまう。ちょっと待ってくれ。

「お忙しい所、すみません。すぐそこの道具屋です。明日より営業致します。宜しくお願いします。」

早口で、言い訳でもするかの様に挨拶を済ませると、若干、店主の反応が変わった。

「ほう・・・道具屋か。ま、せいぜい頑張りな。こちとら討伐隊が持ちきれなくなったアイテムを預かるだけの商売さ。お前さんの店の邪魔はしない。」

「討伐隊というのは、勇者一行のことですか?」

「ああ。呼び方なんぞどうだっていいんだがな。お前さんも散々道具を売ってきたのだろう。俺の店の客もあいつらだけ。だからって下手に出る必要なんかないんだぜ。高慢ちきな勇者がいたら運び屋にチクってやれ。この町にいる奴等のレベルなら10秒で片付くだろう。」

「えっ、運び・・・柳さんのことですか?」

「ふむ、喋りすぎたな。さ、帰りな。」

 武器屋の様子も伺い、いよいよ西側にある道具屋―俺の直接的な競合店の偵察に向かっている。初めて武器屋の武器を、やや遠目ではあるが拝見した。溜め息が出る程かっこよかった。やはり花形小売店は武器屋だよな。剣、斧、ロッドやナイフ。輝いて、強そうで、ネーミングもスタイリッシュ。「薬草、毒消し草、月見草」よりも、「バスターソード、シルバーアックス、クリスタルナイフ」の方が響きが素敵だもの。

 そんで、運び屋は有名人なのだろうか。強いらしいぞ。ちょっと信じられないが、この辺の勇者達なら一捻りだそうだ。まさかの魔王討伐隊か?そう、薄々は感付いていたが、そうだよな。勇者様の目的は大魔王を倒すことだよな。その為に命をかけて戦っている。改めて指摘されると大変な職業だよな、勇者様も・・・

 無事だろうか、政樹は。あの日、協会で別れて以来、会っていない。見掛けてもいないし、似たような人物にも遭遇せず。道具屋を営んでいればその内にと思っていたが、冒険者にも多様なルートがあるらしく、再開は果たせていない。しかしながら、ここダイヤ・セガタの城下町。どうやら各ルートに散った全てのパーティーが訪れるとのこと。無事に勇者をこなしているだろうか。

 ライバル店へ向かう途中に酒場もあったのだが、準備中だった。まだ昼過ぎだからな。寄るとしたら仕事帰りか。それと、ライバル店の隣には小さな公園があった。数人の子供達が砂場で遊んでいた。懐かしい、俺も山とか川を作るのは得意だった。政樹は下手くそで、いつも川に水を流す係りをやっていたな。

 視線をライバル店に移す。客の動きも含めて、しばらくの間様子を見たい。遠目で構わないのだが、直立不動で待っていても怪しまれる。なんだかんだで昼過ぎ、小腹が空いた。近くに軽食屋でもないかと探してみると、『渡り鳥に味の思い出を。名物ソフトクリーム!』。こいつはいい。公園のベンチで食べながら眺めることにした。

 横の方では大きな砂山にトンネルを開通させんとしていた。微笑ましい光景。そこから本来の目的に視線を移しつつ一口、ソフトクリームを頂く。うん、冷たくて気持ちいい。そして・・・ん・・・・・・?不味い?マズイというより薄いのか?味がしない。買ったのはバニラソフトのはずなのだが、ほとんど無味無臭。全く甘味がない。とても奇怪な感覚だ。舌触りの良い、柔らかい氷を食べているかの様。

 客は多かった。ダイヤ。セガタに人が多いのは一目瞭然。比例して利用客が増えても不思議ではない。それでも敢えて言わせてもらおう。何故だ。勇者一行がある程度のレベルに到達すれば回復魔法を習得する。マジックポイントが増えていけば使用回数も回復量も上昇する。そうすれば、薬草や毒消し草の世話になることがなくなる。道具屋に用がなくなるわけだ。実際、オメガの丘では何も買わずに立ち去っていく冒険者もいた。目新しい商品がないかを確認するだけ。

 ライバル店。客が立ち寄っただけという可能性もある。薬草や毒消しそうではないはずだ。需要のあるアイテムは何だ。小物だと買ったかどうかが公園からでは見えない。もしかしたら防具か。いや~、でもごっつい鎧や盾を装備している様子は伺えなかった。見に行ってみるか。遠くからでは限界。品揃えは見ておきたい。と、その前に、片付けておくことがある。

 コーンも美味しくなかった。申し訳ない、ソフトクリームの話のちょっとだけ戻らせて欲しい。吐き出しておかないと気が済まない。ワッフルではないようだ。パリッともサクッともしていないんだよ。しっとりとしていて、柔らかくてふにゃふにゃ。モナカ・・・かな。よくもまぁ、ソフトクリームを漏らさずにいたもんだ。コーンの部分まで食べ進めると、クリームと一体感がありすぎて何を食べているのか分からなくなってしまった。元々そういう仕様なのか、クリームが染み込んでそうなったのかは知らないが、俺の口には合わなかった。独特なソフトクリームであった。以上。

 さて、道具屋。結論から言うと、秘密は分からなかった。ライバル店で見たことのない商品はなかった。単純にダイヤ・セガタの人口が多いだけかもしれない。

 よし、寝よう。明日以降、明らかになるかもしれない。

                                                   

 「どうしても無理なんですか?」

「どうしても無理なんですよ~。」

「鍛冶屋さんに理由は聞いて頂けました?」

「いや~、一応は聞いたんですよ~。道具屋さんが鋼シリーズをバラで発注したいと仰っていますけどって。」

「そしたら何と?」

「その・・・あの~、鍛冶屋さんの仰っていたことをそのままお伝えしますね。」

「お願いします。」

「好き勝手に発注させたらチョロチョロ発注したり、大量発注かましたりすんだろう。面倒臭ぇからよ、ルール作って発注を管理すんだよ。」

ご丁寧に、胸にしまっていた手帳を読み上げてくれた。わざわざメモを取ってくれたらしい。好意は有難かったが、声色まで真似せんで宜しい。


 1週間とかからずに、オリベイラに泊まれるようになった。それだけの収入を得られるようになった。要因は客数増と単価増。難しくごちゃごちゃ考える必要はない。売上げを上げるにはこの2つと、買い上げ点数を増やすしかない。客数が増えれば基本的には売上げが上がる。それと、客の買っていくものが高価になればなる程、店に入ってくる金額も大きくなる。薬草と鋼の鎧を比べればその差は一目瞭然。加えて、客が沢山買ってくれれば言うことなし。客数、客単価、買い上げ点数、この3つが小売業の肝である。もちろん、売価10000ルナに対して原価9999ルナでは儲けにならないが、これは極論。いずれ原価率についても考える時期が来るかもしれないが、今の所は、高額な商品を売れば多額の利益に結びつくという考え方で問題ないだろう。そしてうちの高額商品は鋼シリーズ。コイツのおかげで売上、利益が劇的に伸長した。オリベイラに帰ることができた。

 カラン、コロン、カラーン・・・

「お帰りなさい、如月さん。お待ちしておりました。」

俺が入ってくるのが分かっていたかのように落ち着いて、ゆったり何ひとつ慌てることなく、蓑口さんが迎えてくれた。

「今晩からまたお世話になりたいのですが。」

「かしこまりました。お部屋はご用意できております。こちらの鍵をご利用下さい。」

既に準備してある、というのが嬉しかった。信じて疑わなかったのだ、俺が戻ってくるのを。「来た客に、順番に部屋を割り振っているんだよ」という声が聞こえてきそうだ。俺の都合の良い思い込みだと。俺だってそう思っていたさ、部屋の扉を開けるまでは。随分と広くなった部屋の中にはタンスと、大きなのっぽの置き時計。ここ、505号室は俺の為に支度された部屋なのだ。 と、まぁ、めでたしめでたしなのだが、ここでの暮らしに関してはもうちょっと後回しで。

 んで、先にも書いたが、もう少しお付き合い願おう。

「な~んで鎧だけとか、盾だけの発注ができないかな~。別に難しいことじゃなさそうだけどな~。」

やや嫌味ったらしい口調に変化した自覚はある。

「私に言われましても・・・・・・物流のルールというか規制と言いますか―それを決めているのは私ではありませんので、それではっ、また明日~!」

バビューン!!

逃げやがった。

 運び屋にも伝えたが、困ったことはズバリ、鋼の兜の在庫がだぶつき始めていること。どういうわけか鋼シリーズは単品で発注できない。つまり、鋼の鎧だけ注文する、といったことが断られてしまうのだ。鎧が5つ欲しければ、もれなく盾と兜もついてくる。もちろん有料で。結果、俺の店では兜が余ってきてしまった。

 それと、これは別に困ったことではないのだが、鋼シリーズが2階で保管されている理由が分かった。持ち運びが大変であれば1階に置いておけばいいじゃないか。俺もそう思った。もしくは防犯の為、高価な商品は1階に保管しない方が安心、安全なのかとも考えたが、真の理由は違う所にあった。もっと他愛のないもの。これまた運び屋が登場するのだが、信じられるか、2階に着地するんだぞ、運び屋の野郎。初めての朝は心臓が飛び出るかと思った。隕石でも落ちてきたのかと2階へ駆け上がると運び屋がいて、説明を受けた。ダイヤ・セガタでは2階で商品の受け渡しをするのが昔からの風儀だそうで―そんなことはどうでもいい。不便であれば変えればいいじゃないか。いや、分かるぞ、1階から2階に重量たっぷりの盾や鎧を運ぶのは重労働だろうという気遣いがあるのは。しかしな・・・おかげで店の一部の屋根がビニールシートなんだよ。運び屋の来る時間までに俺が手動で開ける。ちなみにビニールシートは急遽俺が取り付けた。運び屋がぶっ壊したままでは、雨が降ったら一発で鋼シリーズがずぶ濡れだ。尤も、シートを屋根替わりにした所で、雨漏りは避けられないだろうけど。

 『道具屋うどんこ ダイヤ・セガタ店』はそんなこんなで始まったのだが、とりあえず忙し―

「いらっしゃいませ。」

客足があまり途絶えない。先の2店舗とは比較にならない。どこか店に活気が出てきたような気がしないでもない。

「帰還の羽を3つと、鋼の鎧ですね、かしこまりました。少々お待ち下さい。」

薬草や毒消し草の注文を受けることはさらに減った。魔法でいくらでも回復できますよ、ということなのだろう。ただし月見草はちょくちょく売れる。麻痺を治癒する魔法はいささか難しいとみた。習得するまでのレベルが先の2つよりも高いのだろう。もしくは必要なマジックポイントが高いので、道具を使ったほうが賢いということなのかもしれない。とはいえ、金額は雀の涙程度。なんてことを言ってはいけ―

「いらっしゃいませー。どうも、こんにちは。はい、鋼シリーズ一式と帰還の羽を3つですね。」

チッ、ツッ、タッと自作のそろばんを弾く。もう暗算では厳しい。

「全部で4,745ルナになります。ただいま鋼シリーズを用意致しますので、お待ち下さい。」

鋼シリーズの運搬は肉体労働だ。普段の運動不足も祟(たた)って、最初の数日は胸回りと二の腕周辺が筋肉痛になってしまった。直に体が慣れて―

「は~い、いらっしゃいませー・・・」

こんな具合でゆっくり巨大おにぎりを食べる暇もない。でも楽しいな。汗だくにはなるが、ルナが貯まっていく。成果が、結果が見に見える。

 お店は忙しいほど活気があって疲れない。時間の経過も速い。ルナも儲かり、筋肉痛や草臥(くたびれ)れなんかは成果が吹き飛ばしてくれる。


 「こんばんは~」

「おう、来たか如月。どっかその辺に座ってくれ~い。」

酒場デビューも果たした。17時に仕事を終えてそのまま顔を出すこともあれば、宿で1度シャワーを浴びてから出掛けることもある。今日は喉が渇いて仕方なかったので酒場へ直行した。酒場が開くのも夕方からのはずだが、それでも店内の席はいつも半数以上埋まっている。俺のような一般客もいるが、ほとんどは勇者御一行だ。いや、別に構わないんだけれど、いいのか、レベル上げしたり次の目的地を目指したりしなくて。二日酔いでモンスターと戦っていたりしないだろうな。さて、そんなことより、

「ヴァイチェンビール、下さい。」

「あいよ~~。」

俺のお気に入りだ。店のお勧めということで注文して以来、必ず頼んでいる。こいつを1杯、2杯飲んでオリベイラへ戻る。つまみの類はなし。食事は十分すぎるほどに準備されているから。それと、もうひとつの目的。

 「東の洞窟・・・あれは厳しいぜ。モンスターが強すぎるんだよ。あと、毒持ち、麻痺持ちが多いから厄介だよな。」

俺は基本的に独りかつ短時間で酒場を出るのだが、

「最深部にある『ダイヤの紋章』を取って来いなんて言っていたが、本当にあるのかね、そんなモン。まぁ、王とか大臣が嘘ついているとは思わんけどさ。何度も出入りしてマップを覚えないと現在地が分かんなくなっちまうよな。迷子って奴だ。絶対に帰還の羽を忘れちゃいけない、命取りだぞ。」

もうひとつの目的は情報収集。確かに集めた所で品揃えを大きく変更することはできないが、絶対に切らせてはいけないモノ、客の需要を耳にできる良い機会なのだ。

「東の道具屋にしか置いていない鋼シリーズは重宝するぞ。仲間に重装備系がいるならば絶対に装備させたいな。ルナを貯めたらまずは武器。次に鋼シリーズで堅めたら、防具屋で魔道士系の装備品を購入する。時間をかけてでもちゃんと準備しないといけない。手を抜くと洞窟の中で痛い目を見るからな。」

上の話を盗み聞きできたときは嬉しかった。鋼シリーズが販売好調の理由が明らんだ。鋼の鎧、盾、兜は道具屋うどんこの独占アイテムなのだ。これがオリベイラに泊まれる、5,000ルナ貯められるという確信を導いてくれた。

 ちょっとだけ本線を外れるけれども、酒場からすぐに宿へと戻る理由。俺は酒に弱い。ほろ酔い加減でただいま、と。ヴァイチェンビール1杯で気持ちよくなってしまう。


 『五千ルナの報酬』を射程圏内に捉えるまで2週間とかからなかった。5,000ルナ支払ったら手持ちのルナが無くなりましたでは翌日の発注ができなくなってしまうし、宿にも泊まれなくなってしまう。5,000ルナプラスアルファを手元に置いて考える。アルファの部分が5,000ルナに近い。石橋を叩いて渡る性格らしいことを今更ながら自覚させられた。

 どの報酬にするか。福引きの設置、レジスターの設置、原価1パーセント削減、他店舗との情報交換、勇者御一行の情報獲得、看板設置(照明付)、24時間営業、自動販売機の設置、従業員の採用、アイテム図鑑①配布、配達車両のレンタル。

 本命は決まっていた。勇者に関することならとりあえずは何でも構わない。まだ政樹に再会できていない。そして俺の勘が告げる。もうしばらく会えね~んじゃね。どんな話が聞けるのか、それこそ個人的な情報が公開されるかは知らないが、ルナに余裕が出てくると気持ちにもゆとりが持てる。物は試し。問い合わせる奴は決まっている。

 「五千ルナの報酬ですか?いつでもお伺いしますよ~。」

話が早くて助かる。

「そしたら・・・」

『五千ルナの報酬 項目一覧』という、以前渡されたペラ紙を手に例の項目を指差した。ただ、俺とて何も分からぬまま大金を注ぎ込む程に無謀ではない。

「勇者一行の情報とありますが、どんなことを教えてもらえるんですか?」

はっきり言って、勇者と言っても大袈裟ではなく、腐る程いる。興味のない情報ばかり集まっても困ってしまう。

「それはですね~・・・」

2階で鋼シリーズを納品しながら運び屋が答える。

「神父様しか分かりませんね~。」

「ん、神・・・父、様・・・・・・?」

妙な記憶しか頭を過ぎらない。

「はい。・・・よっこい、しょっ、と。やっぱり鋼の装備は重いですね~。勇者一行の情報は教会で神父様よりお話を頂くことになります。ただ、その間、お店を離れることになりますので、まずは1名アルバイトを雇ってからということになります。」

 時間を貰うことにした。突然アルバイトとかそういう話まで飛ぶとは思わなかった。確かに現状ではおちおち昼飯も食べていられない。2階に商品を取りに行っている間、客を待たせることもある。トイレだって行く。ちょっとした休憩時間があってもいいだろう。人手の欲しい状況下ではあるが、問題はどんな奴が来るかだ。とんでもない奴を雇ったら地獄だ。店舗内で一日中一緒にいるのだから回避不可能。そんな大切な従業員はどうやって選ぶのだろうか。一般的には面接してから採用、不採用を決めるはずだが―

 

 翌日。「アルバイトを雇うとしたら、どんな方がいらっしゃるんですかね?あれかな、自分で募集をかけたりするのかな?」

時給が幾らで、週に何日、何時間勤務するのかといったことも気になるが、どんな奴が来るのかが分からないと話が先に進まない。たとえ鋼シリーズを片手で運べるくらいの力持ちだったとしても、スキンヘッドで上半身裸のヒゲ親父が店番に立っていたら客が寄り付かなくなってしまう。一般的には募集をかけて面接をして、ふるい(・・・)にかけるはずだが。今日も遠慮なく2階に着陸した運び屋に聞いてみた。すると。

「そう聞いてくると思って準備してきましたよ~。候補は3人です。顔写真付きですので分かり易いかと思います~。」

 きっと運び屋は仕事ができる。唐突に直感が同意を求める。異論はなかった。一歩、二歩先を見据えている。俺の次の行動も奴の頭の中に素描されているのだろう。小憎たらしい程に信用しているのだと気付いたが、もちろん微塵も悟らせない。

 気持ちを切り替えて、俺は履歴書でも入っているであろう、大き目の封筒を3枚受け取った。

 言葉に詰まった。客の切れ目、隙を見て封筒を開封。中身はやはり履歴書の様なものだったが、学歴、職歴、資格の類は一切記入なし。あったのは顔写真と六角形のレーダーチャート。その項目は、接客、勤務日数、勤務時間、勤務能力、特記1、特記2。片手間に目を通すものではないので、詳細は宿に戻ってから。

 朝方、運び屋は「アルバイトさんが決まったら私目にお申し付け下さい。即日お連れしますので~」と言っていた。面接とかやらないのだろうか。紙切れ一枚では性別と、ちょっとした個人情報しか分からないではないか。


 1日の仕事を終え、今日は宿へ直帰。シャワーを浴びて、美味しい夕食をたらふく頂いて、蓑口さんに挨拶をしてから部屋に戻る。さて・・・と。ベッドに横になりながら奇妙な履歴書を見比べた。

 人物1。リーノ。男。30歳。接客2、勤務日数3、勤務時間5、勤務能力5。どうやら数字の最大値は7。日数の単位は3日/週、時間の単位は5hour/日のようだ。一方で接客と勤務能力は評価者によるものだろうか。まさか自己申告ということはあるまいて。それと、なになに・・・特記1が5で、特記2がマックスの7。レーダーチャートの下には『注』とあり、特記1と特記2の説明書きかな、内容が記されていた。特記1、深夜勤務可能。時間帯は22時から6時の間とあったが、24時間営業ではないウチの店には関係ない。続いて特記2、酒耐性・・・?ざる(・・)ということだろうか。え~と、水の様に、浴びる様にが信条。酒飲み仲間多数とあった。・・・・・・特記2はいらないだろう。よっぽどアピールポイントが見当たらないか、ウケ狙いか。ただ、プラス要素ではないよな、働く上で。

 人物2。ラビ。女。17歳。接客6、勤務日数6、勤務時間6、勤務能力2。特記1が7で、特記2が1。随分と極端な評価だなと下の注釈に目を移すと、特記1の内容が愛嬌で、特記2は算数。

 安定感の欠片もないレーダーチャート。人間、良い所と悪い所があると後者ばかりに目がいってしまうもの。この子だって短所ばかりではない。沢山働けて接客上手でむちゃくちゃ愛嬌があって、写真を見る限りは可愛らしいショートカットのボーイッシュな女の子だ。ただちょっとおバカという理解で合っているのだろうか。

 人物3。コト。女。71歳。んっ!?うちの婆さんと同い年か。元気だな~。接客7、勤務日数5、勤務時間3、勤務能力2。特記1が7で、特記2が1。またなんか極端だな。バランスのとれたアルバイトはいないのだろうか。普通というか平均的というか。そういう面では最初のリーノという人物が適任なのかな。コトさんに戻ろう。えっと・・・特記1は朝に強く早起きが苦にならない。特記2は腰痛アリ、重い物は持てません。なんだか頭が痛くなってきたのでそのまま休むことにした。どっと疲れが出てきた気がする。待っていれば履歴書は追加されるのだろうか。本当に面接なしで採用を決めるのか。駄目だと思ったら辞めさせられるのか。根本的に雇って平気な、信用の置ける人達なのだろうか。


 翌朝、運び屋に幾つかの質問をしてみたが、解決策や新しい発見、期待した答えは返ってこなかった。そうであれば、決めていた人物を発注するのみ。

「かしこまりました。そうしましたら明日、ラビさんをお連れしますね~。」

バビューン!3名共に一長一短あるように読み取れた。ラビという人物を選んだ理由は何かと問われると困ってしまうが、勤務日数が6日、勤務時間も6時間と沢山働いてもらえる、という点だろうか。勇者政樹の情報獲得まで、もう一歩。

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