独りじゃない①

【 独りじゃない 】


 この1ヶ月の間、あまり多くの時間、多くの人間と関わってこなかったことだけが原因ではないとは思うが、人に酔ってしまいそうだった。実際、人が沢山いて活気に満ちた町だ。都会というのだろうか。広い、デカイ、ウルサイ。いや賑やかで華やか。そうある程に場違い感と孤独感を痛感させられた。

 荷馬車に揺られ連れて来られた第三の立地、『城下町ダイヤ・セガタ』。慣れるまでに時間が要るなと町の片隅に立ち尽くしていると、運び屋から声が掛かる。

「如月さん、この町からが本番ですよ~。とりあえず、分岐していた冒険者の皆さんが必ずこの町を訪れます。それと、如月さんのお店の他にもう1店舗、道具屋がありますので落ち着いたら覗いてみると良いかもしれませんね~。それと、このまちには宿屋が店あるのですが、『オリベイラ』という宿が蓑口さんのお店ですので。一応、ご参考までに~。」

 聞き返すこともできた。蓑口さんとは?と。まさか人と会っていないことが功を奏すとは思ってもみなかった。2ヶ月も世話になって名前も聞いていない事を知られたくなかったし、人名を検索するのに時間は必要なかった。この1ヶ月、客以外で話した人間は目の前の運び屋と宿の女将さんだけ。運び屋は柳という。ならば―期せずして名前を特定できたのはラッキーだった。ナイスなお届け物だったぞ、運び屋。敵さんの調査なんぞは後回し。オリベイラを探すのが優先だ。そんな俺の心を見透かしたのか、運び屋の声質が変わった。

「最後に―この町ではこれまでよりも長居することになると思います。具体的に何ヶ月ということは分かりかねますが、五千ルナの報酬を2つ、3つクリアした頃合で声がかかるでしょう。頑張って下さい。」

「はい。」

「な~んて偉そうに言いましたが、私目とは毎朝、変わらず顔を合わせますので、また宜しくお願いしますね~。」

最後はいつもの調子に戻った。ここからがようやく本番らしい。やれやれだ。

 その後、運び屋はダイヤ・セガタの地図を俺に渡し、バビューンと飛んで行った。地図を手渡しあとはご勝手に、というのはいい加減やめてくれないだろうか。

 地図によると・・・出入り口としては西門と東門がある。。オメガの丘に通じるのが西門、次の目的地へ向かうには東門を利用するようだ。で・・・町の施設としては、宿屋がある。武器屋があって、防具屋に教会も。ここまではクゴートの里にもあった。他には酒場があるな。そして道具屋がある。宿屋が3店舗に道具屋は2店舗か。ライバル店というのか、競合店というのか。どっちが俺の店で、オリベイラはどのお店だろうか。天気も良いし、まだ午前中。特にやることもなし。約束もなし。体調も良い。ゆっくり探そうか。急ぐことも焦る必要もない。久しぶりに人間の住む土地に降り立った。散歩くらいしても罰は当たるまいて。

 各地とやらがどちらかは知らないが運び屋の言う通り、冒険者が一同に会しているようだ。あちらこちらで目にする。もはや一般人とは着ているものが違うから簡単に見分けがつく。あと、武器も携えているし。4人パーティーがほとんどではあったが、中には単独行動をしているような奴も見掛けた。ま、いつの時代も一匹狼は強そうに見えるんだよな。それと、知っている奴はいなかったな。

 景色を眺めながらフラフラ歩く。違うな、歩いていたらフラフラしてきた。そうだな、人が多いということは民家の数が多いということ。どこか安心すると同時におよそ1ヶ月間、人と擦れ違うことがなかった。人に囲まれることがなかったからだろうか、人に酔ってしまったようだ。それと、建物に圧迫感を覚えた。気持ち悪くはないのだが、目が回ってしまったようだ。動悸もする。渋々、散歩を切り上げて宿へ向かうことにした。もう1店の道具屋も覗いておきたかったが、それはまた後日にしよう。酒場はさすがにまだやっていないか。

 『オリベイラ』を探す。蓑口さんの経営する宿だ。転送陣に導かれてやってきたこっちの世界における、数少ない俺の知人のひとり。道具屋を営んでいれば顔馴染みの客のひとりでもできそうなものだが、いかんせんダンジョンの中継地点に位置していた為、客が戻ってくることはなかった。レベル上げ等の拠点とされるような町の道具屋であれば繰り返し利用してもらえるのだろうが、『道具屋 うどんこ オメガの丘』店では無理な話。

 それはさて置き、あの女将さんは一体何店舗の宿を経営しているのだ。そもそもどうやって移動している。怪力の持ち主で、とてつもなくよく食べる。総じて何者なのだという疑問は日に日に増すばかりなのだが、美人だもの。他の選択肢は考えられなかった。

 人に酔いながらオリベイラに到着。これまで宿泊した宿は小ぢんまりとした、などと言ったら失礼だけれども、小振りなものだった。2階建てだったし、部屋の数も10程だった。食堂で人を見掛けることはあったが、宿泊客は俺独り、女将さんだけで遣り繰りをしていた。俺が気付かなかっただけ、ということでなければ。

 けれどもここダイヤ・セガタのオリベイラは・・・豪邸か。豪勢でとにかくデカかった。1、2、3・・・5階建て。随分と手前から周辺の建造物より頭3つ抜けている建物が見えていたが、看板を確かめるまで宿だとは思っていなかった。地図を見ながら近づく内にもしやという感じはしたが、過去2件の質素な印象が拭えなかった。もしかしたらこの町で最も高い建築物ではなかろうか。下手したら遠くに見える城よりも。少なくとも、この周辺にオリベイラよりも大きなものはない。はっきり言って浮いている。決して蓑口さんに言うことはできないが、景観を壊しているという意見が皆無であるはずがない。それ程までのインパクトだった。


 10分位かかっただろうか。一歩踏み込むのにも勇気要(い)った。女将さんとは昨日も会っている。いやいや、今朝だってオメガの丘で見送ってもらった。緊張することはないのに。建物がデカいというのもある。それと、目の前で勇者一行が宿に、オリベイラに入っていった。一戦交えた後なのだろう、ひと目で分かった。不思議なことはない。おかしな点もない。単に2ヶ月間、蓑口さんの宿に誰も泊まりに来なかっただけ。これは確かに奇妙だけれども、今の俺の感情には関係ない。恐怖にも似た緊張とためらいの理由は―

 カラン、コロン、カラーン・・・

「いらっしゃいませっ。あ、如月さん、来て下さったん―」

「蓑口さん、お聞きしたいことがあります。」

入口から蓑口さんの立つカウンターまではかなり距離があったが、詰めることはせず、その場でやや声を張って質問をした。

「こちらの宿は一泊おいくらですか?」

「・・・一泊お食事付きで500ルナになります。」

「そうですか、分かりました。出直してきます。」

カラン、コロン―予想通りに手が出ない。現段階(いま)の俺にはオリベイラに泊まる資格が、ない。逃げるように早足で宿から外に出た。

 必ず帰ってくる。オリベイラに泊まれる位に稼いでやる。これまでとは客数が違う。様々なルートに散った冒険者が一同に会する、というのは伊達じゃない。可能性はゼロではないはずだ。それまでは、別の宿で我慢するしかない、なんて言い方をしては無礼だな。申し訳ない。

 一泊100ルナ。今日からお世話になる宿の値段だ。オリベイラの部屋に入ったわけではないので比較はできないが、安価だからといって粗悪だな、などということは全くなかった。店主の対応も至って普通。部屋は広くはないが寝る為だけの部屋としては十分。布団もあるし、座布団もあるし、問題なし。和室なんだな。茶色の卓袱台(ちゃぶだい)の上には急須と湯呑、茶筒が置いてあった。お茶はご自由にお飲み下さいと店主が勧めてくれていた。それと、時計も置いてあった。目覚まし機能も付いている、小さな置時計がひとつ。ちょっとだけ物足りなかった。

 一服して一息ついた俺はやることもないので、地図を片手にダイヤ・セガタを見て回ることにした。熱い緑茶を飲んだら気分がスッキリした。美味しかったし、自由に飲めるので今後も重宝することになるだろうが、お茶っ葉だろう。茶筒の中は普通、葉っぱが入っていると思うじゃないか。ティーパックだった。お手軽で良いけどさ、ビックリしてしまった。

 地図にはめぼしい施設が記されていて、使い勝手はマル。親切だ。地図によれば城下町には宿屋が3店舗、武器屋と防具屋が各1店、そして道具屋がウチともうひとつ。他にも酒場や預かり所があるようだ。外へ出るには西門と東門があって、西門がオメガの丘から通じる出入口。おそらくは東門が次の目的地に繋がるのだろう。町の西側には防具屋があって、酒場があって、ウチのライバル店がある。そして西側と東側を分かつ南北の中央線上に宿屋が3店並んでいた。そこを境に東方面には武器屋や預かり所、そして俺の店、『道具屋 うどんこ ダイヤ・セガタ』店。

 出掛けようか。この数十日で学んだことがある。地図からは温度は伝わってこない。あくまで熱は自分の足で計らなくてはならない。それが商圏調査。自分の足を使って地図に描き込むのだ。

 さぁ、競合店調査を始めよう。ライバル店を偵察だ、と思っていたのだが、やっぱり自分の店が気になってしまった。順序を入れ替えライバル店に背を向けた。場所は東門のすぐそば。東門は次の目的地に通ずる出入り口。立地としては二重丸だ。経験値を稼ぐにしたって、ルナを貯めるにしたって、より強い敵で効率よく済ませようとするだろう。西門は一度きりの通過だが、東門は繰り返し行ったり来たりする。人通りが多いのはきっと東門である。つまり、チャンスが多く転がっているのが東門のはずだ。

 到着、する前に『預かり所』なる店を通り過ぎた。俺の店から4、5軒離れた、ご近所さん。どんな店かと手掛かりを探してみると看板を発見。そこには冒険者向けと思われる説明書きがあった。

『お手荷物、パンパンではありませんか。いらなくなったイベントアイテム、店に売れない重要アイテム、使い道の分からない謎のアイテム。どんなものでも当店に預けておけば安心。

あなたの金庫番 預かり所 キミノテ』

 詳しくは分からんが、預かり所という店もあるんだな。銀行みたいなものだろうか。とりあえずうちの店の売上には影響なさそうだが、あとから入ってみるか。

 んで、自分の店に到着。まずは一言。二階建てかいっ。テンションが上がってしまった。店が、でっかくなった。本当に場所が間違っていないか地図を確認する。大丈夫、俺の店だ。証拠に裏口から中に入ると薬草が置いてあったから。ここは道具屋だ。尤も、戸締まりがなされていないのは問題だが・・・そして、もはや案内人やら説明係もいないようだ。勝手に独りでおっ始めなさい、ということらしい。

 1階の在庫に目新しいモノはなかった。見慣れた商品がほとんどで商品名も価格も頭の中に入っている。あまりおもしろくないのでさっさと2階へ上がる。随分と幅の広い階段で、両腕を目一杯広げても、両方の手すりに触れることはできなかった。「無駄にデカイ階段だことで・・・」なんて感想を抱きながら辿り着いた2階は、別世界だった。1階とは違う種類の在庫、そしてこれまでの俺の店とも次元が異なった。道具屋の品揃えではない。だって、外からの微かな日の光を反射して煌めいていたもの。少なくともこれまで俺が取り扱ってきた商品に、光輝を放つモノはなかった。どちらかと言うと光を吸収してしまいそうな色合い。そして、デカイ。そりゃそうだ、どう見たって身に付けるものだもの。道具ではなく防具だ。駆け足で階段を下り、発注表を探し出した。場所は店内奥のテーブル。すぐさま商品名を確認する。薬草、毒消し草・・・そんなのは分かっている。・・・・・・これだ『鋼の鎧』、『鋼の盾、』『鋼の兜』。品揃えに本格的な防雨具が加わった、道具の様な防具ではなく。値段はいくらだ。原価と売価、いくら稼げるか。

 思わず北叟笑(ほくそえ)んだ。薬草とはゼロが2つ違う。それはすなわち、1個販売した際のルナの桁が変わってくる。扱う金額の大幅増。1回の売り買い効率というか能率の改善というか。1日最低500ルナ。五千ルナの報酬。こいつらが見えてきたのではなかろうか。

 

 重く閉ざされた扉とそこへと続く茨の道。扉の開く気配はないし、茨を除去する術もなかった。どう足掻こうとも、それ以前に足掻く手段すら見当たらない状況だった。遠過ぎる目標は諦めを生む。諦めは進化を途絶えさせる。絶望に喰われかけていた野望が光を取り戻した。


 文字通り、輝く防具を手に入れた。看板を作り直すか、防具を販売している旨、鋼シリーズを売っていることを告知するPOPでも作成するか。そんなことを考えながら、そりゃ売り物ではあるが、見たこともない鋼シリーズの防具だ、ペタペタ触れたりコンコン叩いたりしたくなる。装備しようとはさすがに思わなかったが、1階に運ぶシミュレーションと持ち上げてみたものの、見た目通り重い。殊に鎧は半端ない。どうにか持ち上がるが、階段の下りはちょっとしんどい。何か適当な運搬道具でもないかしらと片っ端から部屋を開けてみた。ほとんどの部屋はがらんどう。収穫なしかと思いきや、とある部屋に見覚えのある装置が現れた。俺のこれまでの人生で見たことのある装置と呼べる様な物はひとつしかない。転・送・陣?どうしてこんな所に。そして無理矢理脳裏に思い浮かぶはマッスル親父。他に転送装置に関して思い出などないからな。

 どこへ繋がっているのだろうか。考えた所で答えは出ない。ヘンテコな場所に転送されたら戻ってくればいいだけのこと。自分の店に置いてある転送陣の行き先が分からないというのも気持ちの悪い話だしな。

 転送陣、起動。青から緑、そして青へ。転送は恙無(つつがな)く完了した。装置から出ると、そこも小部屋。目の前には一枚の扉。床の色といい壁の色、心無しか転送前の部屋の雰囲気と似ている。っ言(つ)うかそっくりだ。転送失敗か?いや色の変化は確認できた。問題ないはず・・・ここで俺の頭にひとつの仮説が―同時に目の前の戸をドバァーンと開けた。ビンゴ!転送先は店の1階だった。重量のある鋼シリーズを運ぶ為のものだろう。自動昇降機の様な役割という認識で間違いないだろう。便利には便利なのだが、1階で保管しておけばよくね?

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