塵も積もれば

① 店に残されやること為すこと分からぬまま、とりあえずは店の状況を確認した。ま、偉そうに状況確認と言ったって道具屋としての知識や経験があるわけでもないので、見学と大差ないのだが。

 まずは商売道具の商品から、と思ったのだが、ほうきとちりとりが目に入ったので床掃除から始めることにした。何をするにせよ、掃除をして悪いことはない。道具屋のスペースとしては実家の俺の部屋と同じくらいの狭さなのですぐに終わるだろう。部屋の中にはカウンターテーブルと椅子、それと布で覆われた棚が置いてあって、多分、棚の中にアイテムが保管されているはずだ。独りになってひとまずは落ち着きを取り戻し、周囲を見回す余裕が出てくるとちょっとばかしイライラしてきた。有無を言わさずこんな所に連れて来られたこともそうだが、原因はあの筋肉バカの説明では全く事足りていないということ。

 どうしてこの説明を省いたか、忘れたか。カウンターテーブルに置かれた紙の束。その最上部に『発注票』と書かれていた。一見するとメモ用紙の束だったが、発注票の題字で大切なものと分かった。そして最下部に小さい文字で説明書きがあって助かった。発注票に記入して午前8時までに注文した商品が届くようだ。そしてその発注票には既に商品が印刷されていて、そこに必要な個数を書けば良い仕組みになっていた。便利で親切じゃないか、という俺の感想はやや的外れということが後々分かるのだが、これで店にあるアイテムが判明した。『薬草』、『毒消し草』、『帰還の羽』。2つは定番アイテムだが、『帰還の羽』の効果がよく分からない。詳しくは分からないが、名称から察しはつく。けれども売る側が勘ではマズイ。こんな時にも役立つ発注票。質問及び特記事項という欄が設けてあった。これを使わない手はない。落ち着いたら利用させて頂こう。

 どっかの誰かさんよりずっと役に立つぜ、本当に。どう見ても世話役には向いていない。戦士や武道家を取り上げて「バカでもできる」なんて宣(のたま)っていたが、自分のことを棚に上げてよく言うぜ。神父のように理解した上で言伝を差し止めるなら分かるが、メモを無くした?忘れちまった?冗談じゃ―

「いやー、悪ィ、悪ィ。忘れ物(モン)だ。」心臓がコンマ何秒止まったと思う。突然扉が開いて渦中の人物が戻ってきた。タイミングが絶妙すぎる。俺の心が読めるのか。エスパーか。よし、決めた。転送陣の部屋に続く扉は封印する。扉の前に山ほど荷物を置いてやる。

「俺としたことが。金を渡すのを忘れていたぜ。ほらよっ。」

そう言うとコインの入った小袋を放り投げてきた、物凄いスピードで。

「100ルナ入っている。確かに渡したぞ。じゃあな。」

ドゥバンと扉を閉めて、今度は戻って来なかった。若干、店が揺れたのは言うまでもなし。きっと金の使い道に関するアドバイスもメモに書いてあったはずなんだ。ふぅ、あんにゃろうの愚痴はこの辺にしておこうか、俺の道具屋としての冒険が幕を開けないから。

 簡単な掃き掃除を終えると、壁の掛け時計は18時を少し回っていた。店内の在庫を調べてみると、薬草が50個、毒消し草10に帰還の羽が5個。明日の納品分は発注が済まされているかは不明。そもそも1日で何がどれくらい売れるかも分からないので、明日以降、手探りでやってみるしかない。店内でできることはこれくらい、か。となれば外を探検しなければなるまいて。


 明るさは残っていたが、直に暗くなるだろう。パッと見、この街には街灯というものがないらしい。日が落ちたら真っ暗闇に飲まれるだろう。人通りも疎(まば)らだった。夕刻の忙(せわ)しなさを既に抜け、この街の1日がもうすぐ終わる、そんな印象を受けた。カラスが泣くから帰ろうという物悲しさ。

 ふと、視線を感じた。おやっ、と辿る。じ~っ、と小さい女の子がこちらを見ていた。お母さんと手を繋いで。家に帰る途中だろうか、歩きながら、やや距離はあったのだが、怖がることなくしっかりとした音量で声を掛けてきた。

「お兄ちゃん、勇者様~?」

俺よりもお母さんの反応が速かった。

「コレ、失礼でしょう。ごめんなさいね。」

「いえいえ。ゴメンね、俺は勇者様じゃないんだ。」

数歩近付き、膝を折って女の子と視線を合わせた。

「今日ここにやってきたんだけれど、右も左も分からなくて―」

「迷子~?」

「う~ん・・・そうだね。そんな所かな。」

「エヘヘ・・・お母さん。お兄ちゃん、迷子だって。」

悪気のない所が実に可愛らしかった。何故かとても嬉しそうに、俺の置かれた状況を母親に報告していた。久々に顔が綻(ほころ)んだ気がした。

「転送陣でいらしたの?」

「はい、ついさっき。」

中腰から立ち上がり、情報収集の態勢に入った。人通りが少ない。チャンスは逃せない。

「だからここがどこなのかさっぱり分からなくて。」

「ここは『クゴートの里』。あなたの様に転送陣で召喚される冒険者が最初に訪れる『はじまりの地』のひとつと言われているわ。でもね、ご覧の通り何もない所よ。みんな準備ができると、すぐに旅立ってしまうしね。それと、名物というわけではないのだけれど―見えるかしら、あっちにお寺があって、そこで安全祈願のお守りを頂いて、うどんを食べて、というのが何となくの慣例というか、お約束になっているみたいね。」

「へぇ~、そうなんですか。」

闇の侵食は早かったが、女性の指差す方向、小高い位置にお寺らしきものが見えた。ここでの生活に慣れたら貰いに行こうかな、魔除けの札とやらを。

「うどんか、いいな。俺も食べに行こう。あ、そうだ。この辺に宿はありますか。そこに泊まるよう言われているのですが。」

「宿屋はそこの角を曲がってすぐよ。看板が出てるからすぐに分かるわ。」

「どうもありがとうございます。助かりました。」

お嬢ちゃんに手を振りながら宿へ歩き出した。

 暗がりの中で明かりを灯す宿屋の看板は、探さずとも目に入った。『クゴートの宿』。木の板で作られた看板を裸電球で照らしていた。文字はもちろん手書き。和むというか、入りやすい雰囲気を醸し出していて、余所者の俺でも快く受け入れてくれそうだった。

「ごめんくださ~い。」

ドア上部に吊られた小さな鈴がチリンと客の訪問を知らせた。木製の家屋と橙の光が注ぐフロントに間もなく女性が現れた。目の細い、肩に掛かる髪が美しい、すらっと背の高い・・・思わず見とれてしまった。

「いらっしゃいませ。お泊りですか?」

「あ、はい・・・その・・・今日、クゴートの里に来まして、寝泊りは宿屋でするように言われてきたんですけれど、一泊おいくらになりますか?」

手持ちの金は100ルナ。明日以降、一体何ルナ稼げるかも分からないからな。まずは値段の確認から。

「あら。ようこそクゴートの里へ、なんてね。一泊お食事付きで50ルナになります。」

「そうですか、良かった。そうしたらお願いします。」

「かしこまりました。では、こちらにお名前をお願いします。」

長く不安定で、変な汗をかきながら惑い続けた一日がようやく、終わりを迎えられそうだ。最後に目の保養ができたことはせめてもの救いか。


 案内されたのは2階の、机と椅子、ベッドだけが置かれたシンプルな部屋だったが、寝に戻るだけなので十分だった。

「では如月様、ごゆっくり。明日は何時頃出発されますか?」

「ああ・・・え~と・・・」

店の開店は9時だが、発注表の投函は8時まで。その時間に運び屋も来ることだろう。何をどれだけ発注すれば良いのかも分からないが、8時までには店にいたほうが無難だろう。

「そうしたら7時半頃こちらを出たいのですが、時計はありますか?」

さっと見回した所、部屋には時計が見当たらなかった。それは困ってしまう。

「かしこまりました。時計をお持ちしますね。少々お待ち下さい。」

そう言うと女主人は時計を取りに部屋を出た。ちゃんと戸を閉めて。好感が持てる。大好きになってしまいそうだ。木の家プラス電球では太刀打ちできない位に和んでしまうな。声と喋り方まで美しい。いい宿である。仕事終わりが楽しみになりそうだ。なんて突っ立ったまま物思いに耽っていると、扉がノックされた。

「如月さん、時計をお持ちしました。開けて宜しいでしょうか?」

「ありがとうございます。どうぞお入り下さい。」

 そこには今日一番の驚きが待っていた。その手に可愛らしい置き時計を持ってきてくれるものだと思っていた。

「ちょっと大きくて・・・斜めにして・・・入るかしら。あ、入った、入った!」

「・・・・・・・・・」

大きなのっぽの古時計を持ってきた。いや、運んできたというのが正しい。入口という難関を乗り越えて、優しい笑顔を添えて。

「ここで宜しいでしょうか。」

「はい・・・」

「1階に浴場がありますので、どうぞご利用下さい。着替えも置いておきますね。あと、お風呂から上がったら食堂へどうぞ。お食事の準備をしておきますので。」

「あり・・・が・・・・・・とうございます。」

声は出ていただろうか。

 一応、並んで背比べ。俺よりもデカイ。おそらくこの小窓から鳩が出てくる。ポッポー、と。続いて両側を抱えて持ち上げてみる。重い。全力で力を込めれば浮かせることはできそうだが、そこまでは無用。確かめたかっただけだから、重いか軽いか。どうやって運んできたんだよ。いや、素手で持ってきていたよ、俺、見ていたもの。ダンボール箱でも置くみたいにすっと、さ。

 ホント、夢なら覚めてくれ。


 現在時刻は7時45分。店に到着。道具屋としての第一歩なのだが、何をすればいいのかさっぱりだった。何をするのか一切聞かされていないのだから仕様がないとはいえ、絶対やっておかないといけない準備とか支度があるに決まっている。どうしたもんかなと腰に手を当ててつくねんとしていると、外から声が聞こえた。

「おはようございま~す!納品の品をお持ちしましたー!」

朝にふさわしい快活な声。気持ちの良い挨拶。「挨拶の上手な人は常識と良識のある人」。政樹の母親がよく言っていたのを思い出した。カウンター越しに外を見ると、男性が荷馬車から降りてきた所だった。

「おはようございます。今日からお店をやります如月と言います。宜しくお願いします。」

「どうも~。運び屋の柳です。以後、お見知りおきを~。」

着物というか和服に、テンガロンハット、ジーパンに下駄。物凄い装いだな。エルリアですれ違ったら絶対に身構える。政樹の母ちゃんに、例外もあるんだぞと教えてあげたい。

「え~っと、薬草30個に毒消し草が3、帰還の羽が5ですね。カウンターに置いてしまっていいですかね。」

「あ、はい。お願いします。」

大き目のダンボールを1箱、小さ目のダンボールを1箱、重ねて運んできた。それなりに重そうに。しっかりと重力を感じて運んでいた。おかしな安心感が俺の頭の回転を速めてくれた。

「え~っと、如月さん。発注表はお持ちですか?明日納品分の発注を承りますが。」

発注票・・・注文?納品・・・良かった、ようやく発注表の使い方が分かる。答えてくれそうな人間が登場してくれた。

「発注表はこれですよね。実は使い方が分からなくて困っていたんですが―」

「か~しこまりました~。発注自体は難しくないですよ。ここのアイテム名の横に数字を書けばOKです。発注数はお決まりですか?5ヶ、1ヶ、2ヶですね。これで明日分の発注は完了です。簡単でしょう。それと、何か分からないことがあればこの下の欄にご記入下さい。翌日に回答されますが、質問の内容によっては回答不可となりますので、ご注意を~。」

「ありがとうございました。助かりました。」

「いえいえ、なんのなんの。それと申し訳ありませんが、明日以降、商品をお届けする際に、代金と引換となりますので。」

いや、本当に助かった。この運び屋が知らないと言ったらアウトだった。どっかの誰かさんと違って常識人で良かった。政樹の母ちゃんの言っていたことは正しかったな。

「それでは、また明日~!」

そう言って、奇抜な服装の運び屋は、荷馬車ごと、真上に、垂直に、バビューンと飛んでいった。

「嘘・・・だろ・・・」

他人の目など忘れてカウンターを乗り越え空を見上げたが、もはやお天道様以外見えなかった。もう、政樹の母ちゃんに何と言えばいいのやら・・・


 9時丁度。とりあえず開店。尤も、開店といってもシャッターがあるわけではないし、ワゴンを店外に出すこともない。9時を回ったからといって客が殺到するはずもなく、1時間程はすることも分からず時間を潰していた。叩(はた)きで軽く棚の埃を落としたり、店頭をほうきで掃いたり、雑巾でカウンターやポストを拭いたり、薬草の匂いを嗅いでみたり(暇で、怖いもの見たさで臭ってみたのだが、思ったよりも良い香りだった。安らぐというか、芳香剤としても使えるのではというくらい)。冒険者の姿を見かけないわけではなかったが、道具屋には目も呉れない。一晩休んで、ここクゴートの里から旅立っていくのだろうか。あまりに多忙で商品がすぐに売り切れてしまっては困るが、最低でも50ルナは売らないと宿に泊まれない。発注するにも、仕入れにも金がかかる、当たり前の話ではあるが。

 お客第一号の来店は10時半頃だった。4人パーティーだったが皆、装備品が似たり寄ったりでジョブははっきりしない。とりあえずは返り血を浴びていたり大怪我をしているということはなかった。

「すいません、道具屋はここですか?薬草が買いたいんだけれど・・・」

内、ひとりの男性がカウンター越しに尋ねてきた。彼が勇者だろうか。ちなみに政樹とは似ても似つかない。

「いらっしゃいませ。薬草ですね。いくつご用意致しますか?」

セリフは昨日、寝る前に少し練習したんだ。

「えっと・・・1ヶいくらですか?」

「10ルナになります。」

もちろん値段も把握済み。

「じゃあ4個下さい。」

「かしこまりました。40ルナになります。」

「どうも。」

「ありがとうございました。またお越し下さいませ。」

まぁ、こんな感じじゃなかろうか。ちょろいもんだ。

 で、あとやることは決まっていた。1日で何が何個売れるかを掴んでおけば良いだろう。3種類だけだからな、こちらも問題ない。発注表のウラ面をメモ用紙替わりにしても良かったのだが、今後の為にもとりあえずは保存しておきたかった。ふと上着を漁るとグシャグシャの封筒が入っていたのでこいつを使うことにした。在庫と、今朝運び屋が持ってきた分を合わせると薬草が80、毒消し草13個に帰還の羽が10個、と。加えて明日の納品分が5、1、2・・・と。客はさほど多くなさそうだし、何も分からぬ俺の為に用意されたアイテム達。不足なきよう支度されているだろう、さすがにね。

 

 17時。初日の営業を終えた結果、問題が山積した。いの一番に片付けるべき問題として、外からだとここが道具屋なのか民家なのか見分けがつかないらしい。言われてみれば仰る通りだ。看板を出していないんだから。商品も店の奥に置いてあるし。営業中も時間は十分にある。明日、作ってみるかな。木の板はあるな、それとペンかペンキか・・・宿で聞いてみるか。借りられればそれで良し、どっかで買ってもいいだろう。幸い、いくらか手持ちのルナが増えた。あと値札。現状3アイテムしか取り扱っていないので価格一覧表みたいな大層なものは要らないだろうが、いちいち価格を伝えるのは面倒臭い。否。常識的に考えて、物を売るのにプライスカードが付いていないなど論外だった。

 発注表の質問欄も使わせて頂こう。

「薬草を使うとHP(ヒットポイント)はどれくらい回復するんですか?」

確かに申し訳なかった。道具屋として取り扱っているアイテムの効果は当然知っておくべき。質問に答えられるよう事前に知識を蓄えておくべきではあった。が・・・どれ位?数字?パーセンテージ?外の世界のことは知らないが、擦り傷が治るとか痛みが和らぐということではないらしい。それと帰還の羽の効果について。ダンジョンから脱出できるとか、一度行った街で移動できるとか、そんな感じだとは思うが、きっちり調べておかないとな。

 ・・・そうっ!!帰還の羽が売り切れたっ。午前中のことだったので忘れていた。問い合わせの応対もかったるくなって『うりきれ』の札まで作ってしまった。全くふざけやがって。あんまり売れないから10個程度の在庫しか持たなかったんじゃないのか。昼前には無くなったぞ。薬草は半分以上残っているし、毒消し草に関しては・・・売れていないな。1個たりとも。明日の発注は薬草を少し追加、あとはルナの許す限り帰還の羽に費やそう。


 さて。初日の営業を終えてそのまま宿に戻っても良かったのだが、せっかくなので昨日教わった寺へ行ってみることにした。情報収集だなんて格好をつけるつもりはない。1日中店の中にいると、やはり散歩のひとつでもしたくなるのだ。

 ここの里の人達は夕方5時を回ると家に引っ込んでしまうのだろうか。ほとんど人とすれ違わない。きっと朝が早すぎるのだろう。そういえば息を切らせて寺についても、他の冒険者の姿は確認できなかった。あの女の子ではないが、勇者様の御姿をひと目だけでも、と。まぁ、構いはしないが。途中からそれどころじゃなかったし・・・

 引き返すチャンスは2度あった。1度目は階段を目の前にした時。こりゃ運動不足になるな、なんて考えがずっと目の前に浮かんでいたから、石段の全貌が見えても足を踏み出してしまった。2度目は中間地点のちょっとした広場。この時点で息は切れていたものの、ここまでせっかく来たのだからと再び登り始めてしまった。全部で128段。そりゃ誰も来ないわな。一応しっかりと手を合わせ、隣接するうどん屋で名物という『クゴートうどん』を食べた。想像していたものよりずっと美味しく、満足したにはしたのだが。下りがこんなにキツイものとは、この時の俺には知る由もなかった。


 翌日、宿から借りたペンキを使って看板作りに着手した。

「黒と白しかないけれど、宜しいですか?」

別にカラフルな看板を飾るつもりはなかったので十分だった。

 ぶっつけ本番でも良かったのだが、小さ目の板を選択。練習として『OPEN』と『CLOSED』を拵(こしら)えてみた。紐をつけて店先に引っ掛けられるようにした。昔から手先は器用なのだ。これくらいは朝飯前だ・・・いや、朝飯前は嘘・・・だな。失礼。では、いざ、本番。

 馬鹿デカいものを作るつもりはなかったが、最低限人の目を引く大きさでなくては意味がない。何も知らずに歩いている勇者や道具屋を探している魔法使いに、ここだと知らせることができるように。手頃な木の板はすぐに見つかった。そこに『道具屋』と書いても良かったが、どうせならばと店の名前を考え始めた。はじめはなにか適当にと思っていたが次第にいい名前を、洒落たネーミングを、印象に残る響きを等と、様々な候補を巡らせてもしっくりくる店名が出て来ず、最終的には言い慣れた単語に落ち着いた。

 『道具屋 うどんこ』。

 ここクゴートの里は俺にとっても始まりの地。そこの名物がうどん。美味しかったから店の名前に一役買ってもらうことにした。由来を問われればクゴートの名物から。それだけのこと。ただ、『道具屋 うどん』だと、飲食店も併設していると誤解されそうだったので、『うどんこ』にしておいた。なんでもいいのさ、道具屋と分かってもらえれば。

 値札も作った。薬草10ルナ、毒消し草6ルナ、帰還の羽15ルナ。それとは別に原価も確認の意味で書き出しておいた。もちろん、こちらは客には見せられない。あくまで俺用だ。

 薬草の売価は10ルナで原価は8ルナ。つまり1個販売が立つ毎にルナずつ利益になるというわけだ。毒消し草の原価は3ルナで利益は3ルナ。帰還の羽は10ルナの5ルナということになる。改めて見ると道具屋っていうのはコツコツと言えば聞こえはいいが、この上なく非効率な商売だな。身の安全を約束された性なのだろう、ということで己を納得させた。

 あたふたしたのは初日、2日目までだった。そりゃそうか、店で売っているアイテムは3種類だけ。しかもその内1アイテムは全くと言っていい程売れない。残り2アイテム、薬草と帰還の羽についても、売れ行きに合わせて売り切れないよう少々在庫を持つ心意気で発注しておけば事足りた。客の対応も特に難しいことはなし。言われたモノを言われた個数用意して、金を受け取れば任務完了。

 そうそう、質問の返答は翌日の発注表に書かれてきた。前日に投函した発注表は次の日、発注通りに商品が納品されたかを確認できるよう返却される。返答はその発注表の裏面に記入されているのだ。それによると、薬草の最大回復量は30とのこと。よく理解できないが、パーティーへの説明で

「ヒットポイントを30回復します」と言うと納得してくれるので、まぁ通じているのだろう。また、帰還の羽に関しては、ダンジョンの入口に戻る、とあった。こちらも客から理解を得られている。これで客からの問い合わせも怖くない。俺の脳みそではイマイチ分からないのだが、商品の知識を獲得したことで、より円滑に商品を売り捌くことができるようになった。

 1ヶ月間、順調だったと思う。大きなトラブルもなく手持ちのルナは増えていった。コツコツと3種類のアイテムを売って、100ルナから始まった俺の所持金が2000ルナに迫っていた。残念ながら毒消し草はほとんど貢献してくれていないが(10個売れていないんじゃなかろうか)。そう言えば、道具屋のゴールを聞いていなかった。最終的な目的は何なのだろうか。勇者であれば魔王を倒して平和を取り戻すということになるとは思うのだが、道具屋は何を達成すれば良いのだろうか。

 仕事が順調だと、クゴートの生活になれるのも早かった。運び屋の奇抜な服装やバビューンという奇怪な音にも慣れた。商品の発注や金銭の遣り取りにも慣れた。見知らぬ冒険者との会話にも慣れたし、毎日遊びに来るフィオ(クゴート到着初日に声をかけてきた女の子)も俺に慣れたようだ。宿屋の女将さんの馬鹿力にも慣れたし(この間、洋服箪笥を運んできてくれた。言うまでもなく軽々と)、特盛り過ぎる食事にも慣れた。あっという間に夜を迎える里の時間も、夜明けと共に動き出す人の多さにも慣れた。


 「おはようございます~。如月さ~ん、いらっしゃいます~?」

開店1時間前の午前8時。いつもの様に運び屋が納品にやってきた。普段は商品をテーブルに置いて発注表と照らし合わせ、ポストに入っている発注表を手にバビューンと飛んでいくのだが、今日は様子が異なった。発注表とは別にもう1枚、紙切れを持っていた。

「月末なので請求書をお持ちしました。店舗の賃貸料と運送料を頂きます。え~とですね~、賃貸料が1000ルナで、運送料が500ルナ、合計1500ルナとなります~。」

一瞬何の話か分からなかったが、すぐに頭が回り始めた。朝食はしっかりすぎるくらい食べてきたからな。ほんと、眠くなっちゃうもん。冷静に考えれば当然のことだ。ルナ袋から1500ルナをジャラジャラ取り出し、運び屋に支払い、領収書と引換えた。

「はい、確かに。これで精算終了です。それではこれでクゴートとはお別れとなります。明日の同じ時間、お迎えにあがりますね~。」

待て、待て、待て、待て―お願いだから待ってくれ。笑顔でいきなり何を言い出すのだ。颯爽と立ち去ろうとする運び屋を慌てて引き止めた。

「ご、ごめんなさい、柳さん。迎えに来て頂けるというのはどういうことでしょうか?」

「んっ?ありゃ、何も聞いていないようですね。ちょ~っとお待ち下さい。」

そう言うと、運び屋は胸元から手帳を取り出し、ペラペラとめくりだした。俺は何も聞いていない。聞くって誰からだよ、全く。もちろんひとりだけ心当たりがあるが、あれは当てにならん。

「えっと~・・・如月さんの次の店舗は『オメガの丘』ですね。商品はこのまんまにしておいて下さい。ご自分の荷物だけ持って、待っていて下さい。私目が送迎致しますので。では~。」

 バビューン!いや、いや、バビューンじゃないっ言(つ)うの。・・・ったく・・・


 現在俺は運び屋の荷車に乗っている。何故か馬にまたがるのではなく荷物の方へ案内されたのだが、あの文字通りぶっ飛んだ移動を考えると、景色の見えないほうが身の為かもしれない。

 宿の予約というか契約は解約してきた。突然で申し訳ありませんがと切り出すと、

「寂しくなりますね―」と言ってくれた。社交辞令でも別れを惜しんでくれたのは嬉しかったのだが、それにしても奇妙な宿だった。女将さんだけでなく。冒険者らしき一行がほとんど泊まりに来なかった。もしかしたらゼロ。一般客と思われる人をちらほら食堂で見かけることはあったが。宿主に聞くと、

「冒険者用の宿があるんですよ」とのことだった。

 それと俺のお店に関して。

「今日からここのお店はどうするんですか?別の人が来るんでしょうか?」

運び屋が知っているかどうかは定かでなかったが、聞ける人間が他にいなかった。

「ご心配なく~。如月さんの分の取り分はちゃんとお届けしますよ~。詳細は私にもまだ伝わっておりませんので何とも言えませんが。赤になることはないでしょう。さっ、さっ、オメガの丘へ向かいましょう。どうぞ、後ろの荷車の方へ。すぐに到着しますので~。」

「はぁ・・・」

運び屋が知らないのであれば諦めがつくというのは、この1ヶ月間に築かれた信頼の証だとは感じている。けれども、何も知らされぬまま新天地に連行される人間の気持ちも考えて欲しい―

「!!」

突如、例のバビューンという音が聞こえてきた。毎朝耳にしているのだから聞き間違えるはずがない、あんなヘンテコな音。しかし重力の変化は全く感じなかった。俺の周りのアイテム群もびくともしない。そして間もなく外から運び屋に声を掛けられ到着したことを知るのだが、情けないことにその間、外を覗く勇気は湧かなかった。

「オメガの丘、到着です。どうぞ、降りて頂いて結構ですよ。」

ふ~む、名前からしてラスボス手前でもおかしくないぞ。

                      【塵も積もれば① 終】                        

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