ほぼエピローグ的なプロローグ

<ほぼエピローグ的なプロローグ>

 どうしてもやりたいことや、何が何でもなりたい職業というものはない。それはいつの時代、どこの世界においても共通なのだと俺は思う。溢れ出る情熱も一過性の紛い物だと。

 あの頃のロールプレイングゲーム、覚えているだろうか。名前を入力し、キャラを決め、人々に話を聞いて行き先を明らかにする。敵を倒してお金と経験値を貯めてパーティーを強化していく。レベルを上げ、アイテムを購入、装備を整える。呪文も覚えるだろう。乗り物も手に入るかもしれない。物語を進め、最終的にラスボスを倒してエンディングを迎える。

 限られた容量の為に様々な制約があったが、そんな中でも自分で名前や職業を決められるとやけにテンションが上がったものだ。そしてゲームの世界観によって大なり小なり変わってくるが、俺達の世界の花形ジョブといえば『勇者』である。勇者すなわち主人公。魔王討伐の宿命を背負う救世主であり、ゲームプレイヤー本人。そんな勇者の戦闘力は言わずもがな、攻守ともにバランスが取れていて魔法も使える万能型。最終局面では勇者の為の伝説の武具がひょっこり現れるし、勇者専用の魔法まで用意されている始末。世界は勇者を中心に回っているのだ。

 続いて『戦士』。魔法は使えないが最強の攻撃力と防御力を誇る、近接戦闘のスペシャリスト。素早さが低いので後手に回ることも多いが、お墨付きの攻撃力は頼りになる。

 攻撃魔法を得意とするのは『魔法使い』。体力は低く、攻撃力と防御力は最弱レベル。打撃ではほとんどダメージを与えられないことも。けれどもその名の通り、レベルアップと共に強力な魔法を次々に習得していく。1体の敵に大ダメージを与えるも良し、複数の敵に範囲攻撃を仕掛けるも良し。魔法使いのおかげで戦略の幅がグッと広がるのだ。

 他にも素早さに優れ、クリティカルヒットも出易い武道家や、回復魔法と補助魔法を得意とする僧侶など、多彩なジョブが存在する。その中で自分の好みや作戦に合わせて選択しパーティーを組むのだ・・・なんて書くと小難しく聞こえるかもしれないが、なんてことはない。趣味に合わせて、できれば近接と遠距離のバランスを考えて仲間を選べば行き詰まることはないだろう、ということだ。

 俺達の国では成人の祝いと共に職業が決まる。運命の歯車が音を立てて噛み合ってしまう。成人の集いとして新成人は一斉に己のジョブが決められるのだ。そして街の一角にある、普段は立入禁止となっている『旅立ちの祠(ほこら)』から巣立っていく。



 季節相応の寒さはあったが、いい天気だった。天気の良いことが門出を祝っているとは都合の良い思い込みだが、雨具などの荷物が増えないに越したことはない。下手すりゃ屋外で長時間待たされるのだから。

 俺の前には幼馴染の近藤 政樹(こんどう まさき)が緊張の面持ちで立っている。俺達が並んでいるのは教会。新成人100人程が、各々の職業を決めてもらうべく並んでいる。去年までは見る側だったからどういう状況が待っているかは分かっていたが、ようやく先頭が、教会の扉が見えてきた。中の様子は伺えないが、神父に呼ばれてお告げでも受けるのだろうか。

 ここの神父、自称『元、大勇者の仲間』。この街で生まれ、この街で育ち、勇者や仲間と共にこの街を発ち、魔王を打ち倒したという。爺さんのジョブは賢者で、魔法に長けた上級職。攻めに守りに大活躍。勇者も凌ぐ奮闘ぶりだったそうだ。50年も前の話。ま、十中八九ホラだとは思うけれども。


 城下町エルリア。俺達の生まれ育った故郷。この国に生まれたものは十八になると、教会の神父によって職業が決められる。大きな国ではないがそれでも新成人は100人程。それが一斉に協会入口に行列を作る。名を呼ばれ中に入り、1人当たり5~10分の時間を要する。並びは先着順で、のんびりしていた自分に責任があると言われれば返す言葉もないのだが、最後尾に近い俺と政樹がかれこれ何時間待たされているかはざっと計算できるだろう。ようやくそれも終わる。


 「もう少しだね、淳ちゃん。」

「やっとだな。疲れちまったよ。」

「やっぱり緊張するよね、自分の職業が決まるんだから。」

「そうだな。」

政樹と俺はもちろん同い年なのだが、会話からも察せられるように、兄と弟のような関係だ。十八にもなって恥ずかしいのだが、いい友人関係だと自惚(うぬぼ)れている。昔は『こんどう まさき』を逆さに読んで、「貴様、うどん粉だなっ!」なんてからかって泣かせたことも今では懐かしい。打っ切ら棒な俺を慕ってくれる、何者にも代え難い友人だ。

「あのさ~、淳ちゃん。どうして神父様は僕等の名前が分かるんだろう。」

またひとり、大声で名前を呼ばれて教会の中へ消えていった。

「ん~?」

「だってさ、並び順は来た順だし、神父様は中にいて外にいる人の顔すら見えていないはずでしょ。」

「言われてみればそうだけど・・・」

「病院みたいに診察券を出していれば別だけれど、凄いよね。」

コイツはすぐに感心して感動する。

「言われてみればそうだけど・・・水晶か何かで外の様子を見てるんじゃないか。で、手元に名簿かなっかあってさ・・・知らんけど。」

「そっかそっか。」

ついでに何でもかんでも信用する。

「やっぱり魔王を倒したっていうのは本当なのかな。魔法で外の様子が分かるんだね。」

「それって嘘っぽくねぇか。あんな爺さんが元勇者の仲間なんて。もしも本当ならこんな所で神父なんかやっていないだろう。大魔法のひとつでも研究しているんじゃないか。」

「そっか~、そうだねぇ~。」

おっとりした奴だ。


 「近、藤~、政~~樹~~~。」

相撲でも始めるつもりか。普通に名前を呼べないのだろうか。俺達が並んでいる間、ずっと喋っていたからだろう、神父の声は枯れて掠れていた。変な声の出し方をしているからだ。

「じゃあ、行ってくるね。」

「ああ。後でな。」

神父のガラガラ声に2人共、思わず笑みを零しながら軽く手を挙げた。

 近所に同年代の男子が少なかったということもあって、政樹とはガキの頃からずっと行動を共にしてきた。遊んできた。会わなかった期間が一週間と空いた記憶はない。これからも、そうであっても、文句はない。もしも俺が誘う立場であれば、政樹を必ず探し出す。例えマイナーな職業でも。

 自分の番が目前に迫ると体感時間がゆっくりになる。その間、政樹にはどんな職業が似合うか考えていた。気の弱い所は未だに直っていないし、優しすぎる性格も変わらない。大声を上げたり怒鳴っている姿は見たことがないし、誰其の悪口を言っているのも聞いたことがない。小柄で線は細く、読書が趣味だ。こうやって政樹の姿を思い浮かべる程に、戦いや冒険には向いていない。重装や武道着は似合わないな。近接攻撃でガンガン攻めるというタイプではない。僧侶で傷ついた仲間を回復したりサポート役というのが宜しいのではなかろうか。戦闘中は後方で待機しているだけでも構わないさ。汚れ役は俺に任せておけばいい。

 

 「如(きさ)~月(らぎ)~淳(じゅん)~。」

福引の「大~当た~り~」と同じイントネーションだった。ようやく回ってきた。大なり小なり緊張はしていたが、後ろで並ぶ奴らに悟られないようにポケットへ手を突っ込み、意識してゆっくり歩を進めた。

 10段ほどの階段を昇り扉を開けると、すぐ目の前に神父が立っていた。近すぎるだろ、ちょっと驚いたわと突っ込む間もなく話が始まった。

「ふむ、お主は特別枠じゃな。」

そう言うと、小さな茶封筒を渡された。

「主は儂の管轄外じゃ。封筒の中身を確認するのは外でな。後が詰まっておる。ほれ、後ろの扉が出口じゃ。達者でな。」

そう言いながらロッドで自分の背後を指し示した。えっ、終わり・・・ですかい?と感ずるが早いか俺は神父の背中側、出口が目前にそびえていた。そんなサクサク進んでいなかったよな・・・一瞬じゃねぇか。なんだ、あれか。俺は特別扱いで爺さんの手に余るということか。まぁ面倒くさくなくていいか。くどくどと祝いの言葉やら有難い教訓を垂れられても、どんな顔して聞いたらいいのか困ってしまう。ただしひとつだけ、聞いておきたいことがあった。

「あのっ、俺の前の奴のジョブが何だったか教えてもらえませんか。」

振り返った俺と神父が顔を合わせることはなかったが、

「ふぉっ、ふぉっ・・・友か、ええのぉ。じゃが・・・口にするのも畏(おそれ)れ多い。彼(か)の者はいずれ世界の命運を握るかもしれん、とだけ伝えておこうかの。さぁ、行かれよ、お主にはお主の道がある。案ずるな。主は光と希望の種じゃよ。」

 二十余段の階段を下りながら茶封筒を開いた。中には2つ折りにされた1枚の紙切れが。晴れの日にポイ捨てするのも気が引けたので(あと教会の敷地内だしな)、茶封筒は丸めてポケットに突っ込んでおいた。

 階段を降りきった所で紙を開く。中身は地図だった。手描きの粗雑で汚い奴。文字の羅列をイメージしていたからちょっと意外ではあった。教会から十字路2つ、右折した所に『ココ』と書いてあった。近いな。すぐそこだ、が、ここには何があったっけか?俺はてっきり酒場か王宮に向かうものだと踏んでいたが、当てが外れた。旅立ちの祠でもない。はてさて、何があったっけかな~?


 『ココ』が示しているだろう場所に立ち尽くす俺。結果何もない。誰もいない。新地(さらち)というか空き地というか。建造物はなく、砂利と土と砂の混濁した一区画。タイミング宜しく一陣の風がピューと吹き抜けて、孤独感が際立った。ひらひらと翻る汚い地図をもう1度見直したが、『ココ』はやはりここで間違いないようだった。大切な日に渡された地図とは思えぬ大雑把さ故に、その信憑性を疑う余地は十分あったのだが、然るべき場所で然るべき人物から手渡された封筒であるから――

 一時間以上も立ち続けて疲れきった両足を、これ以上目的もなく行使する気にはなれなかった。周辺を歩き回ったり教会に戻ることはしない。ましてや本日、主役は俺達だ。しかも俺は特別枠、ということだ。本来ならばこんな小汚い地図を頼りに目的地を探すので、迎えの人間をよこすくらいの対応であっても良いのではないか。もう疲れた、服は汚れるが座ってしまおう。そう決意した時、俺は目を疑った。ズザザザザと音を立てて10メートル先の地面が盛り上がったのだ。

「冗談だろ・・・」

鉄扉を押し上げて人が出てきたものだから疲労もイライラも吹き飛んだ。その代わりに現れたのは呼吸も止まる程の緊張感。そして身の危険。大地を持ち上げるかの如く登場した男が、俺に向かって歩いてきた。動けなかった。無論、疲労云々ではなく金縛りにかかったかのように。生まれて初めて足が竦(すく)んだ。2メートルあるのではないかという身丈、俺の3倍太い二の腕、スキンヘッド、あごひげ。目の前に立たれても声すら出なかった。

 「おう、新人か?地図持っているか?」

うんうんと5回くらい頷きながら地図を渡した。

「おう、これこれ。よしっ、ついいてきな。」

そう言うと巨人は地図をぐしゃりと丸め潰し投げ捨て、来た道を戻っていった。俺もどうにか足を動かす。どうにかこうにか歩を進める。視線の先は前を行くマッスル親父の足跡。体重何キロあるんだ。足のサイズは何センチだ。鬼の足跡がくっきり刻まれていった。ひとつだけ言えることは、このオッサンが描いた地図なら、まぁ納得だわな。

 梯子(はしご)を伝って地下に降りると、そこは何もない薄明かりの灯された小部屋になっていた。周囲を見回すと奥へと続く扉が幾つか目に入ったが、どれも閉まっていて先の様子は伺えなかった。

「お前、名前は?」

内、ひとつのドアノブに手を掛けながら巨漢が訪ねてきた。

「如月と言います。如月 淳です。」

先に名乗るのが礼儀ですよなんて、口が滑っても言える圧力ではなかった。それでも、聞くことは聞いておかないとな。

「あの・・・俺、まだ何も説明を受けていなくて。自分の職業も―」

「オゥ。今、そいつを教えてやる。実際に見るのが一番手っ取り早いだろう。ついてきな。」

俺の話を遮って扉の奥へ消えていった。俺もそのバカでかい背中についていく。

 扉の先にはさらに小さい小部屋が、というかここまで狭いと部屋というよりも空間というかスペースというか、物置と言ったほうが正確か。

「ここは?」

「コイツは俺専用の転送陣だ。さ、いくぞっ。」

「は、はい。」

転送陣?あんたの背中で全く見えなかったよ。

 淡く、青く光る転送陣。円形、大きさはどう見てもひとり用で、そこに薄く水を張った様。確かに美しく幻想的ではあったが、俺達の聞いていた転送陣はもっと大きい、それこそ勇者御一行、4人一遍にワープするものと思っていた。どうやら本当に専用の転送陣らしい。別に疑っているわけではないのだが、街の転送陣だって封印が解かれるのは今日を含め、年に数日と聞いている。普段は姫垣(ひめがき)、鍵に魔法にと幾重にも閉ざされている。圧倒的な施錠管理能力、封印効果というものは、開けてやろうかという前に近付く気すら消失させてしまうものだ。ましてやその場所は街外れで、常に王宮の警備隊も目を光らせている。ここエルリアにおいて、転送陣とはそういうものなのだ。多分エルリアに限ったことではない。他の街や村でも同様の扱いがなされているはずだ。個人用とか、自由好き勝手に使用できる代物であってはならない、はずだ。そういう風に教えられてきた。

 「じゃあ、俺が先に行くからな、転送陣の色が元に戻ったら中には入れ。いいな。間違っても逃げ出すんじゃねぇぞ。」

無表情で首を縦に振った。

 巨大な人影か人外の重量を感知した水面の様な床から同色の光が迫り上がり、脅迫者を包み込んだ。密度の濃い光らしく、俺からはシルエットしか見えなくなった。やがてエルリアの特産である常緑樹を思い起こさせる濃緑色に変わった。釘付になる。眩しさはなく、目を細めることなくじっと見続けることができた。間もなく人影は薄くなり、消えたかなと思った時には光の色が雑味のないスカイブルーに戻っていた。

 俺の番、か。その見た目からピチョンという音と水跳ねを予想していたが、小さく響いたのは金属音。何かを操作することなく上に乗っただけで転送陣は起動した。外で見送っている時には聞こえなかったが、微かに超音波みたいな音が鳴っている。振動は無し。やがて光のベールが俺を諦めの境地へと誘った。内側からは外の様子が見えない。視界に映るのは青、そして緑の光のみ。その光はやがて青色に戻り、残念なことに腕組みしたオヤジに迎えられた。無事に到着してしまったようだ。安堵とも落胆とも取れる溜息をひとつ。夢であればぼちぼち覚めて頂きたいのだが、あまりに色彩豊かで、その辺は望み薄だな。

 「おしっ、来たな。そうしたらお待ちかね、お前のジョブを教えてやろう。お前の職業はズバリ、道具屋だっ!!」

「道具屋・・・ですか?」

全くもって予期していなかった職業。勇者ではないなと薄々は感じていたが、道具屋って・・・そんなのアリなのか?お前は今日から戦士だ、俺様が直々に鍛えてやる、というのも絶対に嫌だが、道具屋だと。今俺は、一体どんな表情をしているのだろうか。

「お前はラッキーだぞ。モンスターと戦わなくて済むんだからな。勇者共から金を巻き上げて暮らせるんだ、最高だと思わねぇか?楽しいぞ~。」

「は、はぁ・・・」

クソ親父の持論には共感できなかった、というよりは、道具屋という響きに脳内を支配されて全く頭に入ってこなかった。やれ勇者だ、戦士だ、政樹を仲間にしてなどと考えていたことが恥ずかしい。頭と目の前が霞んでいくようで、黙っていてはダメだと無理矢理質問を投げ掛けた。

 「道具屋ってことはつまり、アイテムを売るっていうことですよね。」

っ当(た)り前(め)ぇだバカ野郎とでも言われるかと、質問してしまった後に構えていたが、意外な返答に困惑した。

「おうよっ、その通りだ。なかなか頭が良いじゃねぇかよ。いいぞ、いいぞ。道具屋は馬鹿じゃできねぇからな。ここだけの話よ、勇者はまぁ置いていおいて、戦士とか武道家なんてのはバカでもチンでもできるのよ。何も考えずに来た敵を攻撃してりゃいいんだからよ。単細胞でも世界は救えるが、そいつらを支える人間はアホじゃ務まらねぇ。」

 アンタのガタイが正にそうなんだよ。道具屋なんて形(なり)じゃない。どう見ても頭の悪い脳筋戦士さん、と罵っておいた。もちろん心の中で。

「じゃっ、チャチャッと説明を済ませちまうかな。」

 「・ ・ ・ ・ ・ ・」

「・ ・ ・ ・ ・ ・」

自分で言ったんだ、さっさと説明を始めてもらえなかろうか。いきなり黙(だんま)りではこっちが困ってしまうのだが。

「ウオッ!ホンッ!!」

どでかい咳払いをひとつ。

「要するに―」

待て待て。まとめる内容を話してなかろう。いきなりまとめに入るんじゃない。

「道具を売って金を稼げ。んで、この店の取扱アイテムは『薬草』、『毒消し草』、『帰還の羽』の3つだ。値段は・・・どっかその辺に書いてあんだろう。んで、営業時間は9:00~17:00。寝泊りは稼いだ金で宿屋に泊まれ。部屋と飯はある。そんで、余った金は自由に使ってよし。酒場に行こうがカジノへ行こうが勝手だ。」

どうやら俺は本当に道具屋らしい。

「・・・・・・」

だから突然の沈黙はやめてくれ。不安になるだろうが。

「ま、こんな所か。何かメモ書きみたいのを貰ったんだけどよ、無くしちまってさっ、ガッハッハッハッハ・・・」

ガッハッハじゃない。絶対にちゃんとした説明が書かれていたはずだ。どうしてこんなアンポンタンに任せたんだか。

「そんじゃあ俺は忙しいから帰るぞ。頑張れよ。」

「えっ?あ、あの・・・」

 自分の説明に満足すると正体不明の大男は転送陣のある部屋へ帰って行った。唖然と見送る俺を振り返り、

「この転送陣は俺が使った後、再び封印される。達者でな、葛城 淳。」

バタンと扉が閉められ、俺は独り残された。格好つけて最後に名前を呼んだんだろうが、残念なことに俺はカツラギではない。これだから人の話を聞かない奴は困る。っ言(つ)うか、お前の名前を教えてもらっていない・・・まぁ、いいさ。もう会うことはない、そんな雰囲気を感じさせる別れの挨拶だった。急な展開と奴の圧で一息つく間もなかったから、孤独が好都合で清々した。気持ちを整理する為にも静寂を伴った時間が必要だった。閉じられた扉をぼんやり視界に入れながら立ち尽くす。悔しいとか残念とか、何故俺が、という感情はない。誰がどんなジョブに就くかは誰にも分からない。どうやって決められているか、誰も知らない。ただ、道具屋というのは俺の選択肢になかった。意外すぎて意識が追いつかない、といった所だろうか。自分を取り戻すまで、しばらく無意味な時間経過が必要だった。      

                 【 ほぼエピローグ的なプロローグ 終 】

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