塵も積もれば 終

 ものの十数秒で到着。 ここは、どこだ・・・いや、知らない土地であることは分かっているのだが、そういうことではなくて。オメガの丘―つまり、里ではなくて、村でもなくて、町じゃなくて城でもない。人の住む処ではないのか。いくら何でもそれはダメだろう。道具屋を営む上で客が来ることは最低条件だ。人がいて初めて道具屋が必要とされるのだ。荷車から降りた俺を迎えてくれたのはテンガロンハットに和服、ジーパンに下駄を履いた運び屋、柳。そして2棟の建物。周囲を見渡せば三峡(さんきょう)というのだろうか? 眼前の建造物以外に人の手が入った様子はなく、こういった土地に踏み入ったことのない俺には表現する手立てがなかった。ただ、景色は美しいな、と。大自然に囲まれて、というのも悪くない。でも、繰り返しになるが、人の住める環境ではないと俺は思うのだが。

「え~、向かって右側が宿屋で、左側が如月さんのお店になります。それと外は危険ですので出歩かないようにお願いしますね。外の空気を吸いたい時もこの辺りまでにしておいて下さいね、それでは~。」

バビューン!

やれやれ、運び屋さんはお忙しいようで。明日の納品予定を教えてんもらおうと思ったが、ま、いいだろう。

 まずは宿の予約を入れてしまおう。一泊幾らか知っておきたいし、荷物も邪魔だ。量は多くないが早く身軽になりたかった。独り残された俺はもう一度辺りを見回した。運び屋が危険だと言ってはいたが、静かなものだ。静か過ぎて恐怖を感じるくらい。あれか、足場が危ないということだろうか。それとも落石。現状あまり危険は感知できないが、どういう考えでこんな所に店を構えんたんだか。未開の地だぞ、これじゃ。立地条件とかは考慮しないのかね。店、客、運び屋。一体誰が得して喜ぶというのか。そんなこと俺が考えても仕様がないけれども。

 トコトコと宿に向かって歩きだした。足取りはどことなく重い。新天地を前に興奮や心機一転といった前向きな精神状態というより、緊張と不安。何かをやってやろうというよりも何が起こるのだろう。ああ、そうだ、運び屋に聞いてみれば良かったな。『オメガの丘』って大層な名前の土地だけれども、魔王の城か何かが近くにあるのかと。


 「お帰りなさい、如月さん。」

驚きと安堵と歓喜が押し寄せた結果、照れ隠しをする俺の口から出た言葉は

「女将さん、どうしてここに?」

もうほんと、これじゃ、失礼極まりない。迎えてくれたのはクゴートの里でお世話になった宿屋の女主人だった。。あちらに驚いた様子がなかった所を見ると、知っていたのかもしれない。髪の毛がサラサラで、細くて、声が低めで言葉遣いが丁寧で、加えて知的で料理上手。120パーセント理想のタイプ。んでもって、目を疑うほどに力持ちで、あと、食事が過剰に特盛り。これらも含めて、宿に戻るのが楽しみになった。あまり大きな声では言えないが、この宿、お客さんは少ない。つまり、女将さんと一緒に食事を摂る機会が多い。

「他にお客さんがいないので、ご一緒しても宜しいでしょうか。」

断るわけがない。何ならカウンターテーブルを挟むのではなく隣同士でも構わない。ただ残念というか後悔していることがひとつ。名前を聞くタイミングを逸してしまった。ず~っと女将さんと呼んでいる。ちなみに女将さん、控えめに言っても俺の2倍は食べる。俺から指摘することはないし、女将さんも気にした様子は見せないし、話題にも上らないが、見間違いや勘違いではない。

 「驚かせちゃいましたね。ここも私のお店のひとつなんです。事前にお話しておけば良かったんですけれど、如月さん、急な出発だったので―」

こういうのを接客というのだろうな。客の遇(あしら)いが上手い。はにかんだ笑顔でこんな風に喋られては気分上々に決まっている。俺も接客業に携わる端くれとして見習わなくてはならない。

「さっ、2階へどうぞ。時計とタンスはお部屋に運んでおきましたから。」

コイツは真似できないが。

 「女将さん、どうやってクゴートからここまで来るんですか?」

部屋へと案内される途中、思わず尋ねてしまった。自ずから湧き上がる疑問だ。

「・・・・・・運送屋さんに運んで頂くんですよ。」

「そうでしたか・・・」

違和感を覚える一瞬の間を聞き逃さなかった。聞き逃せなかった。感づいてしまった。この手の質問は予測できたと思うのだが、単純にこの人は嘘をつくのが下手っぴなんだな。そこも含めて素敵なのだが。自信がなかったり不安が滲むと、ちょっと俯き加減になる。緊張が走ると微かに耳の先が赤く染まる。細い目がコンマ数ミリ見開く。だから女将さんの直情はそれとなく推測できるのだ。


 案内された部屋のベッドに腰を掛けて、食事中の会話を思い出していた。

「へぇ~。じゃあここは次の町に向かう途中、ダンジョンの中間地点ということになるんですね。」

「はい。宿を出て東に向かえばクゴートの里に戻れますし、西へ進むと『ダイヤ・セガタ』の城下町になります。」

どうやらここはラストダンジョンに程近い丘ではなく、冒険者にとって初めてとなる洞窟の中間地点、そえがオメガの丘だそうだ。

「勇者御一行もここの宿に泊まるのですか?」

「いいえ、ここの宿は一般の方のみ宿泊できる決まりになっています。冒険者の方達が利用できるのは如月さんの道具屋さんだけ。勇者様への最初の試練、ということらしいですよ。」

「そうなんですか。何か変な決まりですね。」

「そうですね。昔からのルールというか、伝統みたいなものらしいですよ。」

ここでの情報収集は難しそうだ。薬草くらいは買っていくだろうが、世間話程度かな。さて、明日に備えて今の内に在庫でも確認しておこうか。重いお腹をさすりながらベッドから腰を離した。


 部屋から看板を持って店に向かった、洗い物をする女将さんに声をかけて。店舗の広さはクゴートと同程度。品揃えは・・・例の3アイテムと、『月見草』20ルナ。なんか美味しそうな名前だな。それと・・・そうか、これらも道具の括りになるのか。ちょっといいよな、使い捨てではないモノを売れるというのは。親切に数個の在庫と名札まで置いてあった。『棍棒』30ルナ、『皮の盾』20ルナ、『拳法着』300ルナ、『ターバン』50ルナ。棍棒は思ったよりも重く、反対に皮の盾は軽かった。ターバンは名札がなければ包帯として売っていただろう。拳法着は俺の地元で人気のあった漫画とデザインが似ていた。例によって効果は分からないので、今の内に記入を済ませてしまう。負の要素はない。これまでの取扱い商品にプラスしてちょっとした武器と防具を売って良いようだ。専門店と比べれば量、質ともに見劣りするが気にはしない。損をするわけではないのだから。何より、このオメガの丘にはその武器や防具の専門店がないわけだし。今まで通り道具を売って、需要があれば武器や防具を売る。そうすればもうちょっと稼げるようになりそうだ。聞く所によれば、ここはダンジョンの中間地点。モンスターと戦ってさぞかしルナも溜まっていることだろう。手持ちの薬草も残り僅かではありますまいか。値段を釣り上げてやりたくなるよな。


 布団に入ってからもしばらくの間、考え事をしていた。明日からの仕事が嫌だとかそんなことではない。この1ヶ月、特に最初の1週間はそれなりに苦労もあったが、総じて無難に、道具屋としての生活を過ごしてきた。はっきり言って、仕事としては楽チンだ。来る客にアイテムを渡し、金を受け取るだけ。在庫が無くならないように発注する。それだけだから。ただ何かこう、本気になれないというか、心酔できないというか、夢中になれないというか。別に困難だとか煩雑さを求めているわけではない。そんなもの御免だ。

「お仕事は順調ですか?」

女将さんの問いにも「はい」と間髪入れずに答えた。嘘、偽りはない。不満もない。同時に目標も。モチベーションの上がらない理由、それは。売って稼いでそれでどうするのか。どうなるのか。それが全く見えないのだ。俺の売った薬草ひとつひとつが勇者を支え、魔王討伐の足掛かりとなる。そんな戯言は全く響かない。あ、そう、で終わってしまう。そこには俺にとっての具体的なアメが見えないから。

 ここら辺で眠りに落ちた。きっと環境の変化に疲れているのだろう。あまり考えすぎないことにした。


 今日も女将さんの特製巨大おにぎりを持って店へ向かう。

「もしも少なかったらおっしゃって下さいね。」

昨晩の考え事なんてどっかへ吹き飛んでしまう。そして、間違っても小さくしてくれとは言いたくないな。男だもの。

 発注は薬草と帰還の羽を適当に。この店舗の状況が分からないので余計な手出しは控えたほうが無難だと判断、武器と防具については発注せずに様子を見ることにした。手持ちの金は500ルナ。懐事情にあまり余裕もないので・・・ん?店の前に見慣れた人影が立っていた。偶然、ということではなかろう。俺を待ち伏せていたな、運び屋め。

「おはようございます、如月さん。お早いですね~。」

7時45分に宿を出てきた。早くはない。俺の中で警戒心が強まっていった。

「おはようございます。あれ、昨日の内に発注票はポストに投函しておいたのですが―」

相手の要件を聞き出さねばならない。

「はい、頂きましたよ~。」

運び屋は、やたらめったら質問を記入した発注表を片手でヒラヒラさせながら、物凄い笑顔で答えた。相も変わらずの奇抜な格好をして。

「本日の納品はありません。代わりにと言っては何ですが、こちらを―」

そう言いながら、今度はもう片方の手に持つ別の紙をヒラヒラさせた。あまりいい予感はしない。


 運び屋がバビューンと飛んで行った後、俺は店の椅子に腰掛けて文字を追っていた。開店までまだ幾らか時間がある・・・というか、開けたら即人が押し寄せるなんてことはない。看板をCLOSEDからOPENへ引っくり返しておけばいいだろう。事情が変わった。俺の予感が外れた。運び屋の持ってきた一枚の紙切れは決して悪い話ではなかった。説明が不親切で問い詰めるべき所はいずれ質問するが、興味深い内容ではあった。

「なになに・・・五千ルナ到達時の報酬・・・ねぇ。」


・レジスターの設置

・福引の設置

・原価1パーセント削減

・他店舗との情報交換

・勇者一行の情報獲得

・看板設置(照明付き)

・24時間営業可能

・自動販売機の設置 etc...


 他にも「アイテム図鑑 巻の1配布」とか、「配達用車両のレンタル」等、何のこっちゃ分かない項目や今の自店では必要ないと思われる内容も含めて、全部で10項目以上。果たして、全ての褒美が同等に5千ルナの価値があるのかどうかは定かではないが、心惹かれる文言があったのは確かだ。

「不明な点は遠慮なくご質問下さい」ともあった。根本的な問題として、誰に質問すりゃいいんだという疑問もあったが、運び屋に聞いてみるか。


 『5千ルナの報酬』は俺にとって大きなヒントになった。例えばレジの設置。今では暗算の得意ではない俺でも会計時に困ることはなかった。しかし褒美の項目として具体的に挙がってくると、いずれその内必要になるのだろうと勘繰(かんぐ)ってしまう。かと言って、努力の結晶を暗算可能な今の段階でレジ捧げるのは気が進まない。それならば作ってしまおう。客の信頼にも繋がるしな。暗算よりも安心感を付与することはできるはずだ。こんな立地ではリピーターなんて期待できないが、今後のことも考えれば損はするまいて。

 俺の自信になった項目も。看板は既に作成済みだ。素人による手作り品なので、褒美のそれよりはうんと見劣りするとは思うが、「ここは道具屋ですか?」と聞かれることはなくなった。看板の役割は十分に果たしてくれている。照明はないけれどな。

 さて、道具屋うどんこ新天地のスタートはと言うと、何も変わらず現状維持。ダンジョンの中間地点だなんて脅すものだから血だらけ、死にかけの勇者が来店したらどうしようかと思っていたが、取り越し苦労だった。冒険開始直後の洞窟ということで、難易度は低いのかもしれない。クゴートの里に比べれば薄汚れた客が多い印象は持ったが、魔王討伐の為に頑張っている結果だ。目を瞑ろう。店先が泥で汚れたら掃除すればいいさ。

 そう言えば、傍目から冒険者の職業がちょっとは見分けがつくようになった。ジョブごとの特徴が現れ始めた。近接系、勇者や戦士は鎧に盾、剣なんかを装備しているので、まぁ、見るからに強そうには映る。一方の遠距離系、魔法使いや僧侶は普段着だな、ほとんど。杖やロッドなんかもまだ売っていないようだ。

 問い合わせに答えられるよう、新規アイテムについて、発注表を使って効果や性能を調べておいた。美味しそうな名前の『月見草』。コイツは麻痺を治すそうだ。毒消し草同様、ステータス異常に効果を発揮するアイテムとのこと。ジョブに関係なく誰でも装備可能な『棍棒』。攻撃力が5ポイント上がる。『皮の盾』も全員が装備でき、防御力が3ポイントアップ。お次は『ターバン』。こちらは商人専用防具。防御力3ポイントアップに加えて特殊効果があり、敵の落とすルナが3ルナ増えるそうだ。その原理は分からんが商人という職業はルナに関する特典みたいなものがありそうだが、きっと人気はないだろうな。そして、武道家専用防具の『拳法着』。防御力と素早さが伴にポイント上昇すると説明があった。武道家は比較的人気のあるジョブなのだろう。パーティー内にしばしば見かけた。ターバンよりは売上げに貢献してくれそうだ。

 クゴートの里と比べて、毒消し草がよく売れるようになった。とある勇者から話を聞くと、ダンジョン内に毒持ちのスライムが生息しているそうな。攻撃力自体は大したことないのだが、攻撃の際、10パーセントの確率で毒を与えてくるという。コイツが厄介。ステータス異常の毒は戦闘を終えても自然回復はせず、何歩か歩く度にヒットポイントを奪われてしまう。僧侶が解毒魔法を覚えるまでは毒消し草が必須なのだそうだ。クゴートの里でも売っていたのだが、何とも準備の悪いパーティーが多いことよ、というのは心の中にしまっておくが、最初のダンジョンの関門はいかに毒を喰らわないか。受けた毒を即座に解毒して無駄にヒットポイントを減らさないか。素早い武道家がいると先手が取り易いなんて言っている奴もいたな~。俺の知った所ではないが。こっちはこっちでちょっと問題が発生して、それ所ではなかったのだ。2日目に毒消し草が売り切れてしまった。何組かのパーティーに迷惑をかけてしまった。あるパーティーなんか4人全員が毒状態で、でも店の毒消し草は品切れで。苦肉の策で薬草を持てるだけ購入していった。ダイヤ・セガタの町まで辿り着けただろうか。

 毒消し草の代わりに薬草が売れた。そこから俺の学習したことは売価と原価。五千ルナ達成に向けた第一歩だ。

 俺が店で客に売っているアイテムの価格。薬草が10ルナ、毒消し草であれば6ルナ、拳法着ならば300ルナ。これが売価である。値札に書いてある数字だ。客に物を売ればそれだけのルナが手に入るわけだが、当然そのまま俺の儲けとなりはしない。俺も商品を仕入れている、買っているからだ。どこで製造、加工、もしくは採取、栽培されているかは知らないが(問い合わせのないことを願う)、運び屋にルナを払って商品を納品してもらっている。薬草が8ルナ、毒消し草3ルナ、拳法着は200ルナ。これが原価だ。俺の稼ぎは売価から原価を引いた金額。つまり薬草ならば10-8で2ルナ、毒消し草は6-3の3ルナ、そして拳法着は300-200で100ルナ。文字通り桁違いの金額。1着で100ルナも稼げてしまうのだ。薬草の何個分だという計算が自然と遂行される。おいしい商材である。逆に薬草を10、20個売った所で、という思考回路も形成されるのだが。

 他にやることがないからというのが1番の理由なのだが、オメガの丘にて俺はよく動いた。真面目に勤めた。精一杯頑張った。オメガの丘での1ヶ月でいくら稼げるかが楽しみだったからだ。運び屋に提示された5千ルナの報酬。まるで興味がないというわけではない。どうでもいいような項目もあったが、問合わせたいそれもあった。

 朝6時起床。俺の1日は店頭の掃除から始まる。こっそりと宿を抜けるのだが、女将さんも起きていて、ご飯を炊く香りが眠たい目を覚ましてくれた。ちなみにやや気恥ずかしいので、おはようございますの挨拶は帰ってきてから。さて、店に着いたらほうきで掃いて水も撒く。ダンジョンの中間地点ということで砂埃、泥汚れがひどい。風向き次第では店内も砂利だらけになってしまう。30分弱で掃除を終えて宿に戻り、シャワーを浴びて朝食を頂く。早起きして体を動かすと、特盛り朝食もペロリだ。

 

 7時45分、店へ到着。直に運び屋がやってくるので納品準備。入ってくるアイテムと数は把握済み。運ばれた商品をすぐにしまえるようにスペースを確保。納品は段ボール箱に入ってくる。古い商品と言ったら聞こえが悪いが、今、入ってきた商品はとりあえず箱のまま保管。元々あった在庫から販売してくのだ。これにて朝の準備はおしまい。あとは客の来店を待つばかり。と言っても、クゴートの里同様に客数は多くない。暇な時間が圧倒的に長い。ということで、とある物を作り始めた。五千ルナの報酬を参考にしたのだが。

 看板と異なり細かい作業となるので難儀しているが、どうにかこうにか完成までもっていけそうだ。目的は精算時の計算を速く正確にという事と、客の信頼。ちょろまかしていませんよと証するべく『算盤(そろばん)』を作成中だ。現状、暗算でも全く問題ないのだが、買い物客に安心感を与えられるかと思う。さすがにレジスターはどうにもできないが、数日でできあがるだろう。

 肝心の売れ行きについてだが、先にも言っただろうか、毒消し草がバンバン売れた。各パーティーにひとりは毒に犯された奴がいるのではないかと思われる程、ステータス以上で中間地点に辿り着く奴らが多かった。購入するや否や、店先で使用するという光景は見慣れてしまった。単なる準備不足か、敵のステータス攻撃がよほど優秀なのか・・・前者だろうな、間違いなく。最初のダンジョンの毒攻撃なんか、たかが知れている。我先にとクリア、攻略を目指すのは勝手だが、無謀であろう。計画性がないと罵られても反論できまい。クゴートでも毒消し草は販売していたのに買っていくパーティーはあまりいなかった。よほど急いでいたのだとは思うが、予備という発想は生まれず。無理にでも先を目指している風に感じた。全財産を叩いて薬草を持てるだけ買って、早々にクゴートを発つ一行をしばしば目にした。勇者様の方針というか、正確にもよるのだろう。危険を顧みず先を急ぐタイプと、じっくりゆっくりしっかりとルナと経験値を溜めるタイプ。それはそうと、クゴートの里で、毒消し草を買っておいた方が良いという情報はなかったのだろうか。里の人間、誰も教えてあげなかったのかしら。

 オメガの丘における最初の2週間の印象は、よく毒消し草が、そしてやっぱり薬草が売れたな。それはそうだ、準備不足のパーティーが多い上に、目の前の宿屋で休むこともできない。値段を倍にしたって売れただろう。対照的に棍棒、皮の盾、そしてターバンが全く売れなかった。武道着はたまに売れる。ダンジョンでルナが余り気味のパーティーが武道家用に購入していくのだが、ターバンには見向きもしない。だって、パーティーに商人がいないんだもの。そりゃいらないわな。商人は人気のないジョブというか、あまり目にしない。振り分けが少ないのかもしれない。もしくは酒場で待機していても勇者が仲間に誘わないのかな。近接戦闘力は中の下、魔法は使えない。戦闘における特殊能力もなし。モンスターを倒した際に獲得できるルナがいくらか増えるようだが、わざわざ仲間に誘うほどの能力ではない。やはり他のジョブと比較して魅力に欠ける。承認の評価はそんな所だろうか。冒険を進めていくと新たに特殊能力を身に付けるという沙汰もあるが、それを含めても選択肢から外されるのが商人。ターバンが売れる訳がない。商人もいないのにターバンを買おうとする奴がいたら聞かずにはいられない。

「あなたはこの防具を装備できませんが、宜しいですか?」

 後半の2週間―実は、『道具屋うどんこ オメガの丘店』も1ヶ月で終幕を迎えるのだが、売上げは下降した。客数は前半と比較して横ばい。つまり、客が物を買っていかなくなった。ひとパーティー当たりの買い上げ点数がガクンと落ちたのだ。

「本日は発注ナシで宜しいですか~?」

ある朝は在庫十分の為、何ひとつ道具の発注を行わなかった。そして欠品の気配すら漂わず。そんでもってターバンは相も変わらずほとんど売れない。「ターバンください。」と注文を受けた時は驚きを隠すのに必死だった。1ヶ月間でひとつ売れた。武道着は時折買っていく客がいたが、棍棒と皮の盾はゼロ。置いておくだけ無駄。はっきり言って邪魔なだけ。俺が道具屋に売りたいくらいだ。

 そして売上げに致命的な打撃を与える現実。それは、段々、段々と、勇者共のレベルが上がっていることだ。初ダンジョンに備えて、クゴートの里周辺でレベル上げをしたのだろう。先の奴等とは違って、ある程度余裕を持って攻略しているようだ。ダンジョン内を探索できるから宝箱も回収可能。わざわざ俺の世話になる必要はない。

 レベルが上がると僧侶や勇者が回復魔法を覚える。覚えてしまう。当然の成り行きとして薬草の出番がめっきり減少する。これを機に、今後一切薬草に触れることのない奴もいるんだろうな。さらにもうワンランク上のレベルに到達したパーティーは、あろうことか解毒魔法まで習得していやがる。ステータス異常は厄介ではあるが、解除手段を習得していれば恐るるに足らず。となれば、毒消し草には目も呉れない。そうなると道具屋なんぞに用はない。売上げの上がる要因は全く見えないというわけだ。加えて、レベルの高いパーティーは装備をしっかりと整えている。武器も防具も申し分なし。現時点で入手可能な装備品で最も性能の高い物を身につけている。石橋を叩いて渡るかの如く、敵と戦って経験値を稼いでレベルを上げる。この作業でルナも同時並行に溜まっていく。ダンジョン突入前に武器、防具及び道具の支度は万端ということだ。ついでに言えばダンジョン探索によって消耗品を減らしたとしても、洞窟内で補充できてしまう。そこまでレベルの上昇したパーティーにとって、目新しいアイテムのない店に興味はない。品揃えだけ確認して先に進む奴等も多かった。

 さて、オメガの丘での最後の朝。俺の全財産は720ルナ。生きていくことはできたが、あまり増えなかった。運び屋への支払いを終え、クゴート店の利益ということで250ルナ受け取った。アルバイトを雇った覚えはないが誰かが俺の代わりに店を回しているそうで、「今はお話できませんが、無難に仕事をしていますのでご心配なく。」だそうだ。

 次の目的は『ダイヤ・セガタ』。運び屋の荷馬車に乗り込み出発を待つ。5千ルナまでは程遠い。その道のりは先が全く見えなかった。

                                                

                       【 塵も積もれば   終 】

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